灼熱の砂漠で、猛毒を持つサソリに刺されたら…想像しただけで恐ろしいですよね。
古代エジプトの人々にとって、サソリや毒蛇は常に命を脅かす存在でした。
そんな危険から人々を守ってくれる女神がいたんです。それがセルケト(セルキス)という女神なんですね。
この記事では、サソリをシンボルとする守護女神「セルケト」について、その姿や役割、興味深い神話を詳しくご紹介します。
概要

セルケトは、古代エジプトで非常に古くから崇拝されてきた女神の一人です。
その名前の意味は「呼吸させるもの」。サソリの女神というイメージが強いですが、実は本来の役割はもっと深いものでした。
セルケトの主な役割
- 葬祭の女神:死者を守り、冥界への旅を見守る
- 医術の女神:毒に対する治療を司る
- 守護神:サソリや蛇などの危険な生物から人々を保護する
- ナイルの守護者:ナイル川の源流を守る
第1王朝(紀元前3100年頃)という非常に古い時代から信仰されており、エジプト神話の中でも重要な位置を占める女神なんです。
上エジプトのエドフを中心に、各地で崇拝されていました。
系譜
セルケトの家族関係は、時代によって少し変化しています。
基本的な立ち位置
セルケトは元々、家族を持たない単独の女神として存在していました。
しかし、時代が進むにつれて他の神々と結びつけられるようになったんですね。
神々との関係
「四人の泣く女神」のメンバー
- イシス:魔法と母性の女神
- ネフティス:死と葬祭の女神
- ネイト:戦いと創造の女神
- セルケト:守護と医術の女神
この四柱は、死んだ王や死者を守る役割を共に担っていました。
その他の関係
- ラー(太陽神)の娘とされることもある
- ホルスの妻とされることもある(特にエドフ地方で)
- 魔物ネヘブカウの配偶者とされた時期もある
面白いのは、セルケトの役割が多岐にわたるため、様々な神々と関連づけられていったということなんです。
姿・見た目
セルケトの姿は、時代によって少し変化していきました。
古い時代の姿
基本的な外見
- 古風な服を着た美しい女性
- 頭上に特徴的なシンボルを載せている
- 手には生命を象徴するアンク(☥)や権力の杖(ワス)を持つことも
実は、頭上に載せていたのは最初はタイコウチ(水棲昆虫)だったんです。
タイコウチは「水サソリ」とも呼ばれる昆虫で、サソリに似た尾(実際は呼吸管)を持っています。この昆虫がサソリと混同されてしまったんですね。
新王国時代以降の姿
時代が進むと、セルケトの姿にも変化が現れます。
- 当時流行の服装も身につけるようになった
- 頭上のシンボルがサソリに変わった
- より華やかな装飾が加えられた
ギリシア・ローマ時代の異形
さらに時代が下ると、驚くべき変化が起こりました。
人間の頭部にサソリの胴体という、かなり怪物的な姿で表現されることもあったんです。
本来美しい女性の姿だったセルケトにとっては、不本意な変化だったかもしれませんね。
色と象徴
- 元素:水(ある程度は火も)
- 色:サソリと同じ黒、肌は黄色
- 神聖動物:サソリ
特徴

セルケトには、守護女神としての特別な力と役割があります。
毒からの守護
セルケトの最も有名な役割は、毒性生物から人々を守ることです。
守護の対象
- サソリの刺し傷
- 蛇の咬み傷
- その他の危険な生物による傷
古代エジプトでは、サソリや毒蛇は日常的な脅威でした。砂漠地帯では特に危険で、刺されたり咬まれたりすれば命に関わります。だからこそ、セルケトは人々にとって非常に重要な女神だったんですね。
医療と魔法の女神
セルケトは「刺し傷の女主人」「止血帯の貴婦人」という称号を持っていました。
医療面での役割
- 毒の治療法を知っている
- 呼吸困難を治す(名前の意味が「呼吸させるもの」)
- 病気の治癒を助ける
セルケトの神官たちは、医者であり魔法使いでもあったそうです。彼らはサソリを全く恐れなかったという伝説も残っています。
冥界の守護者
カノプス壺の守護
死者の内臓を保存する四つのカノプス壺を、四人の泣く女神が守っていました。
- 各壺にはホルスの四人の息子が対応
- セルケトは特定の壺を守護
- 死者の再生と復活を助ける
名前の意味「呼吸させるもの」の通り、死者が再び息をして新たな生命を得られるよう見守っていたんです。
王の守護者
セルケトは王室と深い関係を持っていました。
- 王の誕生を助ける
- 王の結婚式で重要な役割を果たす
- 聖年祭(ヘド=セド)では神像が担がれて練り歩いた
- 神殿建立の儀式にも参加
神話・伝承

セルケトが登場する神話には、興味深いものがたくさんあります。
ラーを守る戦士
太陽神ラーが毎日空を旅する神話で、セルケトは重要な役割を果たしています。
アポピスとの戦い
- アポピスは巨大な邪悪な蛇
- 毎日ラーの船を襲おうとする
- セルケトはラーをアポピスから守る
- 捕らえた後は鎖で繋いで監視する
毒性生物を退ける力と医療技術を持つセルケトだからこそ、太陽神の航海の一員として選ばれたんですね。
幼いホルスの守護
イシス女神が幼いホルスを育てる神話でも、セルケトは登場します。
七匹のサソリ
- イシスが幼いホルスを守るためにサソリを護衛につけた
- これらのサソリはセルケトの化身だった
- ネフティスと共にイシスを助けた
この神話から、セルケトはイシスの眷属ともされています。
壁画の秘密
面白い話があります。
古代エジプトの壁画にサソリを描く時、足と尾をもぎ取った形で表現されることがあったんです。
なぜそんなことを?
古代エジプト人は「描いたものは現実になり、永久に持続する」と考えていました。つまり、完全な姿でサソリを描くと、それが動き出して害をなすかもしれないと恐れたんですね。だから、わざと不完全な姿で描いていたんです。
二面性を持つ配偶者
ちょっと複雑な話になりますが、セルケトは魔物ネヘブカウと結びつけられたこともあります。
ネヘブカウの二面性
- 無慈悲な魔物の時:セルケトも死者を鎖で縛る
- 恵みをもたらす神の時:セルケトも優しい神になる
本来ナイルの源流を守るはずだった彼女が、こんなに多様な役割を与えられるとは予想外だったでしょうね。
出典・起源
セルケト信仰の歴史は、驚くほど古いんです。
信仰の始まり
第1王朝(紀元前3100–2890年)にはすでに信仰が始まっていました。
- エジプト最古の神々の一柱
- ピラミッド・テキストにも登場
- 「美しき家の女主人」という称号で言及されている
「美しき家」というのは、遺体をミイラにする場所(エンバーミング館)を指しているんです。
信仰地域の謎
長い間、セルケトの起源地ははっきりしていませんでした。
昔の説
- 下エジプト第6ノモスが起源だと考えられていた
- 地名「プセルキス」がセルケトに由来すると思われていた
現在の説
- その地域では実際には信仰されていなかったことが判明
- 上エジプトのエドフが主要な信仰地
- ナイル川下流のデルタ地帯でも崇拝されていた
エドフでは地元の神話の中にセルケトの名前が登場するそうです。
タイコウチからサソリへ
セルケトのシンボルが変化した経緯も興味深いんです。
もともとの姿
- 水棲昆虫のタイコウチを表すヒエログリフを頭上に載せていた
- タイコウチは「水サソリ」とも呼ばれる
- サソリに似た尾(実際は呼吸管)を持つ
なぜ変化したのか
- タイコウチがサソリと見た目が似ていた
- 徐々に混同されるようになった
- 新王国時代末期にはサソリに変わった
- セルケトは危険な生物と関連づけられるようになった
本来はナイルの四つの源流を守護する女神だったセルケト。川の源流を司ることから、水の行き着く先である冥界とも結びつけられたんですね。
信仰の形態
神殿について
セルケト専用の大きな神殿は知られていません。しかし、各地で重要な女神として崇拝されていました。
信仰の実践
- 墓所への副葬品に姿が刻まれた
- 呪術的な意味合いが強かった
- セルケトの名を使った呪文が毒性生物を遠ざけるとされた
- 神官は医者であり魔法使いだった
2025年1月には、サッカラで宮廷医師テティネベフーの墓が発見されました。
彼は「セルケト女神の呪術師」「薬草の管理者」という称号を持っていたそうです。
まとめ
セルケトは、古代エジプトで最も古くから崇拝されてきた多面的な女神です。
重要なポイント
- 名前の意味:「呼吸させるもの」
- 主な役割:葬祭の女神、医術の女神、毒性生物からの守護神
- 姿:頭上にサソリ(元はタイコウチ)を載せた美しい女性
- 起源:第1王朝(紀元前3100年頃)から信仰、上エジプトのエドフが中心地
- 四人の泣く女神:イシス、ネフティス、ネイトと共に死者を守る
- 太陽神の守護者:ラーをアポピスから守る戦士
- 医療の神:毒の治療法を知り、神官は医者でもあった
サソリという恐ろしい生物をシンボルとしながらも、実は人々を守り、命を救う優しい女神だったセルケト。古代エジプトの人々にとって、まさに「命の貴婦人」だったんですね。


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