「世界三大作曲家って誰のこと?」
クラシック音楽に詳しくなくても、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
答えはバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンの3人です。
この3人は時代も活動した場所も違うのに、なぜ「三大作曲家」と呼ばれるのか。
その理由を知ると、クラシック音楽がもっと身近に感じられるかもしれません。
この記事では、世界三大作曲家それぞれの生涯や代表曲、そしてなぜこの3人が選ばれたのかをわかりやすく解説していきます。
世界三大作曲家は「バッハ・モーツァルト・ベートーヴェン」
世界三大作曲家として広く認められているのは、以下の3人です。
- ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750)
- ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)
- ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)
この3人は英語圏では「The Big Three」とも呼ばれ、クラシック音楽の歴史において別格の存在として扱われています。
面白いことに、この3人のうちバッハとベートーヴェンはドイツ出身で、姓が「B」で始まることから「ドイツ三大B」と呼ばれることもあります(3人目の「B」はブラームスを指すこともあります)。
「音楽の父」バッハ
生涯と人物像
ヨハン・ゼバスティアン・バッハは1685年、ドイツのアイゼナハで生まれました。
バッハ家は200年にわたって50人以上の音楽家を輩出した、まさに「音楽一族」でした。
9歳で母を、10歳で父を亡くしたバッハは、オルガニストをしていた兄に引き取られ音楽を学びます。
その後、教会のオルガニストや宮廷楽長として活躍し、生涯で1,100曲以上を作曲しました。
実は、バッハが「偉大な作曲家」として認められたのは死後のことです。
生前は「オルガンの名手」として知られていたものの、作曲家としての評価は高くありませんでした。
死後80年近く経った1829年、メンデルスゾーンが「マタイ受難曲」を演奏したことをきっかけに、バッハの音楽は世界中で再評価されるようになったのです。
代表曲
バッハの音楽は、複数の旋律が絡み合う「対位法」を極限まで追求したことで知られています。
- G線上のアリア(管弦楽組曲第3番より)
- 主よ、人の望みの喜びよ(カンタータ第147番より)
- トッカータとフーガ ニ短調
- ブランデンブルク協奏曲
- マタイ受難曲
- 平均律クラヴィーア曲集
「神童」モーツァルト
生涯と人物像
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは1756年、現在のオーストリア・ザルツブルクで生まれました。
父レオポルトは宮廷楽団のヴァイオリン奏者で、幼いモーツァルトに音楽を教えました。
3歳でクラヴィーア(鍵盤楽器)を弾き始め、5歳で作曲を開始。
6歳の時にはマリア・テレジア女帝の前で演奏を披露するなど、まさに「神童」と呼ぶにふさわしい才能を見せました。
しかし、その人生はわずか35年。
経済的な困難に悩まされながらも、生涯で600曲以上を作曲しました。
最後の作品となった「レクイエム」は未完のまま、1791年12月5日にウィーンで亡くなりました。
代表曲
モーツァルトの音楽は、完璧な形式美と深い表現力を兼ね備えています。
オペラ、交響曲、協奏曲、室内楽など、あらゆるジャンルで傑作を残しました。
- アイネ・クライネ・ナハトムジーク
- 交響曲第40番 ト短調
- ピアノソナタ第11番「トルコ行進曲付き」
- オペラ「フィガロの結婚」
- オペラ「魔笛」
- レクイエム
「楽聖」ベートーヴェン
生涯と人物像
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンは1770年、ドイツのボンで生まれました。
父は宮廷のテノール歌手でしたが酒に溺れ、幼いベートーヴェンに厳しいスパルタ教育を施しました。
22歳でウィーンに移り、ハイドンに師事。
ピアニストとして名声を得ますが、20代後半から難聴が悪化し、28歳頃にはほとんど聞こえない状態になりました。
音楽家にとって聴覚を失うことは死に等しい絶望です。
32歳の時には「ハイリゲンシュタットの遺書」を書き、自殺すら考えました。
しかし、芸術への情熱でこの苦悩を乗り越え、その後の10年間で次々と傑作を生み出しました。
作家ロマン・ロランはこの時期を「傑作の森」と呼んでいます。
代表曲
ベートーヴェンの音楽は、古典派の集大成でありながらロマン派への道を切り開いたとされています。
特に9つの交響曲と32曲のピアノソナタは、今なお多くの演奏家に愛されています。
- 交響曲第5番「運命」
- 交響曲第9番「合唱付き」(第九)
- ピアノソナタ第8番「悲愴」
- ピアノソナタ第14番「月光」
- ピアノソナタ第23番「熱情」
- エリーゼのために
なぜこの3人が「世界三大」なのか
バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン。
なぜこの3人が「世界三大作曲家」と呼ばれるのでしょうか。
音楽史における決定的な影響力
この3人は、それぞれの時代で音楽の基礎を作り、後世に計り知れない影響を与えました。
バッハは対位法を極限まで発展させ、西洋音楽の理論的な基盤を築きました。
モーツァルトもベートーヴェンもバッハの音楽から学び、ショパンは毎日バッハの「平均律クラヴィーア曲集」を弾いていたと言われています。
モーツァルトは、音楽を貴族だけのものから一般市民へと広げたパイオニアでした。
オペラ、交響曲、協奏曲、室内楽など、あらゆるジャンルで完璧な形式美を示し、「古典派」の手本を作りました。
ベートーヴェンは、古典派の形式を受け継ぎながらも個人の感情を音楽で表現することに挑戦しました。
彼の革新的な作風は、その後100年以上にわたって作曲家たちの目標となりました。
時代を超えた普遍性
この3人の音楽は、200年以上経った今でも世界中で演奏され、愛されています。
クラシック音楽に詳しくない人でも、「G線上のアリア」「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」「運命」のメロディは聞いたことがあるはずです。
まさに「時代を超えた普遍性」を持つ音楽を生み出したからこそ、この3人は「世界三大作曲家」として認められているのです。
世界三大作曲家 一覧表
| 項目 | バッハ | モーツァルト | ベートーヴェン |
|---|---|---|---|
| フルネーム | ヨハン・ゼバスティアン・バッハ | ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト | ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン |
| 生没年 | 1685年-1750年 | 1756年-1791年 | 1770年-1827年 |
| 享年 | 65歳 | 35歳 | 56歳 |
| 出身地 | ドイツ・アイゼナハ | オーストリア・ザルツブルク | ドイツ・ボン |
| 時代区分 | バロック | 古典派 | 古典派→ロマン派 |
| 通称 | 音楽の父 | 神童 | 楽聖 |
| 作品数 | 約1,100曲 | 約600曲 | 約700曲 |
| 代表的なジャンル | 教会音楽、鍵盤音楽 | オペラ、交響曲、協奏曲 | 交響曲、ピアノソナタ |
まとめ
- 世界三大作曲家はバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンの3人
- バッハは「音楽の父」と呼ばれ、西洋音楽の理論的基盤を築いた
- モーツァルトは「神童」として5歳で作曲を始め、35歳の短い生涯で600曲以上を残した
- ベートーヴェンは「楽聖」と呼ばれ、難聴を乗り越えて傑作を生み出し続けた
- この3人が「三大」とされる理由は、音楽史への決定的な影響力と時代を超えた普遍性
クラシック音楽は敷居が高いと思われがちですが、まずはこの3人の代表曲から聴いてみてはいかがでしょうか。
きっと「どこかで聞いたことがある」メロディに出会えるはずです。

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