流れの速い大河に差し掛かったとき、突然水中から恐ろしい妖怪が襲いかかってきたら、どうしますか?
中国の名作『西遊記』では、まさにそんな場面で登場するのが沙悟浄(さごじょう)という妖怪でした。日本では河童として描かれることも多いこの不思議な存在、実は元々は天界の高官だったんです。
罪を犯して地上に落とされ、妖怪となって人を襲う日々。でも最後には三蔵法師の弟子となり、天竺への旅に同行することになります。
この記事では、『西遊記』の三番目の弟子・沙悟浄について、その複雑な経歴と特徴を詳しくご紹介します。
概要

沙悟浄(さごじょう)は、中国の四大奇書の一つ『西遊記』に登場する三蔵法師の三番目の弟子です。
元々は天界で「捲簾大将(けんれんたいしょう)」という高い地位にあった武官でしたが、失敗により地上に落とされて水の妖怪となりました。観音菩薩の導きで仏門に入り、孫悟空、猪八戒とともに三蔵法師を守りながら天竺を目指すことになります。
実は沙悟浄という名前は、観音菩薩から授かった法名なんです。「沙」は流沙河から、「悟浄」は「清らかさを悟る」という意味が込められています。普段は「沙和尚(しゃおしょう)」や「沙僧」と呼ばれることが多く、これは「砂の僧侶」という意味になります。
系譜
沙悟浄の系譜は、実はかなり複雑な変遷をたどっているんです。
歴史的な起源
沙悟浄のモデルは、7世紀の実在の僧・玄奘三蔵(三蔵法師のモデル)が砂漠で遭遇したとされる「深沙神(じんじゃしん)」という神様だったと考えられています。
『大慈恩寺三蔵法師伝』という歴史書によると、玄奘が砂漠で水がなくて倒れそうになったとき、夢の中に背の高い神が現れて励ましたという記録があります。この神が後の沙悟浄の原型となったんですね。
物語の中での変化
時代とともに、この深沙神の姿は大きく変化していきました。
- 宋代(『大唐三蔵取経詩話』):三蔵の前世を二度も食べた恐ろしい妖怪として登場
- 元代(楊景賢の雑劇『西遊記』):天界から追放された水怪として描かれる
- 明代(現在知られる『西遊記』):三蔵法師の忠実な弟子として完成
つまり、最初は助ける神様だったのが、敵対する妖怪になり、最後には味方になるという面白い変化をたどったわけです。
姿・見た目
沙悟浄の見た目は、正直言ってかなり恐ろしいんです。
妖怪としての姿
『西遊記』の原作では、こんな風に描写されています。
沙悟浄の外見的特徴
- 髪:赤い炎のようなふわふわした髪(後に剃髪)
- 目:光る円い目玉
- 顔:黒とも青ともつかない藍色の肌
- 声:雷や太鼓のような恐ろしい声
- 身長:約3.6メートル(一丈二尺)
- 服装:黄色い錦の袈裟、白い藤の帯
特徴的な装身具
沙悟浄といえば、首にかけた9つの髑髏のネックレスが有名です。
これ、実は三蔵法師の9回の前世の首だという説があるんです。ちょっとゾッとしますよね。
普通なら川底に沈むはずの骨が、なぜか浮いてきたので、珍しく思って繋げてネックレスにしたそうです。
日本での描かれ方
面白いことに、日本では沙悟浄は河童として描かれることが多いんです。
でも、これは日本独自の解釈で、中国に河童という妖怪は存在しません。
水の妖怪というイメージから、日本人に馴染みやすい河童の姿になったんでしょうね。
特徴

沙悟浄には、他の弟子たちとは違う独特の特徴があります。
能力と武器
降妖宝杖(こうようほうじょう)という特別な武器を持っています。
- 材質:月の宮殿に生える桂の木
- 重さ:約3トン(5040斤)
- 特徴:金の芯が通っていて絶対に折れない
変化の術は18種類しか使えません(孫悟空の72変化、猪八戒の36変化と比べると少ない)。でも、水中戦が得意で、川や湖を渡るときには大活躍します。
性格的な特徴
沙悟浄の性格を一言で表すなら「真面目で控えめ」です。
- 師匠に対して忠実で礼儀正しい
- 文句を言わずに黙々と働く
- 孫悟空や猪八戒のような派手な活躍はない
- 冷静で論理的な判断をする
研究者の中には「個性が薄い」「キャラクターとして成功していない」という評価もあります。でも、個性の強い孫悟空と猪八戒の間で、潤滑油のような役割を果たしているとも言えるんです。
伝承
沙悟浄にまつわる最も有名な伝承は、やはり流沙河での出会いです。
天界からの転落
元々、沙悟浄は天帝に仕える捲簾大将という高官でした。天帝が謁見するとき、御簾(みす)のそばで警護する重要な役目だったんです。
ところが、蟠桃会(ばんとうえ)という天界の宴会で、うっかり手を滑らせて天帝の大切な瑠璃の器を割ってしまいました。激怒した天帝は、沙悟浄に鞭打ち800回の刑を与え、地上に追放。さらに7日に一度、鋭い剣が脇腹を貫くという恐ろしい呪いまでかけられました。
流沙河の妖怪として
地上に落とされた沙悟浄は、流沙河という大河に住む妖怪になりました。
- 幅800里(約3200km)もある巨大な河
- 鳥の羽も浮かばないほど水が重い「弱水」
- 通りかかる人間を襲って食べていた
- 9人の取経僧(経典を求める僧)を殺した
三蔵法師との出会い
観音菩薩が三蔵法師の護衛を探していたとき、流沙河で沙悟浄と出会います。最初は観音菩薩にも襲いかかりましたが、説得されて改心。次に来る取経者の弟子になることを約束しました。
実際に三蔵一行が来たときも、最初は敵だと思って襲いかかります。猪八戒と3回戦っても決着がつかず、結局孫悟空が観音菩薩を呼びに行って、ようやく誤解が解けました。
日本での伝承
実は沙悟浄(深沙神)は、日本にも伝わっているんです。
日光東照宮の近くにある「神橋」には、深沙神が二匹の大蛇に化けて橋となり、勝道上人という僧を渡したという伝説があります。東照宮の境内には「深沙王堂」というお堂もあり、商売繁盛や縁結びの神様として祀られているんです。
出典・起源
沙悟浄という存在の成立には、複数の要素が絡み合っています。
文学作品での登場
- 『大唐三蔵取経詩話』(宋代):深沙神として初登場
- 楊景賢『西遊記』雑劇(元代):捲簾大将の設定が追加
- 呉承恩『西遊記』(明代・1592年):現在知られる姿が完成
モデル説
沙悟浄のモデルについては、いくつかの説があります。
- 深沙神説:最も有力。インドの神話や仏教の影響を受けた神格
- ヨウスコウワニ説:揚子江に生息するワニがモデル
- ヨウスコウカワイルカ説:絶滅危惧種のイルカがモデル
どれも決定的な証拠はありませんが、水に住む妖怪という点では共通していますね。
名前の変遷
沙悟浄は作品の中でいくつもの名前を持っています。
- 捲簾大将:天界での役職名
- 河伯:流沙河の水神としての名前
- 沙悟浄:観音菩薩がつけた法名
- 沙和尚・沙僧:普段の呼び名
- 金身羅漢:天竺到達後の称号
まとめ
沙悟浄は、『西遊記』の中で最も複雑な経歴を持つキャラクターです。
重要なポイント
- 元は天界の高官「捲簾大将」だったが、失敗で地上に追放
- 流沙河の妖怪として人を襲う恐ろしい存在だった
- 観音菩薩の導きで改心し、三蔵法師の三番目の弟子に
- 真面目で控えめな性格で、チームの潤滑油的な役割
- 日本では河童として描かれることが多い
- 深沙神という神格が起源で、日本の日光にも祀られている
派手な活躍こそ少ないものの、黙々と師匠を支え続けた沙悟浄。その姿は、目立たないけれど大切な仕事をこなす人々の象徴とも言えるかもしれませんね。


コメント