水と天候を司る神獣「龍王(竜王)」とは?その起源・種類・信仰をやさしく解説

神話・歴史・伝承

「龍王」という言葉を聞いたことはありますか?

雨乞いの儀式、お寺の守護神、あるいは浦島太郎に出てくる竜宮城の主として、どこかで耳にしたことがあるかもしれません。

実は龍王は、インドの蛇神信仰から生まれ、仏教とともに中国へ渡り、やがて日本にも伝わった、長い歴史を持つ神聖な存在なのです。

この記事では、龍王の起源から各地域での信仰、さまざまな種類まで詳しくご紹介します。


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概要

龍王(竜王、りゅうおう)とは、仏教における蛇神ナーガの王「ナーガラージャ」の漢訳です。

また、中国の想像上の神獣である龍がインドの影響を受けて人格化され、王の位を与えられた神格でもあります。

龍王の最大の特徴は、水・雲・雨・天候を支配する力を持っていること。古来より人々は、干ばつや洪水の際に龍王に祈りを捧げてきました。

仏教においては、仏法を守護する天龍八部衆のひとつに数えられ、仏陀を守護する半神として崇められています。その姿は人面蛇身(上半身が人間、下半身が蛇)として描かれることが多いです。


龍王の起源 ~インドの蛇神ナーガから~

龍王のルーツをたどると、古代インドの蛇神「ナーガ」にたどり着きます。

ナーガとは、コブラを神格化した蛇の精霊で、インドでは紀元前から広く信仰されていた存在です。ヒンドゥー教では、パーターラという地底界に棲むとされていました。

このナーガの王を「ナーガラージャ」(蛇神王)と呼び、これを中国語に訳したのが「龍王」という言葉なのです。

釈迦と龍王の関係

仏教の開祖である釈迦(ブッダ)と龍王には、深いつながりがあります。

  • 誕生時:二匹の龍王が現れ、温水と冷水を灌いで釈迦の誕生を祝福した
  • 修行時:龍王の娘スジャータが乳粥を捧げ、断食で弱った釈迦を救った
  • 悟りの時:七日間の暴風雨の際、ムチャリンダ龍王がとぐろを巻いて釈迦を守護した
  • 法華経:八歳の龍女(龍王サガラの娘)が成仏し、女性でも悟りを開けることを示した

中国における龍王

中国にはもともと、龍という想像上の神獣が存在していました。龍は雲を呼び、雨を降らせる存在として、古くから信仰されていたのです。

仏教が中国に伝わると、インドの蛇神ナーガと中国の龍が結びつきました。どちらも水を司る存在だったため、自然な形で習合(複数の信仰が混ざり合うこと)が起きたのでしょう。

こうして「龍王」という概念が中国に広まり、各地の河川・湖・井戸・池などに龍王が棲んでいると信じられるようになりました。

唐代(618〜907年)には雨乞いの祭事として龍王への祈願が盛んに行われ、中国各地に龍王廟(龍王を祀る寺院)が建てられました。現在でも、広東省や福建省などの南部地域では龍王信仰が続いています。


五方龍王 ~五つの方角を守る龍王~

中国には「五行思想」という考え方があります。これは、万物が木・火・土・金・水の五つの要素からなるという哲学です。

この思想と龍王信仰が結びつき、東西南北と中央の五つの方角それぞれに龍王がいるという考えが生まれました。

  • 東方青龍王(青色・春を象徴)
  • 南方赤龍王(赤色・夏を象徴)
  • 中央黄龍王(黄色・土用を象徴)
  • 西方白龍王(白色・秋を象徴)
  • 北方黒龍王(黒色・冬を象徴)

北宋の徽宗皇帝(1110年)は、これら五色の龍神にそれぞれ王の位(広仁王・嘉沢王・孚応王・義済王・霊沢王)を与えています。このことから、遅くとも12世紀頃には五方龍王の信仰が確立していたことがわかります。


四海龍王 ~四つの海を支配する龍王~

中国では古来、東西南北の四つの海に神がいると信じられていました。この海神と龍王信仰が結びつき、「四海龍王」という概念が生まれたのです。

唐の玄宗皇帝(751年)は四海の神に王号を授け、清の雍正帝(1724年)もこれに倣いました。

四海龍王は『西遊記』や『封神演義』といった古典小説にも登場し、それぞれ固有の名前が与えられています。

  • 東海龍王 敖広(ごうこう):東シナ海を支配
  • 南海龍王 敖欽(ごうきん):南シナ海を支配
  • 西海龍王 敖閏(ごうじゅん):青海湖やインド洋を支配
  • 北海龍王 敖順(ごうじゅん):バイカル湖や日本海を支配

四海龍王は人間のような体に龍の頭を持ち、皇帝の装束を身にまとった姿で描かれます。海中の豪華な宮殿に住み、海の生物や夜叉(精霊)を従えているとされています。


八大龍王 ~法華経に登場する龍王たち~

仏教経典の中でも特に有名なのが、『法華経』に登場する八大龍王です。

これは釈迦の説法を聴いた八柱の龍王のことで、それぞれがインド神話にも登場するナーガの王たちでした。

  • 難陀(なんだ):護法龍王の筆頭
  • 跋難陀(ばつなんだ):難陀の弟
  • 娑伽羅(しゃがら):雨乞いの本尊として重要
  • 和修吉(わしゅきつ):多くの頭を持つ龍王
  • 徳叉迦(とくしゃか):視線に毒があり、凝視すれば人畜を絶命させる
  • 阿那婆達多(あなばだった):馬形の龍王
  • 摩那斯(まなし):蛙形の龍王で徳が高い
  • 優鉢羅(うはつら):蓮華の池に住む龍王

日本における龍王信仰

日本にも龍王信仰は仏教とともに伝わり、土着の水神・蛇神信仰と結びつきました。

日本では龍王は「龍神」「竜宮様」とも呼ばれ、水を司る神として各地で祀られています。龍神が棲むとされる淵や池では雨乞いが行われ、漁村では豊漁を祈願する龍神祭が催されました。

空海と善女龍王

平安時代、弘法大師空海が神泉苑(京都)で雨乞いの祈祷を行い、善女龍王(清瀧権現)を勧請したという伝説は特に有名です。

神泉苑では平安時代中期から、密教の祈雨修法のほかに五龍王を祀る陰陽道の「五龍祭」も行われるようになりました。

九頭龍と八岐大蛇

日本神話に登場する八岐大蛇(やまたのおろち)と仏教の八大龍王が習合し、「九頭龍」伝承が生まれたとも言われています。

九頭龍は日本各地で祀られており、特に箱根や戸隠の九頭龍神社が知られています。


まとめ

龍王は、水と天候を支配する強力な神格として、アジア各地で崇められてきた存在です。

押さえておきたいポイント

  • 龍王はインドの蛇神ナーガの王「ナーガラージャ」を漢訳したもの
  • 仏教では仏法を守護する天龍八部衆のひとつとして崇められる
  • 中国では五方龍王(東西南北中央)と四海龍王(四つの海)が信仰された
  • 『法華経』には八大龍王が登場し、釈迦の説法を聴いた
  • 日本では水神・龍神として雨乞いや豊漁祈願の対象となった
  • 空海と善女龍王、九頭龍信仰など日本独自の伝承も生まれた

インドから中国、そして日本へ。龍王は各地の文化や信仰と融合しながら、今なお人々の心に生き続けています。

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