中国の神話に登場する竜といえば、皇帝の象徴として崇められた神聖な存在ですよね。
でも、その竜には9匹の子どもがいたことをご存じでしょうか?
しかも、どの子も親である竜にはなれず、それぞれまったく違う姿と性格を持っているんです。
建物の屋根に乗っている獣、お寺の鐘についている飾り、門に付いている取っ手……実はこれらの多くが、竜の子どもたちをかたどったものだと言われています。
この記事では、中国で古くから伝わる「竜生九子(りゅうせいきゅうし)」について、その神話・伝承の背景から、9匹それぞれの姿や特徴まで、分かりやすくご紹介します。
概要

竜生九子(りゅうせいきゅうし) とは、中国の伝説に登場する、竜が生んだ9匹の子どもたちのことです。
「龍生九子、各有所好(竜、九子を生み、それぞれに好むところあり)」という言葉が由来となっています。
面白いのは、9匹とも親である竜になることはできなかったという点。姿も性格もバラバラで、ある子は音楽が好き、ある子は戦いを好み、またある子は重いものを背負うのが得意……といった具合に、それぞれ個性的な特徴を持っているのです。
この伝承は、「竜には9匹の子がいる」という古くからの言い伝えと、中国各地で見られる怪獣をかたどった装飾の様式が結びついて生まれたとされています。
なぜ「9匹」なのか
「竜の子が9匹」というのは、単なる偶然ではありません。
中国では古くから「九」という数字がとても大切にされてきました。
「九」は天の数 とされ、皇帝を象徴する高貴な数でもあったのです。
たとえば、竜の背中には81枚(9×9)の鱗があるとされていたり、北京の故宮には「九龍壁」という9匹の竜を描いた壁があったりします。
また、「九」には「極めて多い」という意味もあり、必ずしも正確に9匹というわけではなく、「たくさんの子ども」を表現しているという解釈も存在します。
いずれにしても、竜と九という組み合わせは、中国文化において特別な意味を持っているんですね。
9匹の顔ぶれには「二つの説」がある
竜生九子の具体的な顔ぶれは、実は文献によって異なっているんです。
代表的なのは、明代に書かれた二つの書物に記された説。
- 『懐麓堂集(かいろくどうしゅう)』 ……李東陽(1447-1516)による説
- 『升庵外集(しょうあんがいしゅう)』 ……楊慎(1488-1559)による説
どちらも明の時代に成立したもので、一部は共通していますが、異なるメンバーも含まれています。
これは「間違い」というわけではなく、長い年月の中で地域や時代によって伝承が変化してきた証拠と言えるでしょう。
『懐麓堂集』に記された九子
まずは李東陽の『懐麓堂集』に記された9匹をご紹介しましょう。
こちらは、各子の「順番」も明記されているのが特徴的です。
| 順番 | 名前 | 性格・好み | 装飾として見られる場所 |
|---|---|---|---|
| 長男 | 囚牛(しゅうぎゅう) | 音楽を好む | 胡琴(二胡など弦楽器)の頭部 |
| 二男 | 睚眦(がいさい) | 殺すことを好む | 刀の柄 |
| 三男 | 嘲風(ちょうふう) | 険しい場所を好む | 屋根の角に並ぶ獣の像 |
| 四男 | 蒲牢(ほろう) | 鳴くことを好む | 釣鐘の鈕(つり下げ部分) |
| 五男 | 狻猊(さんげい) | 座ることを好む | 仏座の獅子像 |
| 六男 | 覇下(はか) | 重いものを背負うのを好む | 石碑の台座 |
| 七男 | 狴犴(へいかん) | 訴訟を好む | 牢獄の門の獅子頭 |
| 八男 | 贔屭(ふき) | 文章の読み書きを好む | 石碑の左右に彫られた竜 |
| 九男 | 蚩吻(しふん) | 呑み込むことを好む | 屋根の大棟(てっぺん)の獣頭 |
「蚩吻は火を呑み込む」という性質から、火災除けのまじないとして屋根に置かれるようになったと言われています。
『升庵外集』に記された九子
続いて、楊慎の『升庵外集』に記された9匹です。
こちらは現在最も広く知られているバージョンで、順番は明記されていません。
| 名前 | 姿・性格 | 装飾として見られる場所 |
|---|---|---|
| 贔屓(ひいき) | 亀に似る。重いものを背負うのを好む | 石碑の下の亀の形の台座 |
| 螭吻(ちふん) | 獣に似る。遠くを望むことを好む | 屋根の上の獣頭 |
| 蒲牢(ほろう) | 龍に似るが小さい。吼えることを好む | 釣鐘の鈕(つり下げ部分) |
| 狴犴(へいかん) | 虎に似る。力が強い | 牢獄の門 |
| 饕餮(とうてつ) | 飲食を好む | 鼎(古代の器)の蓋 |
| 𧈢𧏡(はか) | 水を好む | 橋の柱 |
| 睚眦(がいし) | 殺すことを好む | 刀環(刀の柄についた環) |
| 金猊(きんげい) | 獅子に似る。火と煙を好む | 香炉 |
| 椒図(しょうず) | 貝に似る。閉じることを好む | 門の鋪首(ドアノッカーの台座) |
「贔屓(ひいき)」という言葉は、現代日本語でも「特定の人や物をひいきする」という意味で使われていますよね。これは「重いものを背負って支える」という竜の子の性質から、「肩入れする」という意味に転じたと考えられています。
二つの説を比べてみると
両方に登場するのは、蒲牢・狴犴・睚眦 の3匹。
また、「覇下」と「贔屓」、「狻猊」と「金猊」、「蚩吻」と「螭吻」は、それぞれ同一視されることもあり、名前や表記が違うだけという見方も存在します。
一方、『懐麓堂集』にのみ登場するのは 囚牛・嘲風・贔屭 など。
『升庵外集』にのみ登場するのは 饕餮・𧈢𧏡・椒図 などとなっています。
代表的な九子をもう少し詳しく

囚牛(しゅうぎゅう)― 音楽を愛する長男
竜王の長男である囚牛は、音楽をこよなく愛する存在。音が奏でられていると、その近くにいたがる性質を持っています。
この特性から、胡琴(二胡などの弦楽器)の頭部に彫刻され、楽器の上に座って演奏に耳を傾けている姿で表現されるようになりました。
睚眦(がいし)― 戦いを好む武人
竜の頭と角を持ち、恐ろしい形相をした睚眦は、戦いを好み、武器のよさが分かる存在とされています。
刀や剣のつばのすぐ上には、口を開いた竜頭の彫刻「龍吞口」がありますが、これが睚眦をかたどったものです。
蒲牢(ほろう)― 臆病で声が大きい竜
いつも体を丸めて座り込んでいる蒲牢は、実は臆病な竜。父親の深海の王国で、自分の上を泳ぐ巨大な鯨に怯えていたといいます。
その代わり、叫び声がとても大きいため、鐘の鈕(つり下げ部分)にその姿が彫られました。鐘を鯨の形をした槌でたたくと、特別大きく響くと言われています。
贔屓(ひいき)― 重荷を背負う亀
亀に似た姿の贔屓は、きわめて力が強く、重いものを背負うのが得意。
伝説では、8つの山脈を持ち上げてあちこちに運んで遊んでいたとも言われています。
石碑を支える亀の形の台座は、この贔屓をかたどったもの。現代日本語の「贔屓する」という言葉の語源ともされています。
饕餮(とうてつ)― 大食いの怪物
饕餮は飲食をこよなく好む存在で、その顔は凶悪な野獣のよう。
古代中国の青銅器、特に鼎(てい)と呼ばれる三本足の器の蓋には、この饕餮の顔をかたどった「饕餮文」が施されていました。「食べ物を司る」という意味が込められていたのかもしれません。
「竜王」と「九子」の関係
中国神話には「四海竜王」という、東西南北の四つの海を治める竜王がいます。
『西遊記』や『封神演義』に登場する敖広(東海)、敖閏(西海)、敖欽(南海)、敖順(北海)がそれにあたります。
竜生九子の「親」が具体的に誰なのかは、文献によって明確ではありません。
ただ、四海竜王も多くの子を持つとされており、竜生九子の伝承と結びついて語られることもあるようです。
まとめ
竜生九子は、中国の神話・伝承に登場する、竜が生んだ9匹の子どもたちです。
重要なポイント
- 竜の子どもたちは、いずれも親である竜にはなれなかった
- それぞれが異なる姿・性格・好みを持っている
- 『懐麓堂集』と『升庵外集』という二つの代表的な説がある
- 各子の性格に合わせて、建物や器物の装飾として使われてきた
- 「贔屓」「饕餮」など、現代でも使われる言葉の由来にもなっている
- 中国で「九」は神聖な数とされ、皇帝や竜と深く結びついていた
中国の古い建物を訪れる機会があれば、屋根や門、橋の柱などを注意深く見てみてください。
そこには、竜の子どもたちが何百年もの間、静かにその場所を守り続けているかもしれません。

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