ギリシャ神話にヘラクレス、北欧神話にシグルズがいるように、ペルシャ神話にも「最強の英雄」が存在します。
その名はロスタム。
700年を生き、7人の王に仕え、数々の怪物を打ち倒した伝説の戦士です。
しかし、その生涯は栄光だけではありませんでした。
知らずに我が子を殺し、最期は裏切りによって命を落とす——壮絶な悲劇の英雄でもあるんですね。
この記事では、ペルシャ神話最大の英雄ロスタムの伝説をわかりやすく紹介します。
ロスタムの概要

ロスタム(Rostam / رستم)は、ペルシャの叙事詩『シャー・ナーメ(王書)』に登場する英雄です。
『シャー・ナーメ』は10世紀の詩人フェルドウスィーがまとめた大叙事詩で、古代イランの神話・伝説・歴史を網羅した作品。
日本でいえば『古事記』や『日本書紀』に近い存在ですね。
その中でロスタムは、イラン(ペルシャ)を守る最強の聖戦士として描かれています。
体格は象のごとく巨大で、その勇猛さは獅子に喩えられる。
武術と投げ縄の腕は誰にも並ぶ者がいなかったとされています。
ロスタムの物語は、ギリシャ神話のヘラクレスやケルト神話のクー・フーリン、ゲルマン神話のヒルデブラントなどとの類似点が指摘されており、世界的にも注目されている英雄譚です。
ロスタムの系譜——英雄と魔の血統
ロスタムの血筋は、実はかなり複雑なんです。
父方:英雄の名門・ナリーマン家
父は「白髪のザール」と呼ばれる英雄。
生まれつき白髪だったため、異形として父サームに捨てられましたが、霊鳥シームルグに拾われて育てられました。
シームルグというのは、ペルシャ神話に登場する神聖な鳥で、不死鳥のような存在です。
ザールはこの霊鳥から知恵と武術を授けられ、後にイラン屈指の賢者にして戦士となりました。
母方:蛇王ザッハークの血
母はカブールの王女ルーダーベ。
絶世の美女として知られていますが、実はペルシャ神話最悪の暴君「蛇王ザッハーク」の曾孫でもあります。
ザッハークは、肩から生えた2匹の蛇が人間の脳を食べるという恐ろしい呪いを受けた王。
つまりロスタムは、英雄の血統と魔の血統を同時に引いているんですね。
この複雑な血筋が、ロスタムの超人的な力の源とされています。
劇的すぎる誕生——世界初の帝王切開?
ロスタムの誕生は、いきなりドラマチックでした。
母ルーダーベのお腹の中で、ロスタムはあまりにも大きく成長しすぎてしまいます。
このままでは母子ともに危険——そんな絶体絶命の状況で、父ザールは育ての親である霊鳥シームルグに助けを求めました。
シームルグの指示はこうでした。
「母親を酒で酩酊させ、腹を切って赤子を取り出せ。傷口には私が教える霊薬を塗れ」
これがペルシャ神話における「世界初の帝王切開」の記録とされています。
実際、英語で帝王切開を「Cesarean section」と呼びますが、ペルシャ語では「Rostamzad(ロスタム生まれ)」という言葉があるほどです。
無事に生まれた赤子を見て、母ルーダーベは「私は救われた(ロスタム)」と言いました。
これが名前の由来になったとされています。
規格外の成長と愛馬ラクシュ
生まれた時からロスタムは規格外でした。
生後わずか1日で、すでに成人男性ほどの背丈があったといいます。
乳母は10人必要で、離乳後の食事量は成人男性5人分。
幼少期には、暴れ狂う白い象をメイスの一撃で倒したというエピソードも残っています。
成長したロスタムは常人の8倍もの巨躯を持つようになりました。
しかし、ここで困った問題が発生します。
普通の馬では、ロスタムの体重を支えられないのです。
どんな名馬も、ロスタムが背に手を置いて力を込めると、腹が地面についてしまいました。
そんなとき、ロスタムは国中の馬を集めた中から、一頭の駿馬を見つけます。
「サフラン色の地に薔薇の花びらを散らしたような」美しい斑毛を持ち、獅子のように勇敢で、象のように力強く、ラクダのように速い馬。
それが愛馬ラクシュでした。
馬の持ち主にロスタムが値段を聞くと、こう答えたといいます。
「もしあなたがロスタムなら、この馬に乗ってイランを守りなさい。この馬の値段は、イランそのものだ」
以後、ロスタムとラクシュは生涯の相棒として、数々の戦いをともに駆け抜けることになります。
七道程——ロスタム最大の偉業

ロスタムの功績の中で最も有名なのが「七道程(ハフト・ハーン)」と呼ばれる7つの試練です。
七道程の背景
事の発端は、イラン国王カーウースの愚行でした。
カーウース王は悪鬼(ディーヴ)の住むマーザンダラーンに攻め込みますが、白鬼(ディーヴ・エ・セピド)の魔術によって軍勢ごと捕らえられ、目を潰されてしまいます。
捕虜となった王を救出するため、ロスタムはマーザンダラーンへの危険な旅に出発しました。
その道中で彼が乗り越えることになる7つの試練が「七道程」です。
七つの試練の内容
第一の試練:獅子との戦い
旅の途中、疲れて眠り込んだロスタムを獅子が襲います。
しかし、愛馬ラクシュが獅子の頭を蹴り飛ばし、背中を噛みちぎって撃退。
主人が眠っている間に、馬が代わりに戦って勝利したのです。
第二の試練:砂漠の渇き
水のない灼熱の砂漠で、ロスタムは死にかけます。
絶体絶命の中で神に祈ると、一匹の牝羊が現れ、その後を追うことで水場を発見。九死に一生を得ました。
第三の試練:龍との戦い
水場で眠るロスタムのもとに、巨大な龍が現れます。
ラクシュが何度も主人を起こそうとしますが、龍はそのたびに姿を消してしまう。
3度目にしてようやく龍を視認したロスタムは、ラクシュと協力して龍を討ち取りました。
第四の試練:魔女との戦い
ロスタムの前に美しい女性が現れ、食事と酒を差し出します。
しかしロスタムが神に感謝の祈りを捧げた瞬間、女の正体が醜い魔女だと露見。
すかさず投げ縄で捕らえ、剣で真っ二つにしました。
第五の試練:オラードの捕獲
マーザンダラーンの勇者オラードとの戦い。
ロスタムはオラードを打ち負かしますが、殺さずに案内役として従えます。
オラードは以後、悪鬼たちの住処への道案内を務めることになります。
第六の試練:アルジャング・ディーヴの討伐
オラードの案内で悪鬼の居城に到着したロスタムは、悪鬼の首領アルジャング・ディーヴを討伐。
しかし、カーウース王はまだ白鬼の魔術で目が見えないままでした。
第七の試練:白鬼の討伐
いよいよ最後の試練。
ロスタムは悪鬼の親玉である白鬼(ディーヴ・エ・セピド)の洞窟に乗り込みます。
白鬼は山のような巨体を持つ恐ろしい怪物でしたが、激闘の末にロスタムが勝利。
白鬼の心臓の血を王の目に塗ると、カーウース王の視力は回復しました。
こうしてロスタムは王と軍勢を救出し、イランへ凱旋したのです。
ペルシャ文学最大の悲劇——息子ソフラーブとの戦い
ロスタムの物語で最も心を打つのが、息子ソフラーブとの悲劇です。
知らぬ間に生まれた息子
七道程の旅の途中、ロスタムはサマンガンという国で王女タフミーネと出会い、一夜を共にします。
翌朝、ロスタムは旅を続けるために出発。
別れ際、彼はタフミーネに腕輪を渡し、「子が生まれたらこれを持たせてほしい」と伝えました。
やがてタフミーネは男の子を産み、ソフラーブと名付けます。
ソフラーブは父に似て驚異的な成長を遂げ、若くして無敵の戦士となりました。
父と子、知らずに激突
成長したソフラーブは、まだ見ぬ父ロスタムに会うため、イランへ向かいます。
しかし当時、イランとトゥーランは敵対関係にあり、ソフラーブはトゥラーン軍の将として進軍することに。
イラン側の総大将として迎え撃つのは——ロスタムでした。
戦場で二人は対峙しますが、互いに相手の正体を知りません。
ソフラーブは「もしかして、この人が父では?」と疑いを持ちますが、ロスタムは自分の名を明かしませんでした。
英雄としてのプライドが、名乗りを妨げたとも言われています。
悲劇の結末
壮絶な一騎打ちの末、ロスタムはソフラーブに致命傷を与えます。
倒れたソフラーブは、こう言いました。
「私の父は、ペルシャ最強の英雄ロスタム。父が私の死を知れば、必ず復讐に来るだろう」
その言葉を聞いた瞬間、ロスタムは悟ります。
自分が今、我が子を殺したのだと。
ソフラーブの腕には、あの日タフミーネに渡した腕輪がありました。
ロスタムの嘆きは凄まじく、自ら命を絶とうとしたほどでした。
この悲劇は、ペルシャ文学で最も有名なエピソードの一つとして、今も語り継がれています。
ロスタムの最期——裏切りと共に散った英雄
700年の生涯を戦い抜いたロスタムですが、その最期もまた悲劇的でした。
ロスタムには異母兄弟シャガドがいました。
シャガドはロスタムに恨みを抱き、彼を殺す計画を企てます。
シャガドはカブールの王と共謀し、罠を仕掛けました。
狩りの最中、ロスタムを毒を塗った槍が敷き詰められた穴に誘い込んだのです。
ロスタムと愛馬ラクシュは共に穴に落ち、全身を槍で貫かれました。
しかし、瀕死のロスタムは最後の力を振り絞って弓を取ります。
木の陰に隠れていたシャガドを見つけると、木ごと射抜いて裏切り者を道連れにしました。
こうして、ペルシャ最大の英雄は愛馬とともに生涯を終えたのです。
ロスタムの文化的影響
ロスタムの物語は、イラン文化に計り知れない影響を与えています。
ペルシャの細密画(ミニアチュール)では、ロスタムの武勇伝が数多く描かれてきました。
特に「七道程」や「ソフラーブとの戦い」は人気のモチーフです。
また、イランでは「パフラヴァーン(英雄・戦士)」という言葉がありますが、これはロスタムのような理想の戦士を指す称号でもあります。
19世紀に盛んになったペルシャの伝統的なレスリング「ヴァルゼシェ・パフラヴァーニー」では、レスラーたちがロスタムの精神を受け継ぐ者として尊敬されていました。
現代でも、イランの軍隊やスポーツチームがロスタムの名を冠することがあります。
彼は今なお、イラン人にとって誇りと勇気の象徴なのです。
まとめ
ロスタムについて、ポイントを整理しましょう。
- ペルシャ神話最大の英雄で、叙事詩『シャー・ナーメ』の主人公
- 英雄の名門ナリーマン家と、蛇王ザッハークの血を引く複雑な血統
- 霊鳥シームルグの助けによる帝王切開で誕生
- 愛馬ラクシュとともに700年を戦い抜いた
- 「七道程」で白鬼を倒し、国王を救出
- 知らずに息子ソフラーブを殺す悲劇を経験
- 最期は異母兄弟の裏切りで命を落とす
栄光と悲劇が交錯するロスタムの物語は、単なる英雄譚を超えた深みを持っています。
だからこそ1000年以上経った今でも、人々の心を打ち続けているのでしょう。


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