ロジャー・ペンローズ(Roger Penrose)とは?ブラックホール理論で2020年ノーベル物理学賞を受賞した数理物理学者

1931年8月8日、イングランドのエセックス州コルチェスターに生まれたロジャー・ペンローズ(Roger Penrose)は、現代物理学と数学に革命的な貢献をした英国の数理物理学者です。

ブラックホールの形成理論、ペンローズ・タイル、意識の量子理論など、多岐にわたる業績により、2020年にノーベル物理学賞を受賞しました。

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概要

ロジャー・ペンローズは、ブラックホールの数学的記述、一般相対性理論と宇宙論への貢献、そして数学・物理学・哲学にまたがる幅広い研究で知られています。

スティーヴン・ホーキング(Stephen Hawking)との共同研究により特異点定理を証明し、ブラックホール理論の基礎を築きました。

オックスフォード大学名誉ラウズ・ボール数学教授として長年教鞭を執り、現在も93歳(2025年2月時点)で活躍を続けています。

生い立ちと家族

知的な家系

ロジャー・ペンローズは、学術的に恵まれた環境で育ちました。

父のライオネル・シャープルズ・ペンローズ(Lionel Sharples Penrose)は医学遺伝学者で、精神障害の遺伝学研究の先駆者として王立協会フェローに選出されました。

母のマーガレット・リーズス(Margaret Leathes)は医師でした。

兄弟も学者揃い

兄弟たちもそれぞれの分野で活躍しています。

兄のオリバー・ペンローズ(Oliver Penrose)は物理学者となり、オープン大学やヘリオット・ワット大学で教授を務めました。

弟のジョナサン・ペンローズ(Jonathan Penrose)は、1950年代から1960年代にかけて英国チェス選手権で10回優勝したチェスのグランドマスターです。

妹のシャーリー・ホジソン(Shirley Hodgson)は遺伝学者・医師となりました。

幼少期と教育

第二次世界大戦中、ペンローズ一家はカナダのオンタリオ州ロンドンに移住しました。

父のライオネルはオンタリオ病院で精神医学研究に従事していました。

1945年に戦争が終わり、父はユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の人間遺伝学教授に任命されました。

一家は1949年の夏に船で英国に帰国しました。

ロジャーはユニバーシティ・カレッジ・スクールで教育を受けました。

当時、学校のカリキュラムでは生物学と数学を同時に履修することができず、医師になることを期待していた両親を驚かせることになりましたが、ロジャーは数学を選択しました。

学歴とキャリアの始まり

大学での研究

1952年、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンを優等学位(First Class Honours)で卒業しました。

その後、ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジ(St John’s College)で純粋数学の研究を開始しました。

1957年、代数幾何学で博士号を取得しました。

指導教官はジョン・A・トッド(John A. Todd)でした。

研究者としてのキャリア

博士号取得後、ペンローズは英米の複数の大学で教鞭を執りました。

1964年から1973年まで、ロンドン大学バークベック・カレッジ(Birkbeck College)で応用数学のリーダー(後に教授)を務めました。

1973年、オックスフォード大学のラウズ・ボール数学教授職に就任しました。

この地位を1998年に名誉教授となるまで保持しました。

ブラックホール理論への貢献

1965年の特異点定理

1965年、ペンローズは画期的な数学的定理を証明しました。

この定理は、十分に重い恒星が重力崩壊を起こすと、ブラックホールの形成は避けられないことを示すものでした。

それまで、ブラックホールは理論上の可能性にすぎないと考えられていました。

ペンローズの定理により、ブラックホールは宇宙の自然な発展過程における現実の天体であることが証明されたのです。

ペンローズ・ホーキング特異点定理

1969年、スティーヴン・ホーキングとの共同研究により、さらに重要な特異点定理を証明しました。

アインシュタインの一般相対性理論が正しければ、ブラックホール内部の全ての物質は特異点に崩壊することを示しました。

特異点とは、質量が無限の密度に圧縮され、体積がゼロになる幾何学的な点です。

この業績により、両者は1988年にウルフ物理学賞を共同受賞しました。

ペンローズ図

ペンローズは、ブラックホール周辺の時空領域を可視化する方法も開発しました。

ペンローズ図(Penrose diagram)と呼ばれるこの図式により、ブラックホールに接近する物体に対する重力の効果を視覚的に理解できるようになりました。

時空は3次元の空間と1次元の時間から成る4次元の連続体です。

ペンローズ図は、この複雑な構造を2次元の図として表現します。

ペンローズ過程

回転するブラックホールから理論的にエネルギーを取り出せる方法として、ペンローズ過程(Penrose process)を考案しました。

この理論は、ブラックホール周辺のエルゴ領域での粒子の挙動を利用するものです。

ペンローズ・タイルの発見

非周期的タイリング

1974年、ペンローズは数学と美術の両方に影響を与える発見をしました。

たった2種類の図形を使って、繰り返しパターンなしに平面を完全に覆う方法、ペンローズ・タイル(Penrose tiling)を発見したのです。

通常のタイリング(正方形や正六角形など)は、同じパターンが規則的に繰り返されます。

しかし、ペンローズ・タイルは非周期的です。

どれだけ広げても、同じパターンが繰り返されることはありません。

準結晶の発見へ

当初、ペンローズ・タイルは純粋に数学的な存在と考えられていました。

しかし1984年、ダニエル・シェヒトマン(Dan Shechtman)が、ペンローズ・タイルと同じ5回対称性を持つ結晶構造を実際に発見しました。

これは準結晶(quasicrystal)と呼ばれ、シェヒトマンは2011年にノーベル化学賞を受賞しました。

ペンローズの数学的発見が、10年後に物質科学の新分野を予見していたことになります。

M.C.エッシャーとの交流

ペンローズは父と共同で、「不可能図形」の研究も行いました。

ペンローズの三角形(Penrose triangle)やペンローズの階段(Penrose stairs)として知られる視覚的錯覚図形を考案しています。

これらの図形は、オランダの芸術家M.C.エッシャー(M.C. Escher)に影響を与えました。

エッシャーの代表作『滝』(Waterfall)や『上昇と下降』(Ascending and Descending)は、ペンローズの図形からインスピレーションを得て制作されました。

逆に、ペンローズも1954年にアムステルダムでエッシャーの展覧会を見て刺激を受けており、両者の間には創造的な相互影響がありました。

ツイスター理論

量子力学と相対性理論の統合

ペンローズは、時空全体を複素数で記述し、量子論と相対論を統一的に扱う枠組みとして、ツイスター理論(twistor theory)を創始しました。

この理論は、時空の構造を根本的に異なる視点から捉え直そうとする野心的な試みです。

長らく物理理論というよりは数学的な研究対象とされてきましたが、近年、超弦理論やループ量子重力理論との関連性が見いだされつつあります。

意識の量子理論

『皇帝の新しい心』

1989年、ペンローズは一般読者向けに初めての著書『皇帝の新しい心』(The Emperor’s New Mind)を出版しました。

この本で、意識は古典的な計算では説明できず、量子力学が必要であると主張しました。

この著作は1990年に英国の科学書賞(Science Book Prize)を受賞しました。

『心の影』

1994年には続編『心の影』(Shadows of the Mind)を出版し、意識の量子理論をさらに展開しました。

これらの著作で展開された「意識の量子理論」は、科学界で大きな議論を呼びました。

ペンローズの主張に対しては賛否両論がありますが、意識の科学的研究に新たな視点を提供したことは間違いありません。

その他の著作

2004年には『実在への道』(The Road to Reality)を出版しました。

副題は「宇宙の法則への完全ガイド」(A Complete Guide to the Laws of the Universe)で、数学と物理学の広範な概説を提供しています。

2010年には『時間のサイクル』(Cycles of Time)を出版し、共形サイクリック宇宙論(conformal cyclic cosmology)という独自の宇宙論を提唱しました。

この理論では、ビッグバンは無限に繰り返される出来事として定式化されています。

受賞歴と栄誉

ノーベル物理学賞

2020年、ペンローズはノーベル物理学賞を受賞しました。

受賞理由は「ブラックホールの形成が一般相対性理論の強力な裏付けであることの発見」です。

賞の半分はペンローズに、残りの半分はラインハルト・ゲンツェル(Reinhard Genzel)とアンドレア・ゲズ(Andrea Ghez)に授与されました。

ゲンツェルとゲズは、銀河系中心の超大質量ブラックホールの証拠を発見した功績が評価されました。

その他の主要な賞

1971年、アメリカ天文学会とアメリカ物理学協会からダニー・ハイネマン天体物理学賞を受賞しました。

1972年には王立協会フェロー(FRS)に選出されています。

1975年、ホーキングと共同で王立天文学会のエディントン・メダルを受賞しました。

1985年、王立協会ロイヤルメダルを受賞しました。

1988年にはホーキングと共同でウルフ物理学賞を受賞しています。

1989年、英国物理学協会からディラック・メダルを受賞しました。

1990年には、アルベルト・アインシュタイン協会(スイス)からアルベルト・アインシュタイン・メダルを授与されています。

1994年、科学への貢献によりナイト爵位を授与されました。

2000年にはメリット勲章(Order of Merit)に叙せられています。

2004年、ロンドン数学会からデ・モルガン・メダルを受賞しました。

2008年には王立協会コプリーメダルを授与されています。

コプリーメダルは王立協会最古の賞で、「数学と数理物理学の多くの分野への美しく独創的な洞察」が評価されました。

ペンローズの研究手法

視覚的アプローチ

ペンローズの研究の特徴の一つは、複雑な理論を視覚的に表現する能力です。

ペンローズ図、ペンローズ・タイル、不可能図形など、彼の業績の多くは幾何学的・視覚的な美しさを持っています。

抽象的な数学や物理学の概念を、直感的に理解できる形で提示することに長けています。

学際的アプローチ

ペンローズは、数学、物理学、哲学の境界を越えて研究を行ってきました。

意識の問題に量子力学を適用するなど、従来の枠組みにとらわれない大胆な発想が特徴です。

この学際的アプローチは、時に論争を呼びますが、新たな研究の可能性を開いてきました。

現代科学への影響

ブラックホール研究の基礎

ペンローズのブラックホール理論は、現代宇宙物理学の基礎となっています。

2019年に史上初めてブラックホールの撮影に成功した「イベント・ホライズン・テレスコープ」プロジェクトも、ペンローズの理論的貢献なしには実現しませんでした。

数学と物理学の架け橋

ツイスター理論や準結晶の予見など、ペンローズの業績は数学と物理学の深い結びつきを示しています。

純粋数学の研究が、後に物理的現実の記述に不可欠となる例を数多く提供してきました。

まとめ

ロジャー・ペンローズは、20世紀後半から21世紀にかけて最も影響力のある数理物理学者の一人です。

ブラックホール理論、ペンローズ・タイル、意識の量子理論など、多岐にわたる業績により、科学と数学の発展に貢献してきました。

2020年のノーベル物理学賞受賞は、彼の長年の功績に対する評価の集大成と言えます。

93歳を迎えた現在も研究を続け、新たな宇宙論を提唱するなど、その知的好奇心は衰えることを知りません。

参考情報

この記事で参照した情報源

学術資料・百科事典

公式情報

その他の参考資料

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