【触れた瞬間、塵と化す…】旧支配者「クァチル・ウタウス」とは?塵を踏むものの正体を解説

神話・歴史・伝承

あなたが触れたものが、一瞬で何千年も時を経たように朽ち果て、塵となって崩れ落ちる…。

そんな恐ろしい力を持つ存在が、クトゥルフ神話の世界には存在します。

その名はクァチル・ウタウス。「塵を踏むもの」という異名を持つ、時間を操る謎の旧支配者です。干からびたミイラのような小さな姿でありながら、触れた存在すべてを風化させる究極の腐敗をもたらす、恐るべき神性なんです。

この記事では、時間の恐怖を体現する旧支配者「クァチル・ウタウス」について、その姿や能力、伝承を詳しくご紹介します。

スポンサーリンク

概要

クァチル・ウタウス(Quachil Uttaus)は、クトゥルフ神話に登場する旧支配者の一柱です。

1935年、アメリカの作家クラーク・アシュトン・スミスが発表した短編小説『塵埃を踏み歩くもの』に初めて登場しました。この作品は「Weird Tales」誌の1935年8月号に掲載され、後にクトゥルフ神話体系に組み込まれることになります。

クァチル・ウタウスの最大の特徴は、時間を操る能力です。触れたものの時間を一瞬で加速させ、老化を通り越して風化させ、最終的には塵へと変えてしまいます。この恐るべき力から、「塵を踏むもの」「塵埃を踏み歩くもの」という異名で呼ばれているんですね。

時空を外れた辺獄のような領域に住むとされ、古代の魔術書『カルナマゴスの遺言』にのみその存在が記されています。不死の力を与えると信じられ、魔術師たちに求められてきた一方で、その危険性から最も恐れられる存在の一つとなっています。

起源

クァチル・ウタウスという存在が生まれた背景には、複数の作品が関わっています。

カ=レトとの関係

実は、クァチル・ウタウスに非常によく似た存在が、それ以前から語られていました。

ジョセフ・ペイン・ブレナンが書いた小説『The Keeper of the Dust(塵の守護者)』に登場するカ=レト(Ka-Rath)という神性です。カ=レトは「塵の守護者」と呼ばれ、エジプトで崇拝されていたとされています。

カ=レトの特徴

  • エジプトで古くから崇拝されていた
  • 「塵の守護者」という異名
  • 外見や性質がクァチル・ウタウスと酷似

ブレナンとスミスのどちらが先に創作したのか、あるいは互いに影響を与え合ったのかは明確ではありませんが、両者は同一の存在である可能性が高いと考えられています。

クトゥルフ神話への組み込み

スミスの『塵埃を踏み歩くもの』は、当初クトゥルフ神話とは直接関係のない独立した作品でした。スミス独自の幻想世界であるゾティークハイパーボリアといった舞台設定とも完全には結びついていなかったんです。

しかし、後にリン・カーターという作家が重要な設定を追加しました。それは、『カルナマゴスの遺言』が、935年に『エイボンの書』とともにグレコ・バクトリアの墓から発見されたという設定です。

『エイボンの書』はクトゥルフ神話を代表する魔術書の一つですから、この設定によってクァチル・ウタウスは正式にクトゥルフ神話の一部となりました。そして旧支配者というカテゴリーに分類されることになったんですね。

TRPGでの認知度の拡大

興味深いことに、クァチル・ウタウスは小説よりもTRPG(テーブルトークRPG)の分野で有名になった存在なんです。

「クトゥルフ神話TRPG」というゲームシステムで取り上げられたことで、多くのプレイヤーに知られるようになりました。ゲーム内では、時間を操る特異な能力を持つ存在として登場し、プレイヤーに不老不死を授けることもあるという設定が加わっています。

日本では2011年に創元推理文庫『アヴェロワーニュ妖魅浪漫譚』で『塵埃を踏み歩くもの』が初めて邦訳されましたが、それ以前からTRPGを通じて名前が知られていたんですね。

姿・見た目

クァチル・ウタウスの外見は、一言で表すなら「干からびた子供のミイラ」です。

基本的な外見

クァチル・ウタウスの身体的特徴

  • 大きさ:小さな子供ほど(具体的な身長は不明)
  • 全体的印象:悠久の時の中で朽ち果てたミイラのように萎びている
  • :頭髪も目も鼻もない、皺の輪郭だけが刻まれた顔
  • 表情:歯だけが刻まれているとも言われる
  • 全身:ひび割れのような網目状の皺に覆われている

スミスの原作では「一度も呼吸したことがない中絶胎児のようだった」という、非常に不気味な描写がされています。生命として完成することなく、時間だけが経過してしまったような、痛ましくも恐ろしい姿なんですね。

硬直した手足

クァチル・ウタウスの最も特徴的な部分が、その硬直した四肢です。

  • :永遠の手繰りをしているかのように、前に差し出された形で固まっている
  • :棒のように突っ張ったまま硬直している
  • 動き:手足を動かすことはできず、空中を滑るように移動する

この硬直した姿勢のため、クァチル・ウタウスが実際に「歩く」ことはありません。体を動かさずに空中を滑るように移動するだけなんです。それなのに「塵を踏むもの」という異名がついているのは、後で説明する理由があります。

出現時の様子

クァチル・ウタウスが姿を現す時には、必ず特別な光とともに出現します。

出現のプロセス

  1. 灰色の光線(または青白い光の柱)が空から降りてくる
  2. その光の中を、クァチル・ウタウスがゆっくりと降下してくる
  3. 対象者の眼前に到達すると、光の中に足を伸ばして浮かんでいる
  4. 硬直した手は前に突き出されたままの状態

この光景は、まるで天からの裁きが降りてくるようで、見る者に深い恐怖を与えたことでしょう。

特徴

クァチル・ウタウスは「究極の腐敗」と呼ばれる、恐るべき能力を持っています。

時間加速の能力

クァチル・ウタウスの最大の特徴は、触れたものの時間を一瞬で加速させる能力です。

この能力の恐ろしさは、その絶対性にあります。

時間加速の特性

  • 即座に発動:触れた瞬間に効果が現れる
  • 例外なし:生物・無機物を問わず、あらゆるものが対象
  • 完全な風化:老化を通り越して完全に塵と化す
  • 防御不可能:この能力に対抗する手段は存在しない

肉も石も、木材も金属も、クァチル・ウタウスに触れれば全てが崩壊します。『カルナマゴスの遺言』には「万物はかのものとともに崩壊し塵と化す」と記されているんです。

周囲への影響

実は、クァチル・ウタウスは直接触れなくても、その存在自体が周囲に影響を及ぼします。

召喚された時点で、限られた空間の時間が加速された速度で流れ始めるんです。原作『塵埃を踏み歩くもの』では、召喚者の屋敷の家具が急速に劣化し、召喚者自身も直接触れられる前から肉体の衰えを感じていました。

この空間が「何年も」経過した後、クァチル・ウタウスが本格的に降臨するという二段階の恐怖があるわけです。

「塵を踏むもの」の由来

クァチル・ウタウスが「塵を踏むもの」と呼ばれる理由は、その退去の仕方にあります。

使命を果たしたクァチル・ウタウスが三次元世界から退去する際、老化して崩れ果てた犠牲者の塵の上に、小さなくぼみのような足跡が残されるんです。硬直した足では実際に歩けないにもかかわらず、まるで塵の上を踏んで去ったかのような痕跡を残していく。この不気味な特徴が異名の由来となっています。

死神のような役割

クァチル・ウタウスは、ある種の死神としての役割を持っていると考えられています。

『カルナマゴスの遺言』には、こう記されています。

死や消滅への欲求を持つ者はクァチル・ウタウスへの祈祷を読むことは避けるべきである。何故ならこの存在が時折、招かれざるものとしてそのような人々の元にやって来るからである

つまり、召喚の意図がなくても、潜在的に死を望む者のもとに、クァチル・ウタウスは自ら現れることがあるというんです。一度でも自殺を考えたことのある人なのか、それとも生き物が本能的に持つ死への恐怖と憧憬を指すのかは不明ですが、恐ろしい記述ですね。

不死を授ける力

一方で、クァチル・ウタウスは時間を逆に操ることもできるとされています。

TRPGの設定では、適切な方法で接触すれば、クァチル・ウタウスから不老不死の恩恵を受けることができるとされています。時間を加速させるだけでなく、時間の流れを止める、あるいは逆行させる力も持っているということなんですね。

ただし、この恩恵を得るには後述する特別な契約が必要で、しかも大きな代償を伴います。

伝承

クァチル・ウタウスに関する伝承は、主に魔術書『カルナマゴスの遺言』を中心に展開されています。

『カルナマゴスの遺言』

クァチル・ウタウスについて記された唯一の文献が、『カルナマゴスの遺言』(または『カルナマゴスの誓約』)という魔術書です。

書物の成り立ち

  • 著者:古代キンメリアの邪悪な賢者にして予言者カルナマゴス
  • 場所:ハイパーボリア北西部で執筆されたとされる
  • 発見:西暦935年、グレコ・バクトリアの墓で『エイボンの書』とともに発見
  • 翻訳:背教した修道士がギリシャ語に翻訳
  • 写本:半人半魔の怪物の血液を使って二部が作成された

二部のうち一部は13世紀のスペインで異端審問により処分され、原本も行方不明となっています。しかし、残り一部は現存し、歴史の闇に埋もれながらも、時折人の手に渡ってきました。

書物の内容

『カルナマゴスの遺言』には、以下のような恐るべき知識が記されています。

記載内容

  • クァチル・ウタウスの詳細な情報
  • 邪悪な星ヤミル・ザクラに関する記述
  • 地球と宇宙の魔物や神々の歴史
  • 過去と未来の両方の出来事
  • 古代の失われた妖術
  • 魔物を召喚・支配・退散させる呪文
  • クァチル・ウタウスへ捧げる祈祷文
  • 死体を崩壊させる呪文

しかし、この書物には重大な危険性があります。

読むだけで時を失う呪われた書

『カルナマゴスの遺言』は、読むこと自体が危険な書物なんです。

TRPGの設定では、この書をたった数行読むだけで、読者の寿命が十年も消費されてしまうとされています。書物そのものがクァチル・ウタウスの加護を受けており、読者とその周辺の時間を加速させる力を持っているんですね。

原作『塵埃を踏み歩くもの』でも、主人公ジョン・シバスチャンがこの書を研究していると、屋敷の器物が急速に劣化していき、彼自身も老化を感じるようになりました。そして不運なことに、彼の使用人テイマーズがうっかりクァチル・ウタウスの召喚に関する記述に触れてしまい、悲劇が始まったんです。

興味深いのは、この書物自体は時間の加速によって損傷しないということ。明らかにクァチル・ウタウスの力で守られているわけです。

禁じられた言葉

『カルナマゴスの遺言』には、「エクスクロピオス・クァチル・ウタウス」という禁じられた言葉が記されています。

この言葉には特別な力があります。

禁じられた言葉の効果

  • 契約の成立:この言葉を口にすると、クァチル・ウタウスと協定を結べる
  • 不老不死の獲得:契約者はクァチル・ウタウスの従者となり、不死を得られる
  • 代償:契約の署名として、召喚者の背骨がねじ曲げられる
  • 破滅の条件:この言葉が再び従者の近くで口に出されると、クァチル・ウタウスが元従者を滅ぼしに現れる

つまり、不老不死を得られる代わりに、永遠に「禁じられた言葉」から逃れられなくなるわけです。誰かがうっかりその言葉を口にしただけで、死が訪れる。これは恩恵というより呪いに近いですね。

なお、この「禁じられた言葉」は召喚呪文ではありません。契約を結ぶための特別な言葉なんです。

原作『塵埃を踏み歩くもの』のあらすじ

クァチル・ウタウスが最も劇的に描かれたのが、スミスの原作小説です。

物語のあらすじ

  1. 書物の入手:主人公ジョン・シバスチャンが『カルナマゴスの遺言』を古書店で入手
  2. 慎重な研究:クァチル・ウタウスの召喚部分を避けながら研究を続ける
  3. 事故の発生:使用人テイマーズが誤ってギリシャ語の召喚文を読んでしまう
  4. 時間の加速:屋敷の器物が急速に劣化、テイマーズも老化していく
  5. テイマーズの死:クァチル・ウタウスが現れ、テイマーズは塵と化して死亡
  6. シバスチャンの逃走:恐怖したシバスチャンが逃げようとする
  7. クァチル・ウタウスの再臨:シバスチャンの眼前に直接出現
  8. 悲劇の結末:触れられたシバスチャンは一瞬で朽ち果て、塵の上に足跡を残してクァチル・ウタウスは去る

この物語は、知識への探求心と、コントロールできない力の恐ろしさを描いた、典型的なラヴクラフト的恐怖の物語なんです。

信仰と崇拝

クァチル・ウタウスを崇拝する組織的な宗教は知られていません。

しかし、個人レベルでの崇拝は古くから行われてきました。

崇拝者の特徴

  • 古代エジプト:カ=レト(塵の守護者)として崇拝を受けていた
  • 魔術師たち:永遠の真理や不老不死を求める魔術師が祈願や召喚を行った
  • 孤独な求道者:時間を超越する力を求める者たちが個別に接触を試みた

時間を超越し、不老不死を与える能力を持つと信じられてきたため、主に永遠を求める魔術師たちによって儀式が行われてきたんですね。ただし、その多くは悲劇的な結末を迎えたと考えられます。

まとめ

クァチル・ウタウスは、時間という不可逆な流れそのものを武器とする、究極の恐怖の存在です。

重要なポイント

  • クラーク・アシュトン・スミスの1935年の作品『塵埃を踏み歩くもの』に初登場
  • 「塵を踏むもの」という異名を持つ旧支配者
  • 干からびた子供のミイラのような姿で、手足は硬直している
  • 触れたものを一瞬で老化させ、塵と化す能力を持つ
  • 灰色の光線とともに空から降臨する
  • 唯一の記録は魔術書『カルナマゴスの遺言』
  • 読むだけで危険な呪われた書物
  • 不老不死を授けることもあるが、大きな代償を伴う
  • 小説よりTRPGで有名になった特異な存在

クァチル・ウタウスは、私たち全員が逃れられない「時間」という概念を、最も恐ろしい形で具現化した存在といえるでしょう。永遠を求める人間の欲望と、それに伴う代償の大きさを、この小さな干からびた姿が象徴しているのかもしれませんね。

出典

主要参考文献

原作小説

  • クラーク・アシュトン・スミス『塵埃を踏み歩くもの』(原題:The Treader of the Dust)
  • 初出:「Weird Tales」1935年8月号
  • 邦訳:『アヴェロワーニュ妖魅浪漫譚』(創元推理文庫、2011年、訳:大瀧啓裕)

関連作品

  • クラーク・アシュトン・スミス『クセートゥラ』
  • カルナマゴスの遺言への言及あり
  • ジョセフ・ペイン・ブレナン『The Keeper of the Dust』
  • カ=レトという類似存在が登場(未邦訳)

クトゥルフ神話資料

  • リン・カーター編『クトゥルフ神話大系』シリーズ
  • クトゥルフ神話への組み込みを行った
  • 『クトゥルフ神話TRPG マレウス・モンストロルム』
  • TRPGデータとしてのクァチル・ウタウス

神話事典・解説書

  • 森瀬繚『図解 クトゥルフ神話』
  • 朱鷺田祐介『クトゥルフ神話ガイドブック』
  • 東雅夫監修『クトゥルー神話事典』

本記事は上記の文献を参考に、中学生にも理解しやすいよう再構成しました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました