ギリシャ神話には数多くの神々や怪物が登場しますが、「ピュグマイオイ」という小人族をご存知でしょうか?
身長わずか35センチほどしかない彼らは、なぜか毎年やってくる鶴の大群と壮絶な戦いを繰り広げていたのです。
しかも、この小さな戦士たちは英雄ヘラクレスに戦いを挑んだこともあるとか。
この記事では、古代ギリシャ人の想像力が生み出したユニークな小人族「ピュグマイオイ」について、その姿や伝承、鶴との因縁などを詳しく紹介します。
ピュグマイオイの概要

ピュグマイオイ(古代ギリシャ語:Πυγμαῖοι)は、ギリシャ神話に登場する小人族です。
単数形は「ピュグマイオス」といいます。
英語では「Pygmy(ピグミー)」と呼ばれ、現代のアフリカに住む小柄な民族「ピグミー族」の名前の由来にもなりました。
ただし、神話上のピュグマイオイと実在のピグミー族に直接の関係があったかどうかは定かではありません。
ピュグマイオイは古代ギリシャ最古の文学作品である『イーリアス』にも登場し、紀元前8世紀頃にはすでに知られていた存在でした。
彼らは世界の果てに住み、毎年冬になると襲来する鶴の群れと戦い続けているとされています。
名前の意味|「拳」から「肘まで」の長さ
「ピュグマイオイ」という名前は、古代ギリシャ語の「πυγμή(ピュグメー)」に由来します。
ピュグメーとは「拳」や「肘から指先までの長さ」を意味する言葉で、約35センチほどの長さを表す単位でした。
つまり、ピュグマイオイという名前は「肘から先の長さしかない者たち」という意味になるんですね。
実際、古代の文献ではピュグマイオイの身長について様々な記述があります。
博物学者プリニウスは彼らを「トリスピタミ(3スパン)」、つまり約68センチ(27インチ)と記しています。
いずれにせよ、人間の膝下くらいの身長しかない小さな存在として描かれていたことは間違いありません。
ピュグマイオイの姿と特徴
古代ギリシャの壺絵やモザイク画では、ピュグマイオイは独特の姿で描かれています。
初期の作品では普通の人間を小さくしたような姿でしたが、時代が下るにつれて次第にコミカルな外見になっていきました。
大きな頭、短い手足、ずんぐりした体型で描かれることが多くなったのです。
彼らの暮らしぶりについても興味深い記述が残っています。
プリニウスによると、ピュグマイオイの家は「泥と鶴の羽毛、卵の殻を混ぜ合わせて作られている」とのこと。
哲学者アリストテレスは「地下の洞窟に住んでいる」と述べています。
また、彼らは農耕民族だったともいわれています。
小麦を育てていたものの、その穂は彼らにとって木のように巨大だったため、斧で切り倒す必要があったとか。
蟻のように地下に穀物を蓄え、自給自足の生活を送っていたと伝えられています。
ピュグマイオイはどこに住んでいたのか
ピュグマイオイの居住地については、古代の著述家によって様々な説が唱えられました。
叙事詩人ホメーロスは、世界を取り囲む大河「オーケアノス」の南岸に彼らが住んでいると記しています。
これは世界の果て、地の果てというイメージですね。
その後、より具体的な場所として挙げられたのは以下の地域です。
- エチオピア(アフリカ)
- エジプト(ナイル川の上流域)
- インド
- スキタイ(黒海北岸)
- トラキア
- 伝説の地トゥーレ
特に多かったのはアフリカ説で、ナイル川の源流付近に住んでいるという説が有力でした。
これは鶴の渡りのルートと関係しているのかもしれません。
鶴は冬になるとスキタイ(現在のウクライナ付近)からエジプト南部へ渡るため、その終着点にピュグマイオイがいるという発想が生まれたのでしょう。
ゲラノマキアー|鶴との永遠の戦い
ピュグマイオイといえば、何といっても「ゲラノマキアー(鶴との戦い)」が有名です。
『イーリアス』に描かれた戦い
ホメーロスの『イーリアス』第3巻には、トロイア軍の進軍の様子を鶴とピュグマイオイの戦いに例えた有名な一節があります。
冬の嵐と激しい雨を逃れた鶴の群れが、喚き声も高らかにオーケアノスの流れを目指して飛び、小人族(ピュグマイオイ)に死の運命をもたらしつつ、朝のまだきに仮借なき戦いを仕掛けていく
この描写から、毎年冬になると大量の鶴がピュグマイオイの土地に飛来し、彼らに大きな被害を与えていたことがわかります。
戦いの詳細
プリニウスは『博物誌』の中で、この戦いについてより詳しく記しています。
春になると、ピュグマイオイたちは総出で羊や山羊の背中に乗り、弓矢で武装して海辺へ向かいます。
そして3か月もの間、鶴の卵や雛を徹底的に破壊して回るのです。
なぜそこまでするのか?
それは、鶴の数を減らしておかないと、成長した鶴の群れから身を守れなくなるからでした。
古代の壺絵には、槍やパチンコ(投石器)を持ったピュグマイオイが、山羊に乗って空を飛ぶ鶴と戦う勇壮な姿が描かれています。
クリミア半島の紀元前2世紀の墓からも、アオサギの群れと戦う小人たちの絵が発見されています。
ゲラナの悲劇|鶴との戦いの起源
なぜピュグマイオイと鶴は戦い続けているのか?
その起源を説明する神話が伝えられています。
美しき女王ゲラナ
かつてピュグマイオイの国に、ゲラナ(またはオイノエー)という絶世の美女がいました。
彼女はピュグマイオイたちから女神のように崇拝されていたのです。
しかし、その美貌に驕ったゲラナは、次第に本物の女神たちを軽んじるようになりました。
彼女は女神ヘーラー、アルテミス、アテーナー、アフロディーテよりも自分の方が美しいと豪語したのです。
神罰と変身
この傲慢さに激怒したのが、神々の女王ヘーラーでした。
ヘーラーはゲラナを醜い鶴の姿に変えてしまいます。
さらに残酷なことに、かつてゲラナを崇拝していたピュグマイオイたちに、鶴を憎むよう仕向けたのです。
母の嘆き
鶴に変えられたゲラナには、ニーコダマスという夫との間に生まれたモプソスという幼い息子がいました。
ゲラナは鶴の姿になっても我が子に会いたくて、何度もピュグマイオイの村の上空を飛び回りました。
しかし、何も知らないピュグマイオイたちは彼女を敵と見なし、武器を持って追い払おうとします。
こうして母と子は永遠に引き裂かれ、ゲラナは他の鶴を率いてピュグマイオイへの復讐を始めました。
この悲しい伝説が、鶴とピュグマイオイの終わりなき戦いの始まりだったのです。
この物語は、オウィディウスの『変身物語』では女神アテーナーがアラクネーとの機織り対決で織り込んだ絵柄の一つとしても登場します。
「神々に逆らう者の末路」を示す戒めの物語として語り継がれたんですね。
ヘラクレスとの遭遇

ピュグマイオイは、ギリシャ神話最強の英雄ヘラクレスとも因縁がありました。
アンタイオスの兄弟
一説によると、ピュグマイオイは巨人アンタイオスの兄弟だったとされています。
アンタイオスはリビアに住む好戦的な巨人で、大地の女神ガイアの息子でした。
地面に足がついている限り無敵の力を発揮するという能力を持ち、通りかかる旅人に格闘勝負を挑んでは殺していました。
ヘラクレスは「ヘスペリデスの黄金の林檎」を求める旅の途中でリビアを通りかかり、アンタイオスに挑まれます。
何度投げ飛ばしても復活する巨人に苦戦しましたが、やがて弱点に気づいたヘラクレスは、アンタイオスを持ち上げたまま絞め殺したのでした。
小人たちの復讐
アンタイオスを倒した後、疲れたヘラクレスはリビアの砂地で眠りにつきました。
すると、アンタイオスの仇を討とうとしたピュグマイオイたちが砂の中から現れ、眠っている英雄に総攻撃を仕掛けたのです。
2世紀の著述家ピロストラトスは、この戦いの様子を生き生きと描いています。
ピュグマイオイの軍勢はヘラクレスを包囲し、左手には一個師団、より強力な右手には二個師団が配置されました。
弓兵や投石兵が足元を攻撃し、ピュグマイオイの王自ら頭部への攻撃を指揮します。
彼らはヘラクレスの頭を城塞に見立て、髪には火を、目には鶴嘴を、鼻には門を塞ぐための道具を用意したといいます。
呆気ない結末
しかし、ヘラクレスが目を覚まして立ち上がると、小人たちはあっさりと落ちてしまいました。
笑ったヘラクレスは彼らを何人か捕まえてライオンの毛皮に包み、主君エウリュステウスへのお土産として持ち帰ったと伝えられています。
このエピソードは、後に作家ジョナサン・スウィフトにインスピレーションを与え、『ガリバー旅行記』のリリパット国(小人国)の着想の元になったとされています。
古代の文献に見るピュグマイオイ
ピュグマイオイは多くの古代の文献に登場します。主な出典をまとめました。
| 著者 | 作品 | 時代 | 内容 |
|---|---|---|---|
| ホメーロス | 『イーリアス』 | 紀元前8世紀頃 | 鶴との戦いの最古の記述 |
| ヘーシオドス | 『女たちのカタログ』 | 紀元前7世紀頃 | エパポスの子孫としての系譜 |
| アリストテレス | 『動物誌』 | 紀元前4世紀 | 洞窟に住み、馬も小さいとの記述 |
| プリニウス | 『博物誌』 | 1世紀 | 身長や生活様式の詳細な記述 |
| オウィディウス | 『変身物語』 | 1世紀 | ゲラナの変身譚 |
| アントーニーヌス・リーベラーリス | 『変身物語集』 | 2世紀頃 | オイノエー(ゲラナ)の詳細な物語 |
| アイリアーノス | 『動物の特性について』 | 2〜3世紀 | 女王ゲラナの傲慢と転落 |
| ピロストラトス | 『画像集』 | 3世紀 | ヘラクレスとの戦いの詳細な描写 |
| ノンノス | 『ディオニュシアカ』 | 5世紀 | 鶴による襲撃の描写 |
ヘーシオドスによると、ピュグマイオイはゼウスの息子エパポスの子孫とされ、「暗きリビュア人」「誇り高きエチオピア人」「地下に住む者たち」と並んで言及されています。
神話上の系譜としては、ゼウスの血を引く由緒ある一族だったわけです。
文化的影響
ピュグマイオイの物語は、後世にも大きな影響を与えました。
ガリバー旅行記への影響
18世紀にジョナサン・スウィフトが書いた『ガリバー旅行記』には、小人の国「リリパット」が登場します。
主人公ガリバーが眠っている間に小人たちに縛り上げられるシーンは、まさにピュグマイオイがヘラクレスを縛ろうとした場面そのものです。
実在の民族への命名
19世紀、ヨーロッパの探検家たちが中央アフリカで小柄な民族(ムブティ族やトゥワ族など)に出会った際、彼らを神話にちなんで「ピグミー」と名付けました。
古代ギリシャ人がアフリカの小柄な人々について実際に知っていたかどうかは不明です。
ただ、歴史家ヘーロドトスがアフリカ西岸を旅したペルシア人の話として「シュロの葉を着た小人」について言及していることから、何らかの伝聞が神話に影響を与えた可能性は否定できません。
古代の諺
古代ギリシャでは「ピュグマイオイの戦利品を巨像に着せる」という諺があったそうです。
「無駄な努力」や「釣り合わないものを組み合わせること」を表す表現として使われていました。
まとめ
- ピュグマイオイはギリシャ神話に登場する小人族で、名前は「肘から先の長さ(約35cm)」を意味する
- 世界の果て(アフリカ、インド、スキタイなど諸説あり)に住み、泥と羽毛で家を建てていたとされる
- 毎年冬になると襲来する鶴との永遠の戦い「ゲラノマキアー」で有名
- 戦いの起源は、女王ゲラナが女神ヘーラーを侮辱して鶴に変えられた悲劇にある
- 英雄ヘラクレスに復讐を挑んだが、あっさり捕らえられてしまった
- 『ガリバー旅行記』のリリパット国の着想の元になったとされる
- 現代の「ピグミー族」という呼称の語源でもある
小さな体で巨大な鶴や英雄に立ち向かうピュグマイオイの姿は、古代ギリシャ人にとってユーモラスでありながら、どこか勇敢さを感じさせる存在だったのかもしれませんね。


コメント