夫が20年も帰ってこなかったら、あなたはどうしますか?
ギリシャ神話には、そんな途方もない歳月を待ち続けた女性がいます。
彼女の名前はペネロペ。
英雄オデュッセウスの妻であり、イタケ島の王妃です。
ただ待っていただけではありません。
100人を超える求婚者たちの猛アタックをかわしながら、知恵と機転で王国を守り抜いたんです。
この記事では、ギリシャ神話きっての「賢い妻」ペネロペの物語を、わかりやすく紹介します。
ペネロペの基本情報
ペネロペは、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』に登場するイタケ島の王妃です。
父親はスパルタの王族イカリオス、母親は水のニンフ(精霊)ペリボイア。
なんと、あのトロイア戦争の原因となった絶世の美女ヘレネとは従姉妹の関係にあたります。
美女の血筋なんですね。
夫オデュッセウスとの間には、息子テレマコスが生まれました。
しかしテレマコスがまだ赤ん坊のとき、オデュッセウスはトロイア戦争に出征。
ペネロペは幼い息子と舅ラエルテスとともに、イタケ島を守ることになったのです。
名前の由来と意味
「ペネロペ」という名前の由来には、大きく2つの説があります。
鴨(アヒル)説
ギリシャ語で「ペーネロプス」は鴨の一種を指す言葉。
この鳥にちなんで名付けられたという説です。
実は、ペネロペの誕生にまつわる伝説があるんですよ。
息子を望んでいた父イカリオスは、娘が生まれると失望して海に投げ捨ててしまいました。
ところが、鴨たちが赤ん坊を助け出したのです。
これを神からの啓示と受け止めたイカリオスは、娘を大切に育て、鴨にちなんで「ペネロペ」と名付けたと伝えられています。
機織り説
もうひとつは、ギリシャ語の「ペーネー(横糸)」と「オプス(顔)」を組み合わせた言葉だという説。
「機を織る者」という意味になります。
後で紹介する有名な「織物の策略」を考えると、こちらの解釈もしっくりきますね。
織物の策略 ― 3年間の時間稼ぎ
オデュッセウスがトロイア戦争に出征してから、じつに20年。
戦争自体は10年で終わったのですが、その後もオデュッセウスは海の神ポセイドンの怒りを買い、さらに10年も地中海をさまよい続けることになりました。
「オデュッセウスはもう死んだに違いない」
そう確信した周辺の貴族たち108人が、ペネロペへの求婚を始めます。
彼らは宮殿に居座り、毎日のように飲み食いして財産を浪費し、再婚を迫りました。
しかしペネロペは、ここで驚くべき策略を思いつきます。
「舅ラエルテスのための喪服を織り上げたら、求婚者の中から夫を選びましょう」
求婚者たちは喜んで待つことにしました。
ところがこの布、いつまでたっても完成しないんです。
なぜか?
ペネロペは昼間に織った布を、夜にこっそりほどいていたから。
この策略は3年間も続きました。
しかし最終的に、求婚者の愛人になっていた侍女メラントーに密告され、作戦は露見してしまいます。
弓の試練 ― 運命の競技会
織物の策略がバレて追い詰められたペネロペは、ついに決断を下します。
「オデュッセウスの強弓を引き、12本の斧の穴すべてを射抜いた者と結婚します」
これはとんでもない難題でした。
オデュッセウスの弓は常人には弦を張ることすら難しい剛弓。
さらに一直線に並んだ12本の斧の穴を、一本の矢で射抜かなければなりません。
求婚者たちは次々と挑戦しますが、誰一人として弓に弦を張ることすらできませんでした。
そこに、みすぼらしい老乞食が「自分にも試させてほしい」と申し出ます。
求婚者たちは馬鹿にして笑いましたが、テレマコスの命令で弓が渡されると──
その老人は、いともたやすく弓に弦を張り、矢を放ち、12本の斧すべてを見事に射抜いたのです。
その老乞食こそ、女神アテナの魔法で変装していたオデュッセウス本人でした。
正体を現したオデュッセウスは、息子テレマコスとともに、108人の求婚者を全員討ち取りました。
寝台の試練 ― 夫婦の絆の証明
求婚者を倒し、正体を明かしたオデュッセウス。
しかしペネロペは、すぐには夫と認めませんでした。
20年も会っていないのです。
神が人間に化けて現れることもあるギリシャ神話の世界。
慎重なペネロペは、最後の試練を用意していました。
「寝室のベッドを、こちらに運んできてちょうだい」
召使いにそう命じるペネロペ。
するとオデュッセウスは激しく動揺しました。
「それはできないはずだ。あのベッドは、私が自分の手で作ったんだから。脚の一本は、今も根を張っているオリーブの木なんだ」
これこそ、夫婦だけが知る秘密でした。
オデュッセウスがイタケ島に家を建てたとき、庭に生えていたオリーブの木を切らずに、その幹をベッドの脚として利用したのです。
だから、このベッドは絶対に動かせない。
この答えを聞いて、ペネロペはようやく夫の帰還を確信しました。
20年ぶりの再会。
二人は抱き合って涙を流したといいます。
その後のペネロペ ― 異説と後日談
『オデュッセイア』では、オデュッセウスとペネロペは幸せに暮らしたと語られています。
二人の間には新たな息子ポリポルテスも生まれたとか。
しかし、古代ギリシャには別の伝承も残っています。
テレゴノスとの結婚
失われた叙事詩『テレゴノイア』によると、オデュッセウスは魔女キルケとの間に息子テレゴノスをもうけていました。
成長したテレゴノスは父を探す旅に出ますが、イタケ島でそれと知らず父オデュッセウスを殺してしまいます。
その後、テレゴノスはペネロペをキルケの島に連れ帰り、女神アテナの命令でペネロペと結婚。
キルケの魔法で二人は不死になったといいます。
追放説
古代の地理学者パウサニアスは、別の伝承を記録しています。
ペネロペが求婚者の一人と不貞を働いたため、オデュッセウスに追放されてアルカディア地方のマンティネイアに移り住んだというもの。
これらは『オデュッセイア』の「貞節な妻」像とは大きく異なりますが、神話にはさまざまなバリエーションがあるものなんですね。
ペネロペが象徴するもの
古代から現代まで、ペネロペは「貞節」「忍耐」「知恵」の象徴として語り継がれてきました。
古代ギリシャ・ローマでの評価
古代の美術品には、ペネロペを描いた作品が数多く残っています。
特徴的なのは、椅子に座り、頬に手を当てて物思いにふける姿勢。
足を交差させて座る様子は、彼女の貞節を象徴しているとされます。
ローマ時代には「理想の妻」の代名詞となり、家庭の美徳を示す存在として尊ばれました。
現代の再評価
近年では、単なる「待つ女性」ではなく、主体的に行動した知的な女性として再評価されています。
カナダの作家マーガレット・アトウッドの小説『ペネロピアド』(2005年)では、ペネロペ自身の視点から物語が語り直され、大きな話題を呼びました。
また「ペネロペ」「ペネロピー」という名前は、現代でも欧米で人気のある女性名として使われ続けています。
ペネロペの基本情報一覧
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | ペネロペ(ペーネロペー / ペーネロペイア) |
| 読み方 | ペネロペ / ペーネロペー |
| 英語表記 | Penelope |
| ギリシャ語表記 | Πηνελόπη / Πηνελόπεια |
| 名前の意味 | 「鴨」または「機を織る者」 |
| 父 | イカリオス(スパルタの王族) |
| 母 | ペリボイア(水のニンフ) |
| 夫 | オデュッセウス(イタケ島の王) |
| 子供 | テレマコス、ポリポルテス(異説あり) |
| いとこ | ヘレネ(トロイア戦争の原因となった美女) |
| 出典 | ホメロス『オデュッセイア』ほか |
| 象徴 | 貞節、忍耐、知恵 |
| 有名なエピソード | 織物の策略、弓の試練、寝台の試練 |
ペネロペの主要エピソード一覧
| エピソード | 内容 |
|---|---|
| 誕生の伝説 | 父に海へ投げ込まれるが、鴨に助けられる |
| オデュッセウスとの結婚 | 競走(または功績の褒美として)で結ばれる |
| 夫の出征 | テレマコスが赤ん坊の時、夫がトロイア戦争へ |
| 20年の待機 | 戦争10年+放浪10年、計20年を待ち続ける |
| 108人の求婚者 | 宮殿に居座り財産を浪費する貴族たち |
| 織物の策略 | 昼に織り夜にほどく。3年間時間を稼ぐ |
| 弓の試練 | オデュッセウスの弓で12本の斧を射抜く競技 |
| 求婚者の殺害 | オデュッセウスとテレマコスが108人を討伐 |
| 寝台の試練 | オリーブの木で作ったベッドの秘密で夫を確認 |
| 夫婦の再会 | 20年ぶりの再会を果たす |
まとめ
ペネロペは、ギリシャ神話の中でもひときわ輝く存在です。
- 20年間、夫オデュッセウスの帰還を信じて待ち続けた
- 108人の求婚者を知恵と策略でかわし、王国を守り抜いた
- 「織物の策略」で3年間の時間を稼いだ
- 「寝台の試練」で慎重に夫の正体を確かめた
- 古代から現代まで「貞節と知恵」の象徴として語り継がれている
派手な冒険をする英雄たちの影で、静かに、しかし確かな強さで家族と国を守り続けた女性。
それがペネロペなんですね。


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