パリアカカ(Pariacaca)とは?:インカ神話の水と嵐の創造神

神話・歴史・文化

パリアカカ(Pariacaca)は、インカ神話における水と嵐の創造神です。
ペルー中部高地のワロチリ地方に伝わるこの神は、5つの卵から鷹として生まれ、人間の姿へと変身したとされています。
この記事では、16世紀末に記録されたワロチリ写本を基に、パリアカカの誕生から現代まで続く信仰について徹底的に解説します。

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概要

パリアカカは、ペルー中部高地のワロチリ地方で崇拝されていた水と嵐の神です。
インカ帝国以前からYauyos(ヤウヨス)民族の主神として信仰され、後にインカの神々の中に組み込まれました。
彼の神話は、16世紀末から17世紀初頭にかけてフランシスコ・デ・アビラ神父によってケチュア語で記録され、現在「ワロチリ写本」として知られる貴重な文献に残されています。

パリアカカの誕生と起源

パリアカカの誕生神話は、インカ神話の中でも特に印象的なものです。

ワロチリ写本によれば、パリアカカはコンドルコト(Condorcoto)山の頂上に現れた5つの卵から生まれました。
これらの卵からは、パリアカカと4人の兄弟が鷹(ハヤブサ)の姿で孵化したとされています。

パリアカカは「5人で1つの神」とも表現され、5つの卵それぞれがYauyos民族の祖先を象徴していると考えられています。
鷹として生まれた彼らは、やがて人間の姿へと変身しました。

この誕生神話は、動物から神へ、そして人間の形へという変容を描いており、アンデスの神々と自然の深い結びつきを示しています。

ワリャリョ・カルウィンチョとの戦い

パリアカカの最も有名な神話は、火の神ワリャリョ・カルウィンチョ(Huallallo Carhuincho)との戦いです。

ワロチリ地方では、パリアカカが登場する以前、ワリャリョ・カルウィンチョが支配していました。
ワリャリョは人々に人身供養を要求する恐ろしい神で、人間を生贄として捧げなければ村を焼き払うと脅していたのです。

ある日、パリアカカは海岸で泣いている男に出会いました。
男は、ワリャリョの脅威に怯えていることを打ち明けます。
パリアカカはその話を聞くと、人々を解放するためにワリャリョと戦うことを決意しました。

3日3晩にわたる激しい戦いの末、パリアカカは水の力でワリャリョの火を打ち消し、勝利を収めます。
敗れたワリャリョは、アンティス(Antis)地方へと追放されました。

この神話は、水と火という対立する自然の力の象徴であると同時に、農耕に不可欠な灌漑用水の重要性を物語っています。

ワガイウサ村の洪水伝説

パリアカカには、もう1つ有名な神話があります。
ワガイウサ(Huagaiusa)村の洪水の物語です。

旅の途中、パリアカカは祭りの最中のワガイウサ村に立ち寄りました。
しかし、貧しい旅人の姿をした彼を村人たちは冷たくあしらい、誰も相手にしませんでした。

ただ1人の少女だけが、パリアカカにチチャ(トウモロコシの酒)を差し出しました。

パリアカカは喜び、少女に5日後に大洪水が村を襲うことを告げ、他の村人には何も言わず逃げるように命じました。

5日後、パリアカカはマトロコト(Matolocoto)山に登り、天に命じて嵐を起こさせます。
豪雨と暴風、そして洪水が村を襲い、山へ逃げようとした村人たちは力尽きて全員が溺死しました。
親切だった少女だけが無事に山へ逃れ、命を救われたのです。

この神話は、神への敬意と人への親切の重要性を説く教訓的な物語として語り継がれています。

チョゲ・スソと農業の神話

パリアカカは、水の神として農業とも深く結びついています。

ある時、チョゲ・スソ(Chuqi Suso)という貧しい農民が、干ばつに苦しむ村の畑を救うためにパリアカカに助けを求めました。

パリアカカは彼の願いを聞き入れ、雨を降らせて畑を潤しました。

興味深いのは、チョゲ・スソが自分の畑だけでなく「村中の畑」の救済を願ったという点です。
これは、インカ帝国の土地制度である「アイユ(Ayllu)」という家族集団での土地共有を反映しています。

この神話は、灌漑用水の管理組織の起源を伝える物語として、元々はワロチリ地方の一地域の伝説でしたが、灌漑がアンデス地方の農業に不可欠だったことから、ペルー全土に広まったと考えられています。

パリアカカ山と信仰

パリアカカという名前は、神だけでなく、ペルー中部アンデス山脈にそびえる標高5,750メートルの山の名でもあります。

この山は、リマ州とフニン州の境界に位置し、古代から聖なる山として崇拝されてきました。
双頭の峰を持つこの山は、パリアカカ神そのものの化身と考えられていたのです。

現代でも、アンデス地方の人々はパリアカカ山を「アプ(Apu)」、つまり山の精霊として崇拝しています。
人々はトウモロコシ、コカの葉、チチャ(トウモロコシの酒)、リャマの胎児などを供物として捧げ、土地と家畜の豊饒を祈ります。

パリアカカ山周辺には、Nor Yauyos-Cochas景観保護区が広がり、ターコイズブルーの湖、滝、古代のインカ道(カパック・ニャン)の遺跡が今も残されています。

ワロチリ写本とパリアカカ

パリアカカの神話が現代まで伝わったのは、16世紀末から17世紀初頭にかけて記録された「ワロチリ写本」のおかげです。

この写本は、フランシスコ・デ・アビラ神父が偶像崇拝の撲滅活動の一環としてケチュア語で記録したものです。
皮肉なことに、アビラ神父は異教の信仰を根絶するために記録を残したのですが、その記録が後世に先住民の信仰を伝える貴重な資料となったのです。

ワロチリ写本は長らくマドリード王立図書館に眠っていましたが、19世紀末に発見され、20世紀に入ってから各国語に翻訳されました。
1966年にはペルーの人類学者ホセ・マリア・アルゲダスがスペイン語訳『Dioses y hombres de Huarochirí(ワロチリの神々と人間)』を出版し、広く知られるようになりました。

インカ神話におけるパリアカカの位置づけ

パリアカカは、元々はYauyos民族の地域神でしたが、インカ帝国の拡大とともに帝国の神話体系に組み込まれました。

インカ神話では、パリアカカはイジャパ(Illapa)という雷と天候の神の地域的な変異形とされています。
つまり、各地域で異なる名前で呼ばれていた天候の神々が、インカ帝国の統一によって関連付けられたのです。

また、ワロチリ写本には、パリアカカの対となる女性神チャウピニャムカ(Chaupiñamca)も登場します。
彼女もまた5人姉妹として描かれ、パリアカカと共に信仰されていました。

現代への影響

パリアカカの神話は、現代のペルー文化にも影響を残しています。

2023年には、ペルーの主要紙「El Comercio」がパリアカカ山とワロチリ写本を紹介するドキュメンタリープロジェクト「La Ruta」を展開しました。
このプロジェクトは、パリアカカの神話がスペイン征服による「神の死」、つまりインカ帝国の崩壊を予言していたという解釈を紹介しています。

また、日本の漫画でもパリアカカの名が使われています。
『ビッグコミックオリジナル』で連載された『残照の帝國』では、スペイン支配に反逆する戦士が「パリアカカ」と呼ばれていました。

現代でも、ワロチリ地方やパリアカカ山周辺の村々では、伝統的な儀式が続けられており、パリアカカへの信仰は形を変えながら生き続けているのです。

まとめ

パリアカカは、インカ神話における水と嵐の創造神であり、アンデス地方の農業と深く結びついた神です。
5つの卵から鷹として生まれ、火の神ワリャリョを打ち負かし、人々に水の恵みをもたらしました。

パリアカカの神話は、16世紀のワロチリ写本によって記録され、現代まで伝えられています。
その物語は、自然への畏敬、人への親切、そして共同体の重要性という普遍的なテーマを含んでいます。

標高5,750メートルのパリアカカ山は、今もアンデスの人々にとって聖なる山であり、神の化身として崇拝されています。
古代の信仰が現代に生き続けるこの地は、インカ文化の深さと豊かさを私たちに伝えてくれるのです。

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