古代エジプトの王様が、ある日突然殺されてしまい、バラバラにされてナイル川に流されてしまったら…?
そんな悲劇的な運命をたどりながらも、愛する妻の力で復活し、冥界の偉大な王となった神がいます。それが「オシリス」なんです。
彼の物語は、死と再生、そして永遠の命という古代エジプト人の願いを象徴しています。
この記事では、古代エジプトで最も重要な神の一人「オシリス」について、その姿や神話、そして人々の信仰について詳しくご紹介します。
概要

オシリスは、古代エジプト神話における冥界の神です。
ヘリオポリス九柱神(エジプト神話の中心的な9柱の神々)に数えられ、死者の世界を支配する最高権力者として君臨しています。
もともとは地上の王として民に文明をもたらした優しい統治者でしたが、弟セトの陰謀によって殺害されました。しかし妻イシスの献身的な愛と魔術によって復活を果たし、以降は冥界の王として死者を裁く役割を担うようになったんです。
植物の神としての側面も持ち、ナイル川の氾濫による農作物の成長と再生のサイクルを象徴する存在でもあります。
古代エジプトでは、死んだ王はみなオシリスになると信じられていました。
系譜
オシリスの家族関係は、エジプト神話の中核をなしています。
両親
- 父:ゲブ(大地の神)
- 母:ヌト(天空の女神)
兄弟姉妹
ゲブとヌトの間には4柱の神が生まれ、オシリスはその長兄でした。
- オシリス(本人・長兄)
- イシス(豊穣の女神・次姉)
- セト(戦いの神・弟)
- ネフティス(葬祭の女神・妹)
配偶者と子
- 妻:イシス(妹でもあり妻でもある)
- 息子:ホルス(天空の神。オシリスの死後、イシスとの間に生まれた)
- 養子:アヌビス(ミイラ作りの神。実はセトとネフティスの不義の子)
このように、オシリスは高貴な血筋を持つ神族の長兄として生まれ、父ゲブの後を継いで地上の支配者となりました。
姿・見た目
オシリスの姿は、一目で「死者の王」だと分かる独特なものなんです。
基本的な外見
ミイラの姿で描かれることがほとんどです。
- 白い覆い布で全身を巻かれている
- 胸から下はミイラのように包帯で覆われている
- 両腕は胸の前で交差している
持ち物と装飾
オシリスが手に持っているのは王権の象徴です。
- 牧杖(ヘカ):羊飼いの杖で、民を導く王の力を表す
- 鞭(ネヘフ):王の権威を示す道具
- アテフ冠:上エジプトの白い王冠に羽飾りがついた特別な冠
肌の色
オシリスの肌の色には2つのパターンがあります。
- 緑色:植物の神、生命の再生を象徴
- 黒色:ナイル川の肥沃な泥土、冥界の闇を表す
どちらも「死と再生」というオシリスのテーマを表しているんですね。
座る姿勢
多くの場合、王座に座った姿で描かれます。立っている姿もありますが、動いている(歩いている)姿はほとんど見られません。これは彼が冥界の不動の支配者であることを示しているのかもしれません。
特徴

オシリスには、冥界の王としての重要な特徴がいくつかあります。
死者の裁判官
オシリスの最も重要な役割は、死者を裁くことです。
古代エジプトでは、人が死ぬと冥界で裁判を受けると信じられていました。
裁判の流れ:
- 死者の心臓を「マアトの羽根」と天秤にかける
- 罪のない心臓は羽根よりも軽い
- オシリスが最終判断を下す
- 正しいと認められた者は永遠の命を得る
- 罪深い者は怪物アメミットに魂を食べられる
この裁判には42柱の神々が同席し、知恵の神トトが記録係を務めます。
永遠の命の守護者
オシリス自身が死と復活を経験したため、死者に永遠の命を与える力を持っています。
正しく生きた人々は、オシリスによって「声の正しき者」という称号を与えられ、名前の前に「オシリス」という言葉がつけられました。これは、その人がオシリスと一体化し、永遠に生き続けることを意味したんです。
豊穣と再生の象徴
植物の神でもあるオシリスは、農業と豊穣のサイクルを司ります。
- ナイル川の氾濫(死と破壊)
- 肥沃な泥による大地の再生(復活)
- 作物の成長(新しい命)
このサイクルは、オシリスの死と復活の物語そのものを表していました。
王権の正統性
生前のオシリスは地上の正当な王でした。そのため、ファラオ(王)の権威の源とされています。
- 生きている王=ホルス(オシリスの息子)
- 死んだ王=オシリス
つまり、王が死ぬとオシリスになり、新しい王がホルスとして即位する。この継承のシステムが、王朝の正統性を保証していたんですね。
神話・伝承
オシリスの物語は、愛と裏切り、そして復活という劇的な展開で知られています。
オシリスの治世
大地の神ゲブから王位を受け継いだオシリスは、優れた統治者でした。
オシリスが人々に教えたこと:
- 穀物(小麦や大麦)の栽培方法
- ブドウの育て方とワインの作り方
- パンの作り方
- 法律と社会のルール
- 音楽や芸術などの文化
それまで野蛮だった人々に文明をもたらし、武力を使わずに平和的に統治していました。妻イシスも夫を助け、女性たちに機織りや家事の技術を教えたといいます。
人々はこの優しい王を心から慕い、豊穣の神として崇めました。
セトの嫉妬と陰謀
しかし、この平和は長くは続きませんでした。
弟のセトは、兄の人気と成功に激しく嫉妬していたんです。
セトが嫉妬した理由:
- オシリスが王位を持っている
- 民衆がオシリスを慕っている
- 美しい妻イシスがいる
- 自分の力(戦争や暴力)が評価されない
戦いの神であるセトにとって、武力を使わないオシリスのやり方は生ぬるく、自分の存在価値を否定されたように感じたのでしょう。
オシリスの殺害
セトは綿密な計画を立てました。
殺害の手口:
- 密かにオシリスの体の寸法を測る
- その寸法ぴったりの美しい棺を作る
- 宴会を開き、「この棺に入れる人に棺をあげる」と言う
- オシリスが興味を持って入る
- 蓋を閉めて釘で打ち付ける
- 棺ごとナイル川に投げ込む
オシリスは溺死し、棺は遠く外国まで流されていきました。
別の伝承では、セトはさらに残酷で、オシリスの遺体を14個(または42個)にバラバラに切り刻んでエジプト中にばらまいたとも言われています。
イシスの捜索と復活の奇跡
夫の死を知ったイシスの悲しみは計り知れないものでした。
しかし彼女は嘆くだけではなく、行動を起こしました。
イシスの奮闘:
- 妹ネフティスと共にエジプト中を旅する
- オシリスの遺体の部品を一つずつ探し出す
- すべての部品を集める(男根だけは見つからなかった)
- 知恵の神トトとミイラ作りの神アヌビスの助けを借りる
- 強力な魔術でオシリスを一時的に蘇生させる
イシスの魔術は、古代エジプトで死者を完全に蘇らせた唯一の例として記録されています。
そして、短い復活の間にイシスはオシリスと交わり、後継者となる息子ホルスを身ごもりました。
冥界への旅立ち
息子を授かったことで役目を果たしたオシリスは、もう一度死を迎え、今度は冥界の王として新たな使命を得ます。
生前の優しさは消え、より厳格で冷徹な裁判官となったオシリスは、死者たちの善悪を見極め、永遠の命にふさわしいかを判断するようになりました。
ホルスとセトの争い
地上では、成長したホルスとセトの間で、王位をめぐる長い争いが始まります。
最初、太陽神ラーはセトに好意的でした。しかし冥界のオシリスは、息子の権利を認めさせるため、驚くべき行動に出ます。
- 豊穣の神としての職務を放棄すると脅す
- 地上の作物を枯らし、人々を飢餓に追い込むと宣言
- さらに、神々も死後は自分の支配下にあることをほのめかす
この強硬な態度により、ついにホルスは正式に王位を認められ、オシリスの正統な後継者となりました。
苦難を経て、オシリスの性格は大きく変わったのかもしれません。
出典・起源

オシリス信仰の起源は、古代エジプト史の中でも古い時代にさかのぼります。
初期の記録
第5王朝末期(紀元前25世紀頃)のウナス王のピラミッドに、オシリスの名前が初めて明確に登場します。
ただし、それ以前から信仰されていた可能性は高く、実際の起源はもっと古いと考えられています。
起源に関する説
オシリスがどこから来たのかについては、いくつかの説があります。
主な起源説:
- デルタ地方説:下エジプトのブジリス地方で生まれた穀物の神
- シリア王説:先王朝時代のシリアの実在の王を神格化した
- バビロニア説:バビロニアの英雄神マルドゥクと関連がある
どの説が正しいかは分かっていませんが、非常に古い起源を持つことは確かです。
他の神との習合
オシリスは時代とともに、多くの古い神々を吸収していきました。
習合した主な神々:
- アンジェティ(ブジリスの古い神)→王としての役割を獲得
- ケンティ・アメンティウ(アビドスの死者の神)→冥界の主としての力を得た
- プタハ(メンフィスの創造神)→プタハ=ソカル=オシリスという三神一体に
- ミン(豊穣の神)→植物神としての側面が強化された
こうして様々な神の属性を取り込むことで、オシリスはエジプト全土で信仰される大神へと成長していったんです。
主な信仰地域
ブジリスとアビドスが、オシリス信仰の二大中心地でした。
ブジリスの重要性:
- オシリスの背骨(ジェド柱)が埋葬された場所とされる
- ジェド柱は安定と持続を象徴する聖なる柱
アビドスの重要性:
- オシリスの頭部が埋葬された場所とされる
- 巡礼の中心地として多くの信者が訪れた
- オシリスの復活劇が毎年上演された
その他にも、メンフィス、ヘリオポリス、さらにはエジプト国境地帯まで、オシリスの遺体の一部を祀る神殿が各地に建てられました。
祭儀と儀式
オシリス信仰には、独特の儀式がありました。
コイアク月の大祭:
- ナイル川の氾濫後、播種期の間に行われる
- オシリスの死と復活を再現する演劇
- 民衆が参加する「戦い」の儀式
「植物のオシリス」の儀式:
- 麦の種を埋め込んだ土人形を作る
- 人形をオシリスに見立てる
- 9日間水をやって発芽させる
- 発芽した人形を神殿へ運ぶ
- 前年の枯れた人形と交換する
この儀式は、死と再生のサイクル、そして9ヶ月の妊娠期間を象徴していました。発芽した麦は、オシリスの復活と大地の豊穣を表していたんですね。
後世への影響
オシリス信仰は、エジプト王朝が終わった後も続きました。
- プトレマイオス朝時代(紀元前332-32年)にも盛んに信仰される
- ローマ支配時代には冥界の神ハデスと同一視される
- フィラエ島のイシス神殿では、紀元6世紀まで儀式が続けられた
さらに、オシリスの死と復活の物語は、キリスト教の原形の一つとも考えられています。
まとめ
オシリスは、死と再生という人類普遍のテーマを体現する、古代エジプト最重要の神です。
重要なポイント:
- 優しい統治者から冥界の厳格な裁判官への変貌
- 弟セトの裏切りによる悲劇的な死
- 妻イシスの愛による奇跡の復活
- 息子ホルスへの王位継承
- 植物の成長サイクルと死者の再生を象徴
- エジプト全土で3000年以上信仰された
- 後のキリスト教などに影響を与えた可能性
オシリスの物語は、古代エジプト人の「死は終わりではなく、新しい始まりである」という希望を表しています。それは現代を生きる私たちにも、深い感動を与えてくれる普遍的なメッセージなのかもしれませんね。


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