夜道を歩いていると、見知らぬ美しい女性が声をかけてくる…。
そんな出会いがあったら、あなたはどうしますか?
西日本では古くから、「それは狐の化けた姿かもしれない」と警戒されてきました。
特に妻や恋人がいる男性に言い寄ってくる厄介な化け狐、それが「おさん狐」なんです。
この記事では、中国地方を中心に語り継がれてきた妖怪「おさん狐」について、その特徴や各地に残る伝承を詳しくご紹介します。
概要

おさん狐(おさんぎつね)は、美女に化けて男を騙す化け狐として、西日本で広く知られている妖怪です。
漢字では「お三狐」と書くこともあり、「おさんわ狐」という別名も持っています。また、「尻尾が3つに分かれている」ことから「尾三」と表記する地域もあるんですね。
おさん狐の主な特徴
- 美しい女性の姿に化ける
- 妻帯者や恋人のいる男に言い寄る
- 痴話喧嘩を好み、嫉妬深い性格
- 執念深く、一度目をつけた相手を追い続ける
面白いのは、現代でも浮気相手の女性を「女狐(めぎつね)」と呼ぶことがありますよね。実は、この呼び方のルーツがおさん狐だとされているんです。
分布地域
おさん狐の伝承は、特に中国地方に多く残されています。
広島県、山口県、岡山県、島根県、鳥取県といった地域で数多くの目撃談や体験談が語り継がれてきました。
さらに九州地方(福岡県、佐賀県、大分県、鹿児島県)や、大阪府門真市にも伝承が残っているほか、意外なことに東日本でも山形県、福島県、千葉県、新潟県などで類似の話が確認されています。
伝承

おさん狐には、各地でさまざまな伝承が残されています。ここでは特に有名なエピソードをご紹介しましょう。
鳥取県・與忽平とおさん狐
鳥取県八上郡小河内(現・鳥取市)の「ガラガラ」という場所に、おさん狐が棲んでいたそうです。
ある日、谷口與忽平(たにぐちよそへい)という男が、美女に化けたおさん狐に騙されそうになりました。しかし與忽平は正体を見破り、火で炙って狐の姿を暴いたのです。
與忽平は「二度と悪さをしない」という条件で、おさん狐を逃がしてやりました。
それから数年後のこと。小河内の者が伊勢参りに出かけ、伊賀山中で一人の娘に出会います。その娘は突然こう尋ねてきたそうです。
「與忽平はまだ生きているか」
生きていると答えると、娘は「やれ恐ろしや」と言って逃げていきました。
何年経っても與忽平への恐怖を忘れない、おさん狐の執念深さがよく表れた話ですね。
山口県岩国市・秋田団十郎の斬撃
長州国(現・山口県岩国市)に、秋田団十郎という剛胆な武士がいました。
ある夜、団十郎が隣村へ向かう途中、様子のおかしい婦人に出会います。「おさん狐だ」と確信した団十郎は、婦人が橋でピョンと飛び上がった瞬間、刀で斬りつけました。
死体を確認すると、やはり狐の姿。団十郎は主君に報告するため一度家に戻りました。
ところが、再び現場に戻ってみると、狐だったはずの死体が婦人の姿に変わっているではありませんか。
「人殺しをしてしまったのか…」
混乱した団十郎でしたが、夜が明けてから主君と一緒に確認しに行くと、そこには傷ついた老狐が横たわっているだけでした。
この時使った刀は「狐斬りの刀」として秋田家に伝えられ、狐に憑かれた者がこの刀を戴くと正気に戻るといわれたそうです。
広島市中区江波・愛された風格ある狐
すべてのおさん狐が人を騙す悪い存在だったわけではありません。
広島市中区江波の皿山公園付近に棲んでいたおさん狐は、なんと80歳の長寿で、500匹もの眷属(けんぞく:仲間の狐たち)を従えていたといいます。
このおさん狐は京参りをしたり、伏見に位をもらいに行ったりと、とても風格のある存在でした。そして何より、決して人を殺めることがなかったため、地元の人々から愛されていたのです。
終戦の頃まで、この狐の子孫とされる狐が町の住人たちから食べ物をもらって生きていたという心温まる話も残っています。
現在では江波東2丁目の丸子山不動院に小さな祠が祀られており、今でも大切にされているんですよ。
広島県・大名行列事件
広島県には、おさん狐にまつわる悲劇的な話も伝わっています。
あるおさん狐が、尻尾に火を灯したりライオンに化けたりして人々を脅かしていました。怒った職人が狐を捕まえ、火あぶりにしようとしたところ、狐は命乞いをします。
「翌晩、大名行列に化けて見せるから許してほしい」
職人は条件を受け入れ、翌晩を待ちました。すると本当に立派な大名行列が現れたので、職人は「見事だ」と狐を褒めました。
しかし、それは狐が化けた姿ではなく、本物の大名行列だったのです。
結果、無礼を働いた職人は打ち首になってしまいました。狐の最後の復讐だったのかもしれません。
まとめ
おさん狐は、美女に化けて男を惑わす、西日本を代表する化け狐です。
重要なポイント
- 美しい女性の姿で妻帯者や恋人持ちの男に近づく
- 痴話喧嘩を好み、嫉妬深く執念深い性格
- 「女狐」という蔑称の語源とされる
- 中国地方を中心に、西日本各地で伝承が残る
- 広島市江波のように、地元で愛された例もある
- 現在も丸子山不動院で祀られている
恐ろしい存在として語られることが多いおさん狐ですが、江波のように人々と共存し、愛された例もあります。
もし夜道で見知らぬ美女に声をかけられたら…それはおさん狐かもしれませんね。


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