中国の神話には数え切れないほどの竜が登場しますが、その中でも特別な存在として語り継がれているのが「応竜(おうりゅう)」です。
翼を持ち、雨を降らせ、古代の帝王に仕えた竜。なぜこの竜は「四竜の長」と呼ばれるほど尊ばれたのでしょうか?
この記事では、中国神話に登場する翼を持つ竜「応竜」について、その姿や能力、伝承をわかりやすくご紹介します。
概要

応竜は、中国の古書『山海経(せんがいきょう)』に登場する竜の一種です。
「応」という字には「応じる・答える」という意味があり、応竜は「応える竜」「呼びかけに応じる竜」と解釈されています。雨乞いの祈りに応えて雨を降らせることから、この名がついたとも考えられているんですね。
『瑞応記(ずいおうき)』という書物では「応竜は四竜の長」と記されており、青竜・赤龍・白竜・黒竜という四種の竜たちを束ねる存在とされています。また、麒麟・鳳凰・霊亀とともに「四霊(しれい)」の一つに数えられることもあり、中国神話において非常に格の高い霊獣なのです。
姿・見た目
応竜の外見には、他の竜にはない大きな特徴があります。
応竜の身体的特徴
- 翼:蝙蝠(こうもり)または鷹のような翼を持つ
- 足:4本の足があり、それぞれ3本の指がある
- 体:蛇のように長い胴体
一般的な中国の竜は翼を持ちません。しかし応竜は、鳥のような翼を備えた珍しいタイプの竜なんです。
この翼のおかげで、応竜は天と地を自由に行き来できるとされていました。空を飛ぶだけでなく、地上や水中も自在に移動できる、まさに万能の存在だったわけですね。
特徴・能力
応竜は単に姿が特別なだけではありません。強力な能力も持っています。
応竜の主な能力
- 雨を降らせる力:体内に水を蓄え、雲を呼んで雨を降らせることができる
- 嵐を起こす力:戦いの際には暴風雨を引き起こして味方を援護する
- 天地を移動する力:翼を使って天界と地上を自在に行き来できる
特に「雨をもたらす力」は重要視されました。農耕が生活の基盤だった古代中国において、雨は命に直結するもの。だからこそ応竜は人々から深く信仰されたのです。
また、『淮南子(えなんじ)』という書物には興味深い記述があります。それによると、応竜は四足動物の祖先であり、さらに天馬(てんま)や麒麟(きりん)を生んだとされているんです。
神話・伝承

応竜が最も活躍するのは、黄帝(こうてい)と蚩尤(しゆう)の戦いを描いた神話です。
黄帝と蚩尤の戦い
黄帝は中国神話における伝説の帝王であり、中華民族の祖とされる存在。一方、蚩尤は強大な力を持つ軍神で、様々な武器を発明して黄帝に戦いを挑みました。
この戦いで、応竜は黄帝の側について参戦します。
戦いの経過
- 蚩尤が風神・雨神を呼び出して暴風雨を起こす
- 応竜は大量の水を蓄えて対抗しようとする
- しかし蚩尤の嵐には勝てず苦戦する
- 黄帝が娘の「魃(ばつ)」を呼び出して嵐を止める
- 応竜がついに蚩尤を討ち取る
応竜は見事に蚩尤を倒しましたが、この戦いには代償がありました。
天に戻れなくなった応竜
蚩尤を殺した応竜は、殺生によって邪気を帯びてしまいます。そのため、神々の住む天界に戻ることができなくなったのです。
行き場を失った応竜は、中国の南方へと移り住むことになりました。
ここで面白いのが、この神話が中国の気候を説明する物語にもなっているという点。応竜が南方に住んでいるから、そこには雨が多い。逆に応竜がいなくなった他の地域は干ばつに悩まされるようになった、というわけなんです。
禹王の治水を助けた応竜
応竜にはもう一つ有名な伝説があります。それは、古代の聖王「禹(う)」の治水事業を助けたという話。
『楚辞(そじ)』の「天問(てんもん)」という篇には、禹が大洪水を治める際に応竜が活躍したと記されています。応竜は尾で地面に線を引いて、水路となる場所を禹に教えたというのです。
つまり応竜は、古代中国の二大英雄——黄帝と禹王——の両方に仕え、歴史を動かす活躍をした竜なんですね。
竜の進化と応竜の位置づけ
中国には「竜は長い年月をかけて成長・進化する」という考え方があります。
『述異記(じゅついき)』という書物には、竜の進化の過程が詳しく記されています。
竜の成長段階
- 蝮(まむし):泥水で500年育つ
- 蛟(こう):蝮が変化。さらに1000年で次の段階へ
- 竜(りゅう):成竜と呼ばれる。500年で角が生える
- 角竜(かくりゅう):角を持つ竜。1000年経過すると…
- 応竜(おうりゅう):翼が生え、最強の竜となる
- 黄竜(こうりゅう):年老いた応竜の姿
つまり応竜とは、3000年もの歳月を経てようやく到達できる竜の最終形態なんです。だからこそ「四竜の長」と呼ばれ、特別な存在として崇められたわけですね。
まとめ
応竜は、中国神話において最も格の高い竜の一つです。
重要なポイント
- 『山海経』に登場する翼を持つ竜
- 雨を降らせ、嵐を起こす力を持つ
- 「四竜の長」「四霊の一つ」とされる高位の霊獣
- 黄帝に仕え、蚩尤との戦いで勝利に貢献した
- 禹王の治水事業を尾で地面に線を引いて助けた
- 殺生の邪気を帯びて天に戻れず、南方に住むようになった
- 竜が3000年かけて進化した最終形態
- 中国南部に雨が多い理由を説明する神話にもなっている
翼を持ち、天と地を行き来し、雨を司る。応竜は単なる竜ではなく、古代中国の人々にとって自然の力そのものを象徴する存在だったのかもしれません。


コメント