山奥から牛や馬が忽然と消える…。
しかも、その犯人は人間のように二本足で歩いていた…。
そんな恐ろしい話が、かつて長野県の木曽地方で語り継がれていました。
その正体は、年を経て妖怪と化した熊「鬼熊(おにくま)」だったのです。
この記事では、江戸時代の奇談集にも登場する恐怖の妖獣「鬼熊」について、その伝承を詳しくご紹介します。
概要

鬼熊(おにくま)は、長野県の木曽地方に伝わる妖怪です。
江戸時代の奇談集『絵本百物語(桃山人夜話)』にその記述が残されています。
では、鬼熊とは一体どんな存在なのでしょうか?
簡単に言えば、長い年月を生きた熊が妖怪化したものなんです。
日本では昔から、動物が長生きすると不思議な力を持つと信じられてきました。東北地方ではこのような妖怪を「経立(ふったち)」と呼び、猿の経立、犬の経立などがいるとして恐れられていたそうです。
鬼熊もまた、そうした「年を経た動物が変化した妖怪」の一種というわけですね。
鬼熊の特徴
- 直立歩行:人間のように二本足で立って歩く
- 夜行性:普段は人前に姿を現さず、夜に山から降りてくる
- 家畜を襲う:牛や馬を小屋から引きずり出し、山へ持ち帰って食べる
- 桁外れの怪力:猿を手で押しただけで殺してしまうほど
普通の熊とは明らかに違う、まさに「妖獣」と呼ぶべき存在だったのです。
伝承

恐るべき怪力の証拠「鬼熊石」
鬼熊の力がどれほど凄まじかったのか、それを物語るエピソードがあります。
ある時、山中で鬼熊が直径3メートル(6〜7尺)もある大石を谷底へ落とすのを目撃した人がいました。
後日、その石を人間の手で動かそうとしたところ、大人が10人がかりで持ち上げようとしても、びくともしなかったというのです。
この石は「鬼熊石」と呼ばれ、今でも木曽の山奥にあると伝えられています。
鬼熊を仕留めた猟師の話
そんな恐ろしい鬼熊ですが、実は捕まえた記録が残っているんです。
享保年間(1716〜1736年)の初期、腕利きの猟師が見事に鬼熊を仕留めました。
その方法は、力ではなく知恵を使ったものでした。
鬼熊の捕獲方法
- まず、大木を井桁(いげた)に組む
- 藤蔓(ふじづる)を使って鬼熊の巣穴の入り口を塞ぐ
- 穴の奥に向かって細い木を何本も突っ込む
- 鬼熊は邪魔な木を避けようとして、どんどん奥へ移動する
- やがて身の置き場がなくなり、穴の入り口に出てくる
- そこを待ち構えて、槍で突き、鉄砲で撃ち取る
正面から戦えば到底かなわない相手を、追い詰めて仕留めたわけですね。
そして仕留めた鬼熊を村に持ち帰り、皮を剥いで広げてみたところ…。
なんと畳6畳分もの大きさがあったというから驚きです。
北海道での「鬼熊」
ちなみに、北海道では少し違った意味で「鬼熊」という言葉が使われていました。
人を襲う凶暴な羆(ヒグマ)のことを「鬼熊」と呼んで恐れていたそうです。
木曽の妖怪とは別の存在ですが、どちらも「恐ろしい熊」という点では共通していますね。
まとめ
鬼熊は、長い年月を生きて妖怪化した恐ろしい熊の伝承です。
重要なポイント
- 長野県木曽地方に伝わる妖怪で、『絵本百物語』に記録が残る
- 年を経た熊が妖怪化した存在(経立の一種)
- 人間のように直立歩行し、夜に人里へ降りてくる
- 家畜の牛馬を襲い、山へ持ち帰って食べてしまう
- 10人がかりでも動かせない大石を軽々と谷底へ落とす怪力
- 享保年間に仕留められた記録があり、皮の大きさは畳6畳分
木曽の深い山々には、今もどこかに鬼熊が潜んでいるかもしれません。
もし山奥で、二本足で歩く巨大な影を見かけたら…それは普通の熊ではないかもしれませんね。


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