ニッタエウォとは?スリランカに伝わる謎の小人族の伝説を解説

神話・歴史・文化

スリランカのジャングルに、かつて「鋭い爪を持つ小人族」が住んでいた——そんな話を聞いたことはありますか?

彼らの名前は「ニッタエウォ」。
スリランカの先住民ヴェッダ族の神話に登場する、身長1メートルほどの毛深い生き物です。

18世紀後半に絶滅したとされているのですが、実は近年でも目撃情報があるんですね。
さらに2004年にインドネシアで発見された「ホモ・フローレシエンシス(通称ホビット)」との関連も指摘されており、単なる伝説では片付けられない存在として注目を集めています。

この記事では、ニッタエウォの特徴や伝承、正体に関する諸説までわかりやすく解説していきます。


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ニッタエウォの基本情報

ニッタエウォは、スリランカ東部の山岳地帯やジャングルに住んでいたとされる謎の生き物です。

名前の意味

「ニッタエウォ(Nittaewo)」という名前の由来には諸説あります。

イギリスの植民地官僚ヒュー・ネヴィルは、サンスクリット語で「より原始的な部族」を意味する「ニシャーダ(niṣāda)」が語源だと考えました。
シンハラ語では「ニガディワ」や「ニシャディワ」となり、そこから「ニッタエウォ」に変化したという説です。

一方、暗号動物学者ジョージ・エバーハートは「爪を持つ者」を意味する「ニヤ・アタ(niya-atha)」が語源だと主張しています。
鋭い爪がトレードマークのニッタエウォには、こちらの説もしっくりきますね。

身体的特徴

ヴェッダ族の伝承によると、ニッタエウォの姿は以下のような特徴があったとされています。

  • 身長は約90cm〜120cm(ヴェッダ族よりもさらに小柄)
  • 全身が赤みがかった毛で覆われている
  • 短くて力強い腕
  • 鷲の爪のように長く曲がった爪を持つ
  • 直立二足歩行ができる
  • 独自の言語を持ち、鳥のさえずりのような声で会話する

特に印象的なのは、その鋭い爪です。
ニッタエウォはこの爪を使って獲物の腹を切り裂き、内臓を食べていたと伝えられています。

生態と習性

ニッタエウォは10〜20匹程度の小集団で暮らしていました。
洞窟や、木の枝で作った巣のような住居で生活していたようです。

食べていたのはリス、野ウサギ、小型のシカ、オオトカゲ、亀、そしてなんとワニまで。
道具は使わず、すべて爪で獲物を引き裂いて食べていたとされています。


ニッタエウォとヴェッダ族の対立

スリランカの先住民ヴェッダ族とは

ニッタエウォの伝説を理解するには、まずヴェッダ族について知っておく必要があります。

ヴェッダ族はスリランカの先住民で、紀元前6世紀以前から島に住んでいたと考えられています。
「ワンニヤラエト(森に住む者)」と自称する彼らは、狩猟採集を中心とした生活を送ってきました。

現在ではシンハラ人やタミル人との同化が進み、純粋なヴェッダ族の人口は激減しています。
しかしスリランカ東部の一部地域では、今も伝統的な生活様式を守るヴェッダ族のコミュニティが存在します。

長年にわたる縄張り争い

ニッタエウォとヴェッダ族は、同じジャングルで長年にわたって対立関係にあったとされています。

ニッタエウォは集団でヴェッダ族の集落を襲い、干し肉などの食料を奪っていきました。
特に、狩りから帰って一人で休んでいるヴェッダ族の狩人を襲うことが多かったようです。

ヴェッダ族がニッタエウォを恐れた最大の理由は、あの鋭い爪でした。
眠っているところを襲われると、腹を切り裂かれて殺されてしまうと信じられていたのです。

絶滅の伝承——洞窟での悲劇

ニッタエウォの終焉は、非常に悲劇的なものでした。

伝承によると、18世紀後半のある日、ついにヴェッダ族の堪忍袋の緒が切れました。
彼らはニッタエウォの最後の集団を追い詰め、スリランカ東部レナマ地方の洞窟に追い込んだのです。

ヴェッダ族は洞窟の入り口に大量の薪を積み上げ、火を放ちました。
火は3日間燃え続け、閉じ込められたニッタエウォは全員窒息死したとされています。

この出来事は1775年頃に起きたと推定されています。
悲しいことに、数世代後にはレナマ地方のヴェッダ族自身も姿を消してしまい、洞窟の正確な場所は永遠に失われてしまいました。


ニッタエウォの記録と調査の歴史

古代の記録

ニッタエウォの存在を示唆する記録は、驚くほど古くから存在します。

紀元1世紀、古代ローマの博物学者プリニウスはセイロン島(現スリランカ)に「獣人」がいると記しました。
また400年頃、パラディウス司教もこの島に「原始的な種族」がいると報告しています。

ただし、パラディウスが見たのはヴェッダ族だったと考えられています。
ニッタエウォはヴェッダ族と同じ環境に住みながら、彼らとは別の存在だったのです。

14世紀には、モロッコの旅行家イブン・バトゥータがセイロンで「獣人」を目撃したと記録しています。
しかしこれは、島に生息するムラサキガオラングール(サル)を見間違えた可能性が高いとされています。

ヒュー・ネヴィルの調査(1886年)

ニッタエウォに関する本格的な記録は、1886年にイギリスの植民地官僚ヒュー・ネヴィルによってなされました。

ネヴィルは学術誌『タプロバニアン』で、スリランカ南東部の山岳地帯に「ニッタエウォ」と呼ばれる奇妙な種族がいるという情報を報告しました。

彼の情報源は、コラリヤという名の老ヴェッダ族の男性を知る狩人でした。
つまり、すでに伝聞情報だったわけです。

それでもネヴィルは、ニッタエウォの外見、習性、そして絶滅の経緯について詳細な記録を残しました。

フレデリック・ルイスの追跡調査(1914年)

1914年、冒険家フレデリック・ルイスがネヴィルの報告を裏付ける情報を収集しました。

ルイスはヴェッダ族の子孫から、ニッタエウォが「4世代前、1775年頃に絶滅した」という証言を得ました。
さらに驚くべきことに、その家族の親戚が実際に洞窟を焼く作戦に参加していたというのです。

ルイスは離れた村でも同じ話を聞くことができ、伝承の信憑性が高まりました。

W.C.オズマン・ヒルの科学的調査(1945年)

1945年、エディンバラ大学の霊長類学者W.C.オズマン・ヒルがニッタエウォの初の科学的調査を行いました。

ヒルはスリランカを訪れ、収集できる限りの証拠を精査しました。
物的証拠は見つからなかったものの、彼は論文『ニッタエウォ——セイロンの未解決問題』で、伝承を真剣に検討する価値があると結論づけています。

クディンビガラ洞窟調査(1963年)

1963年、スリランカ陸軍のA.T.ランブクウェル大尉がマハレナマ地方のクディンビガラ洞窟を調査しました。

洞窟からはオオトカゲの骨やホシガメの甲羅が発見されました。
これらはニッタエウォが食べていたとされる動物の残骸と一致しますが、ニッタエウォ自体の骨は見つかりませんでした。


近代の目撃情報

サルバドール・マルティネスの証言(1984年)

18世紀以降で最も注目される目撃報告は、1984年にスペインの人類学者サルバドール・マルティネスによってなされました。

マルティネスはスリランカの森を歩いていた際、長い毛に覆われた小柄な人型の生き物を目撃したと主張しています。
その生き物は意味不明な声を発してから、森の奥へ逃げ去ったそうです。

ただし彼はこの出来事を何年も公表しませんでした。
また、地元の遊牧民を見間違えたのではないかという指摘もあります。

2019年の目撃ラッシュ

2019年3月、スリランカ各地でニッタエウォの目撃情報が相次ぎました。

最初の報告はアンパラ県の焼畑農家からでした。
「赤い口をした毛深い小人が畑にしゃがんでいた」という証言がテレビで放送されると、SNSで情報が拡散。
アヌラーダプラ、ワラスムラ、クリヤピティヤなど各地から類似の目撃報告が寄せられました。

スリジャヤワルダナプラ大学の調査チームがこれらの報告を検証しましたが、実際にニッタエウォを目撃したと確認できるケースはありませんでした。

興味深いのは、2019年の目撃者が報告した特徴が伝統的な描写と異なっていた点です。
「真っ黒でゴリラのような顔」という証言は、ヴェッダ族の伝承にある「赤みがかった毛」とは一致しません。
これは誇張や作り話の可能性を示唆しています。


ニッタエウォの正体は?——諸説を検証

考古学的証拠が見つかっていない以上、ニッタエウォの正体については様々な説が唱えられています。

ナマケグマ説

スリランカに生息するナマケグマ(スロースベア)を見間違えたという説があります。

ナマケグマは時々二足歩行し、鋭い爪を持ち、人に襲いかかることもあります。
しかしナマケグマは主に四足歩行で、毛の色も通常は黒。
昆虫食が中心で、伝承にある「小動物を狩る」という特徴とは合いません。

またヴェッダ族はジャングルの動物に精通しており、クマと人型の生き物を見間違えるとは考えにくいという反論もあります。

テナガザル説

霊長類学者のオズマン・ヒルとベルナール・ユヴェルマンスは、絶滅したスリランカ固有のテナガザルの可能性を検討しました。

テナガザルは身長約90cmで小集団で暮らし、二足歩行を得意とします。
しかしインドのテナガザルはガンジス川以東にしか生息せず、スリランカには分布していません。
また、テナガザルの腕は長いのに対し、ニッタエウォの腕は「短い」と描写されています。

ネグリト説

ニッタエウォは、フィリピンやアンダマン諸島に住むネグリト(小柄な先住民族)のような人類集団だったという説もあります。

ヴェッダ族よりも先にスリランカに到着し、後から来たヴェッダ族に追われて滅んだという仮説です。
しかしユヴェルマンスは「ネグリトの外見は伝承の描写と全く合わない」と否定しています。

ホモ・エレクトス生存説

ヒルとユヴェルマンスは、東南アジアに分布していたホモ・エレクトス(ピテカントロプス)の生き残りという説も提唱しました。

スリランカは紀元前5000年以前、何度かインド本土と陸続きになっていました。
その時期にホモ・エレクトスが渡来し、島で独自に進化した可能性があるというのです。

ただし通常のホモ・エレクトスは現代人に近い身長があり、ニッタエウォの描写とは合いません。
この点についてユヴェルマンスは「島嶼矮小化」によって小型化した可能性を指摘しています。

ホモ・フローレシエンシス類似種説

2004年にインドネシアのフローレス島で発見された「ホモ・フローレシエンシス(通称ホビット)」は、ニッタエウォ研究に新たな視点をもたらしました。

ホモ・フローレシエンシスは身長約1.1メートルの小型人類で、約5〜6万年前まで生存していました。
その特徴はニッタエウォの伝承と驚くほど似ています。

  • 小柄な体格(約1メートル)
  • 石器を使用
  • 小動物を狩猟
  • 島嶼環境での矮小化

スリランカもフローレス島と同様に孤立した島嶼環境です。
もし何らかの古代人類がスリランカに到達していたなら、同様の矮小化が起きた可能性は否定できません。

ただし、スリランカからはホモ・フローレシエンシスのような化石は発見されていません。
両者の関連は、あくまでも推測の域を出ていないのが現状です。


まとめ

ニッタエウォについて解説してきました。
最後に要点をまとめておきます。

  • ニッタエウォはスリランカのヴェッダ族神話に登場する、身長約1メートルの毛深い小人族
  • 鷲のような鋭い爪を持ち、小動物を狩って暮らしていたとされる
  • ヴェッダ族と長年対立し、18世紀後半に洞窟で焼き殺されて絶滅したと伝えられている
  • 1886年以降、複数の研究者が調査を行ったが、考古学的証拠は見つかっていない
  • 正体についてはナマケグマ説、テナガザル説、古代人類生存説など諸説ある
  • 2004年に発見されたホモ・フローレシエンシスとの類似点から、再び注目を集めている

骨や化石が見つからない以上、ニッタエウォが本当に存在したのかは永遠の謎かもしれません。
しかしヴェッダ族の間で何世代にもわたって語り継がれてきた伝承には、何らかの真実が含まれている可能性があります。

スリランカの深い森には、まだ私たちの知らない秘密が眠っているのかもしれませんね。


参考情報

  • Hugh Nevill “The Nittaewo of Ceylon”, The Taprobanian, 1886-1887
  • Frederick Lewis, 1914年の調査報告
  • W.C. Osman Hill “Nittaewo – An Unsolved Problem of Ceylon”, 1945
  • Wikipedia “Nittaewo”
  • Wikipedia “Homo floresiensis”
  • Wikipedia “Vedda”
  • Sri Lanka Travel公式サイト “Nittaewo – The Dagger Clawed Pygmies of Sri Lanka”
  • The Sunday Times Sri Lanka “Is it a bear, a monkey or Sri Lanka’s own Hobbit?” 2019年3月31日

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