【オシリスを愛した不遇の女神】エジプト神話「ネフティス」とは?姉イシスと共に死者を守る葬祭の女神

神話・歴史・伝承

エジプト神話には、有名なイシスの影に隠れながらも、重要な役割を果たした女神がいます。

彼女の名はネフティス。高貴な生まれでありながら、自分だけの神殿を持つこともなく、常に他の神々に寄り添って生きた女神です。しかし、その心の中には、禁断の恋という情熱的な一面も秘めていました。

この記事では、オシリスへの想いに身を焦がし、イシスと共に死者を守護したエジプト神話の女神「ネフティス」について詳しくご紹介します。

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概要

ネフティスは、古代エジプト神話における葬祭の女神です。

エジプト神話の中心的な神々であるヘリオポリス九柱神の一柱に数えられ、姉イシスと共に死者や冥界の神オシリスを守護する役割を担っていました。

その名前は「館の女主人」または「城の女主人」を意味し、神殿や王宮を神格化した存在だとされています。姉イシスが王座(王権)を象徴するのに対し、ネフティスは城や神殿そのものを象徴していたんですね。

興味深いのは、これほど重要な女神でありながら、自分だけの崇拝の中心地や神殿を持たなかったということです。常に他の神々、特にイシスやオシリス、セトといった家族の神々に付き従う形で信仰されてきました。

系譜

ネフティスは非常に高貴な家系に生まれた女神なんです。

ネフティスの家族関係

  • :ゲブ(大地の神)
  • :ヌト(天空の女神)
  • 兄姉:オシリス(冥界の神)、イシス(豊穣の女神)、セト(戦争・混沌の神)
  • 配偶者:セト(兄でもある)
  • :アヌビス(ミイラ作りの神)※父はオシリス

ゲブとヌトの間に生まれた四柱の神々の中で、ネフティスは末娘でした。

太陽年の終わりを告げる役割を持ち、宇宙の秩序において天と地の結びつきを象徴する存在だったといわれています。

配偶者は兄のセトとされていますが、ネフティスの心は常に長兄オシリスに向けられていたのです。そして、オシリスとの間に生まれたのが、死者のミイラ作りを司る神アヌビスでした。

姿・見た目

ネフティスの姿は、エジプトの神々の中では珍しい特徴を持っています。

外見の特徴

  • 完全な人間の女性の姿(動物の頭部を持たない)
  • 古風で伝統的な衣装を身にまとっている
  • さまざまな宝石や装飾品で飾られている
  • 頭上には自分の名前のヒエログリフを頂いている
  • 手に杖を握っていることもある
  • 頭巾で髪を覆っている場合もある

特別な描写として、腕に翼をつけた姿で表されることもあります。これは葬祭の場面で、死者を守護する役割を象徴しているんですね。

エジプトの多くの神々が動物の頭部を持つのに対し、ネフティスには対応する神聖動物がいません。これも彼女が地域的な信仰から生まれたのではなく、神話体系の中で必要とされて誕生した神格であることを示しています。

葬祭の場面では、イシスと共にハヤブサや鳶(トビ)の姿で描かれることもありました。その鋭く悲しげな鳴き声が、死者を悼む女性たちの嘆きの声を連想させたからだそうです。

特徴

ネフティスには、葬祭の女神としての特別な役割と能力があります。

主な役割と能力

  • 死者の守護:イシスと共に死者の棺を守る
  • 魔法の力:強力な呪文や魔術を使いこなす
  • 冥界の案内:死後の世界を旅する死者を導く
  • 悪魔退散:その魔力で悪霊や悪魔を追い払う
  • ミイラの保護:髪の房がミイラを包む包帯と同一視された

ピラミッド・テキスト(古代エジプト最古の宗教文書)では、ネフティスはイシスと共に星と夜の象徴とされています。太陽の船や冥界の門を守る蛇とも同一視され、夜の闇と死の移行を司る重要な存在でした。

性格の特徴

ネフティスは基本的に従順で献身的な性格として描かれています。しかし、オシリス神話では積極的で情熱的な一面も見せるんです。

  • 常に他の神々に寄り添い支える
  • 死者への深い同情と慈悲の心
  • オシリスへの抑えきれない恋心
  • イシスへの協力と忠誠

また、ビールの女神としての側面も持っていました。エドフやデンデラの神殿では、ファラオ(王)に豊富なビールを捧げ、「二日酔いのない歓喜」を与える力があるとされていたそうです。

神話・伝承

ネフティスの物語で最も有名なのが、オシリスへの禁断の恋と、その後の献身的な活動です。

禁断の恋とアヌビスの誕生

ネフティスは形式上、兄のセトの妻でした。しかし、彼女の心は常に長兄オシリスに向けられていたのです。

この想いに耐えきれなくなったネフティスは、大胆な行動に出ます。

ネフティスの作戦

  1. オシリスを酒で泥酔させる
  2. 姉イシスに変装する
  3. オシリスと契りを結ぶ

この計画は成功し、ネフティスはオシリスとの間に子を授かります。それが、後にミイラ作りの神となるアヌビスです。

しかし、夫セトの怒りを恐れたネフティスは、生まれたばかりのアヌビスを捨ててしまいました。その後、赤ん坊は姉イシスに拾われ、養子として育てられることになります。

オシリス復活への協力

セトによってオシリスが殺害され、その身体がバラバラにされたとき、ネフティスは姉イシスに協力しました。

ネフティスの献身

  • オシリスの身体の欠片を探す旅にイシスと同行
  • オシリスのために泣き、嘆き悲しむ
  • 復活の儀式で魔法の力を発揮
  • 蘇ったオシリスを守護する

本来であれば、オシリスを巡ってイシスとネフティスの間には確執があってもおかしくありません。しかし、二柱の女神は協力し合い、オシリスのために尽くしたのです。

エドフの神殿では「イシスとネフティスが泣く日」という哀悼の祭儀が行われ、二人の女神の役割を演じる巫女たちが、嘆きの儀式を執り行っていました。

幼いホルスの守護者

オシリスとイシスの息子ホルスが生まれると、ネフティスはその養育にも関わりました。

ピラミッド・テキストでは、イシスを「産みの母」、ネフティスを「育ての母」と呼んでいます。ネフティスは乳母として、また守護者として、幼いホルスを見守り続けたのです。

ビールと歓喜の女神

意外かもしれませんが、ネフティスには陽気な一面もありました。

エドフの神殿では「ネフティスの心臓が歓喜する」という祭儀が行われており、ビールの女神として祝祭を司る役割も持っていたんです。月明かりの下で隠されたものを見る力を与えるとも信じられていました。

出典・起源

ネフティス信仰がどこで生まれたのかは、実ははっきりしていません。

ヘリオポリス起源説

神話上の家族関係から考えると、ヘリオポリス(古代エジプト北部の宗教都市)が起源だと考えるのが妥当でしょう。

ヘリオポリスは太陽神ラーを中心とする九柱神(エンネアド)の信仰の中心地でした。ネフティスはこの九柱神の一柱であり、オシリス神話と深く結びついているため、ヘリオポリスで体系化されたと推測されます。

概念的な誕生

重要なのは、ネフティスが特定の地域の守護神として自然発生した神ではないということです。

彼女は以下のような概念を神格化するために生まれた存在だといえます。

  • 王の館(神殿)を象徴する存在
  • イシス(王座)に対応する存在
  • オシリス神話を完成させるために必要な存在
  • 死の体験や移行を象徴する存在

そのため、地方神としての独自の信仰基盤を持たず、常に他の神々の補助的な役割として崇拝されたのです。

後期の独自信仰

末期王朝時代(紀元前747-332年)になって初めて、ネフティスはアヌケト(ナイル川の女神)と同一視され、単独の女神として信仰を受けるようになりました。

この時期には以下の場所で崇拝されていました。

  • コム・オムボ(上エジプト第3ノモス):アヌケトとの習合後
  • セペルメル:ラメセス2世が建てた「ネフティスの館」
  • ヘラクレオポリス:ベンヌ鳥(不死鳥)の守護女神として

ラメセス2世の時代(第19王朝)には、セトとネフティスへの信仰が特に盛んになり、ネフティス専用の神殿がいくつか建設されたという記録が残っています。

ギリシア・ローマ時代の信仰

ギリシア・ローマ時代には、葬祭の女神としてのネフティスは、ギリシア神話のヘカテ(夜と魔術の女神)と比較されました。

カノポス壺(内臓を保存する壺)の守護四女神の一柱としても崇拝され、イシス、ネイト、セルケトと共に死者の内臓を守る役割を担いました。

まとめ

ネフティスは、高貴な出自を持ちながら常に他の神々に寄り添い、愛するオシリスのために尽くした献身的な女神です。

重要なポイント

  • ヘリオポリス九柱神の一柱で、ゲブとヌトの末娘
  • 「館の女主人」を意味し、神殿や王宮を象徴する
  • セトの妻だが、オシリスに恋してアヌビスを産んだ
  • イシスと共に死者を守護する葬祭の女神
  • 完全な人型で、対応する神聖動物を持たない
  • 独自の信仰基盤は少なく、他の神々に従属的な役割
  • オシリス復活に協力し、幼いホルスの養育も担った
  • 魔法の力と死者への慈悲深さで知られる

自分だけの神殿を持たず、常に姉イシスの影に隠れていたネフティス。しかし、その心には誰よりも強い愛と情熱があったのかもしれません。古代エジプトの人々は、この不遇な女神の想いを汲んで、ロマンティックな神話を紡いだのでしょう。

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