「この犯人、当てられるかな?」
そんなワクワク感とともに本を開いた経験、ありませんか?
私たちが「推理小説」「ミステリー」と呼んでいるジャンルには、実は180年以上の歴史があります。
最初の一作が生まれてから、黄金時代を経て、現代に至るまで——その道のりは、意外なエピソードに満ちています。
この記事では、ミステリー小説がどのように誕生し、世界中に広がっていったのかを、主要な作家や名作とともに振り返ります。
ミステリー小説の誕生——すべてはポーから始まった

「ミステリー小説の父」と呼ばれる人物をご存知でしょうか?
答えはエドガー・アラン・ポー。
1841年、アメリカの作家ポーが発表した『モルグ街の殺人』が、世界初の推理小説とされています。
革命的だった「モルグ街の殺人」
この作品には、後のミステリーに欠かせない要素がすべて詰まっていました。
名探偵C・オーギュスト・デュパン。
読者に提示される手がかり。
不可能に見える密室殺人。
そして論理的な解決。
ポーはこれを「推理の物語(tales of ratiocination)」と呼びました。
当時としては「まったく新しい鍵」で書かれた作品だったんです。
興味深いのは、あの名探偵シャーロック・ホームズの生みの親、コナン・ドイルがポーについてこう語っていること。
「推理小説はポーが命を吹き込むまで、どこにも存在しなかった」と。
ホームズの相棒ワトスンも、最初にホームズの推理力を目撃したとき、「君はポーのデュパンを思い出させる」と言っています。
もっとも、ホームズは「デュパンなど二流だ」と返しましたが。
黄金時代——ミステリーが花開いた1920〜30年代
推理小説が最も輝いた時代があります。
「探偵小説の黄金時代」と呼ばれる1920年代から1930年代。
第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の約20年間です。
なぜこの時代にミステリーが流行したのか
戦争の記憶から逃れたい人々にとって、推理小説は格好の逃避先でした。
グロテスクな暴力描写はなく、知的なパズルとして楽しめる。
そして最後には必ず謎が解け、秩序が回復する。
この時代の特徴は「フェアプレイ」の精神です。
作者は読者に対して公平でなければならない。
犯人は物語の早い段階で登場し、読者も手がかりから推理できるようにする。
1929年には「探偵小説の十戒」まで作られました。
超自然的な解決はNG、探偵が犯人になってはいけない——といったルールです。
「ミステリーの女王」たちの登場
黄金時代を彩ったのは、4人の女性作家でした。
アガサ・クリスティー、ドロシー・L・セイヤーズ、マージェリー・アリンガム、ニュージーランド出身のナイオ・マーシュ。
彼女たちは「犯罪の女王(Queens of Crime)」と呼ばれました。
中でもクリスティーは別格の存在です。
1920年にデビュー作『スタイルズ荘の怪事件』で名探偵エルキュール・ポアロを登場させると、その後66作もの長編小説を執筆。
全世界で20億部以上を売り上げた、史上最も売れた小説家となりました。
1926年の『アクロイド殺し』では、前代未聞のトリックを使って「フェア・アンフェア論争」を巻き起こしています。
ネタバレになるので詳しくは言えませんが、この作品は今でもミステリー史上最大級の衝撃作として語り継がれています。
ハードボイルドの誕生——アメリカが生んだもう一つの流れ
黄金時代のイギリスで優雅な謎解きが花開く一方、アメリカでは全く違うスタイルが生まれていました。
「パルプ雑誌」から登場したタフな探偵たち
1920年代のアメリカ。
禁酒法時代の暴力と腐敗が蔓延する都市部を舞台に、新しいタイプの探偵小説が登場します。
「ハードボイルド」と呼ばれるこのジャンルは、パルプ・マガジン『ブラック・マスク』から生まれました。
安価な紙に印刷された雑誌で、作家たちは1語いくらで原稿料をもらっていたんです。
だから文章は簡潔で、無駄がない。
「彼は殴られた。立ち上がった。また殴られた」——こんな調子です。
ハメットとチャンドラー
ハードボイルドの代表格といえば、ダシール・ハメットとレイモンド・チャンドラー。
ハメットは元ピンカートン探偵社の探偵という異色の経歴を持つ作家でした。
1929年の『血の収穫』、1930年の『マルタの鷹』で、私立探偵サム・スペードやコンティネンタル・オプといったキャラクターを生み出します。
チャンドラーは1939年に『大いなる眠り』でデビュー。
私立探偵フィリップ・マーロウを主人公にしたシリーズで、ハードボイルド文学の頂点を極めました。
「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」
この有名なセリフは、マーロウの人物像を象徴しています。
イギリスの黄金時代ミステリーが「誰が犯人か」を楽しむパズルだとすれば、ハードボイルドは「探偵がいかに生き延びるか」を描くサバイバル劇。
同じ「推理小説」でも、まったく違う魅力があるんですね。
日本のミステリー史——独自の発展を遂げた推理小説
日本にも豊かなミステリーの歴史があります。
その始まりは明治時代にさかのぼります。
黒岩涙香と日本最初のミステリー
1889年(明治22年)、黒岩涙香が『無惨』を発表。
これが日本初の創作推理小説とされています。
涙香は海外ミステリーの翻案で人気を博した作家でしたが、この作品ではオリジナルの物語を書きました。
川に浮かんだ男の惨殺体を、ベテラン刑事と若手刑事が追う——という内容です。
江戸川乱歩——日本推理小説界の「父」
日本の推理小説が本格的に花開いたのは大正末期から昭和初期。
その立役者が江戸川乱歩です。
ペンネームは「エドガー・アラン・ポー」をもじったもの。
1923年に『二銭銅貨』でデビューし、『D坂の殺人事件』『心理試験』といった本格ミステリーの傑作を次々と発表しました。
名探偵・明智小五郎を生み出し、少年探偵団シリーズで子どもたちにも大人気に。
敵役の「怪人二十面相」は、シャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンと並ぶ、日本で最も有名な架空のキャラクターの一人となりました。
乱歩は作家としてだけでなく、日本探偵作家クラブ(現・日本推理作家協会)の設立や、江戸川乱歩賞の創設など、日本のミステリー界全体の発展に貢献しています。
戦後の本格ミステリー復興
戦後、日本推理小説界は新たな黄金期を迎えます。
1946年、横溝正史が『本陣殺人事件』を発表。
名探偵・金田一耕助が初登場したこの作品は、日本式の密室殺人と本格トリックで読者を魅了しました。
その後も『獄門島』『犬神家の一族』など、日本の風土に根ざした本格ミステリーの傑作を生み出していきます。
社会派推理小説の台頭
1958年、松本清張の『点と線』『眼の壁』がベストセラーに。
これが「社会派推理小説」と呼ばれるジャンルの始まりです。
清張の作品は、トリックよりも動機を重視し、事件の背景にある社会問題を描きました。
汚職、差別、貧困——現実社会の暗部を推理小説という形で告発したのです。
これは従来の「謎解きを楽しむ」本格ミステリーとは異なるアプローチ。
しかし清張自身は本格ミステリーの愛好者でもあり、両者は対立するものではないと考えていました。
新本格ムーブメント
1987年、一人の若い作家のデビューが日本のミステリー界を大きく変えました。
綾辻行人の『十角館の殺人』。
孤島の奇妙な館で起きる連続殺人を描いたこの作品は、社会派全盛の時代に「本格回帰」を宣言するものでした。
講談社の編集者がこれを「新本格ミステリー」と名付けたことから、1980年代後半〜1990年代にかけて「新本格ムーブメント」が起こります。
有栖川有栖、法月綸太郎、我孫子武丸、京極夏彦——多くの才能ある作家がデビューし、日本のミステリーは再び黄金期を迎えました。
現代——多様化するミステリーの世界
現在のミステリー小説は、かつてないほど多様化しています。
イヤミス(読後感が悪いミステリー)、日常の謎を扱うコージーミステリー、警察小説、法廷ミステリー、医療ミステリー——サブジャンルは数え切れません。
また、東野圭吾、宮部みゆき、湊かなえといった作家の作品は映像化も多く、小説を読まない層にもミステリーの魅力を届けています。
一方で、綾辻行人をはじめとする新本格世代は今も精力的に活動中。
本格ミステリの伝統は、しっかりと次世代に受け継がれています。
ミステリー小説の歴史|主要な作家・作品一覧
| 年代 | 地域 | 作家 | 代表作 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| 1841年 | アメリカ | エドガー・アラン・ポー | 『モルグ街の殺人』 | 世界初の推理小説、名探偵デュパン登場 |
| 1866年 | フランス | エミール・ガボリオ | 『ルルージュ事件』 | 世界初の長編推理小説 |
| 1887年 | イギリス | コナン・ドイル | 『緋色の研究』 | シャーロック・ホームズ初登場 |
| 1920年 | イギリス | アガサ・クリスティー | 『スタイルズ荘の怪事件』 | ポアロ初登場、黄金時代の幕開け |
| 1929年 | アメリカ | ダシール・ハメット | 『血の収穫』『マルタの鷹』 | ハードボイルドの確立 |
| 1939年 | アメリカ | レイモンド・チャンドラー | 『大いなる眠り』 | フィリップ・マーロウ登場 |
| 1889年 | 日本 | 黒岩涙香 | 『無惨』 | 日本初の創作推理小説 |
| 1923年 | 日本 | 江戸川乱歩 | 『二銭銅貨』 | 日本推理小説の基礎を築く |
| 1946年 | 日本 | 横溝正史 | 『本陣殺人事件』 | 金田一耕助登場、日本式本格の確立 |
| 1958年 | 日本 | 松本清張 | 『点と線』 | 社会派推理小説の誕生 |
| 1987年 | 日本 | 綾辻行人 | 『十角館の殺人』 | 新本格ムーブメントの始まり |
まとめ
ミステリー小説の歴史を振り返ると、いくつかの重要なポイントが見えてきます。
- 1841年、ポーの『モルグ街の殺人』で推理小説というジャンルが誕生
- 1920〜30年代の黄金時代に、本格ミステリーのルールが確立
- アメリカでは同時期にハードボイルドという別の流れが生まれた
- 日本では江戸川乱歩が基礎を築き、独自の発展を遂げた
- 1987年の新本格ムーブメント以降、日本は世界有数のミステリー大国に
180年以上の歴史の中で、ミステリーは常に変化し続けてきました。
でも「謎を追い、真相を解き明かす」という根本的な魅力は変わりません。
次にミステリー小説を手に取るとき、この長い歴史のことを少し思い出してみてください。
きっと、読書がもっと楽しくなるはずです。


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