「大鏡」「今鏡」「水鏡」「増鏡」という名前を聞いたことはありませんか?
これらは平安時代後期から南北朝時代にかけて成立した、日本を代表する歴史物語です。いずれも「鏡」という名前がついていることから、まとめて「四鏡(しきょう)」と呼ばれています。
「鏡」という名前には、歴史を明らかに映し出すという意味が込められているんです。過去の出来事を鏡のように写し出し、後世に伝えようとする意図があったのでしょう。
この記事では、四鏡の中でも特に「水鏡」に焦点を当てながら、四鏡全体の特徴や関係性についてわかりやすく解説していきます。
四鏡とは何か?
「鏡物」という歴史物語のジャンル
四鏡は、「鏡物(かがみもの)」とも呼ばれる歴史物語のグループです。
いずれの作品も共通して、非常に高齢の老人が昔話を語るという形式をとっています。例えば190歳の老人が「昔はこんなことがあったなぁ」と回想しながら歴史を語るという、ちょっと不思議な設定なんです。
なぜこんな形式になったのでしょうか?
当時の仏教には「妄語戒」という戒めがありました。嘘をついてはいけないという教えです。フィクション作品を書くことも「作り話=嘘」と見なされる可能性があったため、「私が創作したのではなく、老人から聞いた話を書き留めただけ」という体裁をとったと考えられています。
四鏡の成立順と時代順
四鏡は、成立した順番と、扱っている時代の順番が異なります。これが少しややこしいところなんです。
成立順(実際に書かれた順番)
| 順番 | 作品名 | 成立時期 |
|---|---|---|
| 1 | 大鏡 | 平安時代後期(12世紀初頭) |
| 2 | 今鏡 | 平安時代末期(1170年頃) |
| 3 | 水鏡 | 鎌倉時代初期(1195年頃) |
| 4 | 増鏡 | 南北朝時代(14世紀中頃) |
成立順を覚えるための語呂合わせとして「だいこんみずまし(大今水増)」という言葉がよく使われます。「大根の水増し」と覚えると忘れにくいですね。
時代順(扱っている歴史の順番)
| 順番 | 作品名 | 扱っている時代 |
|---|---|---|
| 1 | 水鏡 | 神武天皇〜仁明天皇(約1500年間) |
| 2 | 大鏡 | 文徳天皇〜後一条天皇(176年間) |
| 3 | 今鏡 | 後一条天皇〜高倉天皇(146年間) |
| 4 | 増鏡 | 後鳥羽天皇〜後醍醐天皇(約150年間) |
つまり、水鏡は3番目に成立したにもかかわらず、最も古い時代を扱っているという特徴があります。神話時代から平安時代初期までの歴史を網羅しているわけです。
叙述形式の違い
四鏡は叙述の形式によって二つに分けることができます。
紀伝体(きでんたい):大鏡・今鏡
紀伝体とは、王族や貴族など一人一人の生涯を順に収録する形式です。伝記の集合体のようなイメージで、『古事記』や『大日本史』もこの形式で書かれています。
編年体(へんねんたい):水鏡・増鏡
編年体とは、起こった出来事を年代順に書く形式です。歴史の教科書に近い形式で、『日本書紀』や『栄花物語』がこれにあたります。
水鏡の詳細
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み方 | みずかがみ |
| 成立時期 | 鎌倉時代初期(1195年頃) |
| 巻数 | 全3巻 |
| 作者 | 中山忠親(有力説)または源雅頼(別説) |
| 扱う時代 | 神武天皇〜仁明天皇(54〜57代、約1500年間) |
| 叙述形式 | 編年体 |
作者について
水鏡の作者については、いくつかの説が存在します。
中山忠親説(有力説)
国書の伝存目録である『本朝書籍目録』に「水鏡三巻 中山内府抄」と記されていることから、中山忠親(なかやまただちか)が作者であるという説が最も有力です。
中山忠親は平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍した公家で、『山槐記(さんかいき)』という日記を残しています。この日記は源平抗争期を記した重要な史料として知られており、当時の東国情勢など、歴史を知る上で欠かせない資料となっています。
源雅頼説(別説)
一方で、源雅頼(みなもとのまさより)が作者であるという説も提唱されています。この説は注目を集めましたが、反論も出ており、現在では中山忠親説がより支持されています。
物語の構成と特徴
水鏡は、他の四鏡とは少し異なる独自の構成を持っています。
語り手の設定
物語は、73歳の老尼(ろうに)が厄年にあたり、大和国高市郡の竜蓋寺(りゅうがいじ、現在の岡寺)に参り、さらに長谷寺に参籠したところから始まります。
夢の中で、34〜35歳ほどの修行者に出会います。この修行者は、過去に葛城山中で神代以来の見聞を持つ仙人から話を聞いたといいます。
物語は、修行者が仙人から聞いた話を老尼がまた聞きして書き留めたという、二重の伝聞形式で進行していくのです。
内容の特徴
水鏡は本紀(天皇の事跡)のみで構成されており、大鏡のような皇族・大臣の列伝はありません。
神武天皇から仁明天皇まで、歴代天皇にまつわる話を時系列順に記載しています。ただし、神武天皇から応神天皇あたりまでの時代は、史実として確実とは言えない部分も含まれており、伝説的な要素も多く含まれています。
典拠と歴史的価値
水鏡の内容は、ほとんどが『扶桑略記(ふそうりゃっき)』からの抜粋であることが近年の研究で明らかになっています。
扶桑略記は、院政期に書かれた漢文の史書で、神武天皇から堀河天皇までの歴史を編年体で記したものです。水鏡はこの漢文を訓み下し、仮名文で書き直したものと考えられています。
このため、歴史的価値や文学的価値は四鏡の中で最も低いとされることが多いです。信頼できない記事や誤りも多く含まれていると指摘されています。
例えば、飯豊天皇(いいとよてんのう)という歴代に数えられていない天皇を実在として記載していたり、光仁天皇が皇后と若い男女を賭物にして双六に興じたという驚くべき話が含まれているなど、問題のある記述も少なくありません。
水鏡に込められた思想
しかし、水鏡には作者独自の思想も込められています。
作者は「いにしへをほめ今をそしるべきにあらず(昔を褒めて今を批判すべきではない)」「目の前のことを昔に似ずとは世を知らぬ人の申すことなり(目の前の出来事が昔と違うというのは世の中を知らない人の言うことだ)」と述べています。
つまり、「昔は良かった」という懐古主義を戒め、過去と現在に似た歴史のパターンを見出そうとしたという特徴があるのです。また、作者の仏教的世界観を当時の歴史と重ねて見ようとしている点も指摘されています。
伝本について
水鏡の写本には二つの系統があります。
- 高田専修寺本系(流布本):一般的に広まった版
- 尊経閣文庫本系(異本):前田家に伝わる版で、内容に異同がある
鎌倉時代の古写本としては、高田専修寺本(鎌倉中期、重要文化財)や真福寺本(巻下のみ、異本系)が現存しています。
大鏡──四鏡の始まり
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み方 | おおかがみ |
| 別名 | 世継物語、世継の翁が物語 |
| 成立時期 | 平安時代後期(12世紀初頭) |
| 巻数 | 全6巻(異本により8巻) |
| 作者 | 未詳(村上源氏の源顕房説が有力) |
| 扱う時代 | 文徳天皇〜後一条天皇(14代、176年間) |
| 叙述形式 | 紀伝体 |
大鏡の特徴
大鏡は四鏡の中で最初に成立し、後の三作品の手本となった作品です。
物語は、雲林院(うりんいん)の菩提講に参詣した場所で、190歳の大宅世継(おおやけのよつぎ)と180歳の夏山繁樹(なつやまのしげき)という二人の老人が歴史を語り合い、30歳ほどの若侍がそれを聞くという設定になっています。
この語り合いと問答の形式は、歴史の表裏明暗を多角的に捉え、公正な歴史叙述を展開しようという意図があったとされています。
藤原道長を中心とした物語
大鏡の主要なテーマは、藤原道長の栄華です。
藤原北家、特に道長がいかにして権力を獲得し、摂関政治の頂点に立ったかが、生き生きとしたエピソードを交えて描かれています。
先行する『栄花物語』が女性の視点から後宮の歴史を描いたのに対し、大鏡は男性の目で摂関政治史を、裏面の権力抗争まで含めて描こうとしたという特徴があります。
文学的価値
大鏡は歴史物語の中でも傑出した作品と評価されています。
その文章は平安後期の言葉を縦横に駆使し、迫真的な描写と活発な意見表明を可能にしています。『伊勢物語』『源氏物語』と並んで、平安朝の仮名文学における最高の到達点とも称されるほどです。
今鏡──大鏡の続編
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み方 | いまかがみ |
| 別名 | 小鏡、続世継 |
| 成立時期 | 平安時代末期(1170年頃) |
| 巻数 | 全10巻 |
| 作者 | 未詳(藤原為経説が有力) |
| 扱う時代 | 後一条天皇〜高倉天皇(13代、146年間) |
| 叙述形式 | 紀伝体 |
今鏡の特徴
今鏡は、大鏡で語り手の一人であった大宅世継の孫で、150歳を超える老婆「あやめ」が語るという設定になっています。
物語は長谷寺で「あやめ」と出会い、その昔話を聞くという形で始まります。
大鏡が政治的な権力抗争を中心に描いたのに対し、今鏡は宮廷貴族社会の朝儀典礼や風流についてより多く語られているのが特徴です。作者が語り手として女性を選んだのは、より優雅な「女性的」な話題に焦点を当てたかったからではないかとも言われています。
今鏡には140首もの和歌が収められており、日本と中国の文学への言及も数多く含まれています。
増鏡──四鏡の最後を飾る
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み方 | ますかがみ |
| 成立時期 | 南北朝時代(1338〜1358年頃が有力) |
| 巻数 | 17巻本(古本)または19〜20巻本(増補本) |
| 作者 | 未詳(二条良基説が有力) |
| 扱う時代 | 後鳥羽天皇〜後醍醐天皇(15代、約150年間) |
| 叙述形式 | 編年体 |
増鏡の特徴
増鏡は、成立順でも内容の時代順でも四鏡の最後に位置する作品です。
物語は、作者が嵯峨の清凉寺を訪れた際に、100歳を超える老尼から聞いた話を書き留めたという形式をとっています。
増鏡は三部構成になっています。
| 部 | 中心人物 | 巻 |
|---|---|---|
| 第一部 | 後鳥羽院 | 「おどろのした」〜「藤衣」 |
| 第二部 | 後嵯峨院 | 「三神山」〜「千島」 |
| 第三部 | 後醍醐天皇 | 「秋のみやま」〜「月草の花」 |
動乱の時代を描く
増鏡は、承久の乱と元弘の変という二つの大事件を両極として、その間の激動の時代を描いています。
後鳥羽院の隠岐配流、順徳上皇の佐渡配流、土御門上皇の土佐・阿波配流など、皇族の受難が詳細に描かれています。また、南北両朝迭立(てつりつ)に揺れ動く公武社会の様子や、蒙古襲来なども取り上げられています。
公家の視点
増鏡の大きな特徴は、朝廷中心・公家の視点で描かれていることです。
武士や鎌倉幕府についての記述は極めて少なく、宮廷における行事や公家の文化的生活についての記事が詳しく描かれています。
公家社会から武家社会へと推移していく歴史の流れに背を向け、貴族社会時代の甘美な夢を見ようとしたのではないかという解釈もあります。また、艶(えん)とあわれに満ちた文化的な生活が鎌倉時代の宮廷に存在し続けたことを立証しようとした意図があったとする説もあります。
文章の美しさ
増鏡の文章は『源氏物語』の影響を強く受けており、優艶な擬古文体で書かれています。
各巻の名前も「藤衣(ふじごろも)」「草枕(くさまくら)」「むら時雨(しぐれ)」など、優雅な名がつけられています。
後鳥羽院や後醍醐天皇の隠岐配流を、光源氏の須磨のわび住まいになぞらえて語るなど、源氏物語の影響は文章だけにとどまりません。
四鏡の比較と関係性

一覧表
| 作品 | 成立時期 | 扱う時代 | 巻数 | 形式 | 語り手 | 主なテーマ |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 大鏡 | 12世紀初頭 | 850〜1025年 | 6巻 | 紀伝体 | 190歳の翁と180歳の翁 | 藤原道長の栄華 |
| 今鏡 | 1170年頃 | 1025〜1170年 | 10巻 | 紀伝体 | 150歳の老婆 | 宮廷の文化・風流 |
| 水鏡 | 1195年頃 | 神武〜仁明天皇 | 3巻 | 編年体 | 73歳の老尼 | 古代天皇の事跡 |
| 増鏡 | 14世紀中頃 | 1180〜1333年 | 17巻 | 編年体 | 100歳超の老尼 | 皇室の動乱と文化 |
四鏡に含まれない「鏡物」
「鏡」という名前がつく歴史書は四鏡以外にも存在します。
- 吾妻鏡(あづまかがみ):鎌倉幕府の公式記録
- 後鑑(のちかがみ):室町幕府の歴史
これらは四鏡には数えられませんが、鏡物の系譜に連なる作品として知られています。
また、『増鏡』によれば『弥世継(いやよつぎ)』という鏡物が存在していたことが記されています。今鏡以後、増鏡以前の歴史を扱ったと見られていますが、現在は亡失して見ることができません。
四鏡が現代に伝えるもの
歴史物語としての意義
四鏡は、正史(国家が正式に認めた歴史書)とは異なる性質を持っています。
正史は漢文で書かれ、客観的な事実の記録を目指すのに対し、四鏡は仮名文で書かれた物語であり、作者の見聞きした出来事や感想、時には憶測なども含まれています。
しかし、だからこそ四鏡には正史にはない人間味あふれるエピソードが豊富に含まれており、当時の人々の考え方や価値観を知る貴重な資料となっています。
文学作品としての価値
特に大鏡と増鏡は、文学作品としても高く評価されています。
大鏡の闘達な文章は平安朝仮名文学の頂点の一つとされ、増鏡の優艶な擬古文体は源氏物語の影響を受けた美しい日本語の結晶です。
現代文化への影響
四鏡に登場する人物やエピソードは、現代の小説やドラマ、漫画などにも影響を与えています。
特に藤原道長の栄華を描いた大鏡は、平安時代を舞台にした物語の重要な資料として参照されることが多いです。
まとめ
四鏡は、平安時代後期から南北朝時代にかけて成立した日本を代表する歴史物語です。
ポイントをおさらいしましょう
- 四鏡は「大鏡」「今鏡」「水鏡」「増鏡」の総称
- 成立順は「だいこんみずまし(大今水増)」で覚える
- 時代順では水鏡が最も古い時代を扱う
- 大鏡・今鏡は紀伝体、水鏡・増鏡は編年体
- 水鏡は神武天皇から仁明天皇までの約1500年を記録
- 水鏡の作者は中山忠親が有力視されている
- 水鏡は『扶桑略記』を主な典拠としている
水鏡は、四鏡の中では文学的価値が低いと評価されることもありますが、神話時代から平安初期までの歴史を仮名文で読める形で残した点に意義があります。
また、「昔を褒めて今を批判すべきではない」という作者の思想は、現代にも通じる普遍的なメッセージではないでしょうか。
四鏡それぞれに個性があり、読み比べることで日本の歴史と文学の奥深さを味わうことができます。興味を持った方は、現代語訳から手に取ってみてはいかがでしょうか。


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