古代メソポタミアの創造神話とは?世界最古の天地創造物語を徹底解説

「この世界はどうやって生まれたのか?」「人間はなぜ存在するのか?」
今から5000年以上前、チグリス川とユーフラテス川に挟まれた土地で、人々はこの根源的な問いに壮大な物語で答えました。
それが古代メソポタミアの創造神話です。

混沌の海から神々が生まれ、壮絶な戦いの果てに天と地が分かれ、神の血から人間が創られる――。
この記事では、世界最古の創造神話群であるメソポタミアの天地創造物語について、その内容と歴史的背景、後世への影響まで詳しく解説します。

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概要

古代メソポタミアには複数の創造神話が存在しました。
なかでも最も有名なのが、バビロニアの天地創造叙事詩『エヌマ・エリシュ(Enūma Eliš)』です。
そのほかにも、シュメール語で記された『エリドゥ創世記(Eridu Genesis)』や、人間の創造と大洪水を語る『アトラ・ハシース叙事詩(Atra-Hasis)』が知られています。

これらの神話は、古代メソポタミアの人々の世界観や宗教観を理解するうえで欠かせない一次資料であり、旧約聖書の『創世記』にも影響を与えたと考えられています。

メソポタミア創造神話の全体像

3つの主要な創造神話

古代メソポタミアの創造神話は、ひとつの物語ではありません。
時代や文化圏によって異なる複数のテキストが残されています。

日本語名原語成立時期(推定)言語特徴
エリドゥ創世記Eridu Genesis紀元前1600年頃(文字化)シュメール語最古の創造・洪水物語
アトラ・ハシース叙事詩Atra-Hasis紀元前1650年頃(写本)アッカド語人間の創造から大洪水まで
エヌマ・エリシュEnūma Eliš紀元前18〜12世紀頃アッカド語最も有名な天地創造叙事詩

これらの物語は互いに独立しているわけではなく、共通するモチーフが数多く見られます。
「原初の水から世界が生まれた」「神々が人間を労働力として創った」「人間の騒音に怒った神が洪水を起こそうとした」といった要素は、メソポタミア全体に広く共有されていた世界観を反映しているのです。

創造神話に登場する主要な神々

メソポタミアの創造神話を理解するためには、まず主要な神々を把握する必要があります。

日本語名原語役割
アプスーApsû淡水の原初神。すべての神々の祖
ティアマトTiamat塩水の原初女神。混沌の海の象徴
アヌAnu天空神。神々の王
エンリルEnlil風と大気の神。神々の支配者
エンキ/エアEnki / Ea知恵と淡水の神。人間の守護者
マルドゥクMardukバビロンの都市神。天地を創造した英雄神
キングーKinguティアマトの配偶者。その血から人間が創られた

『エヌマ・エリシュ』:バビロニアの天地創造叙事詩

作品の基本情報

『エヌマ・エリシュ』は、メソポタミアの創造神話のなかで最もよく知られた作品です。
タイトルは叙事詩の冒頭の言葉「エヌマ・エリシュ(そのとき上に)」をそのまま用いたもので、古代の文学作品に見られる「インキピット」と呼ばれる命名法に従っています。

全体は7枚の粘土板にアッカド語の楔形文字で記されており、合計で約1,000行に及ぶ長大な叙事詩です。
各粘土板には115〜170行のテキストが刻まれています。

この叙事詩が最初に発見されたのは、アッシリアの都市ニネヴェにあったアッシュールバニパル王の図書館からでした。
イギリスの考古学者ヘンリー・レイヤードによって修復され、その後、アシュール、キシュ、スルタンテペなど複数の遺跡からも粘土板の断片が見つかっています。

成立時期については議論がありますが、バビロニア王ハンムラビがメソポタミアを統一した紀元前18世紀頃に内容の原型が成立したとする見方が有力です。
現存する写本の多くは紀元前7世紀のアッシュールバニパルの図書館に由来しますが、ブリタニカ百科事典によれば、紀元前14世紀頃に作成された可能性も指摘されています。

物語のあらすじ

『エヌマ・エリシュ』は、第1板の冒頭でこう語り始めます。

上にある天は名づけられておらず、
下にある地にもまた名がなかった時のこと。

世界がまだ何もなかった原初の時代、存在していたのはアプスー(淡水)とティアマト(塩水)の二柱の原初神だけでした。
この二つの水が混じり合うところから、最初の神々が誕生します。

まずラフム(Lahmu)とラハム(Lahamu)が生まれ、次にアンシャル(Anshar)とキシャル(Kishar)が現れました。
アンシャルとキシャルからは天空神アヌが生まれ、アヌはさらに知恵の神エア(エンキ)を生みます。

アプスーの反乱と敗北

若い世代の神々は活発に動き回り、大きな騒音を立てました。
この騒音に耐えられなくなったアプスーは、若い神々を滅ぼそうと企てます。

しかし、知恵の神エアがこの陰謀を察知しました。
エアは魔法によってアプスーを深い眠りにつかせ、そのまま殺害します。
そしてアプスーの水の上に自らの神殿を築き、そこで息子マルドゥクが誕生しました。

ティアマトの復讐

夫アプスーを殺されたティアマトは、復讐を決意します。
ティアマトは新たな配偶者キングー(Kingu)を総司令官に据え、11体の恐ろしい怪物を創造して軍団を編成しました。
ムシュフシュ(Mušḫuššu)、ウガルル(Ugallu)、ギルタブリル(Girtablullû)といった混成獣がこの軍団に含まれていたとされています。

この脅威に対し、アヌもエアも立ち向かうことができませんでした。
そこで白羽の矢が立ったのが、エアの息子である若き神マルドゥクです。

マルドゥクの条件と決戦

マルドゥクはティアマトとの戦いを引き受ける代わりに、ひとつの条件を出しました。
「勝利したあかつきには、自分を神々の王として認めること」――。
神々はこれを受け入れ、マルドゥクに最高権力を与えます。

マルドゥクは弓、投げ網、風の武器など、数々の強力な武具を手に決戦に臨みました。
激しい戦いの末、マルドゥクはティアマトの口に暴風を吹き込み、その巨体を膨らませたうえで矢を射込んで仕留めたのです。

天地の創造

マルドゥクはティアマトの死体を二つに引き裂きました。
上半分は天となり、下半分は大地となった――これがメソポタミアの天地創造の核心部分です。

マルドゥクはさらに天体の配置を定め、月の満ち欠けの暦を整え、世界に秩序をもたらしました。

人間の創造

最後にマルドゥクは、ティアマトの軍団を率いていたキングーを処刑します。
キングーの血から人間が創造されました。
人間は「神々のために働く存在」として生み出されたのです。

これにより神々は労働から解放され、喜びのなかでバビロンの建設に着手しました。
物語の終盤では、神々がマルドゥクに50の名を与えて讃える場面が描かれています。

政治的な背景

『エヌマ・エリシュ』は、純粋な宗教テキストであると同時に、政治的なメッセージを含む作品でもあります。

ハンムラビ王の治世(紀元前18世紀)以前、マルドゥクはバビロンの一都市神に過ぎませんでした。
しかしバビロンが小さな都市国家から大帝国へと成長するにつれ、マルドゥクの地位も劇的に上昇します。

アッシリア学者のソーキルド・ヤコブセンは、この物語がバビロンによるシュメール文明の「父殺し」的な征服を象徴的に語っていると分析しています。
つまり、マルドゥクがティアマトを倒して最高神となる物語は、バビロンが古代シュメールの伝統的な都市国家群を支配下に置いたことの神話的な正当化でもあったのです。

なお、アッシリアが覇権を握った時代には、マルドゥクの名がアッシリアの国家神アッシュール(Ashur)に置き換えられた版が作られたことも知られています。

『エリドゥ創世記』:最古の創造と洪水の物語

作品の概要

『エリドゥ創世記(Eridu Genesis)』は、メソポタミアに現存する最古の創造・洪水物語です。
シュメール語で記されており、紀元前1600年頃に文字化されたと推定されていますが、口承による伝承はさらに古いと考えられています。

ブリタニカ百科事典によれば、この叙事詩は原初の海から宇宙が創造され、神々が誕生した後、粘土から人間が形づくられたと語っています。
人間は「大地を耕し、家畜を世話し、神々への崇拝を絶やさないため」に創られた存在でした。

内容の構成

現存するテキストは大部分が欠損していますが、物語の構成は以下のように復元されています。

  1. 人間と動物の創造(冒頭部分は欠損)
  2. 王権の設立と最初の都市の建設 — エリドゥ、バドティビラ、ララク、シッパル、シュルッパクの5都市が建てられた
  3. 大洪水 — 神々が人類を滅ぼすことを決定し、シュルッパクの王ジウスドラ(Ziusudra)だけが生き延びる

ジウスドラは「長き日々の生命」を意味する名で、後の『アトラ・ハシース叙事詩』におけるアトラ・ハシース、『ギルガメシュ叙事詩』におけるウトナピシュティム、そして旧約聖書のノアと同じ役割を果たす人物です。

エンキの役割

大洪水の場面では、知恵の神エンキが重要な役割を担います。
神々の決定に従って洪水を起こすことには反対だったエンキは、直接人間に警告することはできなかったものの、壁に向かって語りかけるという方法でジウスドラに情報を伝えました。
壁の向こうで聞いていたジウスドラは巨大な船を建造し、洪水を生き延びたのです。

この「壁を通じた間接的な警告」というモチーフは、後の『アトラ・ハシース叙事詩』や『ギルガメシュ叙事詩』にも受け継がれています。

『アトラ・ハシース叙事詩』:人間の創造と大洪水

作品の概要

『アトラ・ハシース叙事詩(Atra-Hasis)』は、人間の創造から大洪水までの歴史を包括的に語る叙事詩です。
現存する最も完全な写本は古バビロニア時代(紀元前1650年頃)のもので、1965年にウィルフレッド・G・ランバートとアラン・ミラードによって出版・翻訳されました。

この叙事詩にはアヌンナキ(上位の神々)とイギギ(下位の神々)という神々の階層構造が描かれています。

物語の展開

物語は、神々の間の社会的な紛争から始まります。

第1板:人間の創造

下位の神々イギギは、上位の神々アヌンナキのために灌漑工事などの重労働を強いられていました。
やがてイギギは過酷な労働に耐えかね、反乱を起こします。

この危機を解決するため、知恵の神エア(エンキ)は画期的な提案をしました。
「神々の代わりに働く存在」として人間を創ろう、と。

殺された神の血と粘土を混ぜ合わせることで、最初の人間が創られます。
人間に神性が宿っているのは、この「神の血」が混ぜられているためだとされました。

第2板:人類の増加とエンリルの怒り

やがて人間は増え続け、その騒音が天にまで響くようになりました。
この騒音に苛立ったエンリルは、人間を減らそうと試みます。

まず疫病を送り、次に干ばつを引き起こし、さらに飢饉をもたらしました。
しかしそのたびにエアが人間に対処法を教え、人類は生き延びます。

第3板:大洪水

ついにエンリルは最終手段として大洪水を決意します。
エアは例によって壁越しに主人公アトラ・ハシースに警告を与え、巨大な船の建造を指示しました。
アトラ・ハシースは7日7晩の大洪水を生き延び、人類は絶滅を免れたのです。

『エヌマ・エリシュ』との関係

アッシリア学者の研究によれば、『エヌマ・エリシュ』は『アトラ・ハシース叙事詩』から多くの要素を借用しています。
たとえば、アプスーが神々の騒音に耐えかねて滅ぼそうとする展開は、『アトラ・ハシース』におけるエンリルの行動と酷似しています。

この類似は意図的なものであり、「アプスーの打倒」が「エンリルの権威の象徴的な失墜」を意味していたと解釈する研究者もいます。
『エヌマ・エリシュ』でエンリルが目立たない存在として扱われ、最終的にマルドゥクに自らの称号を譲る場面は、こうした文脈で読むとより深い意味が浮かび上がってきます。

メソポタミアの創造神話に共通するテーマ

「水」から始まる世界

メソポタミアの創造神話には、いずれも「原初の水」から世界が生まれるという共通の発想が見られます。
これは、チグリス川とユーフラテス川に依存した灌漑農業社会であったメソポタミアの地理的条件を強く反映したものと考えられています。

淡水(アプスー)と塩水(ティアマト)の混合から生命が生まれるというイメージは、二つの大河がペルシア湾に注ぎ込むメソポタミアの景観そのものを映し出しているのです。

「労働力」としての人間

メソポタミアの創造神話において、人間は「神々に奉仕するために創られた存在」として一貫して描かれています。
『アトラ・ハシース叙事詩』では下位の神々の労働を肩代わりするため、『エヌマ・エリシュ』では神々を労働から解放するために、人間が創造されました。

これは古代メソポタミア社会における神殿経済の反映でもあります。
人々は実際に神殿のために労働し、神々に食物や飲み物を捧げていたのです。

混沌から秩序へ

創造神話の核心には、「混沌(カオス)から秩序(コスモス)への移行」というテーマが存在します。
『エヌマ・エリシュ』ではティアマト(混沌)をマルドゥク(秩序)が打ち倒すことで世界が生まれ、『エリドゥ創世記』では都市の建設と王権の設立が秩序の確立として語られています。

この「秩序の維持」こそが、メソポタミアの人々にとって最も重要な価値観のひとつでした。

アキトゥ祭との関わり

『エヌマ・エリシュ』は、バビロニアの新年祭「アキトゥ(Akitu)」の際に朗読されていたことが知られています。
ブリタニカ百科事典によれば、この祭りは春のチグリス・ユーフラテス川の氾濫期に行われ、肥沃な沖積土をもたらす年に一度の重要な行事でした。

アキトゥ祭では世界の基盤を儀礼的に更新し、来たる一年の社会秩序を再確認する意味がありました。
『エヌマ・エリシュ』の朗読は、混沌からの救済と秩序の回復というテーマを通じて、この儀礼的更新を神話的に裏づけるものだったのです。

後世への影響

旧約聖書『創世記』との関係

メソポタミアの創造神話と旧約聖書の『創世記』には、数多くの類似点が指摘されています。

共通するモチーフメソポタミア旧約聖書
創造前の状態原初の水(混沌)淵の面にある水(混沌)
天と地の分離ティアマトの身体を二分天と地の創造
人間の素材神の血と粘土土の塵
大洪水ジウスドラ/アトラ・ハシースノア
船による救済巨大な船の建造箱舟の建造

ただし、両者には決定的な違いも存在します。
メソポタミアの創造神話が多神教的な世界観に基づき、神々の間の対立と権力闘争を描くのに対し、『創世記』では唯一神による計画的な創造が語られます。

聖書学者のスティーヴン・バートマンは、『創世記』がユダヤの民の起源と建国を描くのに対し、『エヌマ・エリシュ』はバビロンの起源と建設を描いており、両者は文化的起源を語る宗教テキストとしての構造を共有していると指摘しています。

現代文化への影響

メソポタミアの創造神話に登場する神々は、現代のゲームや文学作品にも大きな影響を与えています。
ティアマトは『ダンジョンズ&ドラゴンズ』や『Fate/Grand Order』に登場し、マルドゥクやエヌマ・エリシュの名はさまざまなファンタジー作品で見かけることができるでしょう。

5000年の時を超えて、メソポタミアの創造神話は今なお人々の想像力を刺激し続けているのです。

まとめ

  • 古代メソポタミアには『エヌマ・エリシュ』『エリドゥ創世記』『アトラ・ハシース叙事詩』という3つの主要な創造神話が存在した
  • 『エヌマ・エリシュ』は7枚の粘土板に約1,000行のアッカド語で記された天地創造叙事詩で、マルドゥクティアマトを倒して世界を創る物語である
  • 『エリドゥ創世記』は現存する最古の創造・洪水物語で、シュメール語で記されている
  • 『アトラ・ハシース叙事詩』は、神々の労働問題を解決するために人間が創られたという独自の視点を持つ
  • メソポタミアの創造神話には「原初の水」「労働力としての人間」「混沌から秩序への移行」という共通テーマがある
  • これらの神話は旧約聖書の『創世記』に影響を与えたと考えられており、現代の文化作品にもその痕跡が見られる

参考情報

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この記事で参照した情報源

一次資料(原典)

  • 『エヌマ・エリシュ(Enūma Eliš)』全7板 — アッカド語楔形文字粘土板。アッシュールバニパル図書館(ニネヴェ)等から出土。Sacred TextsでL.W. King訳の全文が参照可能
  • 『エリドゥ創世記(Eridu Genesis)』— シュメール語粘土板。ニップル出土(1893年発見)。紀元前1600年頃

学術資料・百科事典

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