白いシーツのような胴体から足だけがにょきっと生えている。
目と眉毛だけが描かれ、顔は正面を向いている。
そんな奇妙なビジュアルの神様が、日本で爆発的な人気を誇っていることをご存知でしょうか。
その名はメジェド(Medjed)。
古代エジプトの一次資料「死者の書」に登場する謎の神格です。
本記事では、メジェドの正体・姿・能力から、日本での人気爆発の経緯まで、信頼できる資料をもとに徹底解説します。
メジェドとは?概要
メジェドは、古代エジプトの葬祭文書「死者の書」に登場する、詳細不明の神格です。
エジプト語表記では「mḏd」、英語では「Medjed」と綴ります。
名前の意味は、「打ち倒す者(The Smiter)」。
古代エジプト最大の神オシリス(Osiris)の館に住む不可視の存在とされており、敵に向けて目から光を発し、姿は誰にも見えないと描写されています。
その性別・役割・信仰されていた地域も含め、現在も多くの詳細が不明のまま。
本国エジプトですら、現代の考古学者の多くがその存在を知らないと言われるほど、マイナーな存在でした。
英語Wikipediaのメジェド項目によれば、メジェドの図像が確認されているパピルス文書はわずか9本。
いずれもエジプト第21王朝(紀元前1077〜943年頃)前後の時代に作られたものとされています。
一次資料:グリーンフィールド・パピルス(Greenfield Papyrus)
メジェドについての最も重要な一次資料が、「グリーンフィールド・パピルス(The Greenfield Papyrus、館蔵番号 pLondon BM EA10554)」です。
このパピルスは、エジプト第3中間期・第21王朝後期〜第22王朝初期、紀元前950〜930年頃に作られた「死者の書」のパピルスです。
制作されたのは、アメン大司祭ピンネジェム2世(Pinedjem II)の娘・女性神官ネシタネベトイシェルウ(Nestanebetisheru)のために。
全長は約37mにおよび、現存する「死者の書」のなかで世界最長として知られています。
現在は96枚のシートに分割され、大英博物館(British Museum)に所蔵されています。
「グリーンフィールド」という名称は、1910年に大英博物館へこのパピルスを寄贈したエディス・M・グリーンフィールド(Edith M. Greenfield)夫人に由来します。
メジェドはこのパピルスの第12シートと第76シートに図像として2箇所描かれています。
グリーンフィールド・パピルスは、メジェドを扱う資料のなかで最もよく知られているとされています(英語Wikipedia「Medjed」項目より)。
学術論文誌「Journal of Geek Studies」掲載のSalvador(2017)は、このパピルスを「メジェドに関する知識の主要な情報源」と位置づけています。
「打ち倒す者」の姿
グリーンフィールド・パピルスに描かれたメジェドの姿は、非常に特徴的です。
円錐形(ドーム型)の胴体から、人間のような2本の足だけが突き出しています。
胴体には大きな目と眉が描かれており、顔は正面を向いています。
他のエジプトの神々はすべて横顔で描かれるのが伝統ですが、メジェドだけは正面向き。
これは古代エジプト美術において極めて例外的な表現です。
一部のパピルスでは、目の上下に赤い結び目のようなベルト状のものを巻いた姿も確認されています。
学者のイラリア・カリッディ(Ilaria Cariddi)は、メジェドの目立つ目と足について、「人間には見えなくても、見て、動いて、行動できる」ことを象徴していると解釈しています(英語Wikipedia「Medjed」より)。
また、バジェ(E. A. Wallis Budge)、ミルデ(H. Milde)、タラセンコ(Mykola Tarasenko)は、円錐形の胴体は「知覚できない性質」や「形のない体」を表すと主張しています。
一方、ブリュイエール(Bernard Bruyère)とデュケーヌ(Terence DuQuesne)は、メジェドの胴体は油壺の擬人化であり、赤い「ベルト」は蓋の留め具を様式化したものだという説を唱えています。
呪文第17章:死者の書に記されたメジェドの言葉
死者の書の呪文第17章(Spell 17)は、最も長く複雑な章のひとつで、死者が冥界を安全に旅するための呪文が記されています。
メジェドに関する言及は、この章の中に登場します。
日本語Wikipediaに収録された田中達氏の翻訳によれば、当該箇所は次のように記されています。
「……我はオシリスの家に住う彼等の中に居て、己の眼よりは光を放ちながら、而も他には見らるることなきマアチェトなる者(「打ち倒す者」)を知ればなり。彼は天を巡囘するに、己れの口より出ずる焔を着用し、(ナイルの神)ハアビを命令しながら、而も他に見らるることなし。」
この文脈からわかることは、メジェドは「オシリスの家」に住む不可視の存在であること。
目から光を放ち、口から炎を吐きながら天空を巡回する力を持ち、ナイル洪水の神ハピ(Hapi)に命令を下せるほどの高位の存在であるらしいこと。
この箇所については、解釈が複数存在します。
ひとつは、この「打ち倒す者」こそがメジェドという固有の神格の名前であるという説。
もうひとつは、メジェドとはある神の別名や形容表現であり、固有の神格の名前ではないという説。
さらに、この文章全体が悪霊を退けるための呪文であり、メジェドの名を知っていると宣言することで守護を得る構造になっているという解釈もあります。
「もうひとつのメジェド」:聖魚とオクシリンコス
「メジェド」という語は、神の名称だけでなく、古代エジプトで崇拝された魚の名称でもあります。
この魚はナイル川に生息するモルミルス科(Mormyridae)の中型淡水魚です。
下向きに曲がった独特の吻(ふん)を持つことから、「エレファントノーズフィッシュ」とも呼ばれています。
この魚は上エジプトの都市「ペル・メジェド(Per-Medjed)」で崇拝されました。
日本語Wikipediaのオクシリンコス項目によれば、紀元前332年にアレクサンドロス3世がエジプトを征服すると、この都市はギリシャ式に作りかえられ「オクシリンコス(Oxyrhynchos、「鋭い吻の魚の町」の意)」と呼ばれるようになりました。
オシリス神話では、セト神によって遺体をバラバラにされたオシリスの陰茎を、この魚が食べてしまったと伝えられています。
この逸話が聖魚崇拝の背景にあると考えられていますが、神としてのメジェドとの直接的な関連は現在のところ確認されていません。
2012年、日本で「大覚醒」したメジェド
現代の日本でメジェドが知られるようになったきっかけは、2012年に開催された「大英博物館 古代エジプト展」です。
グリーンフィールド・パピルスが日本で初めて全点公開されたのがこの機会です。
東京・森アーツセンターギャラリー(2012年7月7日〜9月17日)と、福岡市美術館での開催でした。
展覧会を訪れた来場者たちが、パピルスに描かれたメジェドの奇妙なビジュアルに気づき、Twitterで写真を投稿したことが拡散のきっかけとなりました。
Salvador(2017)によれば、来場者たちはそのマンガ的な外見に注目し、まるでマンガのキャラクターのように見える姿がSNSで一気に広まったとされています。
その後、日本のネット上でメジェドは「ゆるキャラ」感覚で受け入れられていきました。
ファンアートや同人グッズが大量に制作され、LINEスタンプやオーダーメイドはんこ、ぬいぐるみなどの商品も登場しています。
現代ポップカルチャーへの展開
日本でのメジェド人気は、ゲームやアニメにも波及しています。
アニメ
2016年には「神々の記(かみがみのき)」でアニメ初登場。
古代エジプトの神々を擬人化したキャラクターの一員として登場し、目から光線を放つ原典に忠実な姿で描かれました。
スマートフォンゲーム・RPG
スマートフォンゲームのFate/Grand Orderでは「ニトクリス」というサーヴァントが呼び出す存在として複数のメジェドが登場しています。
パズル&ドラゴンズでは「メジェドラ」として実装されました。
コンシューマーゲーム
2016年にアトラスが発売したRPG「ペルソナ5」では、敵対するハッカー集団の名称として「MEDJED(メジエド)」が登場します。
英語Wikipediaによれば、このグループは自らを「真の正義の執行者」と名乗っています。
Salvador(2017)は、このメッセージが古代エジプトのメジェドの神話——「見えない存在」であり「打ち倒す者」である——というイメージを巧みに取り込んでいると分析しています。
かつて本国エジプトでは考古学者でも知らない人がほとんどだったとされるメジェドですが、日本での人気が高まったことで「逆輸入」の形で現地にも認知が広まりつつあると伝えられています。
まとめ:謎だらけだからこそ愛される存在
メジェドは、姿も役割も本名も正確にはわからない謎だらけの神格です。
「打ち倒す者」という強烈な名の意味と、どこか脱力系のゆるいビジュアルのギャップ。
そして、約3000年の眠りを経てSNSで「目覚めた」という経緯の面白さ。
これほど謎が多く、しかもこれほど愛されているエジプトの神格は、他にはなかなか見当たらないでしょう。
参考情報
関連記事
この記事で参照した情報源
一次資料
- グリーンフィールド・パピルス(大英博物館所蔵、館蔵番号 pLondon BM EA10554、紀元前950〜930年頃) — 大英博物館オンラインコレクション: https://www.britishmuseum.org/collection/object/Y_EA10554-76
学術資料
- Salvador, R.B. (2017). “Medjed: from Ancient Egypt to Japanese Pop Culture.” Journal of Geek Studies 4(2): 10–20. https://jgeekstudies.org/archives/vol-42-december-2017/medjed-from-ancient-egypt-to-japanese-pop-culture/
- Cariddi, I. “Reinventing the Afterlife. The Curious Figure of Medjed in the Book of the Dead.” ResearchGate: https://www.researchgate.net/publication/331655236
百科事典・参考サイト
- Wikipedia「メジェド」(日本語): https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%89
- Wikipedia “Medjed”(英語): https://en.wikipedia.org/wiki/Medjed
- Wikipedia「オクシリンコス」(日本語): https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%82%B9
参考になる外部サイト
- 大英博物館 古代エジプト展レポート(2012年) — 森アーツセンターギャラリーでの開催概要

コメント