中国の大地はなぜ東南に傾いているのか、考えたことはありますか?
古代中国の人々は、この疑問に対してある神話を語り継いできました。
それは、天を支える柱に頭突きをかまして世界の形を変えてしまった、恐るべき神の物語です。
この記事では、中国神話に登場する反逆の水神「共工(きょうこう)」について、その姿や伝説、恐ろしい家臣たちまで詳しくご紹介します。
概要

共工(きょうこう)は、古代中国神話に登場する洪水を司る水神です。
「四罪(しざい)」と呼ばれる4柱の悪神の一人に数えられ、天下を乱した存在として知られています。
火神・祝融(しゅくゆう)の子であり、炎帝(えんてい)の一族に属するとされているんですね。
にもかかわらず水の神というのが、なんとも不思議な話ではありませんか。
共工は歴代の帝たちに反乱を起こし続け、ついには天を支える柱を破壊して世界の形そのものを変えてしまったという、とんでもない伝説の持ち主なんです。
姿・見た目
共工の外見は、かなり異様なものとして伝えられています。
共工の身体的特徴
- 顔:人間の顔
- 体:蛇の体(人面蛇身)
- 髪:朱色(赤い髪)
- 体格:巨大
『管子』という古い書物では、銅の人頭に鉄の額を持つという描写もあります。
黒い龍に乗って移動するという伝承もあり、その姿はまさに災いを呼ぶ神にふさわしい威容だったのでしょう。
不周山の伝説 ― 天が傾いた理由
共工の伝説で最も有名なのが、不周山(ふしゅうざん)の破壊です。
この話は、中国の大地や天体の動きを説明する壮大な神話となっています。
あらすじ
共工は、黄帝(こうてい)の子孫である顓頊(せんぎょく)と帝位を争いました。
しかし激しい戦いの末、共工は敗北してしまいます。
敗北を恥じた共工は、怒り狂って天を支える柱の一つである不周山に頭突きをかましました。
その結果、天柱が折れてしまったのです。
世界への影響
天柱が折れたことで、世界には大きな変化が起きました。
- 天は西北に傾いた → 太陽・月・星は西北方向へ移動するようになった
- 地は東南に沈んだ → 中国のすべての川は東南に向かって流れるようになった
つまり、長江や黄河が東の海に向かって流れるのは、共工のせいだというわけですね。
女媧(じょか)という女神がこの被害を修復しようとしましたが、完全に元通りにはできませんでした。
そのため、今でも天地は不完全なままだと古代の人々は考えていたのです。
洪水神としての伝承

共工は洪水を起こす神としても恐れられていました。
「洪水」という言葉の「洪」の字は、共工の名前から取られたという説もあるほどです。
堯・舜の時代
『淮南子(えなんじ)』などの文献によると、共工は堯(ぎょう)や舜(しゅん)の時代にも洪水を引き起こして暴れました。
その結果、幽州(ゆうしゅう)という北方の地に追放されています。
禹との戦い
治水の英雄として名高い禹(う)とも、共工は激しく対立しました。
禹は洪水を治めるため、まず共工の勢力を削がなければなりませんでした。
最終的に共工は禹によって追放されますが、完全に滅ぼされることはなかったといいます。
なぜ何度も登場するのか?
共工は文献によって、女媧の時代、顓頊の時代、堯の時代、禹の時代と、千年近くにわたって登場し続けています。
神話学者の袁珂(えんか)は、これについて興味深い見解を示しています。
中原(ちゅうげん)を支配した政権と長期間にわたって敵対した羌(きょう)族が共工を信仰していたため、繰り返し「敵役」として神話に描かれたのではないか、というのです。
共工の家臣たち
共工には、2人の恐ろしい家臣がいました。
どちらも稀代の大妖怪と呼ぶべき存在です。
相柳(そうりゅう)
相柳は、共工に仕えた最も恐ろしい家臣でした。
相柳の特徴
- 姿:人の顔を持つ大蛇で、頭が9つもあった
- 食欲:9つの頭で9つの山の食べ物を同時に食い尽くす
- 害毒:通り過ぎた場所はすべて泥沼になり、その水は辛いか苦いかで人も動物も住めなくなる
禹が共工と戦う際、まず相柳を倒さなければ勝ち目がありませんでした。
相柳を殺した後も、その血は生臭く、染み込んだ土地は不毛になってしまったといいます。
禹は仕方なく、相柳が死んだ場所に池を作り、神々の祭壇を建てて鎮めたのです。
浮游(ふゆう)
浮游は、もう一人の共工の家臣です。
生きていたころの姿がはっきり伝わっていないという点では、相柳よりもさらに得体の知れない存在だったかもしれません。
浮游は死後に赤熊(ヒグマ)に化して、春秋時代の晋の平公を襲おうとしたという伝説が残っています。
共工の子供たち
共工には何人かの子供がいたとされ、それぞれ興味深い伝承があります。
- 脩(しゅう):天下各地を車や舟で旅することを好み、死後は旅の神(徂神)として祀られた
- 勾龍(こうりゅう):顓頊を補佐して大地を整えた后土(こうど)、つまり土地の神となった
- 名前不明の子:死後に暦鬼(れきき)となり、人々に災いをもたらしたという
悪神の子でありながら、勾龍のように善神として祀られる者もいたというのは興味深いところです。
共工と炎帝・黄帝の因縁

共工の反乱には、深い因縁がありました。
古代中国神話では、炎帝(えんてい)と黄帝(こうてい)という二大勢力の対立が重要なテーマとなっています。
両者は天下をかけて戦い、黄帝が勝利しました。
共工は炎帝の子孫であり、戦った相手の顓頊は黄帝の子孫です。
つまり共工の反乱は、単なる帝位争いではなく、炎帝のための復讐だったとも解釈できるのです。
この宿命的な対立構造が、共工が「悪神」として描かれる背景にあったのかもしれません。
まとめ
共工は、古代中国の世界観そのものを形作った壮大な神話の主役の一人です。
重要なポイント
- 炎帝の子孫であり、火神・祝融の子でありながら水の神
- 人面蛇身で赤い髪という異様な姿
- 顓頊との帝位争いに敗れ、不周山(天柱)を破壊
- これにより天は西北に傾き、地は東南に沈んだ
- 洪水を起こす神として、歴代の帝に反乱を続けた
- 相柳・浮游という恐ろしい家臣を従えていた
- 最終的に禹によって追放されたが、完全には滅ぼされなかった
共工は神として祀られることはありませんでしたが、その霊力を恐れた人々は、北に向かって弓を射ることを憚ったといいます。
悪神でありながらも畏敬の念を集めた共工は、中国神話において欠かせない存在なのです。


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