今昔百鬼拾遺とは?鳥山石燕の妖怪画集第三弾の収録妖怪と特徴を徹底解説

江戸時代、妖怪の姿を描いた画集が大ヒットし、次々と続編が生まれました。
その第三弾にあたるのが『今昔百鬼拾遺(こんじゃくひゃっきしゅうい)』です。
作者は妖怪画の大家・鳥山石燕(とりやませきえん)。
本作は中国の古典や能・歌舞伎の演目を題材にした妖怪が多く登場し、シリーズの中でも独自の個性を持つ一冊として知られています。
この記事では、『今昔百鬼拾遺』の概要から収録妖怪、作品の特徴、後世への影響まで詳しく解説します。

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概要

『今昔百鬼拾遺』は、1781年(安永10年)に刊行された鳥山石燕の妖怪画集です。
「雲」「霧」「雨」の上中下3巻で構成されており、計49体の妖怪が収録されています。
シリーズ第一作『画図百鬼夜行』、第二作『今昔画図続百鬼』に続く第三作にあたり、「拾遺」という書名が示すとおり、前作の補遺として編まれた続篇です。
前作と同様に、1体1体の妖怪に対して絵と解説文が添えられている形式を踏襲しています。

作者・鳥山石燕について

鳥山石燕(1712年〜1788年)は、江戸時代中期に活躍した浮世絵師です。
本名は佐野豊房(さのとよふさ)といいます。

もともと将軍家に仕える御坊主の家に生まれ、狩野派の画家・狩野玉燕(かのうぎょくえん)や狩野周信(かのうちかのぶ)のもとで絵の修業を積みました。
狩野派門人として御用絵師であったと伝わりますが、前半生の画歴には不明な点も多く残っています。
特に「拭きぼかし(ふきぼかし)」と呼ばれる木版画のグラデーション技法を考案したことでも知られています。

石燕の弟子には、美人画で名高い喜多川歌麿や、歌川派の祖となる歌川豊春、戯作者としても活躍した恋川春町など、多くの才能が名を連ねています。
俳諧の世界でも活動しており、東流斎燕志の門人として句や絵を寄せています。
隠居後は絵画と文芸の師匠として多くの弟子を指導しました。

石燕が妖怪画に取り組んだ背景には、古い絵巻物に描かれていた妖怪の姿を庶民にも分かりやすく伝えたいという思いがありました。
当時、妖怪の姿は古い絵巻物などに描かれていたものの、庶民が目にする機会はほとんどなく、その認識は曖昧でした。
石燕は狩野派で培った古典の知識を活かし、妖怪を体系的にカタログ化するという前例のない試みに挑んだのです。

シリーズにおける位置づけ

鳥山石燕の妖怪画集は、全4作から成るシリーズです。

作品名刊行年巻構成特徴
画図百鬼夜行1776年(安永5年)前篇陰・前篇陽・前篇風の3巻シリーズ第一作。52種の妖怪を収録。絵と妖怪名のみで解説文はほぼなし
今昔画図続百鬼1779年(安永8年)雨・晦・明の3巻第二作。解説文が加わり、石燕の創作妖怪も登場
今昔百鬼拾遺1781年(安永10年)雲・霧・雨の3巻第三作。本記事で解説。中国古典や芸能の題材が増加
百器徒然袋1784年(天明4年)上中下の3巻最終作。付喪神(器物の妖怪)が中心

第一作『画図百鬼夜行』はベストセラーを記録し、約3年後から次々と続編が刊行されました。
シリーズが進むにつれて、石燕オリジナルの妖怪が増えていったのも大きな特徴です。

第一作は絵と妖怪名のみというシンプルな構成でしたが、第二作から1体ごとに解説や賛(詩文)が書き添えられるようになりました。
『今昔百鬼拾遺』もこの形式を引き継いでおり、絵だけでなく文章を読む楽しみもある作品となっています。

作品の特徴

多様な題材の融合

『今昔百鬼拾遺』の大きな特徴は、題材の幅広さにあります。
前作『今昔画図続百鬼』と同様に中国の百科事典『和漢三才図会』を参考にしたもの(燭陰・人面樹・彭侯・風狸など)が含まれる一方、能や歌舞伎などの芸能作品に由来するもの(紅葉狩・道成寺鐘・羅城門鬼など)が目立つのが本作ならではの個性です。

石燕の創作妖怪

本作に描かれている妖怪のなかには、実際の当時の伝承にあったものではなく、石燕自身が創作したものも多く含まれているとみられています。
たとえば煙々羅(えんえんら)は、煙のなかに人の姿が浮かぶという妖怪ですが、石燕以前の文献にはほとんど記録がなく、石燕の独創である可能性が高いとされています。

彩色版の存在

現在確認されているものとして、「今昔画図続百鬼 彩色 雨」という題箋の貼られた1巻(下巻)が存在しています。
これは本作の彩色版が出版されていた可能性を示唆するものですが、全体像はまだ確認されておらず、彩色版が初版の形態であったかどうかも明確ではありません。

各巻の代表的な妖怪

雲の巻(上巻)

蜃気楼(しんきろう)

蜃(おおはまぐり)の吐く気が楼閣に見えるという中国の伝承に基づく妖怪です。
石燕は巨大な蛤が口から気を吐き、その気のなかに楼閣が浮かぶ壮大な光景を描きました。
自然現象としての蜃気楼の語源にもなった存在で、中国では古くから「蜃」という巨大な蛤の仕業だと考えられていました。

天狗礫(てんぐつぶて)

山中で突然石が降ってくる怪異です。
天狗の仕業と考えられていたため、この名がつきました。
投げた石はどこを探しても見つからないとされており、石燕はその不思議な現象を絵として視覚化しています。

人面樹(じんめんじゅ)

人間の顔に似た花を咲かせる不思議な木です。
中国の古典に記述があり、その花は笑うけれども言葉は発しないとされています。
石燕は『和漢三才図会』を参考に、この異国の怪異を描きました。

人魚(にんぎょ)

日本の伝承における人魚は、西洋のマーメイドとは異なり、むしろ魚に近い不気味な姿で描かれることが多いのが特徴です。
石燕もまた、美しい人魚ではなく、人の顔を持つ魚のような姿で人魚を描いています。
人魚の肉を食べると不老不死になるという伝説は有名で、八百比丘尼の伝説にも結びついています。

灯台鬼(とうだいき)

頭の上に灯明を載せられた哀れな鬼の姿を描いた作品です。
この灯台鬼の物語は、唐に連れ去られた日本人の父親が鬼の姿にされてしまうという悲劇的なエピソードに基づいています。
石燕は頭に火を灯された異形の存在として描き、その悲哀を視覚的に表現しました。

泥田坊(どろたぼう)

田んぼのなかから片目の異形が現れ、「田を返せ、田を返せ」と訴える妖怪です。
先祖が苦労して切り開いた田を子孫が怠けて手放してしまった怨みが妖怪となって現れたとされています。
勤労の大切さを説く教訓的な妖怪であり、石燕の創作の可能性も指摘されています。

古庫裏婆(こくりばば)

寺の庫裏(台所)に出没する老婆の妖怪です。
石燕の解説によれば、寺に住み着いて人を惑わす存在とされています。
後の時代に水木しげるなどが描いたことでも知られるようになりました。

煙々羅(えんえんら)

煙のなかに現れる人の姿をした妖怪です。
焚き火や囲炉裏の煙がゆらゆらと立ち上るなかに、ふと人影が見える――そんな不思議な現象を妖怪として表現しました。
石燕以前に明確な典拠が見つかっておらず、石燕の創作とする見方が有力です。

霧の巻(中巻)

紅葉狩(もみじがり)

能の演目「紅葉狩」を題材にした作品です。
信濃国の戸隠山で美しい女に化けた鬼女が、紅葉狩りにやってきた平維茂を誘惑するという物語で、最後には維茂が鬼女を退治します。
石燕は能舞台の一場面のように、鬼女の恐ろしくも美しい姿を描き出しました。

朧車(おぼろぐるま)

朧月夜に現れる、牛車のなかに巨大な顔がのぞく妖怪です。
平安時代の貴族文化を背景に、怨霊が牛車に取り憑いた姿とされています。
石燕の画は幻想的な雰囲気に満ちており、おぼろ月の夜の怪異を見事に表現しています。

青行燈(あおあんどん)

百物語(怪談を百話語る遊び)の最後に現れるとされる妖怪です。
百本の蝋燭を立てて一話語るごとに一本ずつ消していき、最後の一本が消えたとき、青い光のなかに恐ろしい姿が現れるという怪談遊びの恐怖を擬人化した存在です。

雨女(あめおんな)

雨の日に現れる女性の妖怪です。
石燕は雨のなかに佇む謎めいた女性として描いています。
中国の古典に登場する雨を降らせる女神の伝承と、日本の雨にまつわる怪異が融合したものとされています。

鬼一口(おにひとくち)

ひと口で人間を呑み込んでしまう恐ろしいです。
『伊勢物語』の有名なエピソードに由来し、高貴な女性が鬼に一口で食べられてしまうという悲劇が描かれています。
古典文学を妖怪画として再構成した石燕の手腕が光る作品です。

蛇帯(じゃたい)

女性の帯が蛇に変化するという妖怪です。
嫉妬に狂った女性の執念が帯に宿り、蛇となって動き出すとされています。
道成寺の安珍・清姫伝説にも通じる、女性の情念と蛇の結びつきを描いた作品といえます。

殺生石(せっしょうせき)

栃木県那須野原にあるとされる、近づく生き物を殺す毒石です。
九尾の狐・玉藻前が退治された後、その怨念が石に変じたという伝説で広く知られています。
能の演目「殺生石」としても有名で、石燕は石から立ち上る毒気のなかに狐の姿を描き出しました。

茂林寺釜(もりんじのかま)

群馬県の茂林寺に伝わる分福茶釜(ぶんぶくちゃがま)の伝説に基づく作品です。
正体は狸で、茶釜に化けて和尚に仕えたという有名な昔話を題材にしています。
石燕は茶釜から狸の手足が生えた愛嬌のある姿で描いており、ユーモラスな一面も感じられます。

雨の巻(下巻)

羅城門鬼(らじょうもんのおに)

平安京の正門・羅城門に棲んでいたとされる鬼です。
渡辺綱が鬼の腕を切り落としたという伝説は広く知られています。このエピソードは謡曲「羅生門」に描かれており、もとになった『平家物語』剣巻では一条戻橋を舞台に同様の鬼退治が語られています。
この鬼は茨木童子とも同一視されることがあり、石燕は門の上に潜む恐ろしい鬼の姿を描きました。

夜啼石(よなきのいし)

夜になると泣き声を上げる不思議な石です。
東海道の「小夜の中山(さよのなかやま)」にあるとされる夜泣き石の伝説に基づいており、旅の途中で山賊に殺された妊婦の魂が石に宿ったという悲しい物語が伝えられています。

収録妖怪一覧

以下は『今昔百鬼拾遺』に収録されている妖怪の一覧です。

雲の巻(上巻)

日本語名読み主な特徴
蜃気楼しんきろう蜃(蛤)が吐く気が楼閣に見える中国伝来の怪異
天狗礫てんぐつぶて山中で突然石が降る怪異。天狗の仕業とされる
人面樹じんめんじゅ人の顔に似た花を咲かせる木。中国の古典に記述あり
燭陰しょくいん中国神話に登場する巨大な神獣。目を開けると昼、閉じると夜になる
彭侯ほうこう古木に宿る妖怪。中国の文献に由来
人魚にんぎょ人の顔を持つ魚。肉を食べると不老不死になるとされる
道成寺鐘どうじょうじのかね安珍・清姫伝説に基づく。鐘に巻きつく蛇の怪異
灯台鬼とうだいき頭に灯明を載せられた悲哀の鬼
泥田坊どろたぼう田から現れ「田を返せ」と訴える妖怪
古庫裏婆こくりばば寺の庫裏に出没する老婆の妖怪
白粉婆おしろいばば白粉を顔に塗った不気味な老婆
蛇骨婆じゃこつばば蛇の骨を持つ恐ろしい老婆
影女かげおんな障子や月明かりに女性の影だけが映る怪異
倩兮女けらけらおんな空に現れてけらけらと笑う巨大な女性の顔
煙々羅えんえんら煙のなかに現れる人影。石燕の創作とされる

霧の巻(中巻)

日本語名読み主な特徴
紅葉狩もみじがり能の演目に基づく。美女に化けた鬼女
朧車おぼろぐるま朧月夜に現れる巨大な顔の牛車
火前坊かぜんぼう炎に包まれた僧侶の姿の妖怪
蓑火みのび蓑から発する怪火
青行燈あおあんどん百物語の最後に現れる妖怪
雨女あめおんな雨の日に現れる女性の妖怪
小雨坊こさめぼう雨にまつわる小坊主の妖怪
岸涯小僧がんぎこぞう川辺に出没する小僧の妖怪。歯がギザギザしている
あやかしあやかし海上に現れる怪異。船を沈めようとする
鬼童きどう鬼の子供。酒呑童子の配下とも
鬼一口おにひとくち『伊勢物語』に由来。人を一口で呑む鬼
蛇帯じゃたい嫉妬の念で蛇に変じた女性の帯
小袖の手こそでのて着物の袖から手が伸びる怪異
機尋はたひろ機織りの布が妖怪化したもの
大座頭おおざとう巨大な座頭(盲目の按摩師)の姿をした妖怪
火間蟲入道ひまむしにゅうどう床下から現れて行灯の油を舐める入道
殺生石せっしょうせき九尾の狐の怨念が変じた毒石
風狸ふうり中国伝来の風を操る獣。『和漢三才図会』に記述あり
茂林寺釜もりんじのかま分福茶釜の伝説に基づく狸の化けた茶釜

雨の巻(下巻)

日本語名読み主な特徴
羅城門鬼らじょうもんのおに平安京の門に棲む鬼。渡辺綱の伝説で有名
夜啼石よなきのいし夜に泣き声を上げる石。妊婦の魂が宿る
芭蕉精ばしょうのせい芭蕉の木の精霊。月夜に女性の姿で現れるとされる
硯の魂すずりのたましい硯(書道具)に宿る魂。文房具の付喪神の一種
屏風覗びょうぶのぞき屏風の陰から覗く妖怪
毛羽毛現けうけげん家の陰湿な場所に生じる毛むくじゃらの妖怪
目目連もくもくれん障子の破れ穴すべてに目が現れる怪異
狂骨きょうこつ井戸から現れる骸骨の妖怪。恨みを持つ死者の骨
目競めくらべ多くの目が並んで現れる怪異
後神うしろがみ背後から人を引き留める目に見えない存在
否哉いやや人の欲望が集まって生じた妖怪
方相氏ほうそうし追儺(鬼やらい)の儀式で鬼を追う役目の存在。後に鬼と同一視された
滝霊王たきれいおう滝に宿る霊的な存在
白澤はくたく人語を解する聖獣。万物の妖異に通じるとされる
隠里かくれざと山奥に存在するとされる隠れた里。神隠しと関連

後世への影響

鳥山石燕の妖怪画集は、その後の日本の妖怪文化に計り知れない影響を与えました。

まず、江戸時代後期から明治時代にかけて活躍した浮世絵師たちに大きな影響を与えています。
月岡芳年や河鍋暁斎は、石燕が確立した妖怪の視覚イメージを踏まえつつ、独自の作品を生み出しました。

近代以降では、水木しげるが石燕の妖怪画を重要な参考資料として活用したことで知られています。
『ゲゲゲの鬼太郎』をはじめとする水木作品に登場する妖怪の多くは、石燕のデザインに影響を受けています。

また、小説家の京極夏彦は『百鬼夜行』シリーズにおいて、石燕の妖怪画集に登場する妖怪名を各巻のタイトルに使用しています。
これは石燕の作品が現代のエンターテインメントにおいても重要な文化的資源であることを示しています。

英語圏においても、2016年にマット・アルトと依田裕子による英訳版『Japandemonium Illustrated』(Dover Publications)が出版され、石燕の全4作が初めて英語で紹介されました。

石燕は日本の妖怪の姿を体系的にカタログ化した先駆者であり、現在私たちが思い浮かべる妖怪のイメージの多くは、石燕の画に端を発しているのです。

まとめ

  • 『今昔百鬼拾遺』は1781年(安永10年)に刊行された鳥山石燕の妖怪画集第三作
  • 「雲」「霧」「雨」の3巻構成で、中国古典や能・歌舞伎の題材を多く取り入れている
  • 煙々羅や泥田坊など、石燕自身の創作と考えられる妖怪も多く含まれている
  • 前作から引き継いだ解説文付きの形式により、絵と文章の両方で妖怪を楽しめる
  • 灯台鬼や殺生石、羅城門鬼など、有名な伝説に基づく妖怪も数多く収録
  • 石燕の妖怪画は後世の月岡芳年、河鍋暁斎、水木しげるなどに大きな影響を与えた
  • 現在の妖怪のビジュアルイメージの多くは、石燕の画に端を発している

参考情報

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この記事で参照した情報源

一次資料

  • 鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』(1781年、安永10年刊) – Internet Archiveでデジタル版が閲覧可能

学術資料・信頼できる二次資料

  • 高田衛(監修)、稲田篤信・田中直日(編集)『鳥山石燕 画図百鬼夜行』国書刊行会、1992年 – 石燕の全4作を収録した学術的な解説付き画集
  • Matt Alt, Hiroko Yoda (eds.)『Japandemonium Illustrated: The Yokai Encyclopedias of Toriyama Sekien』Dover Publications、2016年 – 石燕の全4作の初の英訳版

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