深夜の道路。雨に濡れた女性を車に乗せたら、目的地に着いた頃には姿が消えていた——。
こんな話、一度は聞いたことがありませんか?
「消えたヒッチハイカー」は、世界中で何百年も語り継がれてきた都市伝説の代表格です。
この記事では、この不思議な伝説のルーツから、各国で生まれた無数のバリエーション、そして日本独自の「タクシー怪談」との関係まで、深掘りしていきます。
消えたヒッチハイカーとは?

消えたヒッチハイカー(英語では「Vanishing Hitchhiker」)は、アメリカ発祥とされる都市伝説です。
基本的なストーリーはこうです。
夜中に車を運転していると、道端でヒッチハイクをしている若い女性を見かける。
女性を乗せて車を走らせるが、彼女はほとんど口を開かない。
目的地に着いて後部座席を振り返ると、女性の姿は跡形もなく消えている。
不思議に思った運転手がその住所を訪ねると、「その人は何年も前に亡くなった」と告げられる。
シンプルだけど、ゾクッとしますよね。
このパターンを軸に、世界中で膨大なバリエーションが生まれています。
「都市伝説」という言葉を生んだ伝説
この話が世界的に有名になったのは、1981年にアメリカの民俗学者ジャン・ハロルド・ブルンヴァンが出版した書籍『The Vanishing Hitchhiker(消えるヒッチハイカー)』がきっかけでした。
ブルンヴァンはこの本で、アメリカ各地で語られる「消えたヒッチハイカー」の事例を収集・分析しました。
面白いのは、この本が「Urban Legend(都市伝説)」という言葉を一般に広めるきっかけになったこと。
日本でも1988年に翻訳され、訳者たちが「Urban Legend」を「都市伝説」と訳したことで、この言葉が日本に定着したんですね。
つまり「消えたヒッチハイカー」は、都市伝説というジャンルそのものを生んだ伝説といえるわけです。
実は400年以上前から存在していた
ブルンヴァンは「消えたヒッチハイカー」のルーツを1870年代まで遡れると主張しましたが、実際にはもっと古い記録が存在します。
現存する最古の類話とされるのは、1602年にスウェーデンで書かれた文献です。
それによると、司祭と農夫たちがキャンドルマス(聖燭祭)の市場からの帰り道、一人の女性を馬車に乗せました。
途中の宿で食事をしようとすると、彼女が頼んだビールのジョッキには麦芽、次にはドングリ、そして最後には血が満たされていたといいます。
馬車から車へ、時代とともに乗り物は変わっても、「見知らぬ人を乗せたら消えてしまった」という核心部分は驚くほど変わっていないんですね。
さらに古い例としては、新約聖書の使徒言行録に登場するフィリポの話があります。
エチオピア人の馬車に乗って洗礼を授けた後、フィリポは突然姿を消したとされています。
これを「消えたヒッチハイカー」の原型とする研究者もいます。
アメリカで最も有名な「復活のメアリー」
アメリカで最も有名な「消えたヒッチハイカー」の事例といえば、シカゴの「Resurrection Mary(復活のメアリー)」でしょう。
1930年代から現在まで、シカゴ郊外のアーチャー・アヴェニュー沿いで、白いドレスを着た金髪の若い女性が目撃され続けています。
彼女はドライバーに拾われ、リザレクション墓地(Resurrection Cemetery)の前で姿を消すといいます。
最も詳細な証言を残したのは、ジェリー・パルスという男性。
1939年のある晩、彼はダンスホールで美しい女性と踊り、帰りに車で送ることになりました。
女性は「とても冷たい」感じがしたそうです。
リザレクション墓地の前で車を止めると、彼女は降りてそのまま消えてしまった。
翌日、彼女が教えた住所を訪ねると、母親から「娘は何年も前に亡くなった」と告げられたのです。
その後も1970年代、80年代、90年代と目撃報告が相次ぎました。
あるタクシー運転手は、白いドレスの女性を乗せたが料金を払わずに消えたと証言。
1976年には、墓地の鉄格子に焼け焦げた手形のようなものが残されていた、という話まであります。
「復活のメアリー」は多くのドキュメンタリーで取り上げられ、テレビ番組『Unsolved Mysteries』でも特集されました。
墓地の向かいにあるバー「Chet’s Melody Lounge」では、毎週日曜日にメアリーのためのブラッディ・マリーをカウンターに置いておく習慣があるそうです。
日本版「消えたヒッチハイカー」=タクシー怪談

日本にはヒッチハイク文化があまり根付いていないため、この都市伝説は「タクシー怪談」として定着しました。
最も有名なのが、京都の深泥池(みどろがいけ)にまつわる話です。
1969年、京大病院前で一人のタクシー運転手が、雨に濡れた女性を乗せました。
行き先は「深泥池」。
到着して後部座席を見ると、女性の姿は消えていた。
驚いた運転手は交番に駆け込み、警察も捜索を行ったといいます。
結局女性は見つかりませんでしたが、同じ日に京大病院で亡くなった女性が、深泥池周辺の出身者だったという噂が広まりました。
この話は当時の新聞にも掲載され、一躍有名になりました。
その後「タクシーで女性客を乗せたら消えていた」「座席がぐっしょり濡れていた」という類似の話が全国に広がっていきます。
東京では青山霊園、京都では深泥池が定番の舞台。
「夜間、深泥池方面への女性客は乗せなくてもいい」という暗黙の了解がタクシー業界にあったとも言われています。
興味深いのは、日本ではこの種の怪談が自動車以前から存在していたこと。
江戸時代の怪談集『諸国百物語』には、駕籠(かご)の客が幽霊だったという話があります。
明治時代には人力車、鉄道が普及すると電車の怪談も登場しました。
乗り物が変わっても「乗せた客が消える」という核心は、ずっと受け継がれているわけですね。
世界各地のバリエーション
「消えたヒッチハイカー」は世界中で語られており、それぞれの文化を反映した独自の形をとっています。
ハワイ:女神ペレの化身
ハワイでは、ヒッチハイカーの正体が火山の女神ペレであるというバリエーションがあります。
キラウエア火山の近くの道路で、赤いムームー(ハワイの伝統的なドレス)を着た老婆、あるいは美しい若い女性がヒッチハイクをしている姿が目撃されることがあるそうです。
小さな白い犬を連れていることも。
車に乗せてあげると、目的地に着く前に彼女は消えてしまう。
しかし、この話には他の「消えたヒッチハイカー」とは異なる教訓があります。
ペレを乗せてあげた親切な人には幸運が訪れる。
逆に無視した人には災いが降りかかる——つまり、これは「親切心のテスト」なんですね。
ハワイでは「道端の老婆を見かけたら必ず車に乗せるべし。ペレかもしれないから」という言い伝えがあるほどです。
韓国・南アフリカ・ヨーロッパ
朝鮮戦争後の1950年代には韓国でも類話が登場しました。
当時の韓国には車文化がそれほど発達していなかったにもかかわらず、です。
南アフリカのユニオンデールでは、交通事故で亡くなった若い女性の幽霊が、事故現場付近でドライバーの前に現れるという話が有名です。
ドイツやイギリスでは19世紀から馬車の乗客が消える話が存在しており、これがアメリカに移民とともに伝わったという説もあります。
なぜ世界中で語られるのか?
「消えたヒッチハイカー」がこれほど世界中で語り継がれる理由は何でしょうか?
「見知らぬ人」への普遍的な恐怖
夜道で見知らぬ人を車に乗せる。それ自体がすでに一種の「リスク」を伴う行為です。
相手が何者かわからない不安、密室での二人きりという状況——そこに「実は人間ではなかった」という要素が加わることで、恐怖が何倍にも膨らみます。
死と日常の接点
多くのバージョンで、幽霊は「事故で亡くなった場所」の近くに出現します。
日常的に通る道路のすぐそばに、死の世界が口を開けているかもしれない。
その薄気味悪さが、この都市伝説の核にあります。
物的証拠の存在
「消えた後、座席が濡れていた」「貸したコートが墓石にかけられていた」といった「証拠」が残るパターンも、この伝説の特徴です。
何かが残っていることで、「本当にあったかもしれない」という信憑性が生まれるんですね。
文化を超える適応力
乗り物が馬車から自動車へ、タクシーからライドシェアへと変化しても、話の核心は変わりません。
時代や文化に合わせて「衣替え」できる柔軟さが、この伝説が生き残り続ける理由でしょう。
消えたヒッチハイカー|各国の代表的な事例一覧
| 地域 | 名称・通称 | 特徴 |
|---|---|---|
| アメリカ(シカゴ) | Resurrection Mary(復活のメアリー) | 白いドレスの金髪女性。リザレクション墓地前で消える。1930年代から目撃報告あり |
| 日本(京都) | 深泥池の幽霊 | タクシー客が消える。1969年に新聞報道され全国に広まる |
| 日本(東京) | 青山霊園のタクシー怪談 | 霊園付近で乗せた客が消える。座席が濡れている |
| ハワイ | ペレの化身 | 火山の女神が赤いドレスで出現。親切な人には幸運をもたらす |
| 南アフリカ | ユニオンデールの幽霊 | 交通事故で亡くなった女性が事故現場付近に出現 |
| イギリス | 各地の類話 | 18世紀から馬車の怪談として存在 |
| ドイツ | 各地の類話 | 19世紀から記録あり。馬車→自動車へ変化 |
| 韓国 | 朝鮮戦争後の類話 | 1950年代に登場。車文化未発達の時代から存在 |
| メキシコ | La Llorona関連 | 「泣く女」伝説と融合したバリエーション |
| スウェーデン | 最古の記録(1602年) | 司祭と農夫が馬車で女性を乗せる。ジョッキに血が満ちる |
まとめ
- 「消えたヒッチハイカー」は世界中で語り継がれる都市伝説の代表格
- 1981年のブルンヴァンの著書が「都市伝説」という言葉を広めるきっかけになった
- 最古の類話は1602年のスウェーデンの文献に遡る
- 日本では「タクシー怪談」として定着し、京都の深泥池が発祥地とされる
- ハワイでは火山の女神ペレの化身として語られ、「親切のテスト」という意味を持つ
- 乗り物や時代が変わっても「乗せた客が消える」という核心は普遍的
夜道で見知らぬ人を見かけたら、あなたは車を止めますか?
その人が生きている人間かどうか、確かめる術はないのかもしれません。


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