毎年2月11日は「建国記念の日」。
カレンダーを見て「あ、休みだ」とは思うけど、「実際どんな日なの?」と聞かれると、ちょっと答えに困る人も多いんじゃないでしょうか。
実は2015年に行われた調査では、日本人の約8割がこの祝日の日付を知らなかったという結果も出ています。
この記事では、建国記念の日の由来や歴史、あの有名な「の」の秘密、そして世界の建国記念日との違いまで、まるっと解説していきます。
2026年の建国記念の日は 2月11日(水曜日) です。
週の真ん中のお休みになるので、ちょっとうれしいですね。
建国記念の日ってどんな祝日?
建国記念の日は、国民の祝日に関する法律(祝日法)で定められた16ある国民の祝日のひとつです。
その趣旨は、こう記されています。
建国をしのび、国を愛する心を養う。
つまり、「日本という国ができたことを振り返り、大切にしよう」という日なんですね。
1966年(昭和41年)の祝日法改正によって国民の祝日に加えられ、翌1967年(昭和42年)の2月11日から実際に祝日として適用されました。
ちなみに、この日に決まった食べ物を食べたり、特別な行事をしたりする風習は特にありません。
ただし、全国の神社では紀元節にちなんだ祭典が行われていたり、明治神宮の周辺では奉祝パレードが開催されていたりします。
「建国記念の日」と「建国記念日」は違うの?
カレンダーをよく見てください。
そこには「建国記念日」ではなく、「建国記念 の 日」と書かれています。
この「の」には、実はとても深い意味があるんです。
「建国記念日」だと、「この日に日本が建国された」という意味になります。
アメリカの独立記念日(7月4日)やドイツの統一記念日(10月3日)のように、歴史上はっきりした日付がある国では「建国記念日」と言い切れます。
ところが、日本の場合は事情が違います。
日本がいつ建国されたのか、正確な日付は歴史学的にわかっていません。
後ほど詳しく触れますが、2月11日の根拠は『日本書紀』に書かれた神武天皇の即位伝承であり、神武天皇が実在したかどうかも含めて、確かな史料は残っていないんです。
そこで、「この日に建国された」と断言するのではなく、「日本が建国されたという事実そのものを記念する日」という意味を込めて、あえて「の」を入れた名称になりました。
日常会話で「建国記念日」と言っても間違いとまでは言えませんが、法律上の正式名称はあくまで 「建国記念の日」 です。
建国記念の日の由来:「紀元節」とは
建国記念の日のルーツをたどると、明治時代に制定された 「紀元節(きげんせつ)」 にたどり着きます。
神武天皇の即位伝承
8世紀初めに編まれた日本最古の正史『日本書紀』には、初代天皇とされる 神武天皇 の即位についてこう記されています。
「辛酉年春正月、庚辰朔」
これは旧暦(太陰太陽暦)の正月1日、つまり元日に即位したということです。
神武天皇は、日本神話に登場する天照大神(あまてらすおおみかみ)の子孫とされる伝承上の人物で、九州から東へ進んで大和(現在の奈良県)の橿原(かしはら)の宮で即位したと伝えられています。
ただし、多くの歴史学者は、神武天皇の即位が史実かどうかについて懐疑的な見解を示しています。
あくまで神話・伝承上の出来事として受け止めるのが、現在の学術的な立場と言えるでしょう。
明治政府と紀元節の制定
1872年(明治5年)、明治政府はそれまでの太陰太陽暦(旧暦)を廃止し、太陽暦(グレゴリオ暦)を採用しました。
明治5年12月3日を明治6年1月1日とするという、かなり急な改暦でした。
この改暦に合わせて、明治政府は神武天皇の即位をもって日本の「紀元」と定めます。
最初は1873年(明治6年)1月29日を神武天皇即位の相当日として祝日にしましたが、旧暦の正月と重なって紛らわしいなどの事情から、同年10月に日付が見直されました。
文部省天文局が算出し、暦学者の塚本明毅が審査した結果、『日本書紀』の干支に基づいて 2月11日 が神武天皇即位日のグレゴリオ暦換算日とされました。
こうして1873年(明治6年)に、2月11日が 「紀元節」 として正式に祝日になったのです。
紀元節が果たした役割
紀元節は明治時代を通じてどんどん重要な行事になっていきました。
1889年(明治22年)の2月11日には、大日本帝国憲法(明治憲法)が発布されています。
これは意図的にこの日を選んだもので、紀元節の権威をさらに高めることになりました。
1891年(明治24年)には「小学校祝日大祭日儀式規程」が定められ、学校でも紀元節の式典が行われるようになります。
天皇の御真影(写真)に対する最敬礼や、校長による教育勅語の奉読などが行われていました。
紀元節は天長節(天皇誕生日)、明治節、新年節と並んで「四大節」のひとつに数えられ、戦前の日本において最も重要な祝祭日のひとつとして位置づけられていたんです。
なぜ一度廃止されたのか
第二次世界大戦後の1945年、日本を占領したGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は、紀元節が天皇崇拝や国家主義と結びついているとして、その廃止を求めました。
1948年(昭和23年)、「国民の祝日に関する法律」が制定される際に、紀元節を含む四大節は正式に廃止されます。
こうして、2月11日は普通の平日に戻ったのです。
復活までの長い道のり
紀元節が廃止されたあとも、復活を求める声は根強く残っていました。
復活運動の始まり
1951年(昭和26年)頃から、神社本庁をはじめとする団体が紀元節復活運動を展開し始めます。
1957年(昭和32年)には、自由民主党の議員らが「建国記念日」を制定する法案を初めて国会に提出しました。
しかし、当時の野党第1党だった日本社会党が強く反対したため、衆議院では可決されたものの、参議院で審議未了廃案となります。
9回の廃案を経て
その後、法案は9回にわたって提出と廃案を繰り返すことになります。
反対派の主な意見はこうでした。
- 神武天皇の実在に歴史学的な確証がない
- 正確な建国日がわからないのに記念日を定めるべきではない
- 天皇制国家主義の復活につながる恐れがある
一方で、賛成派はこう主張しました。
- 建国を祝うのは国民感情として自然なこと
- 世界中の多くの国に建国記念日がある
- 日本人としての誇りや団結心を養う機会になる
日付についてもさまざまな案が出されました。
日本社会党は憲法記念日の5月3日を、民社党は聖徳太子が十七条憲法を制定したとされる4月3日を、またサンフランシスコ講和条約が発効した4月28日を推す声もありました。
ついに成立
最終的に、名称に「の」を挿入することで「建国された日」と断言しない形にし、日付の決定は有識者による審議会に諮問するという修正を加えることで妥協が成立します。
1966年(昭和41年)6月25日、「建国記念の日」を定める祝日法改正案がようやく成立しました。
同年7月に総理府に設置された「建国記念日審議会」は、約半年間の審議を経て、委員9人中7人の賛成により 「2月11日」 を答申。
1966年12月9日に佐藤栄作内閣が政令を公布し、翌1967年の2月11日から正式に祝日として適用されたのです。
紀元節の廃止から約19年。
長い議論の末にようやく復活した祝日だったんですね。
世界の建国記念日と比べてみると
世界に目を向けると、百十数カ国が建国記念日に相当する祝日を設けています。
ただし、「何をもって建国とするか」は国によってさまざまです。
代表的な国の建国記念日
| 国名 | 日付 | 名称 | 由来 |
|---|---|---|---|
| アメリカ | 7月4日 | 独立記念日 | 1776年の独立宣言 |
| フランス | 7月14日 | 革命記念日 | 1789年のバスティーユ襲撃 |
| ドイツ | 10月3日 | 統一記念日 | 1990年の東西統一 |
| 中国 | 10月1日 | 国慶節 | 1949年の建国宣言 |
| 韓国 | 10月3日 | 開天節 | 建国神話(檀君の建国) |
| オーストラリア | 1月26日 | オーストラリア・デー | 1788年の英国艦隊上陸 |
| カナダ | 7月1日 | カナダ・デー | 1867年の自治権獲得 |
日本の特殊性
世界の建国記念日の3分の2以上は、旧植民地からの 独立記念日 です。
次いで多いのが、共和国の樹立や革命を記念するもの。
これらはいずれも「いつ、何が起きたか」がはっきりしています。
一方で、古代の建国神話に基づいて建国記念日を設けているのは、実は 日本(2月11日) と 韓国(10月3日・開天節) のたった2カ国だけとされています。
また、イギリスのように法律で定められた建国記念日を持たない国も存在します。
こうして比較してみると、日本の「建国記念の日」がちょっと変わった存在であることがわかりますね。
だからこそ、「記念日」ではなく「記念の日」という独特な名称が生まれたとも言えるでしょう。
現在の建国記念の日はどう過ごされている?
現代の日本では、建国記念の日はどちらかというと静かな祝日です。
アメリカの独立記念日のような盛大な花火大会や、フランス革命記念日の軍事パレードのような大規模イベントは行われていません。
政府主催の公式式典もありません。
主な行事・イベント
それでも、いくつかの行事は続いています。
東京では、明治神宮の周辺で「建国記念の日・奉祝記念行事」が毎年開催されています。
神社本庁が参画する「日本の建国を祝う会」が主催し、神輿渡御や奉納太鼓、マーチングバンドのパレードなどが行われます。
全国各地の神社でも紀元節祭が行われているほか、海上自衛隊では基地や港に停泊中の自衛艦に満艦飾(信号旗を飾る)が施されます。
家庭での過ごし方
特別な風習がない分、自由に過ごせるのがこの祝日の特徴です。
伝統的には玄関先に国旗(日の丸)を掲げる習慣がありましたが、現在では個人の家庭で掲げる例は少なくなっています。
日本の歴史や文化について家族で話してみたり、『古事記』や『日本書紀』の神話に触れてみたりするのも、この日ならではの過ごし方かもしれませんね。
まとめ
建国記念の日は、日本という国が生まれたことをしのび、国を大切にする心を育む祝日です。
ポイントをおさらいしておきましょう。
- 正式名称は「建国記念 の 日」(「建国記念日」ではない)
- 毎年2月11日に固定されている
- 趣旨は「建国をしのび、国を愛する心を養う」こと
- 由来は明治時代の「紀元節」。『日本書紀』に記された神武天皇の即位伝承に基づく
- 戦後にGHQにより廃止され、1966年に「建国記念の日」として復活
- 9回の法案廃案を経て、約19年かけて復活した
- 古代神話に基づく建国記念日は世界でも珍しい
カレンダーの小さな「の」の一文字に、これだけの歴史と議論が詰まっていると知ると、ちょっと見る目が変わりませんか?
2026年の2月11日は水曜日。
週の真ん中のお休みに、日本の成り立ちについてちょっとだけ思いを馳せてみるのもいいかもしれませんね。
参考情報
この記事の作成にあたり、以下の情報源を参照しました。
公式情報・法令
- 内閣府「国民の祝日について」 – 祝日法の条文・趣旨・建国記念の日を定める政令
- 政府広報オンライン「2026年の祝日は?知ってそうで知らない『国民の祝日』とその趣旨や経緯」 – 各祝日の趣旨と経緯の解説
- e-Gov法令検索「国民の祝日に関する法律」 – 祝日法の全文
百科事典・辞典
- Wikipedia「建国記念の日」 – 制定経緯・審議会・反対運動の詳細
- Wikipedia「紀元節」 – 紀元節の制定・日付算出の経緯
- Wikipedia (English) “National Foundation Day (Japan)” – 英語圏での解説・国際的視点
- コトバンク「建国記念日」(世界大百科事典) – 世界各国の建国記念日との比較
学術・専門サイト
- Webマガジンまなびと「建国記念の日 国家祝祭日誕生物語」(大濱徹也) – 紀元節から建国記念の日までの歴史的経緯
- 国立天文台暦計算室「明治維新と太陽暦」 – 明治改暦の詳細
- 国立国会図書館「日本の暦 – 江戸から明治の改暦」 – 太陰太陽暦から太陽暦への移行
参考になるサイト
- EBSCO Research Starters “National Foundation Day (Japan)” – 英語圏の学術データベースによる概説
- National Geographic Education “Japan’s National Foundation Day” – 神武天皇の東征伝承の解説
- Weblio辞書「各国の建国記念日と名称」 – 世界の建国記念日一覧


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