夏は川で悪さをする河童が、冬になると山へ移り住んで姿を変える。
そんな不思議な習性を持つ妖怪「カシャボ」をご存知でしょうか。
和歌山県を中心とした紀伊地方に伝わるこの妖怪は、河童と深いつながりを持ちながらも独自の特徴を持つ存在として語り継がれてきました。
この記事では、民俗学者・柳田國男や南方熊楠の研究をもとに、カシャボの正体や特徴、伝承について詳しく紹介します。
カシャボの基本情報
カシャボ(カシャンボ)は、紀伊南部(現在の和歌山県)を中心に伝承される妖怪です。
最も有力な説では、カシャボは山に移り住んだ河童が変化した姿とされています。紀伊地方では、河童は「ゴウライ」や「五来法師」と呼ばれ、夏の間は川で活動しています。しかし冬になると山へ籠り、その間はカシャンボと呼ばれるようになるのです。
民俗学の父・柳田國男は『山島民譚集』(1914年)の中で、河童の「夏は川にいて、冬は山へ籠る」という生態を紹介しています。柳田は九州で「冬季には山で山ワロと呼ばれるものになる」という伝承と比較しながら、和歌山県東牟婁郡高田村(現在の新宮市)のある家では、毎年秋になると熊野川を遡ってきた河童が挨拶に訪れ、姿は見えないものの家に小石を投げ込んで知らせた後、山へ入ってカシャンボになるという伝承を記録しています。
カシャボの姿と特徴
カシャボの外見には、いくつかの特徴が伝えられています。
まず体格は6〜7歳程度の子供ほどの背丈とされています。頭には皿をかぶっており、頂部のみに頭髪を残した「芥子坊主(けしぼうず)」のような髪型をしているともいわれます。服装は青い碁盤縞(格子柄)の着物を身に着けているとされ、博物学者・南方熊楠もこの特徴を記録に残しています。
南方熊楠は自身の著作の中でカシャボを紹介する際、「河童」という漢字に「カシャボ」とルビを振って説明しており、両者が同一の存在であることを示しています。また南方は、能登地方にも同様の伝承があったことを指摘し、この妖怪がかつてはもっと広い範囲に分布していた可能性に言及しています。
興味深いのは、カシャボは「犬や馬には見えるが、人間の目には見えない」とも伝えられている点です。人間からは姿が見えないため、その存在は悪戯や足跡によって知られることが多かったようです。
カシャボの名前の由来
カシャボ(カシャンボ)という名前の由来については、複数の説が存在します。
一つ目は、「くすぐる」を意味する方言「かしゃぐ」から来ているという説です。カシャボが悪戯好きな性質を持つことと関連しているのかもしれません。
二つ目は「火車坊」から来ているという説です。火車は死体を盗むとされる妖怪で、南方熊楠は紀州で河童を「カシャンボ」と呼ぶのは、この火車の連想が影響している可能性を指摘しています。
三つ目は「頭(かしら)」から来ているという説です。カシャボの別称として「カシラ」や「カシランボ」があることとも関連しています。
その他の呼び名としては、カシャンボ、ガシャンボウ、カシランボウ、カシラ、さらにはヒトツダタラという名前でも呼ばれることがあります。
カシャボの悪戯と行動
カシャボは河童と同様に悪戯好きな性質を持っています。山で活動する際には、さまざまな怪異を起こすとされてきました。
代表的な悪戯としては、山中で作業をしている馬を隠す、牛小屋の牛に涎のようなものを吐きかけて苦しめる、といったものがあります。ある村では牛への被害が続いたため、牛小屋の戸口に灰を撒いておいたところ、水鳥のような水掻き付きの足跡が残されていたといいます。ただし南方熊楠は、この悪戯はカワウソが行った可能性もあると指摘しています。
また、カシャボは山で木を切り倒す音を出すなど、音による怪異を起こすことでも知られています。木霊のような不思議な音が山中に響くと、それはカシャボの仕業だと考えられていたのです。
農作業中の人が遠くで「ほーい、ほーい」と鳴くカシャボの声を聞いていたところ、急に耳元で「アホ!」という大声がして聴覚を失ってしまったという恐ろしい話も伝わっています。
さらに、カシャボは人間に相撲を挑むこともあるといわれています。
カシャボへの対処法
カシャボに対抗する方法も伝承されています。
カシャボは人間の唾を嫌うとされており、相撲を挑まれた際には唾をつけて行うと勝つことができるといわれています。これは河童の弱点とも共通する特徴です。
また、牛や馬への被害を防ぐために、小屋の戸口に灰を撒いておくという対策も取られていました。これはカシャボの足跡を確認するためでもありましたが、魔除けの意味も込められていたのでしょう。
カシャボと他の妖怪との関係
カシャボは河童の冬の姿とされていますが、地域によっては他の妖怪と混同されたり、関連付けられたりすることもあります。
和歌山県西牟婁郡富里村(現在の田辺市)では、カシャンボは「ヒトツダタラ」とも呼ばれていました。ヒトツダタラは一本足の妖怪で、雪の降った翌朝に一本足の足跡を残すとされています。一本足の足跡を残すという点でカシャンボと混同されたのかもしれません。
また、東洋大学民俗研究会が1981年に発刊した『南部川の民俗』によれば、カシャンボは山姥のことだとする説も記録されています。このように、地域や時代によってカシャボのイメージは変化してきたようです。
九州地方では、河童が冬に山へ入ると「山ワロ」と呼ばれるようになるという類似した伝承があります。柳田國男はこうした各地の伝承を比較研究し、河童と山の妖怪の関係性を考察しました。
現代に残るカシャボの痕跡
カシャボの伝承は現代にも残っています。
2004年春、和歌山県白浜町富田の田畑で謎の足跡が発見されました。4本足の動物では有り得ない足跡だったことから、地元の新聞などでは「カシャンボの仕業」として報道されました。真相は定かではありませんが、カシャボの伝承が今も地域に根付いていることを示すエピソードといえるでしょう。
また、鳥取県境港市の水木しげるロードには、漫画家・水木しげるがデザインした「カシャボ」のブロンズ像が設置されています。水木しげる記念館の解説によれば、「河童が冬になって山奥に入るとカシャボという妖怪になるといわれている。6〜7歳くらいの子供の形に見え、頭を振るとガチャガチャ鳴る」と紹介されています。
まとめ
カシャボは、夏は川で活動する河童が冬になると山へ移り住み、姿を変えた存在として紀伊地方を中心に伝承されてきた妖怪です。6〜7歳の子供程度の背丈で、青い碁盤縞の着物を着た姿とされ、馬を隠したり牛を苦しめたりする悪戯を行うとされています。
柳田國男や南方熊楠といった民俗学者たちの研究によって記録され、現代にまでその伝承が伝わっています。河童の季節による変化という独特の発想は、自然と共に生きてきた日本人の想像力を感じさせるものといえるでしょう。
和歌山県を訪れる機会があれば、かつてカシャボが山を駆け回っていたかもしれない風景に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。


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