深い山道を夜に歩いていると、背後から不気味な足音が近づいてくる。ふと振り返ると、そこには無数の狼の群れ。逃げ場を求めて木に登っても、狼たちはまるで梯子のように肩車を組んで追いかけてきて……。
これは「千疋狼(せんびきおおかみ)」と呼ばれる、日本各地に伝わる恐ろしい妖怪譚の一つです。そしてその中でも最も有名なのが、高知県に伝わる「鍛冶婆(かじがばば)」の物語なんです。
今回は、江戸時代の妖怪画集『絵本百物語』にも描かれた鍛冶婆について、その伝説の内容から由来、類話まで詳しく解説していきます。
鍛冶婆の基本情報
鍛冶婆は、高知県室戸市佐喜浜に伝わる妖怪です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み方 | かじがばば、かじがかか |
| 別名 | 鍛冶が嬶(かじがかか)、鍛冶が媼(かじがばば) |
| 伝承地 | 高知県室戸市佐喜浜 |
| 分類 | 千疋狼(せんびきおおかみ)伝説の代表例 |
| 正体 | 鉄鍋を頭に被った白い毛の巨大な狼 |
「嬶(かか)」も「媼(ばば)」も、どちらも「女房」や「老婆」を意味する言葉です。つまり鍛冶婆とは「鍛冶屋のおかみさん」という意味になります。
鍛冶婆の伝説
あらすじ
高知県室戸市周辺に伝わる鍛冶婆の伝説は、次のような内容です。
ある時、身重の女性が奈半利(現在の安芸郡奈半利町)へ向かうため、夜の峠道を歩いていました。ところが山中で陣痛が始まり、身動きが取れなくなってしまいます。
そこへ通りかかった飛脚が女性を発見。しかし運悪く、狼の群れも現れてしまいました。飛脚は女性を背負い、なんとか近くの大木に登って難を逃れようとします。
狼たちは木に爪を立てて登ろうとしますが、届きません。すると不思議なことに、狼たちは次々と肩車を始め、まるで梯子のように積み重なっていきました。飛脚は脇差を抜いて必死に応戦しますが、狼の塔はどんどん高くなっていきます。
鍛冶婆の登場
あと少しで届きそうになった時、狼たちの中から声が響きました。
「佐喜浜の鍛冶嬶を呼んでこい!」
しばらくすると、他の狼よりも一際大きな白い毛の狼が姿を現しました。その狼の頭には、なんと鉄鍋が兜のように被せられていたのです。
白い狼は肩車の一番上に登り、飛脚に襲いかかってきました。飛脚は渾身の力を込めて脇差を振り下ろすと、「ガキーン!」という音と共に鍋が真っ二つに割れ、人間のような悲鳴が響き渡りました。
その瞬間、狼の群れは一斉に姿を消してしまいました。
正体の発覚
夜が明けて峠に人通りが戻ると、飛脚は女性を通行人に託し、自分は昨夜の狼を追うことにしました。地面には血の跡が点々と続いていて、それを辿っていくと佐喜浜の鍛冶屋に辿り着きました。
飛脚が鍛冶屋の主人に「お宅の嬶さんはいらっしゃいますか」と尋ねると、「昨晩、頭に怪我をして寝込んでいる」という答えが返ってきます。
飛脚は家に上がり込み、寝ている嬶を一刀のもとに斬り捨てました。すると嬶の姿はたちまち消え、そこには昨夜の白い毛の狼の死骸が横たわっていたのです。
さらに床下を調べてみると、そこには大量の人骨が散乱しており、その中には本物の嬶の骨も含まれていました。白い狼は、本物の嬶を殺して成り代わり、長い間人々を襲っていたのです。
『絵本百物語』に描かれた鍛冶婆
一次資料としての『絵本百物語』
鍛冶婆の伝説を記録した最も重要な文献は、1841年(天保12年)に刊行された『絵本百物語』です。別名『桃山人夜話(とうさんじんやわ)』とも呼ばれるこの書物は、著者が桃山人(桃花園三千麿)、絵師が竹原春泉斎による妖怪画集で、鳥山石燕の『画図百鬼夜行』と並ぶ江戸時代を代表する妖怪本として知られています。
『絵本百物語』では第四十話「鍛冶が媼」として収録されており、伝承とは少し異なる設定が語られています。
『絵本百物語』での内容
『絵本百物語』の本文によると、土佐国野根(現在の高知県安芸郡東洋町野根)に住む刀鍛冶・野根重国の女房が狼に食い殺されてしまいます。すると、死んだ女房の霊が狼に乗り移り、飛石という場所で人々を襲うようになったというのです。
最終的に逸作という郷士が白い毛の狼を退治したことで、女房の幽霊は出なくなったと記されています。
口承で伝わった伝説と比べると、『絵本百物語』版では「狼に殺された女房の怨霊が狼に憑依した」という設定になっており、より怪談色が強められています。
ただし挿絵には、狼の群れが肩車を組んで樹上の人間に迫る、まさに千疋狼伝説そのものの場面が描かれており、口承の伝説も意識されていたことがうかがえます。
千疋狼とは何か
日本全国に伝わる狼の怪異譚
鍛冶婆の物語は、「千疋狼(せんびきおおかみ)」と呼ばれる説話の類型に属しています。千疋狼とは、夜に狼の大群に襲われた人が木に登って逃げるものの、狼たちが肩車を組んで追いかけてくる、という日本各地に伝わる怪異譚のことです。
「千疋」というのは「非常に多い数」を表す言葉で、実際に千匹いるわけではありませんが、それほど大勢の狼が群れをなして襲ってくる恐ろしさを表現しています。
千疋狼の話には共通のパターンがあります。
- 旅人が夜道で狼の群れに襲われる
- 木に登って逃げる
- 狼たちが梯子のように肩車を組む
- あと一歩で届かないため、親玉を呼ぶ
- 親玉の化け物が登場するが、旅人に傷を負わされて逃げる
- 翌日、傷を負った人間を発見し、正体が暴かれる
類話:小池婆と弥三郎婆
千疋狼の伝説は日本各地に存在し、それぞれ親玉の名前や正体が異なります。
小池婆(こいけばば) は、島根県松江市に伝わる話です。松江の小池という武家に仕える男が、狼の群れに襲われて木に登ると、「小池婆を呼べ」という声がします。すると茶釜の蓋を頭に被った巨大な猫が現れました。男が刀で切りつけると、猫も狼も消え、翌日調べてみると主の母親が老いた猫の化け物だったことが判明します。
弥三郎婆(やさぶろうばば) は、新潟県弥彦山を中心に山形県、福島県、静岡県などに伝わる話です。弥三郎という男が山で狼に襲われ、「弥三郎の婆を呼べ」という声が響きます。すると暗雲の中から毛むくじゃらの腕が現れ、弥三郎を掴みました。弥三郎が腕を切り落として帰宅すると、母親が「それは俺の腕だ!」と叫んで逃げ去りました。母親の正体は鬼婆で、本物の母はすでに食べられていたのです。
狼の習性と伝説の関係
動物学者の平岩米吉は、千疋狼の伝説について興味深い考察を残しています。
平岩によれば、この伝説は狼の実際の習性を反映したものだといいます。狼は夜間に活動し、統率者のもとで集団行動をとる動物です。肩車を組むという描写は、狼が高くジャンプする身体能力の高さを誇張して表現したものだと指摘しています。
かつて日本にはニホンオオカミが生息しており、山間部では人々と狼が共存していました。最後のニホンオオカミが確認されたのは1905年(明治38年)の和歌山県で、現在は絶滅種とされています。千疋狼の伝説は、狼と人間が近い距離で暮らしていた時代の記憶を今に伝えているのかもしれません。
なぜ「鍛冶屋の嬶」なのか
鉄と妖怪の関係
鍛冶婆の名前には「鍛冶屋」という職業が含まれていますが、これは偶然ではないと考えられています。
古来より、鍛冶という職業は神秘的な力を持つとされてきました。火を操り、鉄を自在に形作る鍛冶師は、一般の人々から畏敬の念を持って見られていました。土佐国(現在の高知県)は「土佐打刃物」の産地として知られ、鎌倉時代後期から刀鍛冶が栄えた地域でもあります。
また、鍛冶婆が頭に被っている鉄鍋は、防具として機能すると同時に、鍛冶屋という正体を示す象徴でもあります。鉄鍋を被ることで刀の攻撃を防ごうとする発想は、鍛冶屋ならではの知恵といえるでしょう。
「嬶」と「婆」の使い分け
伝承によって「鍛冶が嬶(かか)」と「鍛冶が媼(ばば)」という二つの呼び方があります。「嬶」は妻や女房を意味し、「媼」は老女を指す言葉です。
口承の中で呼び名が変化していった可能性もありますが、どちらも「鍛冶屋の女性」という意味では共通しています。
現代に残る鍛冶婆の痕跡
佐喜浜の供養塔
高知県室戸市佐喜浜には、現在でも鍛冶婆の供養塔が残されているとされています。郷土史家の寺石正路が明治時代に佐喜浜を訪れた際には、鍛冶婆の墓石もあったと記録されています。
また、佐喜浜では鍛冶屋の子孫とされる人々には必ず逆毛(さかげ)が生えていたという伝承も残っています。狼の特徴が子孫に受け継がれたという、妖怪譚ならではの後日談といえるでしょう。
水木しげるロードのブロンズ像
鳥取県境港市にある「水木しげるロード」には、漫画家・水木しげるの作品に登場する妖怪たちのブロンズ像が178体設置されています。その中には鍛冶婆(鍛冶媼)の像も含まれており、訪れた人々に土佐の妖怪伝説を伝えています。
創作作品での扱い
鍛冶婆は現代の創作作品にも登場しています。妖怪研究家としても知られる作家・京極夏彦の小説『西巷説百物語』では、鍛冶が嬶をモチーフにした物語が収録されています。
また、アニメ『まんが日本昔ばなし』でも「かじ屋のばばあ」として取り上げられました。日本全国に伝わる話であることから、特定の地域を指定せず、普遍的な昔話として紹介されています。
まとめ
鍛冶婆は、高知県室戸市佐喜浜に伝わる妖怪で、「千疋狼」と呼ばれる日本各地の狼伝説の中でも最も有名な存在です。
ポイントをまとめると……
- 鍛冶婆の正体は、鉄鍋を頭に被った白い毛の巨大な狼
- 本物の鍛冶屋の嬶を殺して成り代わり、人々を襲っていた
- 千疋狼伝説の代表例として、江戸時代の『絵本百物語』にも記録されている
- 類話として島根の「小池婆」、新潟の「弥三郎婆」などがある
- 佐喜浜には現在でも供養塔が残り、水木しげるロードにもブロンズ像が設置されている
ニホンオオカミが絶滅した現代では、狼に襲われる恐怖を実感することは難しくなりました。しかし千疋狼の伝説は、かつて人と狼が共存していた時代の記憶として、今も語り継がれています。


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