夜、月明かりに照らされた障子をふと見ると、そこに誰もいないはずなのに、女性の影だけがぼんやりと浮かんでいる……。そんな不思議で背筋がゾッとするような妖怪が「影女(かげおんな)」です。
この記事では、江戸時代の妖怪絵師・鳥山石燕が描き残した影女について、その特徴や出典、そして古代中国の哲学書『荘子』との意外なつながりまで詳しく解説していきます。
影女とはどんな妖怪?
影女は、物の怪が棲むとされる家に現れる女性の姿をした妖怪です。
その名の通り、実体を持たず「影」としてのみ存在するのが最大の特徴なんです。月の光が差し込む夜、障子や窓に若い女性のシルエットがぼんやりと映し出されます。しかし、不思議なことに影を映すはずの「本体」がどこにもいないのです。
障子を開けて外を確認しても、誰の姿も見当たりません。音を立てることもなく、人に直接害を与えることもないとされていますが、その存在自体が「この家には何かがいる」という不吉な前兆だと考えられてきました。
影女の初出典:鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』
影女が文献上に登場するのは、江戸時代中期の浮世絵師・鳥山石燕(とりやま せきえん)が描いた妖怪画集『今昔百鬼拾遺(こんじゃくひゃっきしゅうい)』です。この画集は安永10年、西暦でいうと1781年に刊行されました。
『今昔百鬼拾遺』は、石燕の妖怪画集シリーズの第三作にあたります。第一作『画図百鬼夜行』、第二作『今昔画図続百鬼』に続く作品で、雲・霧・雨の上中下3巻構成になっています。
石燕はこの画集で、障子に映る松の影の一部が、逆立ちした女性のような形になっている様子を描きました。庭の松の木の影と、人ならざるものの影が入り混じるような、なんとも不気味な構図です。
石燕が記した解説文
石燕は絵とともに、影女について次のような解説を添えています。
もののけある家には月かげに女のかげ障子などにうつると云。荘子にも罔両と景と問答せし事あり。景は人のかげ也。罔両は景のそばにある微陰なり
この文章を現代語で読み解くと、「物の怪のいる家では、月の光によって女の影が障子などに映るという。『荘子』にも罔両(もうりょう)と景(かげ)が問答した話がある。景とは人の影のこと。罔両とは影のそばにできる薄い影のことである」という意味になります。
『荘子』斉物論篇との深いつながり
石燕が解説文で引用している『荘子』は、中国戦国時代の思想家・荘子(荘周)が著したとされる哲学書です。道教の根本思想を説く書物として知られています。
石燕が言及しているのは『荘子』斉物論篇に収められた「罔両と景の問答」というエピソードです。
罔両と景の問答とは
「罔両」とは、影のさらに外側にできる薄い影のことを指します。現代風に言えば「ぼんやりした半影」のようなものでしょうか。一方の「景」は、くっきりとした影そのものです。
『荘子』斉物論篇には、この罔両が景に向かって問いかける場面があります。金谷治氏による訳によると、罔両はこう言いました。「さきほどは歩いていたのに今は止まり、さきほどは座っていたのに今は立っている。何とまあ定まった節操のないことだね」
これに対して景はこう答えます。「僕は自分の意志でそうしているのではなくて、頼るところ(人間の肉体)に従ってそうしているらしいね。ところが僕の頼るところはまた別に頼るところに従ってそうしているらしいね。さて、なぜそうなのか分からないし、なぜそうでないのかも分からないね」
石燕が込めた哲学的なメッセージ
この問答は、存在の根源についての深い哲学的問いかけです。影は人間に従って動くけれど、その人間もまた何か別のものに従って動いている。では、そもそも「主体的に動く」とはどういうことなのか――という問いを投げかけているのです。
石燕がこの古典を引用したのは、単なる知識のひけらかしではありません。影女という妖怪が「影だけの存在」であることの不確かさ、そして影を映すはずの「本体」がいないという不条理さを、哲学的な奥行きをもって表現しようとしたのでしょう。
影女は石燕の創作か?
妖怪研究の世界では、影女は鳥山石燕が創作した妖怪である可能性が高いとされています。
石燕以前の文献や民間伝承において、影女の存在を確認できる資料は見つかっていません。石燕の妖怪画集には、古くからの伝承に基づく妖怪と、石燕自身が創作したと考えられる妖怪の両方が含まれており、影女は後者に分類されることが多いのです。
『今昔百鬼拾遺』に描かれた妖怪の中には、『和漢三才図会』などの先行文献を参考にしたものもありますが、影女についてはそのような典拠が確認されていません。
ただし、石燕が完全にゼロから創作したというよりは、「障子に映る不思議な影」という当時の人々が漠然と感じていた恐怖心を、『荘子』の哲学と組み合わせて一つの妖怪として形にした可能性も考えられます。
山形県に伝わる影女の怪談
石燕の創作とは別に、伝記作家・山田野理夫の著書『東北怪談の旅』には、山形県に伝わる影女の怪談が収録されています。
この話は、鶴岡城下を舞台にしたものです。増田という者が、友人の酒井吉左衛門の家を訪ねたときの出来事とされています。
増田が家の近くまで来ると、窓から若い女の姿が見えました。家に入り、吉左衛門と酒を酌み交わしていると、やがて障子越しに女の影が現れます。吉左衛門によれば、それが影女だというのです。
話をしているうちに、今度は庭に女の姿が現れましたが、家の中には近づいてこなかったといいます。
この怪談が石燕の画集から影響を受けたものなのか、それとも独自に発生した伝承なのかは定かではありません。ただし、『東北怪談の旅』は近代に編纂された書籍であり、江戸時代の一次資料ではない点に注意が必要です。
影女の特徴まとめ
ここまでの内容を整理すると、影女には以下のような特徴があります。
出現する場所として、物の怪が棲むとされる家、古い家屋、荒れ果てた屋敷などが挙げられます。特に月明かりの美しい夜に現れやすいとされています。
姿形は、若い女性のシルエットであることが多いのですが、まれに首に鈴をつけた老婆の影として現れることもあるといわれています。
行動・性質については、音を立てることはなく、人や家に直接的な危害を加えることもありません。ただし、影女が現れた家には、他の妖怪も出現する可能性があるという言い伝えがあります。いわば「妖怪出現の前兆」のような存在として恐れられてきました。
対処法としては、追いかけたり声をかけたりせず、静かにやり過ごすのが良いとされています。戸を閉め、火を落とし、翌日には井戸や庭木、床下などを清めるという習慣もあったようです。
影女が現代に残したもの
鳥山石燕が描いた影女は、その後の日本文化にも影響を与えています。
漫画家の水木しげるは、石燕の妖怪画から多くのインスピレーションを得ていたことで知られています。『ゲゲゲの鬼太郎』をはじめとする水木作品に登場する妖怪たちの多くは、石燕の画集をベースにしているのです。
また、京極夏彦の推理小説「百鬼夜行シリーズ」の番外編として『今昔百鬼拾遺』シリーズがあります。このシリーズのタイトルは石燕の画集から取られており、「雪」の巻には「影女」を題材にした作品が含まれる予定とされています。
おわりに
影女は、実体を持たず影だけで存在するという、日本の妖怪の中でも特に幻想的で哲学的な存在です。
鳥山石燕は『荘子』の古典的な問答を引用することで、単なる怪異譚にとどまらない深みを影女に与えました。「影を映す本体がいない」という不条理は、私たちの存在そのものの曖昧さを問いかけているようにも感じられます。
月の美しい夜、ふと障子を見上げたとき、そこに誰もいないはずの影を見つけたら――それは影女かもしれません。


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