「かちかち山」と聞くと、子どもの頃に読んだ絵本を思い出す方も多いのではないでしょうか。
実はこのお話、原作は日本の昔話の中でも飛び抜けて残酷で、現代の子ども向けバージョンとはかなり異なる内容なんです。
おばあさんを殺したタヌキに対し、ウサギが火攻め・薬攻め・泥舟と、容赦のない仕返しを繰り広げる復讐譚。
この記事では、そんな「かちかち山」の物語内容から成り立ち、文化的な背景まで詳しく解説していきます。
概要
かちかち山は、老婆を殺害したタヌキをウサギが成敗する日本の民話です。
江戸時代の「五大昔話」の一つに数えられ、『桃太郎』『さるかに合戦』『花咲爺』『舌切り雀』とともに、古くから日本人に親しまれてきました。
室町時代末期には現在に近い形で成立していたとされ、最も古い文献記録は1673〜1680年頃の赤小本『兎の手柄』だといわれています。
題名の「かちかち山」は、物語中でウサギが火打石を打つ「かちかち」という音に由来します。
かちかち山のあらすじ
前半:タヌキの悪行
昔あるところに、畑を耕して暮らす老夫婦がいました。
ところが性悪なタヌキが毎日畑にやってきては、せっかく蒔いた種や芋をほじくり返して食べてしまいます。
業を煮やしたおじいさんは、ようやく罠でタヌキを捕まえ、縄で縛って家に吊るしました。
「このタヌキでたぬき汁を作ってくれ」とおばあさんに頼み、おじいさんは再び畑仕事に出かけます。
ところがタヌキは人のよいおばあさんに「もう悪さはしないから縄を解いてほしい」「餅つきを手伝う」などと嘘をつき、縄をほどかせます。
自由になったタヌキは、杵でおばあさんを殴り殺してしまいました。
ここからがさらに恐ろしい展開です。
タヌキはおばあさんに化けて「ばばあ汁」を作り、帰ってきたおじいさんに「たぬき汁ができましたよ」と差し出します。
おじいさんは何も知らずにそれを食べてしまい、タヌキは正体を現して逃げ去りました。
真実を知ったおじいさんは、悲嘆に暮れます。
後半:ウサギの仇討ち
おじいさんの嘆きを見かねた近所のウサギが、「おばあさんの仇を討ちます」と名乗り出ました。
ウサギは知恵を使って、タヌキに三段階の復讐を仕掛けていきます。
第一の罰:火責め
ウサギはタヌキを柴刈りに誘い出します。
帰り道、タヌキの背後を歩きながら、タヌキが背負った柴に火打石で火をつけました。
「かちかち」という音を不思議に思ったタヌキが尋ねると、ウサギはすかさず「ここはかちかち山だから、かちかち鳥が鳴いているのさ」ととぼけます。
やがて柴が燃え上がり、タヌキは背中に大やけどを負いました。
この場面が「かちかち山」という題名の由来です。
第二の罰:薬攻め
翌日、ウサギはやけどの見舞いにやってきました。
「よく効く薬を持ってきたよ」と言って差し出したのは、唐辛子入りの味噌だったのです。
何も知らないタヌキがこれをやけどに塗ると、激痛で七転八倒する羽目になりました。
ウサギは「良い薬は最初しみるものだよ」としれっと答えます。
第三の罰:泥舟
やけどが治った頃、ウサギはタヌキを魚釣りに誘います。
ウサギは木の舟と泥の舟を用意し、欲張りなタヌキが大きい方の泥舟を選ぶように仕向けました。
沖に出ると泥舟はじわじわと溶け出し、タヌキは溺れ始めます。
ウサギはここでようやく本心を明かし、「おばあさんの仇だ、思い知れ!」と艪でタヌキを叩き沈めました。
こうしてウサギは見事におばあさんの仇を討ったのです。
「かちかち山」の題名の由来
「かちかち山」という独特の題名は、物語中のウサギとタヌキのやり取りから来ています。
ウサギがタヌキの背負った柴に火打石で火をつけるとき、「かちかち」と石の打ち合わさる音がしました。
怪しんだタヌキが「何の音だい?」と尋ねると、ウサギは「ここはかちかち山だから、かちかち鳥が鳴いているのさ」と答えます。
さらに柴が燃え出すと「ぼうぼう」と音がして、タヌキが再び尋ねると「ここはぼうぼう山だから、ぼうぼう鳥が鳴いているのさ」と誤魔化す、というのが定番の展開です。
この掛け合いが物語の中でも特に印象的な場面として知られています。
なお、江戸時代にはこの話は「兎の大手柄」という題名でも呼ばれていました。
『燕石雑志』や赤本・黒本には「兎の大手柄」の表題が確認されており、「かちかち山」の題名は『雛廼宇計木(ひなのうけぎ)』『童話長篇』などの文献に見られます。
かちかち山の成り立ちと構造
成立時期
かちかち山は室町時代末期には現在の形で成立していたとみられています。
文献に記録された最古のものは、1673〜1680年頃に刊行された赤小本『兎の手柄』とされています。
二つの話型の合体
世界大百科事典(平凡社)の野村敬子氏による解説によれば、かちかち山は例外的に多くの要素を含んだ昔話です。
前半のタヌキとおじいさん・おばあさんをめぐる物語と、後半のウサギとタヌキの葛藤の物語には、明らかに内容の不統一が認められるとされています。
これについて学術的には、「狸の婆汁」と「兎と熊」という二つの独立した話型が重ね合わされてできたものと分析されています。
前半部ではタヌキがおじいさんの種まきを妨害し、豊作祈願の呪詞を言い換える悪者として語られます。
農耕儀礼に深く関わる内容が含まれている点は注目に値すると指摘されています。
「兎と熊」型の類話
東北地方には、タヌキの代わりにクマが登場する「兎と熊」という類話が伝わっています。
ウサギとクマが小屋を作るためにカヤ刈りに行き、ウサギがクマにカヤを背負わせて火をつけるという展開で、やけどの薬や泥舟のエピソードを経てクマが死ぬという筋書きです。
この「兎と熊」型の類話は、かちかち山の後半部の原型に近い形と考えられています。
江戸時代の五大昔話
かちかち山は、江戸時代に「五大昔話」の一つとして特に人気を博しました。
五大昔話とは、次の5作品を指します。
| 日本語名 | 特徴 |
|---|---|
| 桃太郎 | 鬼退治の勧善懲悪譚 |
| さるかに合戦 | 仇討ちの連帯劇 |
| 花咲爺 | 正直者が報われる話 |
| かちかち山 | 動物間の復讐劇 |
| 舌切り雀 | 欲張りへの戒め |
いずれも質素倹約と勧善懲悪を説く物語で、目上の者に害を成す者は罰せられるべきという倫理観が反映されています。
特にかちかち山は、カニバリズム(食人)への強い嫌悪が表現されている点で、日本の数ある昔話の中でも異色の存在といえるでしょう。
地方による物語のバリエーション
かちかち山は日本全国に伝わっていますが、地域によって細部が異なるのも特徴的です。
よく知られているバリエーションとして、タヌキがウサギと再会するたびに「よくもやってくれたな」と責めるものの、ウサギが「それはよそのウサギだろう、自分は知らないよ」ととぼける掛け合いが挿入されるパターンがあります。
先述のとおり、東北地方ではタヌキではなくクマが登場する類話が存在します。
また新潟県には、タヌキを殺したウサギが人間の家に上がり込み、死んだタヌキを料理して食べてしまうが、家人に見つかって殺されるという、さらに残酷な展開のバージョンもあるとされています。
唐辛子を使う場面については、現在の唐辛子がポルトガル人の渡来以降に日本に伝わったことから、このくだりは江戸時代に付け加えられたという説もあります。
ただし、からし・タデの汁・味噌など、刺激物のバリエーションが存在するため、唐辛子以前から刺激物を使うエピソード自体はあり、種類が変わっただけの可能性も指摘されています。
時代による改変:残酷な原作と現代版の違い
江戸時代の改変
かちかち山は昔から「残酷すぎる」という議論がありました。
ウサギに懲らしめられるタヌキが気の毒だと感じる読者に配慮して、江戸時代にはすでに一部の場面を削った改変版が存在していました。
例えば、江戸時代後期の儒学者・帆足万里は『記翁媼事(きおうおうじ)』の中で、タヌキが火傷を負わされるシーンをまるごと省いています。
おばあさんを殺しておじいさんに「ばばあ汁」を食べさせたタヌキが、次に登場するときにはなぜかケガをして寝込んでおり、そこにウサギが医者として訪れるという展開です。
つまり「かちかち山」の題名の由来となるはずの火打石のエピソードが存在しないのです。
現代の子ども向けバージョン
現代の絵本ではさらに大幅な改変が行われています。
おばあさんが殺されずにケガをするだけで済むバージョンや、タヌキが命を取られず最後に改心して謝罪するバージョンなど、残酷な描写を取り除いた作品が主流になっています。
昔話研究の第一人者である小澤俊夫氏は、こうした改変によって物語本来のメッセージが失われることに懸念を示しています。
小澤氏によれば、かちかち山は本来、自然と人間の厳しい関係を語る歴史的に重要な物語であるとのことです。
おじいさんが種をまいた山の畑は、もともとタヌキが住んでいた山であり、タヌキはそれを取り返しに来ているだけだという視点は、現代の改変版では見えにくくなっています。
太宰治が描いた「カチカチ山」
文豪・太宰治は、短編集『お伽草紙(おとぎぞうし)』(1945年刊)の中で「カチカチ山」を独自の解釈で描き直しています。
太宰版ではウサギを16歳の美少女に、タヌキを37歳の醜い中年男に置き換えました。
タヌキは美少女ウサギに惚れ込み、どんなにひどい仕打ちを受けても懲りずについて回ります。
太宰は「惚れたが悪いか」というセリフを書き、色恋沙汰に目が眩んだ男の悲劇として物語を再解釈したのです。
この作品の中で太宰は、かちかち山の舞台を山梨県の天上山と河口湖だと設定しました。
「富士五湖の一つの河口湖畔、いまの船津の裏山あたりで行はれた事件である」と記しています。
太宰は1938年、29歳のときに師・井伏鱒二に誘われて富士河口湖町御坂峠の天下茶屋に滞在しており、この体験が執筆の背景になったとされています。
天上山の中腹にある央平(なかばだいら)には、「惚れたが 悪いか」と刻まれた太宰治の文学碑が建てられています。
かちかち山ゆかりの地:天上山と富士山パノラマロープウェイ
太宰治の作品をきっかけに、山梨県富士河口湖町の天上山は「かちかち山」の愛称で親しまれるようになりました。
1959年に開業した河口湖天上山ロープウェイは、2001年に「カチカチ山ロープウェイ」としてリニューアルされ、現在は「富士山パノラマロープウェイ」の名称で運営されています。
標高856メートルの河口湖畔駅から1,075メートルの富士見台駅まで、約3分間の空中散歩を楽しめます。
ゴンドラや展望台のあちこちにタヌキとウサギのマスコット像が設置されており、物語の雰囲気を味わいながら、富士山と河口湖の大パノラマを一望できる人気の観光スポットです。
山頂には「うさぎ神社」もあり、狛犬ならぬ「狛うさぎ」が参拝者を迎えてくれます。
かちかち山が私たちに語りかけるもの
かちかち山は単なる勧善懲悪の物語ではなく、さまざまな読み方ができる奥深い昔話です。
2009年には裁判員制度導入を前に、香川県と長崎県の小学校で、かちかち山を題材とした模擬裁判が行われました。
被告人はタヌキを死に至らしめたウサギで、罪名は殺人罪。
児童たちの議論の結果、「懲役9年」や「懲役15年」の判決が言い渡されています。
「正義のためなら何をしてもよいのか」という問いが、子どもたちの間でも真剣に議論されたのです。
また1777年には、朋誠堂喜三二が黄表紙『親敵討腹鞁(おやのかたきうてやはらつづみ)』でかちかち山の「後日譚」を描いています。
子ダヌキが親の仇としてウサギを狙うという展開で、復讐の連鎖をテーマにした作品です。
何世紀もの間、時代ごとに語り直され、解釈され続けてきたかちかち山。
その生命力の強さこそが、この物語の最大の魅力なのかもしれません。
まとめ
かちかち山についてのポイントをまとめます。
- 老婆を殺したタヌキをウサギが成敗する日本の民話で、江戸時代の五大昔話の一つ
- 室町時代末期に成立し、最古の記録は1673〜1680年頃の赤小本『兎の手柄』
- 題名はウサギが火打石を打つ「かちかち」の音に由来する
- 「狸の婆汁」と「兎と熊」の二つの話型が合体した構造を持つ
- 東北地方ではクマが登場するなど、地域ごとにバリエーションが存在する
- 江戸時代から現代に至るまで残酷さを理由に改変が行われてきた
- 太宰治が『お伽草紙』で独自解釈の作品を書き、舞台を天上山・河口湖と設定
- 山梨県の天上山は「かちかち山」の愛称で知られる観光名所になっている
参考情報
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この記事で参照した情報源
信頼できる二次資料(専門家による研究・編纂)
- 楠山正雄『かちかち山』(『日本の神話と十大昔話』講談社学術文庫、1983年収録) – 青空文庫で閲覧可能
- 野村敬子「かちかち山」(『世界大百科事典』平凡社) – コトバンクで閲覧可能 – 昔話研究者による学術的な解説
- 小澤俊夫 再話、赤羽末吉 絵『かちかちやま』福音館書店、1988年 – 昔話絵本の定番
参考になる外部サイト
- Wikipedia「かちかち山」 – 物語内容、歴史、改変の経緯について詳細な記述
- 富士山パノラマロープウェイ公式サイト – 天上山とかちかち山の関連、太宰治との縁について


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