夜空に響く不気味な鳴き声「いつまで…いつまで…」。
もしこの声を聞いたら、それは放置された死者たちの怨念が鳥の姿となって現れた証拠かもしれません。
建武元年(1334年)、疫病で多くの人々が命を落とした都に、人間の顔を持つ巨大な怪鳥が現れ、人々を恐怖に陥れました。
この記事では、死者の供養を訴える妖怪「以津真天(いつまでん)」について、その奇怪な姿や特徴、歴史的な伝承を詳しくご紹介します。
概要

以津真天(いつまでん)は、日本の古典『太平記』に記録された怪鳥を元にした妖怪です。
江戸時代の画家・鳥山石燕が、『今昔画図続百鬼』という妖怪画集に描く際、この怪鳥の鳴き声「いつまで、いつまで」から「以津真天」という名前をつけたんですね。
もともと『太平記』には「怪鳥」としか書かれておらず、明確な名前はありませんでした。
以津真天の基本情報
- 初出文献:『太平記』巻12「広有射怪鳥事」
- 出現時期:建武元年(1334年)秋
- 命名者:鳥山石燕(江戸時代の画家)
- 別名:いつまで
- 分類:怪鳥、妖怪
この妖怪の背景には、疫病で亡くなった人々の死体が適切に弔われず放置されていたという、悲しい歴史があります。
「いつまで死体を放っておくのか」という死者たちの訴えが、怪鳥の鳴き声として表現されているんです。
姿・見た目
以津真天の姿は、とにかく恐ろしくて奇妙な外見をしています。
以津真天の身体的特徴
- 顔:人間のような顔つき
- くちばし:曲がっていて、鋸のような鋭い歯が並ぶ
- 体:蛇のように長い
- 足の爪:剣のように鋭く長い
- 翼:広げると一丈六尺(約4.8メートル)もある
鳥なのに人間の顔をしているという点が、特に不気味ですよね。
体は蛇のようにうねっていて、足の爪は武器のように鋭い。翼の長さは約4.8メートルもあり、現代の車一台分以上の大きさなんです。
見た目だけでも十分恐ろしい怪物ですが、その正体は報われない死者たちの怨念が形になったものだと考えられています。
特徴
以津真天の最大の特徴は、その独特な鳴き声にあります。
鳴き声と行動パターン
- 夜になると紫宸殿(天皇の御殿)の上空に現れる
- 「いつまで、いつまで」と人間のように叫ぶ
- 鳴き声には「死体をいつまで放置するのか」という非難が込められている
この鳴き声は、単なる動物の鳴き声ではありません。
疫病で亡くなった人々の死体が適切に埋葬されず、道端に放置されている状況への抗議の声なんです。
性格と危険度
実は、以津真天は見た目は恐ろしいものの、特に人間に危害を加える妖怪ではありません。
その目的は明確で、「早く死者を供養してほしい」と訴えることだけなんですね。
ただし、その不気味な姿と鳴き声が人々に恐怖を与えたため、結局は退治されてしまうことになりました。
伝承

以津真天にまつわる最も有名な伝承が、『太平記』に記された退治の物語です。
都に現れた怪鳥
建武元年(1334年)の秋、都では疫病が大流行していました。
多くの人々が命を落とし、死者の数があまりに多かったため、遺体の処理が追いつかない状態だったんです。
そんな中、毎晩のように不気味な現象が起こりました。
怪鳥出現の経緯
- 夜になると紫宸殿の上空に怪鳥が現れる
- 「いつまで、いつまで」と人間のような声で鳴く
- その声を聞いた人々は恐怖に震える
- 公卿たち(朝廷の高官)が対策を協議
この怪鳥の正体は、疫病で亡くなった人々の怨念が凝り固まったものだと考えられました。
放置された死体への非難、そして供養を求める叫びが、怪鳥の姿となって現れたのです。
源頼政の故事にならった退治
公卿たちは、この怪鳥を退治する方法を考えました。
その際に参考にしたのが、平安時代の武将・源頼政による鵺(ぬえ)退治の故事です。
鵺も以津真天と同じような合成獣で、源頼政が弓矢で見事に退治した伝説があります。
退治の流れ
- 選ばれた弓の名手:隠岐次郎左衛門広有(真弓広有)
- 武器:弓と鏑矢(かぶらや:音の鳴る矢)
- 作戦:夜に待ち伏せして射る
広有は腕利きの武士で、弓の扱いに優れていました。
命令を受けた彼は、夜に紫宸殿の近くで待ち構え、怪鳥が現れるのを待ったのです。
怪鳥の最期
そして運命の夜、怪鳥が再び現れました。
広有は素早く弓を引き絞り、矢を放ちます。
矢は見事に怪鳥に命中し、巨大な怪鳥は空から地面へと落ちていきました。
射落とされた怪鳥の詳細
近づいて確認すると、そこには想像を絶する姿の生き物がいました。
- 人間のような顔
- 曲がったくちばしと鋸のような歯
- 蛇のような長い体
- 剣のように鋭い爪を持つ両足
- 約4.8メートルもある巨大な翼
この姿を見た人々は、改めてその異様さに驚いたことでしょう。
伝承が伝えるメッセージ
以津真天の伝承には、重要な教訓が込められています。
それは、「死者は必ず丁寧に弔うべきである」というメッセージです。
戦乱や疫病で亡くなった人々をそのまま放置すれば、その怨念は恐ろしい形となって現れる。
だからこそ、どんな状況でも死者への敬意を忘れてはいけない、という戒めなんですね。
似たような妖怪に「おんもらき」という、やはり放置された死体に関わる妖怪がいます。
これらの妖怪は、人間に対する警告役、メッセンジャーのような存在だと言えるでしょう。
まとめ

以津真天は、見た目の恐ろしさとは裏腹に、死者の供養を訴えるメッセンジャーのような妖怪です。
重要なポイント
- 『太平記』に記された建武元年(1334年)の怪鳥が元になっている
- 江戸時代の鳥山石燕が鳴き声から「以津真天」と命名
- 人面、蛇身、鋭い爪、約4.8mの巨大な翼を持つ
- 「いつまで、いつまで」という鳴き声が特徴
- 疫病で亡くなった人々の怨念が形になったもの
- 死者の供養を訴えるだけで、直接的な害はない
- 隠岐次郎左衛門広有によって射落とされた
- 死者を丁寧に弔うことの大切さを伝える存在
疫病や戦乱という悲劇的な時代背景から生まれた以津真天は、単なる恐ろしい妖怪ではなく、人間の心の在り方を問いかける存在なんです。
もし夜空から「いつまで…」という声が聞こえたら、それは私たちに大切なことを思い出させてくれる声かもしれませんね。


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