夫が殺されてバラバラにされたら、あなたはどうしますか?
古代エジプトの女神イシスは、愛する夫オシリスの遺体を探し回り、強力な魔術の力で蘇らせることに成功しました。
彼女は単なる優しい妻や母ではなく、主神ラーさえも出し抜く知恵と、死者を復活させる究極の魔術を持つ、古代エジプトで最も崇拝された女神だったんです。
この記事では、魔術と愛の力で伝説となった女神イシスの姿、特徴、そして感動的な神話について詳しくご紹介します。
概要

イシスは、古代エジプトで最も広く信仰された女神の一人です。
彼女の名前は古代エジプト語で「アセト」と呼ばれ、「玉座」や「王座」を意味していました。その名の通り、彼女は王権を守護する女神として、ファラオ(エジプトの王)たちから特別な崇敬を受けていたんです。
イシスの主な神格
- 豊穣の女神:作物の実りをもたらす
- 魔術の女神:あらゆる神々の中で最も強力な魔法を使う
- 母なる女神:息子ホルスを守り育てる理想的な母
- 冥界の女神:死者を守り、来世への復活を助ける
- 王権の守護神:ファラオの正統性を保証する
イシスの信仰は古代エジプトだけにとどまりませんでした。ヘリオポリス創世神話における重要な神として、紀元前2500年頃から崇拝され、その後ギリシャ、ローマ帝国全域へと広がり、遠くはブリテン島(現在のイギリス)にまで達したんです。
系譜
イシスの家族関係は、古代エジプト神話の中でも特に重要な位置を占めています。
イシスの家族構成
- 父:ゲブ(大地の神)
- 母:ヌト(天空の女神)
- 兄弟姉妹:
- オシリス(兄であり夫・冥界の神)
- セト(弟・戦いと混沌の神)
- ネフティス(妹・葬祭の女神)
- 息子:ホルス(天空の神・ファラオの守護神)
- 養子:アヌビス(ミイラ作りの神)
ヌトとゲブの間には4柱の神が生まれました。イシスはその次女で、長兄のオシリスと結婚したんですね。古代エジプトでは神々の兄弟姉妹間の結婚は珍しいことではなく、むしろ血統の純粋さを保つために重要視されていました。
興味深いのは、イシスが養子として育てたアヌビスの存在です。アヌビスは実はオシリスと妹ネフティスの間に生まれた子供でしたが、イシスは夫の不義の子を責めることなく、愛情を持って育てました。この寛容さも、イシスが理想的な女神とされた理由の一つなんです。
また、後の神話ではイシスは豊穣の神ミンとも配偶神とされることがあります。さらに、ホルスとの間に「ホルスの4人の息子」を成したという伝承もあり、この場合イシスは息子の妻という役割も担っています。
姿・見た目
イシスの姿は、時代とともに変化していきました。
初期の姿(古王国時代)
最も古い時代のイシスは、頭上に玉座の形をした飾りを載せた女性として描かれました。これは彼女の名前「玉座」を視覚的に表現したものなんですね。
- 人間の女性の姿
- 頭頂部に玉座の形をした王冠
- シンプルな白い亜麻布の衣装
- 手にはアンク(生命の象徴)やパピルスの杖
中期以降の姿(新王国時代〜)
時代が下ると、イシスは愛と美の女神ハトホルと習合(同一視)されるようになり、その姿も変化していきます。
- 牛の角と太陽円盤を頭に載せた姿(ハトホルの特徴)
- 玉座と牛の角を組み合わせた冠
- 背中にトビの翼を持つ姿
- より華やかで装飾的な衣装
特別な姿
状況によって、イシスは様々な姿に変身することができました。
- 鳥の姿:夫オシリスを探すときは、鳶(トビ)や鷹の姿になった
- 牛の姿:母性を強調するときは牛に変身
- 蛇の姿:魔術を使うときには蛇の姿も取った
- 授乳する母:息子ホルスに乳を与える姿(後のキリスト教の聖母マリア像に影響を与えた)
イシスの持ち物として特に重要なのがシステルムという楽器です。これは金属製のガラガラのような楽器で、イシスやハトホルの象徴とされ、邪悪なものを追い払う力があると信じられていました。
また、ティエトという護符もイシスの象徴です。これはアンク(☥)に似た形をした赤い石の装飾品で、「イシスの血」と呼ばれ、死者を守る力があるとされました。
特徴

イシスの最大の特徴は、圧倒的な魔術の力と献身的な愛です。
魔術の女王
イシスは「百万の神々よりも賢い」と称されるほど、強力な魔術師でした。
彼女の魔術の力は、どれほど強力だったのでしょうか?なんと、当時の主神である太陽神ラーをも出し抜くほどだったんです。
イシスの魔術能力
- 死者を蘇らせる力(夫オシリスを復活させた)
- 変身の術(鳥、蛇、人間など様々な姿に変わる)
- 治癒の魔法(病気や怪我を治す)
- 毒蛇を創造する力(土と唾液から生み出した)
- 真の名前を知る力(神を支配できる秘密の知識)
古代エジプトでは、すべての存在には「秘密の真の名前」があり、それを知る者はその存在を支配できると信じられていました。イシスは狡猾な策略で、主神ラーの真の名前を聞き出すことに成功したんです。その力を息子ホルスに与えることで、ホルスは王としての絶対的な権威を得ました。
献身的な妻と母
イシスのもう一つの大きな特徴は、家族への深い愛と献身です。
夫オシリスが弟セトに殺されたとき、イシスは悲しみに暮れながらも諦めませんでした。エジプト中を旅して夫の遺体を探し、見つけた後も妹ネフティスと協力して遺体を守り、蘇生のための儀式を行ったんです。
息子ホルスに対しても、イシスは究極の保護者でした。
- ナイル川のパピルスの茂みに隠れて出産
- セトの追手から息子を守るため、魔法の結界を張る
- サソリや蛇から息子を守る
- ホルスが王位を継承できるよう、あらゆる手段を使って支援
この母性と献身の姿が、後世の人々に深い感銘を与え、イシスは理想的な母の象徴となりました。
運命を支配する女神
後の時代になると、イシスは単なる魔術師や母神を超えて、運命そのものを支配する存在とされるようになりました。
彼女は運命の女神シャイやレネヌテトを配下に置き、人間の寿命や人生の質まで決定する力を持つとされたんです。「生命の女主人」「運命と定めの支配者」といった称号を与えられ、古代エジプトの神々の中でも最高位の女神として崇められました。
神話・伝承

イシスが登場する神話の中で最も有名なのが、「オシリスとイシスの伝説」です。この物語は、愛、裏切り、復活というドラマチックな要素が詰まった、古代エジプト最大の神話なんです。
オシリスの暗殺
物語は、イシスの夫オシリスが地上の王として平和に統治していたところから始まります。
オシリスは民衆に農業を教え、法律を作り、文明をもたらした賢明な王でした。しかし、その成功を妬んだ弟セトが、恐ろしい計画を立てます。
セトはオシリスの身体のサイズにぴったり合う美しい柩(ひつぎ)を作りました。そして宴会を開き、「この柩にぴったり入った者に、柩をプレゼントする」と提案したんです。オシリスが柩に入ると、セトと協力者たちは素早く蓋を閉め、釘を打ち付けて密封し、ナイル川に投げ込んでしまいました。
さらに残酷なことに、一部の伝承では、セトはオシリスの遺体を14個に切り刻んでエジプト中にばらまいたとされています。
イシスの探索と蘇生
夫の死を知ったイシスは、深い悲しみに暮れました。しかし彼女は諦めずに、オシリスの遺体を探す長い旅に出たんです。
妹のネフティスと共に、イシスはエジプト全土を探し回りました。そしてついに、フェニキアのビブロス(現在のレバノン)で、タマリスクの木の中に閉じ込められた柩を発見したのです。
遺体の一部が見つからなかった
イシスはオシリスの遺体のほとんどの部分を集めることができましたが、男根だけは見つかりませんでした。魚に食べられてしまったと言われています。
それでも、イシスは知恵の神トトとミイラ作りの神アヌビスの助けを借りて、世界初のミイラを作り上げました。そして強力な魔法の呪文を唱え、オシリスに一時的に命を吹き込むことに成功したんです。
その短い時間の間に、イシスはオシリスと交わり、息子ホルスを身ごもりました。こうして、オシリスの血統は途絶えることなく続いたのです。
ホルスの誕生と保護
オシリスは蘇生後、冥界の王となり、現世を去りました。残されたイシスは、セトの追手から逃れながら、ナイル川デルタのパピルスの茂みに隠れて息子ホルスを出産します。
幼いホルスを守るため、イシスは様々な魔法を駆使しました。
ホルスを守ったエピソード
ある時、7匹の小さなサソリの神々がイシスを守護していました。イシスが助けを求めた裕福な女性が彼女を追い返すと、サソリたちは怒ってその女性の息子を刺してしまいます。しかしイシスは無実の子供を責めず、魔法で癒してあげたんです。この話は、イシスの慈悲深さを示すエピソードとして知られています。
ラーの真の名前を奪う
イシスの狡猾さと魔術の力を示す有名な物語があります。
息子ホルスに絶対的な権力を与えるため、イシスは主神ラーから力を奪う計画を立てました。
彼女は、年老いたラーが垂らした唾液を含んだ土を集め、そこから毒蛇を創造しました。そして、ラーが通る道にその蛇を潜ませたんです。
蛇に咬まれたラーは、激しい痛みに苦しみました。どの神も治すことができません。そこにイシスが現れて、「治療するには、あなたの真の名前が必要です」と告げたのです。
最初ラーは拒みましたが、痛みに耐えきれなくなり、ついに秘密の名前を明かしました。イシスはその知識を息子ホルスに伝え、ホルスはラーの力を受け継いで、太陽と月を象徴する目を持つ神となりました。
ホルスとセトの戦い
成長したホルスは、父の王位を取り戻すためにセトと戦います。この戦いは長く続き、様々な駆け引きが繰り広げられました。
イシスは息子を支援するために、あらゆる手段を使いました。ある時は変身の術で若い女性になりすまし、セトに「相続権の不正」について語らせて、彼自身の口から自分が間違っていることを認めさせたりもしたんです。
最終的に、イシスの助けもあってホルスは勝利し、正当な地上の王となりました。オシリスは冥界の王として、イシスは地上と冥界を結ぶ女神として、それぞれの役割を果たすことになったのです。
冥界の守護者として
夫を蘇生させ、息子を守り育てたイシスは、死者の守護者としても崇拝されるようになりました。
彼女は死者の魂を冥界へ導き、オシリスが行う「心臓の計量」の儀式(死者の心臓を真実の羽根と量り、正しい者だけが永遠の命を得られる審判)に立ち会いました。
イシスの加護を受けた死者は、オシリスと同じように復活し、永遠の命を得ることができると信じられたんです。このため、多くのエジプト人が死後にイシスの保護を祈り、彼女の名前を呪文に唱えました。
出典・起源
イシスの起源は非常に古く、正確な始まりは分かっていません。
初期の記録
イシスの名前が最初に文字として記録されたのは、古王国時代(紀元前2686-2181年頃)の第5王朝の碑文です。特に古王国時代末期の「ピラミッド・テキスト」(王のピラミッドの壁に刻まれた呪文集)には、イシスが頻繁に登場しています。
初期のイシスは、ナイル川下流のデルタ地帯、特にブシリスという都市で崇拝されていたと考えられています。この地域はオシリス信仰の中心地でもあり、イシスは非常に早い段階でオシリスの神話に組み込まれたんですね。
ヘリオポリス九柱神
中王国時代(紀元前2055-1650年頃)までには、イシスは「ヘリオポリス九柱神」という重要な神々のグループに含まれるようになりました。
この九柱神は、世界の創造から王権の確立までを説明する創世神話の中心的な神々で、イシスはその最後の世代として重要な役割を担っていたんです。
信仰の広がり
新王国時代(紀元前1550-1070年頃)になると、イシスの人気は爆発的に高まりました。
この時期、彼女は愛と美の女神ハトホルと習合し、より広範な役割を持つようになります。メンフィス、ヘリオポリス、エドフ、アビドスなど、エジプト全土の主要都市に彼女の神殿が建てられました。
特に有名なのが、エジプト南部のヌビア地方にあるフィラエ島のイシス神殿です。この神殿は、ギリシャ・ローマ時代に建設され、イシス信仰の最後の砦となりました。
国外への拡大
プトレマイオス朝時代(紀元前305-30年頃)になると、イシス信仰はエジプトの国境を越えて広がり始めました。
ギリシャ人たちは、イシスを自分たちの女神デーメーテール(豊穣の女神)やアフロディーテ(愛と美の女神)と同一視しました。こうして、イシスはギリシャ文化と融合した「ヘレニズム化したイシス」として、地中海世界全体に広まっていったんです。
ローマ時代(紀元前30-後395年頃)には、イシス信仰はローマ帝国全域に広がりました。ローマ、アレクサンドリア、ポンペイなど、帝国の主要都市に次々とイシス神殿が建設されました。
- イタリアのポンペイには保存状態の良いイシス神殿の遺跡が残っています
- ローマの政治家や知識人の間でも人気がありました
- 遠くはイギリス(ブリテン島)にまでイシス信仰が到達しました
信仰の終焉
キリスト教が台頭すると、古代エジプトの神々への信仰は次第に衰退していきました。
しかし、イシス信仰は驚くほど長く続いたんです。フィラエ島のイシス神殿は、537年にユスティニアヌス帝によって閉鎖されるまで、約1000年間も機能し続けました。これは、古代エジプトの神殿の中で最後まで活動していた神殿の一つなんです。
後世への影響
イシス信仰が消えた後も、彼女の影響は様々な形で残りました。
キリスト教への影響
- 聖母マリアへの崇拝は、イシス信仰の影響を受けているという説があります
- 「幼子イエスを抱くマリア」の図像は、「ホルスに授乳するイシス」の像が原型だと考えられています
- エジプトのコプト派キリスト教では、イシス神殿が聖母マリアを祀る教会に転用されました
現代オカルトへの影響
- 19世紀の神智学協会の創始者ヘレナ・ブラヴァツキーは『ヴェールを脱いだイシス』という著作でイシスを「母なる自然」として再解釈しました
- 黄金の夜明け団などの秘教組織がイシスを重要な象徴として採用しました
- 現代のニューエイジ運動や女神信仰でも、イシスは「神聖な女性性」の象徴とされています
こうして、3000年以上前に生まれたイシスの神格は、形を変えながら現代まで影響を与え続けているんですね。
まとめ
イシスは、古代エジプト神話における最も偉大で多面的な女神です。
イシスの重要なポイント
- 献身的な妻:殺された夫オシリスを探し回り、魔術の力で蘇生させた
- 守護する母:息子ホルスをあらゆる危険から守り、王位継承を支援した
- 最強の魔術師:主神ラーの真の名前を奪うほど強力な魔法を持つ
- 死者の守護者:死者を冥界へ導き、復活と永遠の命を約束する
- 運命の支配者:人間の寿命や運命そのものを決定する力を持つ
- 普遍的な女神:豊穣、愛、知恵、保護など、あらゆる女性的な力を体現
イシスの物語は、単なる古代の伝説ではありません。愛する者のために諦めない強さ、知恵を使って困難を乗り越える賢さ、そして慈悲深さを併せ持つ理想的な存在として、数千年にわたって人々の心を捉えてきました。
彼女の信仰は古代エジプトからローマ帝国全域へと広がり、現代の宗教や文化にまで影響を与え続けています。イシスは、時代を超えて愛され続ける、真に「永遠の女神」なのです。


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