大雪の翌朝、山道を歩いていると、雪の上に不思議な足跡を見つけたことはありませんか?
普通なら左右の足跡が交互に続くはずなのに、片方の足跡だけがポツン、ポツンと残っている…。
日本各地に伝わる「一本足」は、そんな謎の足跡を残す妖怪として、古くから山で暮らす人々に恐れられてきました。
この記事では、片足だけで山中を跳び歩く不思議な妖怪「一本足」について、その正体と各地に残る伝承を詳しくご紹介します。
概要

一本足(いっぽんあし)は、日本各地の山間部に伝わる妖怪の総称です。
その名の通り、足が一本しかないという特徴を持ち、主に雪の降った翌日に、片足だけの足跡を残すことで知られています。
一本足の基本的な特徴
- 出没場所:山中や山小屋の周辺
- 出没時期:主に降雪時やその翌日
- 痕跡:片足だけの巨大な足跡
- 音:ドスンドスンという重い足音
- 性質:地域によって様々(怨霊、山の神など)
興味深いのは、日本各地で似たような伝承がありながら、その正体や性質が地域ごとに大きく異なることなんです。
山の神との関係
一本足の妖怪が多くの地域で語られる理由の一つに、山の神が一本足であるという古い信仰があります。
山を守護する神様が片足だという伝承は日本各地に残っており、一本足の妖怪はこうした信仰と深く結びついていると考えられているんですね。
伝承
伯母ヶ峰の猪笛王(いざおう)
一本足の伝承で最も有名なのが、奈良県吉野郡上北山村の伯母ヶ峰に伝わる猪笛王の物語です。
狩師との戦い
昔、射馬兵庫(いるまひょうご)という腕利きの狩師がいました。
ある日、彼は伯母ヶ峰で背中に熊笹の生えた大きな猪を見つけ、鉄砲で撃ったのですが、仕留めることはできませんでした。
温泉での告白
数日後、紀州の湯の峰温泉に、足に傷を負った野武士が湯治にやってきました。
野武士は宿の主人に「自分の部屋には絶対に入るな」と言い残していましたが、主人は約束を破って部屋を覗いてしまいます。
そこで主人が見たものは、野武士の正体でした。
驚く主人に、その怪物は真実を語りました:
「私は伯母ヶ峰に棲む猪笛王だ。射馬兵庫という狩師に撃たれ、今は亡霊となってしまった。恨みを晴らしたい。奴の鉄砲と犬をどうにかしてくれ」
一本足の鬼へ
しかし、射馬兵庫は聞き入れませんでした。
やがて猪笛王の亡霊は、一本足の鬼となって伯母ヶ峰に現れ、旅人を次々と襲うようになります。
東熊野街道は恐ろしい魔の道と化してしまったのです。
封印と「果ての二十日」
その後、丹誠上人(たんじょうしょうにん)という高僧が、地蔵尊の力を借りてこの鬼神を封印しました。
おかげで旅人は安心して道を通れるようになったのですが、封印には一つだけ条件がありました。
それは、毎年12月20日だけは猪笛王が自由にふるまえるというものです。
この日は「果ての二十日」と呼ばれ、今でも地元では山に入ることが戒められているそうです。
各地の一本足伝承
静岡県の伝承
静岡県田方郡土肥の黒手山では、降雪の翌日に片足の足跡を見ることがあり、これを「一本足」という妖怪の仕業だと言っています。
また、磐田郡(現在の浜松市天竜区)では、誤って片足を切断して死んだ木こりの怨念が一本足の妖怪になったと伝えられています。
愛知県の伝承
愛知県北設楽郡振草村粟代(現在の設楽町)には、こんな話が残っています。
大雪の晩、山小屋の周りでドスンドスンという重い音がして、翌朝には約60センチメートルもある巨大な片足の足跡が残っていたというんです。
徳島県の伝承
徳島県海部郡では「二本足」という妖怪が語られています。
これは、秋の夜に引き潮と誤って片足を斧で切ってしまい、そのまま亡くなった木こりの怨念だとされ、海岸に足跡を残すそうです。
吉野地方の風習
奈良県吉野郡中龍門村(現在の吉野町)では、節分の日に柊鰯(ひいらぎいわし)を玄関に掲げる風習があります。
これは、トゲのある小枝に焼いたイワシの頭を刺したもので、一本足を防ぐためのものだと言われているんですね。
一本だたらとの関連
伯母ヶ峰山では、一本足は「一本だたら」とも呼ばれています。
この一本だたらは、電柱に目鼻をつけたような姿で、雪の日に宙返りしながら一本足の足跡を残すそうです。
恐ろしい姿ではありますが、人間には危害を加えないと言われています。
「だたら」という名前は、鍛冶師を意味する「タタラ師」に由来するという説があります。
鍛冶師は片足で鞴(ふいご)を踏むため片脚が弱くなり、炉を見つめるため片目の視力が落ちることから、一本足の妖怪と結びついたと考えられているんです。
まとめ
一本足は、日本各地の山間部に古くから伝わる片足の妖怪です。
重要なポイント
- 片足だけの足跡を雪の上に残す不思議な妖怪
- 奈良県の伯母ヶ峰に伝わる猪笛王の伝説が有名
- 射馬兵庫に撃たれた猪の亡霊が一本足の鬼になった
- 毎年12月20日は「果ての二十日」として恐れられる
- 各地で木こりの怨念や山の神と結びつけられている
- 山の神が一本足という古い信仰と関連が深い
- 鍛冶師(タタラ師)の伝承とも関係がある
雪の翌日、もし山道で不思議な片足の足跡を見つけたら、それは一本足が夜中に跳び歩いた痕かもしれません。
特に12月20日には、山に近づかないほうが安全かもしれませんね。


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