本を読んだり、新聞をめくったり、ポスターを眺めたり。
私たちは毎日、何気なく「印刷物」に囲まれて暮らしています。
でも、この「印刷」という技術がいつ、どこで生まれたか知っていますか?
実は印刷の歴史は驚くほど古く、その始まりは1200年以上も前にさかのぼります。
そして「世界を変えた発明」と呼ばれるほど、人類の歴史に大きな影響を与えてきました。
この記事では、印刷技術の誕生から現代の3Dプリンターまで、その壮大な進化の歴史をわかりやすく解説します。
印刷の前に「紙」が必要だった

印刷の歴史を語る前に、まず「紙」の話をしなければなりません。
当たり前ですが、紙がなければ印刷はできませんからね。
紙は紀元前2世紀頃、中国で発明されました。
麻や樹皮などの植物繊維を加工して作られたもので、それまで使われていた竹簡(竹を削って文字を書いた板)や絹に比べて、圧倒的に軽くて安価でした。
この紙の製法は8世紀頃にイスラム世界へ、そして12世紀頃にはヨーロッパへと伝わっていきます。
紙がなければ、この後に登場する印刷革命も起こり得なかったでしょう。
印刷のはじまり|中国で生まれた木版印刷
世界初の印刷技術
印刷技術は7世紀頃の中国(唐の時代)で誕生しました。
最初に行われたのは「木版印刷」です。
木の板に文字や絵を鏡文字で彫り、墨を塗って紙を押し当てるという方法ですね。
なぜ仏教の国で印刷が発展したのでしょうか?
それは「お経を大量にコピーしたい」という需要があったから。
写経(手書きでお経を写すこと)は功徳を積む行為とされていましたが、さすがに何千部も手で書くのは大変です。
そこで考え出されたのが、一度版を作れば何度でも刷れる木版印刷でした。
現存する世界最古の印刷物
現存する完全な形の印刷物として最も古いのは、868年に中国で印刷された「金剛経」(こんごうきょう)です。
敦煌の石窟に封印されていたため、1000年以上の時を経て奇跡的に発見されました。
ただし「製作年代が明確に記録されている」という条件では、実は日本の印刷物が世界最古なんです。
日本最古の印刷物「百万塔陀羅尼」
770年、奈良時代の日本で驚くべき国家プロジェクトが完成しました。
それが「百万塔陀羅尼」(ひゃくまんとうだらに)です。
100万部を刷った奈良時代の大事業
764年、藤原仲麻呂の乱(恵美押勝の乱)という大きな内乱が起きました。
この戦いで多くの人が亡くなったことを悼んだ称徳天皇が、供養と国家安泰を祈願して発願したのがこの事業です。
内容はこうでした。
- 高さ約20cmの小さな木製の三重塔を「100万基」作る
- その塔の中に、印刷したお経(陀羅尼)を1枚ずつ納める
- 完成した塔を奈良の10の大寺に10万基ずつ奉納する
6年もの歳月と157人の技術者を動員した、まさに古代日本の大量生産プロジェクトでした。
現在でも法隆寺に約4万5000基の塔と、約2000巻の陀羅尼が残されています。
「続日本紀」という歴史書に完成の記録が残っているため、製作年代が確実に特定できる世界最古の印刷物とされているんですね。
活字印刷の登場|中国と朝鮮が先駆けだった
中国で発明された活字印刷
木版印刷には一つ弱点がありました。
版木を1枚作るのに膨大な手間がかかること。
そして一度彫ってしまうと、その版は他の本には使えないこと。
この問題を解決するために考え出されたのが「活字印刷」です。
11世紀の中国・北宋時代、畢昇(ひっしょう)という職人が陶器製の活字を発明しました。
一文字ずつバラバラの活字を作り、必要な文字を組み合わせて版を作る。
印刷が終わったら活字をバラして、次の本に再利用できるというわけです。
画期的なアイデアでしたが、中国では普及しませんでした。
なぜなら、漢字の数が多すぎたから。
何万種類もの活字を用意して管理するのは、現実的ではなかったんですね。
世界最古の金属活字印刷|朝鮮の「直指」
活字印刷をさらに発展させたのが朝鮮でした。
1377年、高麗時代の朝鮮で「直指心体要節」(じきしんたいようせつ)という仏教書が金属活字で印刷されました。
これは現存する世界最古の金属活字印刷物として、ユネスコの世界記憶遺産に登録されています。
その後、朝鮮王朝(李朝)では1403年に国立の活字製造所が設立され、本格的な金属活字印刷が行われました。
実はグーテンベルクより50年も早かったんです。
ただし、朝鮮でも漢字の多さがネックとなり、活字印刷は王室や一部の特権階級に限られた技術にとどまりました。
グーテンベルクの印刷革命|世界を変えた発明

なぜヨーロッパで「革命」が起きたのか
1440年頃、ドイツの金細工師ヨハネス・グーテンベルクが活版印刷機を完成させました。
「え、中国や朝鮮の方が先じゃないの?」と思いますよね。
その通りです。でも、グーテンベルクの発明が「印刷革命」と呼ばれるのには理由があります。
ヨーロッパで使われるアルファベットは、たった26文字。
漢字の何万字と比べれば、活字の種類は圧倒的に少なくて済みます。
この「少ない文字数」が、活版印刷の威力を最大限に発揮させたんです。
グーテンベルクの技術的イノベーション
グーテンベルクの功績は、単に活字を作っただけではありません。
以下の技術を組み合わせた「システム」を作り上げたことにあります。
- 鉛・錫・アンチモンの合金による耐久性の高い活字
- ワインを絞るプレス機を応用した印刷機
- 活字に適した油性インクの開発
- 効率的な活字鋳造技術
これらすべてが揃ったことで、本の大量生産が可能になりました。
「グーテンベルク聖書」の衝撃
1455年頃、グーテンベルクは「42行聖書」と呼ばれる聖書を印刷しました。
1ページに42行の文字が並ぶこの聖書は、印刷史上の最高傑作とされています。
印刷部数は約180部。
現代の感覚では少なく感じますが、当時としては革命的でした。
それまで聖書1冊を写本で作るには、修道士が何ヶ月もかけて手書きする必要があったからです。
ちなみにグーテンベルク自身は、この事業で借金を返せず、出資者との裁判に負けて印刷所を手放しています。
発明者が報われないのは、今も昔も変わらないのかもしれませんね。
印刷革命がもたらした社会の変化
グーテンベルクの印刷術は、ヨーロッパ社会を根底から変えました。
本の大衆化
15世紀末までに、ヨーロッパでは約270もの都市に印刷所が設立されました。
1500年までに印刷された本の数は、推定で2000万冊以上。
それまで一部の聖職者や貴族しか読めなかった本が、一般市民の手にも届くようになったんです。
宗教改革を後押し
1517年、マルティン・ルターが「95ヶ条の論題」を発表し、宗教改革が始まりました。
ルターの主張が瞬く間にヨーロッパ中に広まったのは、印刷術のおかげです。
ルターのドイツ語訳聖書は大量に印刷され、庶民も母国語で聖書を読めるようになりました。
印刷がなければ、宗教改革はここまで大きな運動にはならなかったでしょう。
ルネサンスの三大発明
グーテンベルクの活版印刷は、羅針盤・火薬と並んで「ルネサンスの三大発明」と呼ばれています。
情報の大量伝達を可能にしたこの発明は、その後の科学革命、啓蒙思想、市民革命の土台を作りました。
産業革命と印刷技術の進化
蒸気動力の印刷機
19世紀に入ると、産業革命の波が印刷業界にも押し寄せます。
1800年、イギリスのスタンホープ卿が全金属製の印刷機を開発。
従来の木製プレスに比べて、印刷効率が2倍に向上しました。
1814年には、ドイツのフリードリヒ・ケーニヒが蒸気動力の輪転印刷機を発明。
手動では1時間に数百枚だった印刷能力が、1時間に1000枚以上へと飛躍的に向上したんです。
新聞の大量発行が可能になり、「マスメディア」の時代が幕を開けました。
石版印刷(リトグラフィ)の発明
1796年、ドイツの俳優アロイス・ゼネフェルダーが石版印刷(リトグラフィ)を発明しました。
これは活版印刷とはまったく異なる原理で、石灰岩の平らな面に油性のクレヨンで絵を描き、水と油が反発する性質を利用して印刷する方法です。
文字だけでなく、絵画のような繊細な絵も印刷できるようになり、ポスターや美術印刷の世界が広がりました。
日本の近代印刷のはじまり
天正遣欧使節と金属活字
実は日本には、グーテンベルクの技術が16世紀末に一度伝わっています。
1590年、天正遣欧使節がヨーロッパから持ち帰った印刷機で、長崎でキリシタン版(キリシタン文学)が印刷されました。
しかし1614年のキリシタン禁制令により、この技術は途絶えてしまいます。
江戸時代の木版印刷文化
江戸時代の日本では、活版印刷ではなく木版印刷が独自に発展しました。
特に有名なのが浮世絵(錦絵)です。
1760年代に鈴木春信が多色刷りの技法を確立し、葛飾北斎や歌川広重といった絵師たちが名作を生み出しました。
浮世絵は後にヨーロッパに渡り、ゴッホやモネなど印象派の画家たちに大きな影響を与えています。
本木昌造と近代活版印刷
日本で近代的な活版印刷が始まったのは明治時代です。
1869年、長崎の本木昌造が上海から活版技師を招き、近代的な活字鋳造と印刷技術を導入しました。
本木の弟子たちは東京や大阪に印刷所を設立し、日本の近代印刷産業の基礎を築きました。
20世紀の印刷革新|オフセット印刷の時代
オフセット印刷の発明
1904年、アメリカのアイラ・ルーベルが偶然の発見をしました。
印刷中に紙を入れ忘れた際、インクがゴムのブランケット(中間シート)に転写され、そこから紙に印刷されたのです。
驚いたことに、この「間接的な」印刷の方が、直接印刷するよりもきれいに仕上がりました。
この原理を応用したのがオフセット印刷です。
版から直接紙に刷るのではなく、一度ゴムのブランケットに「転写(オフセット)」してから紙に印刷する方法ですね。
オフセット印刷は大量印刷に適しており、現在でも書籍・雑誌・新聞の多くがこの方式で印刷されています。
写真植字の登場
1949年頃、写真技術を応用した「写真植字」(フォトタイプセッティング)が登場しました。
活字を物理的に並べる代わりに、文字の形をフィルムに焼き付けて版を作る技術です。
これにより、活字の鋳造という手間のかかる作業から解放されました。
デジタル時代の到来|印刷の民主化
レーザープリンターとインクジェット
1969年、ゲイリー・スタークウェザーがレーザープリンターを発明しました。
コンピューターのデータを直接印刷できる、画期的な技術です。
1982年にキヤノンが最初のデスクトップレーザープリンターを発売。
1980年代後半には、インクジェットプリンターとともに家庭やオフィスに普及しました。
これにより「誰でも印刷できる」時代が到来したんです。
デジタル印刷の躍進
1993年、世界初のデジタルカラー印刷機「Indigo」が登場しました。
同じ年にPDFフォーマットも誕生し、デジタル印刷の基盤が整います。
デジタル印刷の強みは「少部数でも経済的に印刷できる」こと。
版を作る必要がないため、1部からでも印刷可能です。
現在では印刷物の約18%がデジタル印刷で作られているとされています。
3Dプリンター|印刷の概念を超えて

立体物を「印刷」する時代
1983年、アメリカのチャック・ハルが「ステレオリソグラフィ」という技術を発明しました。
これが3Dプリンターの原型です。
3Dプリンターは、デジタルデータをもとに素材を積み重ねて立体物を作り出します。
紙に文字や絵を刷る従来の印刷とは、まったく異なる概念ですね。
当初は試作品製作(ラピッドプロトタイピング)用でしたが、現在では医療、航空宇宙、建築、ファッションなど、あらゆる分野で活用されています。
人工臓器や住宅まで「印刷」できる時代が、すでに始まっているんです。
印刷技術の歴史一覧
| 年代 | 出来事 | 地域 |
|---|---|---|
| 紀元前2世紀頃 | 紙の発明 | 中国 |
| 7世紀頃 | 木版印刷の始まり | 中国(唐) |
| 770年 | 百万塔陀羅尼の完成(製作年代が明確な最古の印刷物) | 日本 |
| 868年 | 金剛経の印刷(現存する完全な最古の印刷物) | 中国 |
| 11世紀 | 畢昇が陶器製活字を発明 | 中国(北宋) |
| 1377年 | 「直指心体要節」印刷(現存最古の金属活字印刷物) | 朝鮮(高麗) |
| 1403年 | 国立活字製造所の設立 | 朝鮮(李朝) |
| 1440年頃 | グーテンベルクが活版印刷機を完成 | ドイツ |
| 1455年頃 | 「グーテンベルク聖書」(42行聖書)の印刷 | ドイツ |
| 1590年 | 天正遣欧使節が印刷機を持ち帰る | 日本 |
| 1760年代 | 鈴木春信が多色刷り浮世絵(錦絵)の技法を確立 | 日本 |
| 1796年 | ゼネフェルダーが石版印刷(リトグラフィ)を発明 | ドイツ |
| 1800年 | スタンホープ卿が全金属製印刷機を開発 | イギリス |
| 1814年 | ケーニヒが蒸気動力の輪転印刷機を発明 | ドイツ |
| 1869年 | 本木昌造が近代活版印刷を導入 | 日本 |
| 1875年 | バークレーがオフセット印刷機を発明(金属用) | イギリス |
| 1904年 | ルーベルがオフセット印刷機を紙用に応用 | アメリカ |
| 1949年頃 | 写真植字(フォトタイプセッティング)の普及 | アメリカ |
| 1969年 | スタークウェザーがレーザープリンターを発明 | アメリカ |
| 1982年 | キヤノンが最初のデスクトップレーザープリンターを発売 | 日本 |
| 1983年 | チャック・ハルが3Dプリンターの原型を発明 | アメリカ |
| 1993年 | デジタルカラー印刷機「Indigo」登場、PDF誕生 | アメリカ・イスラエル |
まとめ
印刷の歴史を振り返ると、いくつかの重要なポイントが見えてきます。
- 印刷技術は7世紀頃の中国で木版印刷として誕生した
- 日本の「百万塔陀羅尼」(770年)は製作年代が確実な世界最古の印刷物
- 活字印刷は中国・朝鮮がヨーロッパより先に発明していた
- グーテンベルクの功績は技術を「システム」として完成させたこと
- 印刷革命は宗教改革やルネサンスを後押しし、世界を変えた
- 産業革命で大量印刷が可能になり、マスメディアの時代が始まった
- デジタル技術により「誰でも印刷できる」時代が到来した
- 3Dプリンターは「印刷」の概念そのものを変えつつある
1200年以上にわたる印刷の歴史は、人類が「情報を伝えたい」「知識を共有したい」と願い続けてきた証でもあります。
スマートフォンで何でも読める現代でも、紙の本や印刷物がなくならないのは、印刷という技術が私たちの文化に深く根付いているからかもしれませんね。


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