もし山道を歩いていて、一本足の跡を見つけたらどうしますか?
奈良県の山奥には、かつて旅人を襲う恐ろしい妖怪が現れたという伝説が残っています。
その名は「猪笹王(いのささおう)」。背中に熊笹を生やした大猪が、無念の死を遂げて鬼と化した存在なんです。
この記事では、奈良県吉野地方に伝わる恐ろしい妖怪「猪笹王」について、その成り立ちや封印の物語を詳しくご紹介します。
猪笹王ってどんな妖怪なの?
猪笹王(いのささおう)は、奈良県吉野郡の伯母ヶ峰(おばがみね)に現れた妖怪です。
元々は背中一面に熊笹を生やした大きな猪でしたが、猟師に撃ち殺されたことで恨みを抱き、一本足の鬼となって人々を襲うようになったと伝えられています。
この妖怪は「一本だたら」とも呼ばれ、紀伊半島の山岳地帯に伝わる一本足の妖怪伝説の代表例なんです。
主な特徴
- 一本足の鬼の姿をしている
- 伯母ヶ峰を通る旅人を襲って食い殺していた
- 東熊野街道を人が通れない恐怖の道に変えた
- 毎年12月20日だけは自由に活動できるという条件で封印されている
- 熊笹王(くまざさおう)とも呼ばれる
猪笹王が現れたせいで、かつて賑わっていた東熊野街道(現在の国道169号線付近)は、誰も通らない危険な道になってしまったそうです。
伝承
猪笹王の物語は、一頭の大猪の悲劇から始まります。
大猪の最期
昔、奈良県の伯母ヶ峰には、背中一面に熊笹を生やした大きな猪が棲んでいました。
ある日、射馬兵庫(いまひょうご)という名の猟師がこの大猪を発見し、鉄砲で撃ち倒してしまったんです。
普通ならここで物語は終わるはずでした。
しかし、この猪は只者ではなかったのです。
湯の峰温泉での出来事
射馬兵庫に撃たれて数日後、不思議な事件が起こりました。
紀州(和歌山県)の湯の峰温泉に、足に傷を負った野武士が湯治(温泉療養)にやってきたんです。
野武士は宿の主人に「絶対に自分の部屋を覗かないでくれ」と頼みました。でも、主人は約束を破って部屋を覗いてしまいます。
そこにいたのは…人間ではなく、傷ついた大猪の姿でした。
正体を見られた猪は主人に告げました:
「私は伯母ヶ峰に棲む猪笹王だ。射馬兵庫という猟師に撃たれて、今は亡霊となってしまった。どうか恨みを晴らしたい。あの男の鉄砲と犬をどうにかしてくれないか」
宿の主人はこの話を地域の役人に伝え、役人たちは射馬兵庫に鉄砲と犬を手放すよう説得しました。
しかし、射馬兵庫は聞き入れませんでした。
一本足の鬼となって
願いを聞き入れてもらえなかった猪笹王の怒りは、ついに爆発します。
亡霊は一本足の鬼に姿を変え、伯母ヶ峰を通る旅人を次々と襲って食い殺すようになったんです。
当時、東熊野街道(とうくまのかいどう)は伊勢参りなどで多くの人が利用する重要な道でした。しかし猪笹王が現れたせいで、この道は誰も通れない魔の道となってしまいました。
人々は恐怖におびえ、別のルートを探すしかなかったのです。
丹誠上人による封印
この恐ろしい状況を救ったのが、丹誠上人(たんじょうしょうにん)という高僧でした。
丹誠上人は1590年から1620年頃に活動していた僧侶で、伯母ヶ峰を訪れた際に猪笹王の話を聞きました。
上人は地蔵菩薩の力を借りた結界を張り、猪笹王を封印することに成功したんです。
しかし、ここで重要な条件がつけられました。
果ての二十日
封印には特別な約束事がありました。
「毎年12月20日だけは、猪笹王を自由にさせる」
この条件のもとで、猪笹王は封印されたのです。
封印後、東熊野街道は再び安全な道となり、伊勢参りの人々で賑わいを取り戻しました。
ただし、12月20日だけは例外です。
この日は「果ての二十日(はてのはつか)」と呼ばれ、地域の人々は決して山に入らないようにしたといいます。
今でも奈良県吉野地方では、この日を厄日として警戒する風習が残っているそうです。
一本だたらとの関係
猪笹王は「一本だたら」という妖怪の一種とも考えられています。
一本だたらは紀伊半島の山岳地帯に伝わる、一つ目で一本足の妖怪です。
猪笹王がいた奈良県吉野郡の隣、紀州(和歌山県)にも同様の妖怪伝説があり、同じ存在なのか別の妖怪なのかは議論が分かれています。
面白いことに、「果ての二十日」という風習自体は近畿地方の広い範囲に残っているんです。
地域によって理由は異なりますが:
- 「山の神が出る日だから山に入ってはいけない」
- 「罪人を処刑する日だから縁起が悪い」
などの言い伝えがあり、この日は家でじっとしているべき日とされていました。
まとめ
猪笹王は、無念の死を遂げた大猪が鬼と化した、奈良県吉野地方の恐ろしい妖怪です。
重要なポイント
- 背中に熊笹を生やした大猪が猟師に撃たれて死んだ
- 恨みを抱いて一本足の鬼となり、旅人を襲うようになった
- 丹誠上人が地蔵菩薩の力で封印に成功
- 毎年12月20日だけは自由になるという条件つきの封印
- この日は「果ての二十日」と呼ばれ、今も厄日とされている
- 紀伊半島に伝わる「一本だたら」伝説の代表例
もし12月20日に奈良県の吉野地方を訪れることがあったら、昔の人々が感じていた恐怖を思い出してみてください。
今は安全に観光できる美しい山々ですが、かつてはこんな恐ろしい伝説が語り継がれていたんですね。


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