インカ神話の神々一覧|創造神ビラコチャから太陽神インティまで徹底解説

神話・歴史・文化

南米アンデス山脈の高地に栄えたインカ帝国には、自然の力を神格化した壮大な神話体系がありました。太陽、月、大地、雷——日々の暮らしと切り離せない自然現象のひとつひとつに神の姿を見出していたのが、インカの人々なんです。

この記事では、創造神ビラコチャや太陽神インティをはじめとするインカ神話の主要な神々を一覧形式で紹介します。それぞれの神の役割や神話上のエピソード、そしてインカの人々がどのように神々を信仰していたのかを見ていきましょう。

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インカの宇宙観──三つの世界「パチャ」

インカの神々を理解するうえで欠かせないのが、インカ独自の宇宙観です。インカの人々は、この世界を大きく三つの「パチャ(Pacha)」に分けて考えていました。

ハナン・パチャ(Hanan Pacha)は「上の世界」、つまり天上界のことです。太陽神インティ、月の女神ママ・キリャ、雷神イリャパといった天の神々が暮らす場所とされていました。正しく生きた人だけが、髪の毛でできた橋を渡って入ることができると信じられていたそうです。

カイ・パチャ(Kay Pacha)は「今ここの世界」、つまり人間が暮らす現世のことです。大地母神パチャママ、穀物の女神ママ・サラ、水の神パリアカカなどが、この世界に関わる神々として信仰されていました。

ウク・パチャ(Uku Pacha)は「内なる世界」、いわゆる地下界・冥界です。死者の魂が赴く場所であると同時に、新たな生命が生まれる場でもあるとされていました。死の神スーパイが統べる領域です。

この三層構造は、単なる上下関係ではなく、互いに補い合う関係にありました。天と地、生と死、光と闇が調和を保つことで世界が成り立つ——インカの宇宙観の根底には、そうした「バランス」の思想が流れていたんです。

主要な神々

ビラコチャ(Viracocha)──万物の創造神

項目内容
ケチュア語名Wiraqocha(ウィラコチャ)
別名アプ・コン・ティキ・ウィラ・コチャ(Apu-Kon-Tiki-Uira-Cocha)、ティクシ・ビラコチャ(T’iqsi Wiraqocha)
司るもの創造、太陽、嵐
所属する世界ハナン・パチャ(天上界)

ビラコチャは、インカ神話における最高神であり、万物の創造者です。インカ帝国以前からアンデスの諸民族に信仰されていた古い神で、世界、人間、太陽、月、星のすべてを創り出したとされています。

年代記作者フアン・デ・ベタンソスが記録した神話によれば、ビラコチャはチチカカ湖(現在のペルーとボリビアの国境付近)から暗闇の時代に出現し、まず太陽と月と星を創りました。次に石に息を吹きかけて最初の人間を創りましたが、この人間は知恵のない巨人だったため、ビラコチャは不満を抱いて大洪水「ウヌ・パチャクティ」で彼らを滅ぼします。その後、より小さな石から改めて人間を創り直し、世界中に散らばらせたとされています。

ビラコチャの姿は、白い衣をまとい、杖と書物を持った中背の人物として描かれることが多いようです。人間を創造した後、乞食に身をやつしてアンデスの大地を放浪し、人々に文明の基礎(農業や工芸など)を教えたとも伝えられています。教え終えると、太平洋の彼方へ水の上を歩いて姿を消し、二度と戻ることはなかったとされています。

16世紀にスペインの征服者がインカ帝国に到来した際、インカの人々は彼らの姿をビラコチャの帰還と誤認したという記録がありますが、「白い肌の神」という描写自体が後世のスペイン人による脚色であるとする見方が、現代の研究者の間では主流となっています。

なお、ビラコチャの名はケチュア語の「Wira(脂肪)」と「Qucha(湖)」に由来するとも、あるいはアイマラ語の「Wila(血)」と「Quta(湖)」からの借用語であるとも考えられています。一般の平民はビラコチャの名前を口にすることが許されていなかったとされ、そのことが複数の創世神話が並存する原因のひとつとする説もあります。

インティ(Inti)──太陽神

項目内容
ケチュア語名Inti
別名アプ・インティ(Apu Inti)、アプ・プンチャウ(Apu Punchaw)
司るもの太陽、光、温もり、農業
所属する世界ハナン・パチャ(天上界)
配偶者ママ・キリャ(月の女神)

インティはインカ帝国で最も広く崇拝された太陽神であり、帝国の守護神といえる存在です。ケチュア語で「太陽」を意味するその名の通り、光と温もり、そして農作物の実りをもたらす神として、人々の暮らしに最も深く関わっていました。

最も広く知られた伝承では、インティはビラコチャの息子とされ、姉妹であるママ・キリャ(月の女神)を妻としています。インカ帝国の皇帝(サパ・インカ)はインティの直系の子孫を自称しており、これが帝国の統治権の正当性を裏付ける宗教的根拠になっていました。

インティの姿は、光線を放つ黄金の円盤に人間の顔を描いたものとして表現されることが一般的です。赤と黄色がインティを象徴する色とされ、金・銀・銅といった金属が供物として捧げられました。「金はインティの涙」と考えられていたという記録もあります。

帝国の首都クスコにあった「コリカンチャ(Qorikancha)」、すなわち「黄金の囲い」と呼ばれる神殿は、インティを主祭神とする最も神聖な場所でした。壁が黄金の板で覆われ、等身大の金銀の動物像や、皇帝が年に一度の儀式で「種まき」をする小さな黄金のトウモロコシ畑が置かれていたと伝えられています。スペイン征服後、これらの宝物は略奪され、現在はサント・ドミンゴ教会の土台としてインカの精巧な石組みだけが残されています。

毎年6月の冬至(南半球なので6月が冬にあたります)には、「インティ・ライミ(Inti Raymi)」と呼ばれる太陽の大祭がクスコで執り行われていました。現在もクスコでは観光イベントとして毎年再現され、数千人の観光客が訪れる行事になっています。

ママ・キリャ(Mama Quilla / Mama Killa)──月の女神

項目内容
ケチュア語名Mama Killa
意味「母なる月」
司るもの月、暦、結婚、女性の守護
所属する世界ハナン・パチャ(天上界)
配偶者インティ(太陽神)

ママ・キリャは月を司る女神で、太陽神インティの姉妹であり妻でもあるとされています。銀の円盤に顔を描いた姿で表現され、コリカンチャ神殿にはインティの黄金と対をなす銀の祭壇が設けられていたと伝えられています。

月の満ち欠けの周期を司る女神として、インカの暦法に深く関わっていました。農作業の時期を知る手がかりとして月の周期は欠かせないものだったため、ママ・キリャの信仰は農業と密接に結びついていたんです。

また、女性の守護神としての性格も強く、結婚、月経、出産を司る神でもありました。インカの社会には、ママ・キリャに仕える巫女たちの集団が存在していたとされています。

月食はインカの人々にとって特別な恐怖の対象でした。天のジャガーが月を飲み込もうとしていると解釈され、人々は大声を上げたり、犬を叩いて吠えさせたりして、ジャガーを追い払おうとする儀式が行われたそうです。

パチャママ(Pachamama)──大地母神

項目内容
ケチュア語名Pachamama
意味「母なる大地」
司るもの大地、豊穣、農業、生命の循環
所属する世界カイ・パチャ(現世)およびウク・パチャ(地下界)

パチャママは、アンデスの信仰において最も根強く崇拝されてきた女神のひとりです。単に「大地の神」というだけでなく、すべての生命を育み支える宇宙の女性原理そのものとして理解されていました。

興味深いことに、パチャママはインカの創世神話の中ではそれほど目立つ役割を与えられていません。しかし民衆の日々の暮らしの中では、どの神よりも身近な存在でした。農民たちはトウモロコシで作ったチチャ酒を大地に撒いて、パチャママへの感謝を捧げていたと伝えられています。

パチャママへの信仰は、スペイン征服を経てカトリックのキリスト教と融合し、聖母マリアと習合する形で現在も続いています。現代のアンデス地方の農村では、8月が「パチャママの月」とされ、大地が口を開いて供物を受け取るとされる時期に、コカの葉やチチャ酒、トウモロコシなどの「デスパチョ(despacho)」と呼ばれる儀式的な供え物が行われています。

パチャママの信仰にはひとつの特徴的な点があります。それは、特定の神殿を必要としなかったということです。大地そのものがパチャママの体であるため、畑に立って大地に語りかけ、供物を捧げるだけで信仰が成り立っていたんです。道端に石を積み上げた「アパチェタ(apacheta)」も、パチャママへの祈りの形のひとつでした。

イリャパ(Illapa)──雷神・天候の神

項目内容
ケチュア語名Ilyap’a
別名アプ・イリャパ(Apu Illapa)、チュキイリャ(Chuquiylla)、カトゥイリャ(Catuilla)、インティリャパ(Intillapa)
司るもの雷、稲妻、雨、天候、戦争
所属する世界ハナン・パチャ(天上界)

イリャパは雷と稲妻、雨をもたらす天候の神であり、同時に戦いの神でもあります。ビラコチャ、インティに次いで、インカの神殿体系の中で三番目に重要な地位にあったとされています。

その姿は、黄金と宝石で輝く衣装をまとった堂々たる戦士として描かれることが多く、手には投石器(ワラカ)と黄金の棍棒(マカナ)を持っています。年代記作者ベルナベ・コボの記録によれば、イリャパは天空の星々が形作る戦士の姿としても表現されていたそうです。

イリャパにまつわる興味深い神話があります。天の川(ケチュア語で「マユ」、川を意味する)は天上の水源であり、イリャパはそこから水を汲んで大きな壺(ウルプ)に入れ、姉妹であるママ・キリャに預けていました。壺がいっぱいになると、イリャパが投石器で壺を割り、その轟音が雷鳴に、衝撃の火花が稲妻に、こぼれた水が雨になるのだというわけです。

旱魃のとき、インカの人々は黒い犬をつないで飢えさせ、犬の鳴き声がイリャパの哀れみを誘って雨をもたらすと信じていたという記録もあります。ただし犬が死んでしまうと、イリャパは怒って強烈な雷を落としたとされているので、あくまで「犬を助けたい」という神の慈悲に訴えかける儀式だったようです。

イリャパの祭祀は高山の頂で行われることが多く、コリカンチャ神殿内にもインティやその他の神々と並んで祀られていました。クスコの現在のサン・ブラス教会は、もともとイリャパの神殿があった場所に建てられたと伝えられています。

パチャカマック(Pachacamac)──海岸地域の創造神

項目内容
ケチュア語名Pachakamaq
意味「世界を活気づける者」
司るもの創造、地震、託宣(オラクル)
所属する世界カイ・パチャ(現世)

パチャカマックは、インカ帝国以前から海岸地域の人々に信仰されていた創造神です。ビラコチャが主に高地の信仰だったのに対し、パチャカマックは海岸部の中心的な神格でした。

パチャカマックの起源は、インカ以前のイチマ文化に遡るとされています。現在のペルーの首都リマ南方に位置するパチャカマック遺跡には、この神を祀る大規模な神殿が残されています。この神殿は神託の場として有名で、エクアドルからも巡礼者が訪れるほどの影響力を持っていたと年代記に記録されています。

パチャカマックは木彫りの偶像として表現されることが多く、動物的な図柄が彫り込まれていたとされています。地震を引き起こす力を持つと恐れられ、体を動かすだけで世界が終わるとも信じられていたため、人々はパチャカマックを怒らせまいと細心の注意を払って供物を捧げていたそうです。

インカ帝国の拡大に伴い、パチャカマック信仰はインカの宗教体系に取り込まれました。一部の伝承では、パチャカマックはインティの息子とされています。

ママ・コチャ(Mama Cocha)──海の女神

項目内容
ケチュア語名Mama Qucha
意味「母なる海」
司るもの海、湖、水全般、漁業
所属する世界カイ・パチャ(現世)

ママ・コチャは海と水を司る女神です。ケチュア語で「母なる海」を意味し、インカの「四人の元素の母」の一柱として位置づけられていました。他の三柱は、パチャママ(大地の母)、ママ・ニナ(火の母)、ママ・ワイラ(風の母)です。

漁師や船乗りたちにとって、ママ・コチャは特に重要な神でした。安全な航海と豊かな漁獲を祈って供物が捧げられ、嵐を鎮める力を持つとも信じられていました。

一部の伝承では、ママ・コチャはビラコチャの妻であり、インティとママ・キリャの母であるとされています。この説に従えば、ママ・コチャはインカ神話の母神のような存在にもなりますが、地域や時代によって伝承の内容は異なっています。

スーパイ(Supay)──死と冥界の神

項目内容
ケチュア語名Supay
司るもの死、冥界、霊魂
所属する世界ウク・パチャ(地下界)

スーパイは地下界ウク・パチャを統べる死の神です。死者の魂と悪霊を管理する存在であり、畏れられると同時に敬われてもいました。

インカの世界観において、スーパイは単純な「悪の存在」ではありませんでした。地下界は死者の世界であると同時に、新たな生命が芽生える場所でもあるため、スーパイは宇宙のバランスを維持するために必要な存在として位置づけられていたんです。

しかしスペイン植民地時代に、カトリック教会の宣教師たちがケチュア語で「悪魔」を表す言葉としてスーパイの名を使ったことで、その本来の性格は大きく変質しました。現在もペルーやボリビアのカトリック先住民の間では、「スーパイ」は悪魔を指す言葉として使われています。ただし鉱山労働者の間では、鉱山の守護神「ティオ・スーパイ(Tío Supay)」として独自の信仰が続いているという側面もあります。

マンコ・カパック(Manco Cápac)──インカ帝国の建国の祖

項目内容
ケチュア語名Manqu Qhapaq
意味「輝かしき礎」
性格初代インカ皇帝、半神的な建国の英雄

マンコ・カパックはインカ帝国の伝説的な初代皇帝であり、神話と歴史の境界に位置する存在です。その出自には、大きく分けて三つの異なる伝承があります。

第一の伝承では、マンコ・カパックはビラコチャの息子であるとされます。第二の伝承では、太陽神インティがチチカカ湖の深みから引き上げた存在とされ、姉妹であるママ・オクリョ(Mama Ocllo)とともに文明を広めるために地上に遣わされました。第三の伝承では、クスコ南東のパカリクタンポ(Paqariq Tampu)の洞窟から、アヤル四兄弟(マンコ・カパック、アヤル・カチ、アヤル・ウチュ、アヤル・アウカ)と四姉妹が出現したとされています。

いずれの伝承でも、マンコ・カパックは神々から「タパク・ヤウリ」と呼ばれる黄金の杖を授かり、この杖が大地に沈み込んだ場所に太陽の神殿を建てるよう命じられたとされています。その場所が帝都クスコであったというのが、インカの建国神話の核心です。

エッケコ(Ekkeko)──家庭と富の神

項目内容
別表記Ekeko
司るもの家庭、富、繁栄、幸運

エッケコは家庭の幸福と富を司る神で、特にボリビアのアルティプラーノ(高原地帯)で広く信仰されてきました。小さな人形の姿で表され、その人形に自分の望むものの小型版(ミニチュアの家、食べ物、お金など)を載せると、願いが叶うと信じられていました。

エッケコ信仰は現在も生きており、ボリビアのラパスで毎年1月に開催される「アラシータ(Alasita)」の祭りでは、エッケコの小さな人形とミニチュアの品物が大量に売買されます。

その他の神々・精霊

インカの宗教は、中央の主要な神々だけでなく、地域ごとに独自の神々や精霊を信仰する多層的な体系でした。ここでは、主要な神々以外に知っておきたい神格をまとめて紹介します。

天体・自然に関わる神々

チャスカ(Ch’aska / Chasca)は、曙の光、黄昏、そして金星を司る女神です。美と花、若い女性の守護者でもありました。その輝きからローマ神話のヴィーナス(金星)と対比されることもあります。

コニラヤ(Coniraya)は、中部高地ワロチリ地方に伝わる創造神の一柱です。月と関連づけられることもある神で、自分の精液を果実に変え、処女の女神カビリャカに食べさせて子を宿らせたという奇想天外な神話が残されています。カビリャカは恥じて海岸へ逃げ、自分と子どもを岩に変えてしまったと伝えられています。

コン(Kon)は、雨と風を司る神で、一部の伝承ではインティとママ・キリャの息子とされています。海岸地域で特に重要な神格でした。

山・大地に関わる神々と精霊

アプ(Apu)は、山の精霊または山の神を指す総称です。すべての重要な山にはそれぞれ固有のアプが宿り、その土地の気候を左右し、農地に水と豊穣を与え、住民を外敵から守る存在と信じられていました。特に標高の高い山ほど強力なアプが宿るとされ、供物を捧げる重要な巡礼地となっていました。

現在もアンデスの農村ではアプへの信仰が残っており、カトリックの聖人信仰と習合する形で山に祈りを捧げる文化が続いています。

ワカ(Huaca)は、神聖な力が宿る場所や物を指す概念で、厳密には一柱の神というよりも信仰対象の総称です。神殿はもちろん、特別な岩、泉、洞窟、橋なども「ワカ」として崇拝されました。クスコの町を中心に、約350のワカが「セケ」と呼ばれる放射状の仮想線上に整然と配置されていたと記録されています。

水・嵐に関わる神々

パリアカカ(Pariacaca)は、中部高地ワロチリ地方の創造神の一柱で、水と嵐を司る神です。もとは鷹の姿をしており、後に人間の姿をとったとされています。火の神ワリャリョ・カルウィンチョとの激しい戦いの神話が伝わっています。

ワリャリョ・カルウィンチョ(Huallallo Carhuincho)は、火の神であり、ワンカ族の主神でした。犬の特徴を持つ人間の姿で表され、子どもを食い殺す残忍な性格だったと伝えられています。ビラコチャによって罰せられ、島に手足を縛られたまま永遠に動物に噛まれ続けているとされています。

農業・食物に関わる女神たち

ママ・サラ(Mama Sara)は、穀物、特にトウモロコシの女神です。トウモロコシはインカの人々にとってチチャ酒の原料でもあり、主食のひとつでもある極めて重要な作物でした。

ママ・アルパ(Mama Allpa)は、豊穣と収穫の女神で、実り豊かな畑をもたらすとされていました。

アショママ(Axomamma)は、ジャガイモの女神です。ジャガイモはアンデス原産の作物であり、インカの食生活の基盤でもありました。

その他の特筆すべき神格

アマル(Amaru)は、蛇や竜の姿をした神で、知恵、水、大地、地下界と関わる存在です。灌漑に必要な河川の恵みと、地震の破壊力という、自然の両面を象徴していました。

ウルカグアリー(Urcaguary)は、金属と宝石を司る鉱物の神です。地下界に潜むとされ、鉱山と深い結びつきがありました。

カテキル(Catequil)は、ペルー北部高地の雷神で、イリャパの別名または地域的な変形と考えられています。双子の兄弟ピゲラオとともに卵から生まれたという神話が残っています。

インカの祭祀と儀式

インカの人々にとって、神々への祭祀は生活の中心にありました。特に重要だった祭りをいくつか紹介しましょう。

インティ・ライミ(Inti Raymi)は、6月の冬至に行われた太陽の大祭で、年間を通じて最も盛大な祭りでした。クスコを中心に多数のリャマやモルモットが供犠として捧げられ、大量のトウモロコシやチチャ酒が奉納されました。

コヤ・ライミ(Coya Raymi)は、9月に行われた月の祭りで、ママ・キリャを称えるとともに、浄化の儀式が行われました。

カパック・ライミ(Capac Raymi)は、12月の大祭で、インカの貴族の子弟が成人の戦士として認められる「ワラチクイ」という成年式と結びついていました。14歳に達したインカの若者たちが、断食やリャマの供犠などの一連の儀式を経て一人前の戦士と認められたとされています。

また、祭りのたびにリャマの肺の状態を見て吉凶を占う「カルパ」という神託の儀式も行われていました。人身御供は新たな皇帝の即位など特別な場合に限って行われ、日常的には動物が供犠の対象とされていたようです。

インカ神話の特徴

インカ神話を他の神話体系と比べたとき、いくつかの顕著な特徴が浮かび上がります。

まず、文字を持たなかったということです。インカの人々はキープ(結縄)という結び目による記録システムを持っていましたが、文字による記録を行いませんでした。神話はすべて口承で伝えられ、私たちが知る神話の内容は、スペイン征服後に征服者側の年代記作者が記録したものに大きく依存しています。そのため、キリスト教的な解釈によって歪められている可能性がつねに指摘されています。

次に、自然との一体感が際立っています。インカの神々の多くは自然現象そのものの神格化であり、太陽、月、大地、雷、海、山といった身近な自然が信仰の対象でした。神話の構造自体が農業の年間サイクルと密接に結びついている点も特徴的です。

そして、重層的な信仰体系であったことも重要です。インカ帝国は征服した民族の宗教を禁止せず、それぞれの地域の神々がインカの神殿体系に取り込まれていく形で宗教が発展しました。ビラコチャやパチャカマックのように、もともとインカ以前の文化に属していた神がインカの主神に組み入れられた例も多くあります。

1532年のスペイン征服後、インカの国家祭祀と公式な神話は急速に失われました。しかしパチャママへの信仰やアプへの祈りなど、民衆の日常に根ざした信仰は力強く残り続け、カトリックと融合した独自の宗教文化として現在も生きています。

参考情報

この記事の作成にあたり、以下の情報源を参照しました。

Web資料(学術・公式系)

旅行・文化系サイト

書籍・文献

  • 松村武雄編『マヤ・インカ神話伝説集』大貫良夫、小池佑二解説、社会思想社(現代教養文庫)、1984年
  • 増田義郎著『太陽と月の神殿——新大陸』新潮社、1969年
  • ペドロ・デ・シエサ・デ・レオン著、増田義郎訳『インカ帝国史』岩波書店(大航海時代叢書 第Ⅱ期 15巻)、1979年
  • ホセ・デ・アコスタ著、増田義郎訳『新大陸自然文化史』上下、岩波書店(大航海時代叢書 第Ⅰ期 3・4巻)、1966年

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