古い井戸のそばで、小さな影が動いているのを見たことはありませんか?
それは、戦乱で命を落とした武士たちの魂が、小さな生き物の姿となって彷徨っているのかもしれません。
江戸時代の怪異小説『伽婢子』に登場する「井守」は、城跡の古井戸に棲みつき、時には小人の姿で人を襲う恐ろしい存在なんです。
この記事では、戦死した武士の霊が変化した妖怪「井守」について、その正体や伝承を詳しくご紹介します。
概要
井守(いもり)は、江戸時代の怪異小説『伽婢子』に記された日本の妖怪です。
戦乱で死んだ武士の霊が、井戸の周りに住み着いた姿として描かれているんですね。
「井守」と書いて「いもり」と読みますが、実は両生類のイモリではなく、爬虫類のヤモリの怪異なんです。ちょっとややこしいですよね。
井守の基本情報
- 出典:『伽婢子』(浅井了意による江戸時代の怪異小説集)
- 正体:戦死した武士たちの亡霊
- 本来の姿:ヤモリ(爬虫類)
- 変化する姿:小人、大坊主など
- 住処:古い城跡の井戸
『北越奇談』や『信濃奇勝録』といった他の古文書にも、井守に関する記述が残っています。
つまり、昔の人々にとっては実際に恐れられていた存在だったんですね。
伝承
井守にまつわる伝承は、大きく分けて3つのパターンがあります。
越前国湯尾の怪異
最も有名なのが、塵外(じんがい)という僧が体験した話です。
舞台は越前国湯尾(現在の福井県南条郡南越前町)。塵外が城跡の庵で深夜に書見をしていたところ、不思議な出来事が起こりました。
事件の経緯
- 小人の出現
身長4〜5寸(約12〜15cm)の小人が現れ、塵外に話しかけてきた - 塵外の対応
僧である塵外は動じることなく、小人を無視して書見を続けた - 小人の怒り
「高貴な身分の自分がせっかく慰めに来てやったのに無視するとは何事だ」と激怒 - 襲撃
その声に応じて何人もの小人が現れ、塵外に襲いかかった - 正体の判明
村人に聞くと、かつての戦で落城した際に死んだ武士たちの魂が、井守となって古井戸に住み着いているという - 弔いと消滅
塵外が経文を唱えて弔うと、井守たちは苦しみだして死に絶えた
塵外は井守たちを哀れに思い、村人たちと共に丁重に葬ったそうです。
佐渡国見付島の大井守
『北越奇談』には、さらに恐ろしい井守の話が記されています。
佐渡国(現在の新潟県)の見付島に住む儀左衛門という長者が、堀を巡らせた荒地を手に入れて移り住んだところから物語は始まります。
連続する怪異
第一の災い:娘の病気
- 健康だった娘が突然病に倒れる
- 南光院で占うと「屋敷に怪しいものが住み着いて祟っている」と判明
- 娘を本家に戻すと回復
第二の災い:妾への襲撃
- 真夜中に背丈1丈(約3m)もある黒い大坊主が現れる
- 臭い息を吹きかけて妾を前後不覚にする
- 6人もの大坊主が襲ってくる
退治と正体
隅田五郎という郷士が退治を試みます。
- 屋敷で待ち伏せしていると、6人の黒い大坊主が出現
- 儀左衛門の家来が鉄砲を撃つと、驚いて逃げ去った
- 翌日、大坊主が泥臭かったことから堀を探索
- 長さ6尺(約1.8m)もある大井守を6匹発見
この巨大な井守たちが大坊主に化けていたのです。退治後、屋敷の怪異はピタリと収まりました。
その他の目撃談
古文書には、他にも巨大な井守の記録が残されています。
各地の巨大井守
- 三五郎池(五泉市)
体長1.2mの井守が棲んでいたという記録 - 千曲川
体長1.5mの井守に襲われた男の話
尖った柳の切り株で頭を突き刺して撃退した
夏の晴天時には水面に浮かび上がることもあったそうです。
まとめ
井守は、戦乱の悲しみが生み出した妖怪です。
重要なポイント
- 戦死した武士の霊が変化した妖怪
- 文字は「井守」だが、実際にはヤモリ(爬虫類)の怪異
- 小人の姿で人前に現れることもある
- 巨大化すると大坊主などに化ける
- 古い城跡の井戸に住み着く
- 『伽婢子』や『北越奇談』などの古文書に記録されている
- 丁重に弔うことで祟りは収まる
井守の伝承には、戦で命を落とした武士たちへの哀れみと、供養の大切さが込められています。
もし古い井戸のそばで小さな生き物を見かけたら、それは成仏できない魂かもしれません。
そっと手を合わせて、安らかに眠れるよう祈ってあげるのもいいかもしれませんね。


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