今鏡とは?四鏡の全貌を徹底解説──平安から室町を映し出す歴史物語の世界

神話・歴史・伝承

古典の授業や日本史の教科書で「大鏡」「今鏡」という名前を見かけたことはありませんか?

これらは平安時代から室町時代にかけて書かれた、日本を代表する歴史物語です。「鏡」という名前がつく4つの作品をまとめて「四鏡(しきょう)」と呼びます。

でも、「名前は聞いたことあるけど、何が書いてあるの?」「4つの違いがよくわからない」という方も多いのではないでしょうか。

実は四鏡には、とてもユニークな特徴があります。それは、100歳を超える超高齢の老人が昔話を語るという形式をとっていること。190歳の老翁や150歳の老婆が登場し、「昔はこんなことがあってなぁ」と歴史を語っていくんです。

この記事では、四鏡の全体像から、特に「今鏡」の詳しい内容まで、わかりやすく解説していきます。


スポンサーリンク

四鏡(しきょう)って何?

四鏡の基本情報

四鏡とは、「鏡」の字がつく4つの歴史物語の総称です。「鏡物(かがみもの)」とも呼ばれています。

四鏡に含まれる作品

  • 大鏡(おおかがみ)
  • 今鏡(いまかがみ)
  • 水鏡(みずかがみ)
  • 増鏡(ますかがみ)

これらの作品は、平安時代後期から室町時代前期にかけて、約300年の間に順次書かれました。4作品を合わせると、神話の時代から南北朝時代まで、日本の歴史をほぼ網羅することができるんです。

なぜ「鏡」という名前なの?

「鏡」という名前には、深い意味が込められています。

上質な鏡は物をありのまま映し出しますよね。同じように、これらの作品は歴史の真実をそのまま映し出すという意図で「鏡」と名付けられました。

また、三種の神器のひとつに「八咫鏡(やたのかがみ)」があるように、古代において鏡は神聖なものとして扱われていました。歴史を記録する書物に「鏡」という神聖な名前をつけることで、その重要性を示したとも考えられています。


四鏡の共通点──超高齢の語り手たち

四鏡には、いくつかの重要な共通点があります。

老人の語りという形式

すべての四鏡に共通するのが、非常に高齢の老人が昔話を語るという形式です。

作品語り手年齢
大鏡大宅世継(おおやけのよつぎ)190歳
大鏡夏山繁樹(なつやまのしげき)180歳
今鏡あやめ(大宅世継の孫)150歳以上
水鏡修行者から話を聞いた老尼73歳
増鏡嵯峨清涼寺の老尼100歳以上

なぜこんな設定にしたのでしょうか?

当時の仏教には「妄語戒(もうごかい)」という戒めがありました。「嘘をついてはいけない」という教えです。当時は「フィクション=作り話=嘘」と考えられていたため、物語を書くことに抵抗感があったのです。

そこで作者たちは、「私が作った話ではなく、老人から聞いた話を書き留めただけ」という体裁をとりました。これなら嘘をついたことにはなりません。ちょっとした工夫ですよね。

仮名書きの歴史叙述

四鏡はすべて、漢字に仮名文字を交えた「仮名書き」で書かれています。

当時、正式な歴史書は漢文で書かれるのが普通でした。『日本書紀』などがその代表例です。しかし四鏡は、より多くの人が読めるように仮名書きを採用したのです。


四鏡の成立順と時代順の違い

四鏡を学ぶときに混乱しやすいのが、成立順と内容の時代順が異なるという点です。

成立順(書かれた順番)

  1. 大鏡(平安時代後期・1119年頃)
  2. 今鏡(平安時代末期・1170年頃)
  3. 水鏡(鎌倉時代初期・1195年頃)
  4. 増鏡(南北朝時代・1368〜1376年頃)

覚え方は「だいこんみずまし」(大・今・水・増)です。「大根水増し」と覚えると忘れにくいでしょう。

内容の時代順(扱う歴史の古い順)

  1. 水鏡(神武天皇〜仁明天皇)
  2. 大鏡(文徳天皇〜後一条天皇)
  3. 今鏡(後一条天皇〜高倉天皇)
  4. 増鏡(後鳥羽天皇〜後醍醐天皇)

つまり、3番目に書かれた『水鏡』が一番古い時代を扱い、最初に書かれた『大鏡』は2番目に古い時代を扱っているのです。


四鏡それぞれの特徴

大鏡(おおかがみ)──四鏡の原点

基本情報

  • 成立時期:平安時代後期(1119年頃)
  • 作者:不詳
  • 巻数:3巻・6巻・8巻の諸本あり
  • 形式:紀伝体
  • 扱う時代:850年〜1025年(約176年間)

内容の特徴

『大鏡』は四鏡の中で最初に書かれた作品であり、後の3作品の手本となりました。

物語は、雲林院(うんりんいん)という寺で偶然出会った190歳の大宅世継と180歳の夏山繁樹が、昔話を語り合うという形式で進みます。若い侍がそれを聞いて批評するという、対話形式がとられているんです。

主に藤原道長の栄華とその由来が描かれており、同時期に書かれた『栄花物語』と比較されることが多い作品です。ただし、『栄花物語』が道長を称賛的に描くのに対し、『大鏡』はより批評的・客観的な視点を持っています。

今鏡(いまかがみ)──大鏡の続編

基本情報

  • 成立時期:平安時代末期(1170年頃)
  • 作者:藤原為経(ふじわらのためつね)/法名・寂超(じゃくちょう)が有力
  • 巻数:全10巻
  • 形式:紀伝体
  • 扱う時代:1025年〜1170年(約146年間)
  • 別名:続世継(しょくよつぎ)、小鏡(こかがみ)、つくも髪の物語

今鏡については、のちほど詳しく解説します。

水鏡(みずかがみ)──神話時代への遡行

基本情報

  • 成立時期:鎌倉時代初期(1195年頃)
  • 作者:中山忠親(なかやまただちか)が有力
  • 巻数:全3巻
  • 形式:編年体
  • 扱う時代:神武天皇〜仁明天皇(57代の天皇)

内容の特徴

『水鏡』は、成立順では3番目ですが、扱う時代は四鏡の中で最も古い神話時代にまで遡ります。

語り手は73歳の老尼で、長谷寺に参詣した際に出会った修行者から聞いた不思議な話を記録した、という設定です。その修行者は葛城山で仙人に会い、古代の歴史を教えてもらったというのです。

内容は主に『扶桑略記』という先行の歴史書に依拠しており、文学的価値は他の四鏡に比べると低いとされています。しかし、作者の仏教的世界観を歴史と重ね合わせようとした点が特徴的です。

増鏡(ますかがみ)──武家の世を映す

基本情報

  • 成立時期:南北朝時代(1368〜1376年頃)
  • 作者:二条良基(にじょうよしもと)が有力
  • 巻数:全20巻
  • 形式:編年体
  • 扱う時代:1180年〜1333年(約154年間)

内容の特徴

『増鏡』は四鏡の最後の作品で、後鳥羽天皇の誕生から後醍醐天皇の京都帰還までの激動の時代を描いています。

この時代は、承久の乱や元寇、鎌倉幕府の滅亡など、歴史的大事件が次々と起こった時期です。しかし『増鏡』は、武家社会の動乱よりも、宮廷の行事や公家の文化的生活を詳しく描いているのが特徴です。

語り手は嵯峨の清涼寺に参詣した際に出会った100歳を超える老尼です。『大鏡』と同じ語り口で物語が進行します。


今鏡を詳しく解説

今鏡の概要

『今鏡』は、『大鏡』の続編として書かれた歴史物語です。

「今鏡」という名前には「今の鏡」「現在の歴史」という意味があります。また「続世継(しょくよつぎ)」という別名は、「大鏡の続き」という意味です。『大鏡』は別名「世継物語」と呼ばれていたため、その続編という位置づけなんですね。

成立時期と作者

成立時期

序章に「今年は嘉応二年庚寅なれば」という記述があることから、高倉天皇の治世である嘉応2年(1170年)頃に成立したとされています。

ただし、一部の研究者はそれ以降の成立とする説も唱えています。ドナルド・キーン氏は竹鼻勇氏の研究を引用し、1174年8月から1175年7月の間に書かれた可能性を指摘しています。

作者

作者については諸説ありますが、現在では藤原為経(ふじわらのためつね)が有力とされています。法名は寂超(じゃくちょう)です。

藤原為経は、白河天皇に仕えた藤原為忠の子で、歌人として活躍しました。兄の寂念(藤原為業)、弟の寂然(藤原頼業)とともに「大原の三寂」「常盤の三寂」と呼ばれ、いずれも優れた歌人として知られています。

江戸時代には中山忠親説や源通親説も有力でしたが、和田英松が藤原為経説を提唱し、山口康助が詳細な検証を行ったことで、現在は為経説が定説となっています。

語り手と物語の形式

『今鏡』の語り手は、『大鏡』に登場した大宅世継の孫で、150歳を超える老婆「あやめ」です。

「あやめ」という名前は、5月5日の菖蒲(あやめ)の節句に生まれたことに由来します。また、主人であった紫式部から「今鏡(いまかがみ)」というあだ名をつけられたとも語られています。これは、白居易(白楽天)の漢詩で、5月5日に新しい鏡を鋳造することが詠まれていることにちなんでいます。

物語は、長谷寺参りの途中で作者(名前は記されていない)がこの老婆と出会い、昔話を聞くという形式で進行します。

今鏡の構成

『今鏡』は全10巻で構成されており、以下のような内容になっています。

内容
巻1〜3帝紀:後一条天皇から高倉天皇までの天皇の記録
巻4〜6列伝(藤原氏):藤原摂関家の人々の伝記
巻7列伝(村上源氏):村上源氏の人々の伝記
巻8列伝(親王):諸皇子の伝記
巻9〜10雑録:風流譚、霊験譚、故実・逸話など

このうち特に注目されるのが、最後の巻10「打聞(うちぎき)」の章です。ここでは和歌説話や『源氏物語』論など、余談的な内容が語られますが、文学史的に貴重な記述が含まれています。

今鏡の特徴と独自性

『今鏡』には、他の四鏡とは異なる独自の特徴があります。

政治より文化を重視

『今鏡』が書かれた平安時代末期は、政治的・社会的に大きな変動があった時代です。院政が確立し、武士の勢力が台頭してきた激動の時期でした。

しかし『今鏡』は、そうした政治的な変動にはあまり深入りせず、儀式典礼や学問・芸能といった宮廷文化に重点を置いて描いています。

これは一見すると物足りなく感じるかもしれません。しかし、当時危機に瀕していた王朝とその文化を、「依然として確かに存在するもの」として描こうとした作者の意図があったとされています。ここに『今鏡』の独自性があるんです。

歴史的事実への忠実さ

もうひとつの特徴は、歴史的事実に対して比較的忠実であることです。

当時の物語に対しては「作り話は妄語戒に反する」という批判がありました。『源氏物語』を書いた紫式部が、嘘をついた罰として地獄に堕ちたという風説さえ流れていたほどです。

『今鏡』の中では、語り手の老婆がこうした批判に反論する場面が盛り込まれています。これは、仏教戒律を重んじて極楽往生を願う当時の社会風潮が、物語としての創作性を抑制していたことを示しています。

今鏡で描かれる時代

『今鏡』が扱う1025年から1170年は、どのような時代だったのでしょうか。

藤原氏摂関政治の衰退期

『大鏡』で描かれた藤原道長の全盛期が過ぎ、藤原氏の権力が徐々に衰退していく時期です。道長の子・頼通の時代を経て、摂関家の力は次第に弱まっていきます。

院政の時代

白河上皇による院政が始まり(1086年〜)、上皇が実権を握る政治体制が確立されました。『今鏡』は主にこの院政期を描いています。

平氏の台頭

平忠盛・清盛父子による平氏の台頭もこの時期に始まります。ただし『今鏡』は、武家勢力の台頭についてはあまり詳しく触れていません。


紀伝体と編年体──四鏡の記述形式

四鏡は、記述形式によって2つのグループに分けることができます。

紀伝体(きでんたい)

大鏡・今鏡が採用している形式です。

紀伝体とは、人物ごとにエピソードをまとめて記述する方法です。「本紀(ほんぎ)」と呼ばれる天皇の伝記と、「列伝(れつでん)」と呼ばれる臣下の伝記を中心に構成されます。

中国の歴史書『史記』がこの形式の代表例で、日本では『古事記』もこの形式をとっています。

メリット:出来事の因果関係がわかりやすい
デメリット:時代の前後関係がわかりにくい

編年体(へんねんたい)

水鏡・増鏡が採用している形式です。

編年体とは、出来事を年月の順に記録していく方法です。歴史の教科書のように「◯年に◯◯がありました」という形で記述が進みます。

『日本書紀』や『栄花物語』がこの形式の代表例です。

メリット:時代の流れが把握しやすい
デメリット:出来事の因果関係がわかりにくい

作品形式特徴
大鏡紀伝体人物中心の記述
今鏡紀伝体人物中心の記述
水鏡編年体年代順の記述
増鏡編年体年代順の記述

四鏡と栄花物語の関係

四鏡を語る上で欠かせないのが、『栄花物語(えいがものがたり)』との関係です。

栄花物語とは

『栄花物語』は、宇多天皇から堀河天皇までの時代を描いた歴史物語で、全40巻からなります。成立は『大鏡』よりも早く、日本最古の歴史物語とされています。

主に藤原道長の栄華を称える内容で、道長の妻・倫子に仕えた赤染衛門が正編の作者と推定されています。

四鏡との違い

『栄花物語』と四鏡には、いくつかの重要な違いがあります。

記述形式の違い

『栄花物語』は編年体、『大鏡』『今鏡』は紀伝体を採用しています。

道長の描き方の違い

『栄花物語』は道長を賞賛的に描く傾向がありますが、『大鏡』はより客観的・批評的な視点を持っています。

女性の描写

『栄花物語』は後宮の女性たちや貴族の妻女にもスポットを当てているのに対し、『大鏡』は政治的な記述が中心です。


失われた鏡物──弥世継

四鏡について調べると、「弥世継(いやよつぎ)」という作品の名前が出てくることがあります。

『増鏡』の序章には、『今鏡』と『増鏡』の間の時代(高倉天皇〜安徳天皇頃)を扱った「鏡物」が存在したと記されています。これが『弥世継』です。作者は藤原隆信とされています。

しかし残念ながら、この作品は現在は散逸しており、内容を知ることはできません。

江戸時代になって、国学者の荒木田麗女が『弥世継』の時代範囲を新たに書き直した『月の行方(つきのゆくえ)』という作品を著しています。また、『増鏡』の後の歴史を補う『池の藻屑(いけのもくず)』も荒木田麗女の作品です。


四鏡の現代への影響

入試での出題

四鏡は、大学入試の古典・日本史において頻出の分野です。特に以下のポイントがよく出題されます。

  • 成立順と時代順の違い
  • 各作品の作者・成立時期
  • 紀伝体と編年体の違い
  • 『栄花物語』との比較
  • 『大鏡』の有名な場面(道長と伊周の弓争いなど)

受験生にとっては、「だいこんみずまし」の語呂合わせは必須の知識といえるでしょう。

歴史研究への貢献

四鏡は、正史(漢文で書かれた公式の歴史書)には記されていない、宮廷の日常や貴族の私的な生活を知るための貴重な資料です。

特に『今鏡』は、平安時代末期の儀式典礼や学問・芸能について詳しく記録しており、当時の宮廷文化を研究する上で欠かせない文献となっています。

文学史上の意義

四鏡は、「歴史を物語る」という日本独自の文学ジャンルを確立しました。

中国の歴史書の影響を受けながらも、仮名書きという日本独自のスタイルで、より多くの人々に読まれる歴史叙述を実現したのです。この伝統は、後の『太平記』『愚管抄』などの歴史文学にも受け継がれていきます。


四鏡一覧表

最後に、四鏡の情報を一覧表にまとめておきます。

項目大鏡今鏡水鏡増鏡
成立時期平安後期(1119年頃)平安末期(1170年頃)鎌倉初期(1195年頃)南北朝(1368〜1376年頃)
作者不詳藤原為経(寂超)が有力中山忠親が有力二条良基が有力
巻数3巻/6巻/8巻10巻3巻20巻
形式紀伝体紀伝体編年体編年体
扱う時代850〜1025年1025〜1170年神武〜仁明天皇1180〜1333年
語り手大宅世継(190歳)、夏山繁樹(180歳)あやめ(150歳以上)老尼(73歳)が修行者から聞いた話老尼(100歳以上)
別名世継物語続世継、小鏡
成立順1番目2番目3番目4番目
時代順2番目3番目1番目4番目

まとめ

四鏡は、平安時代から室町時代にかけて書かれた日本の歴史物語の傑作群です。

四鏡の特徴

  • 「鏡」のように歴史の真実を映し出すことを目指した
  • 高齢の老人が昔話を語るという独特の形式
  • 仮名書きによる親しみやすい文体
  • 合わせると神話時代から南北朝時代までをカバー

今鏡の独自性

  • 大鏡の続編として書かれた
  • 政治より宮廷文化を重視
  • 歴史的事実に忠実な記述
  • 150歳の老婆「あやめ」が語り手

四鏡は、単なる歴史の記録ではありません。当時の人々が自分たちの歴史をどう捉え、どう伝えようとしたかを知ることができる、貴重な文化遺産なのです。

受験勉強で出てくる「だいこんみずまし」という語呂合わせの向こう側には、激動の時代を生きた人々の息づかいがあります。興味を持った作品があれば、現代語訳で読んでみることをおすすめします。きっと新しい発見があるはずです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました