「最近、あの人のことを考えすぎて、夢に出てきちゃった…」なんて経験はありませんか?
でも、もしそれがただの夢じゃなくて、あなたの魂が実際に相手のところへ行っていたとしたら?
平安時代の人々は、強い想いを抱いた人の魂が体から抜け出して、相手のもとへ飛んでいくと本気で信じていたんです。
この記事では、生きている人の魂が体を離れて動き回る不思議な現象「いきすだま」について、その恐ろしくも切ない伝承をご紹介します。
概要

いきすだま(生霊)は、生きている人の魂や霊が体から抜け出して、自由に動き回る現象のことです。
死んだ人の霊である死霊(しりょう)に対して、まだ生きている人の霊だから「生霊」と呼ばれているんですね。
特に平安時代には広く信じられていて、強い恨みや深い恋心、激しい嫉妬などの感情が極限まで高まると、その人の意識とは関係なく魂が体から離れて、相手のところへ向かうと考えられていました。
面白いのは、本人は全く自覚がないことが多いという点。つまり、あなたも知らないうちに生霊になって、誰かのところへ行っているかもしれないんです。
いきすだまの特徴
いきすだまには、いくつかの重要な特徴があります。
主な特徴
- 無意識のうちに発生する:本人の意思とは関係なく魂が抜け出す
- 強い感情が引き金になる:恨み、嫉妬、恋心などの激しい想い
- 夢として体験される:生霊になった本人は、その間の出来事を夢として見る
- 相手に実害を与える:取り憑かれた人は病気になったり、最悪の場合は死に至ることも
- 女性に多い:特に恋愛感情や嫉妬心から生霊になるケースが多い
平安時代の霊魂観
平安時代の人々にとって、魂が体から離れることは「あくがる(憧る)」と呼ばれていました。
実は、現代でも使う「あこがれる」という言葉は、この「あくがる」が語源なんです。想いを寄せるあまり、心ここにあらずという状態、まさに魂が体から離れて意中の人のもとへ行ってしまうような状態を表していたんですね。
当時の貴族たちは、ちょっとした恨みごとを考えただけでも、その想いが生霊となって相手に取り憑いてしまうのではないかと恐れていました。
伝承

『源氏物語』六条御息所の生霊
いきすだまの話で最も有名なのが、『源氏物語』に登場する六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の生霊伝説です。
六条御息所は光源氏の愛人でしたが、光源氏の正妻である葵の上に対して激しい嫉妬心を抱いていました。
恐ろしいことに、六条御息所の生霊は葵の上に取り憑き、苦しめ続けました。葵の上は夕霧という子供を産んだ直後、ついに亡くなってしまいます。
さらに怖いのは、六条御息所自身は全く自覚がなかったこと。ただ、葵の上が苦しんでいる時、六条御息所は「自分が葵の上を打ちすえている夢」を見ていたと後に語っています。
つまり、本人の意識とは別に、嫉妬心だけが独り歩きして相手を殺してしまったんです。
京都・松任屋の生霊憑き事件
江戸時代の享保14年(1729年)、京都で実際に起きたとされる事件があります。
松任屋徳兵衛という商人の息子、松之助(14~15歳)に、近所の二人の少女の生霊が取り憑いたという話です。
事件の詳細
- 松之助は宙に浮くなど、体が激しく動き回った
- 少女たちの霊の姿は見えないが、松之助は彼女たちと会話していた
- 霊の言葉は松之助の口から発せられていた
- 高名な僧侶による祈祷でようやく回復した
- 噂が広まり、見物人が押し寄せる騒ぎになった
この事件で興味深いのは、恨みではなく恋心から生霊が発生したという点。愛情も度を超えると、相手を苦しめる生霊になってしまうんですね。
『曾呂利物語』の抜け首
寛文時代の奇談集『曾呂利物語』には、さらに不気味な生霊の話があります。
ある男が夜道を歩いていると、女の生首が宙を飛んでいるのを目撃。男が刀で斬りつけると、その首はある家に逃げ込みました。
すると家の中から女性の声が聞こえてきます。「ひどい夢を見た!外を歩いていたら、男に斬りつけられて逃げ回った」
つまり、女性の生霊が首だけの姿となって夜の町をさまよっていたんです。本人にとっては夢でも、実際に生霊として外を飛び回っていたという、ゾッとする話ですね。
戦時中の生霊伝承
太平洋戦争中には、戦地にいるはずの兵士の生霊が、故郷の家族のもとに現れるという話が各地で報告されています。
典型的なパターン
- 戦地にいるはずの息子や夫が、突然家に現れる
- 「元気でやっている」「心配するな」などと声をかける
- その姿は一瞬で消えてしまう
- 後日、その時刻に本人が戦死していたことが判明
死の間際、最後の力を振り絞って、愛する人に会いに来たのかもしれません。このような話は「オマク」「アマビト」「シニンボウ」など、地域によって様々な名前で呼ばれていました。
丑の刻参りとの関係
生霊と似た呪術として「丑の刻参り」があります。
これは、意図的に自分を鬼に変えて、生きながら怨霊となって相手を呪い殺すという恐ろしい呪法です。
普通の生霊は無意識に発生しますが、丑の刻参りは意識的に生霊を作り出そうとする点が異なります。白装束を着て、頭に鉄輪をかぶり、ろうそくを立てて、藁人形に釘を打ち込む…想像するだけでも恐ろしいですね。
まとめ

いきすだまは、生きている人の強い感情が生み出す、日本独特の霊的現象です。
重要なポイント
- 生きている人の魂が体から離れて動き回る現象
- 強い恨み、嫉妬、恋心などが引き金となる
- 本人は無自覚で、夢として体験することが多い
- 『源氏物語』の六条御息所が最も有名な例
- 平安時代から現代まで、様々な形で語り継がれている
- 「あこがれる」の語源にもなった、日本人の霊魂観を表す言葉
もし最近、誰かのことを考えすぎて夜も眠れないなんてことがあったら、要注意かもしれません。
あなたの魂が勝手に相手のところへ行って、迷惑をかけているかも…なんてね。
でも、それだけ人の想いには力があるということ。だからこそ、恨みや嫉妬ではなく、優しい気持ちを大切にしたいものですね。


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