「運命」のあの衝撃的な出だし、「四季」の爽やかなメロディ、「くるみ割り人形」の華やかな踊り——。
これらの名曲を生み出した作曲家たちは、一体どんな人生を送ったのでしょうか?
クラシック音楽と聞くと、何百年も前の遠い世界の話に感じるかもしれません。
でも実は、バッハが活躍していたのは日本の江戸時代。徳川吉宗と同い年だったんです。
この記事では、クラシック音楽史に名を刻んだ偉大な作曲家たちを時代別に紹介します。
彼らの音楽と人生に触れることで、クラシックがぐっと身近に感じられるはずですよ。
クラシック音楽の時代区分
クラシック音楽は、大きく4つの時代に分けられます。
それぞれの時代で音楽のスタイルも、作曲家たちの立場も大きく変わりました。
宮廷に仕えていた職人から、自由に活動する芸術家へ。その変化は社会の変化とも深く結びついています。
| 時代 | 年代 | 特徴 |
|---|---|---|
| バロック | 1600〜1750年頃 | 装飾的で壮大、教会や宮廷のための音楽 |
| 古典派 | 1750〜1820年頃 | 均整のとれた形式美、ソナタ形式の確立 |
| ロマン派 | 1820〜1910年頃 | 個人の感情表現、より自由な形式 |
| 近現代 | 1900年以降 | 実験的な手法、伝統からの脱却 |
バロック時代の作曲家
バロック時代は、教会と宮廷が音楽の中心でした。
作曲家たちは「神の栄光のため」「雇い主のため」に、ひたすら音楽を書き続けたんです。
ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685〜1750)
「音楽の父」と呼ばれるバッハ。
でも実は、生きている間はそれほど有名ではありませんでした。
当時の人々からは「ちょっと古臭い作曲家」くらいの評価だったとか。
彼の真価が認められたのは、亡くなってから約80年後のことです。
バッハの音楽は、数学的な精密さと深い感情が同居しています。
「G線上のアリア」や「主よ、人の望みの喜びよ」は、今でも結婚式やCMでよく耳にしますよね。
驚くべきは、その仕事量。
教会のカンタータだけで200曲以上、鍵盤楽曲、管弦楽曲、室内楽……とにかく膨大な作品を残しました。
ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(1685〜1759)
バッハと同じ年に、同じドイツで生まれたヘンデル。
でも2人の人生は対照的でした。
バッハが生涯ドイツにとどまったのに対し、ヘンデルはイタリア、イギリスと渡り歩きます。
最終的にイギリスに帰化し、国際的な名声を手に入れました。
「ハレルヤ・コーラス」で有名な『メサイア』は、今でも世界中で演奏される名作です。
初演を聴いたイギリス国王ジョージ2世は、あまりの感動に思わず立ち上がったという逸話が残っています。
アントニオ・ヴィヴァルディ(1678〜1741)
「四季」でおなじみのヴィヴァルディ。
赤毛だったことから「赤い司祭」というあだ名で呼ばれていました。
実際に聖職者だったのですが、本人は持病を理由にミサをほとんど行わず、もっぱら作曲に専念。
ヴェネツィアの女子孤児院で音楽教師を務めながら、500曲以上の協奏曲を書きました。
「四季」は、春夏秋冬の情景を音楽で描いた作品。
鳥のさえずり、嵐、暖炉の前でうとうとする様子まで、音で表現しているのが面白いところです。
古典派の作曲家
古典派の時代になると、音楽はより洗練された形式を持つようになります。
この時代を代表するのが、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの「ウィーン古典派三大巨匠」です。
ヨーゼフ・ハイドン(1732〜1809)
「交響曲の父」「弦楽四重奏曲の父」と呼ばれるハイドン。
100曲以上の交響曲を書き、この形式を確立させた功績は計り知れません。
ハイドンは30年以上、貴族エステルハージ家に仕えました。
雇い主のために毎日のように新曲を書く生活でしたが、晩年になってようやく自由な音楽家として活動できるようになります。
ユーモアのセンスも抜群で、「驚愕」交響曲では静かな部分でいきなり大音量を鳴らし、居眠りしている聴衆を起こそうとしたとか。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756〜1791)
3歳でピアノを弾き、5歳で作曲を始めたという「神童」モーツァルト。
ヨーロッパ中を演奏旅行し、少年時代からすでにスター扱いでした。
面白いエピソードがあります。
幼いモーツァルトが王宮でマリー・アントワネットに出会ったとき、「大きくなったらお嫁さんにしてあげる」と言ったそうです。
35年という短い生涯で、600曲以上を作曲。
オペラ、交響曲、協奏曲、室内楽——どのジャンルでも一級品を残した、まさに万能の天才でした。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770〜1827)
「楽聖」と呼ばれるベートーヴェンは、クラシック音楽の歴史を大きく変えた人物です。
それまでの作曲家は貴族に雇われる「職人」でしたが、ベートーヴェンは自立した「芸術家」として生きることを選びました。
音楽家の社会的地位を引き上げた、革命的な存在だったんです。
20代後半から難聴に苦しみ、最晩年はほぼ完全に聴力を失いました。
それでも「第九」「後期弦楽四重奏曲」といった大傑作を書き上げたのは、まさに驚異的。
年末に日本中で演奏される「第九」は、人類愛と平和への願いを込めた作品。
「歓喜の歌」のメロディは、EUの象徴としても使われています。
ロマン派の作曲家
19世紀に入ると、作曲家たちは「個人の感情」を音楽で表現するようになります。
形式よりも感情、客観性よりも主観性——それがロマン派の特徴です。
フレデリック・ショパン(1810〜1849)
「ピアノの詩人」ショパン。
彼の作品のほとんどはピアノ独奏曲です。ここまでピアノに特化した作曲家は他にいません。
ポーランドに生まれ、20歳でパリに渡りました。
その直後に祖国で独立運動が起きましたが、彼は二度と故郷の土を踏むことはありませんでした。
望郷の念は、ポロネーズやマズルカといったポーランド舞曲に昇華されています。
「別れの曲」「幻想即興曲」「英雄ポロネーズ」——どれも聴けば一発でわかる、あの甘美な旋律が特徴です。
39歳で結核により亡くなったとき、心臓だけはパリに残さず、ワルシャワに運ばれました。
リヒャルト・ワーグナー(1813〜1883)
「楽劇王」ワーグナーは、オペラの概念を根本から覆した人物です。
彼が目指したのは「総合芸術」。
音楽、詩、演劇、美術を融合させた、まったく新しい芸術形式を生み出しました。
『ニーベルングの指環』は上演に4日間かかる超大作。
自分の作品を上演するために、専用の劇場(バイロイト祝祭劇場)まで建ててしまったというから、そのスケールは桁違いです。
カリスマ性も相当なもので、熱狂的なファンは「ワグネリアン」と呼ばれました。
ヨハネス・ブラームス(1833〜1897)
ブラームスは、ロマン派の時代にあえて古典的な形式を重んじた作曲家です。
「ベートーヴェンの後継者」と期待された重圧は相当なものでした。
交響曲第1番を完成させるまでに、なんと20年以上もかかっています。
ワーグナーとは対照的な存在で、当時の音楽界は「ワーグナー派」と「ブラームス派」に分かれて論争を繰り広げました。
ただし、ワーグナーが亡くなったときブラームスは練習を中断して哀悼の意を表したそうで、お互いの才能は認め合っていたようです。
ピョートル・チャイコフスキー(1840〜1893)
「白鳥の湖」「くるみ割り人形」「眠れる森の美女」——バレエ音楽といえばチャイコフスキーです。
ロシア音楽をヨーロッパに広めた功労者でもあります。
メロディメーカーとしての才能は抜群で、一度聴いたら忘れられない旋律を次々と生み出しました。
私生活では苦悩も多く、人間関係に悩み、自殺未遂を起こしたこともあります。
でもその繊細な感受性こそが、あの心に響く音楽を生み出したのかもしれません。
近現代の作曲家
20世紀に入ると、作曲家たちは「音楽とは何か」という根本的な問いに挑むようになります。
従来のルールを破壊し、まったく新しい響きを追求した時代です。
クロード・ドビュッシー(1862〜1918)
「印象派」の作曲家として知られるドビュッシー。
本人はこのレッテルを嫌っていましたが、その音楽が絵画の印象派と通じるものがあるのは確かです。
「月の光」を聴けば、その独特の響きがわかるでしょう。
従来の和声法にとらわれない、浮遊感のある音世界は、まさに革命的でした。
若い頃はワーグナーに心酔していましたが、やがて独自の道を切り開きます。
「音楽は色彩とリズムでできた時間だ」という彼の言葉は、20世紀音楽に大きな影響を与えました。
イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882〜1971)
1913年、パリでバレエ『春の祭典』が初演されたとき、客席では暴動が起きました。
あまりに斬新なリズムと響きに、聴衆がパニックを起こしたんです。
それほど衝撃的だった『春の祭典』は、今では20世紀を代表する傑作として評価されています。
「原始のいけにえ」をテーマにした野性的なエネルギーは、クラシック音楽の常識を完全に覆しました。
ストラヴィンスキーはその後も作風を変え続け、新古典主義、十二音技法と、時代とともに進化し続けた作曲家です。
偉大な作曲家一覧
ここまで紹介した作曲家と、その他の重要な作曲家を一覧にまとめました。
| 名前 | 生没年 | 国 | 時代 | 代表作 |
|---|---|---|---|---|
| アントニオ・ヴィヴァルディ | 1678〜1741 | イタリア | バロック | 四季、グローリア |
| ヨハン・セバスティアン・バッハ | 1685〜1750 | ドイツ | バロック | G線上のアリア、マタイ受難曲 |
| ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル | 1685〜1759 | ドイツ→イギリス | バロック | メサイア、水上の音楽 |
| ヨーゼフ・ハイドン | 1732〜1809 | オーストリア | 古典派 | 交響曲第94番「驚愕」、天地創造 |
| ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト | 1756〜1791 | オーストリア | 古典派 | フィガロの結婚、レクイエム |
| ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン | 1770〜1827 | ドイツ | 古典派〜ロマン派 | 交響曲第5番「運命」、第9番 |
| フランツ・シューベルト | 1797〜1828 | オーストリア | ロマン派 | 魔王、未完成交響曲 |
| フェリックス・メンデルスゾーン | 1809〜1847 | ドイツ | ロマン派 | 結婚行進曲、ヴァイオリン協奏曲 |
| フレデリック・ショパン | 1810〜1849 | ポーランド | ロマン派 | 別れの曲、英雄ポロネーズ |
| ロベルト・シューマン | 1810〜1856 | ドイツ | ロマン派 | 子供の情景、ピアノ協奏曲 |
| フランツ・リスト | 1811〜1886 | ハンガリー | ロマン派 | ラ・カンパネラ、愛の夢 |
| リヒャルト・ワーグナー | 1813〜1883 | ドイツ | ロマン派 | ニーベルングの指環、トリスタンとイゾルデ |
| ジュゼッペ・ヴェルディ | 1813〜1901 | イタリア | ロマン派 | アイーダ、椿姫 |
| ヨハネス・ブラームス | 1833〜1897 | ドイツ | ロマン派 | 交響曲第1番、ハンガリー舞曲 |
| ピョートル・チャイコフスキー | 1840〜1893 | ロシア | ロマン派 | 白鳥の湖、くるみ割り人形 |
| アントニン・ドヴォルザーク | 1841〜1904 | チェコ | ロマン派 | 新世界より、ユーモレスク |
| グスタフ・マーラー | 1860〜1911 | オーストリア | 後期ロマン派 | 交響曲第5番、大地の歌 |
| クロード・ドビュッシー | 1862〜1918 | フランス | 印象派 | 月の光、牧神の午後への前奏曲 |
| セルゲイ・ラフマニノフ | 1873〜1943 | ロシア | 後期ロマン派 | ピアノ協奏曲第2番、ヴォカリーズ |
| イーゴリ・ストラヴィンスキー | 1882〜1971 | ロシア | 近代 | 春の祭典、火の鳥 |
| セルゲイ・プロコフィエフ | 1891〜1953 | ロシア | 近代 | ピーターと狼、ロメオとジュリエット |
| ドミートリイ・ショスタコーヴィチ | 1906〜1975 | ロシア | 近代 | 交響曲第5番、弦楽四重奏曲第8番 |
まとめ
偉大な作曲家たちについて、時代別に紹介してきました。
- バロック時代:バッハ、ヘンデル、ヴィヴァルディが教会や宮廷のために音楽を創作
- 古典派:ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンが音楽の形式を確立
- ロマン派:ショパン、ワーグナー、チャイコフスキーらが個人の感情を音楽で表現
- 近現代:ドビュッシー、ストラヴィンスキーが従来の音楽を革新
彼らの音楽は、何百年経った今でも世界中で演奏され、愛され続けています。
次にクラシック音楽を聴くとき、作曲家の人生に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。きっと、音楽がもっと深く心に響くはずです。


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