氷河期よりも前、北の果てに高度な文明を持つ大陸があったとしたら、あなたは信じられますか?
クトゥルフ神話に登場する「ハイパーボリア」は、現在のグリーンランド付近に存在したとされる超古代文明の大陸です。そこでは人類が繁栄する一方で、恐ろしい邪神たちや異形の種族が共存していました。やがて氷河期の到来とともに滅び去ったこの幻の王国は、数々の物語の舞台となっています。
この記事では、クトゥルフ神話における古代大陸ハイパーボリアの地理、文明、そこに住まう存在たちについて詳しく解説します。
概要

ハイパーボリアは、アメリカの作家クラーク・アシュトン・スミスが創造した架空の古代大陸です。
クトゥルフ神話の重要な舞台の一つであり、氷河期以前の北極海と北大西洋の間、現在のグリーンランド近辺に存在したとされています。「コモリオム神話群」とも呼ばれる一連の物語の舞台となっており、人類の王国が栄えた場所でもあります。
この大陸には、首都コモリオムをはじめとする壮麗な都市が築かれ、高度な文明が花開きました。しかし同時に、地下には邪神ツァトゥグァや蜘蛛の神アトラック=ナチャといった恐ろしい存在が潜み、人類はこれらの超自然的な脅威と共存していたんです。
氷河期の到来によってハイパーボリアは滅亡し、大陸は海に沈みました。生き残った人々は、ムー大陸やアトランティスへと移住したとされています。
系譜
ハイパーボリアという名前の起源は、実は古代ギリシャ神話にまで遡ります。
元となった伝説
古代ギリシャには「ヒュペルボレイオス」という伝説上の地が存在しました。これは「北風の彼方にある場所」という意味で、古代ローマの博物学者プリニウスも『博物誌』の中で言及しています。スミスはこの古代の伝説から名前を借りて、独自の世界を構築したんですね。
クトゥルフ神話への組み込み
1930年代、クラーク・アシュトン・スミスは友人であるH・P・ラヴクラフト(クトゥルフ神話の創始者)やロバート・E・ハワード(英雄コナンの作者)と書簡を交わしながら、この世界を作り上げていきました。
スミスが最初にハイパーボリアを舞台にした作品を書く前に、ラヴクラフトはその設定を大絶賛。さらに、スミスの作品に登場する邪神ツァトゥグァを自分の小説にも登場させたんです。このやり取りによって、ハイパーボリアはクトゥルフ神話の一部として確立されました。
作品の展開
ラヴクラフトは『狂気の山脈にて』や『永劫より』といった作品の中で、ハイパーボリアに言及しています。『狂気の山脈にて』では、氷河期が南極の「古のもの」を滅ぼし、同時にハイパーボリア大陸も滅亡させたと記されました。
スミス自身は、詩を含めて11作品をハイパーボリアを舞台に執筆。代表作には『サタムプラ・ゼイロスの物語』『七つの呪い』『土星への扉』などがあります。
姿・見た目
ハイパーボリア大陸の地理的特徴を見ていきましょう。
大陸の位置と気候
ハイパーボリアは、氷河期が訪れる前は温暖で肥沃な土地だったとされています。密林が広がり、なんと恐竜の生き残りまで生息していたそうです。現在の寒冷なグリーンランドとは正反対の環境だったんですね。
主要都市
コモリオム(Commoriom)
最初の首都コモリオムは、「大理石と御影石の王冠」と称されるほど壮麗な都市でした。
コモリオムの特徴:
- 巨大な外壁に囲まれた堅固な都市
- 純白の尖塔が立ち並ぶ美しい街並み
- アトランティスやムー大陸から貢物が届くほどの繁栄
- 高度な商業文化(ジャール貨、バスール貨などの貨幣流通)
しかし、クニガティン・ザウムという無法者の出現により、住民は恐怖に駆られて都市を放棄。コモリオムは廃墟となってしまいました。
ウズルダロウム(Uzuldaroum)
コモリオムから徒歩で1日ほどの距離にある第二の首都です。コモリオムが放棄された後、ハイパーボリア王国の人々はこの地に新たな都を築きました。氷河期が訪れるまで、ここがハイパーボリア最後の人口集中地となります。
重要な地理的場所
ヴァーミタドレス山(Mount Voormithadreth)
首都コモリオムから徒歩1日の距離にそびえる、エイグロフ山脈で最も高い山です。
ヴァーミタドレス山の特徴:
- 4つの火口を持つ休火山
- 凶暴なヴァーミ族が居住
- 地下洞窟に邪神たちが潜む
- 高度な知性を持つ蛇人間の都市が存在
この山は、まさにハイパーボリアにおける超自然的恐怖の中心地だったんです。
ムー・トゥーラン(Mhu Thulan)
ハイパーボリア大陸の最北端にある半島で、魔術師たちが多く住んでいた地域です。有名な魔道士エイボンもここに五角形の黒い塔を構えていました。氷河期の到来時、この地が最初に氷に覆われたとされています。
特徴

ハイパーボリアの文明と文化には、独特の特徴があります。
高度な文明
ハイパーボリア王国は、100万年以上前から存在したとされる超古代文明です。
文明の特徴:
- 王による統治体制
- 整備された行政・司法制度
- 貨幣経済の発達
- 遠方との活発な交易
- 優れた科学技術(現代を超えるオーバーテクノロジー)
- 高度な魔術の発展
彼らの科学力は、現代と比較してもはるかに進んでいたとされています。また、魔術も盛んで、多くの有名な魔術師を輩出しました。
信仰と宗教
ハイパーボリアの宗教は、時代とともに大きく変化しました。
初期の信仰
最初期には、外宇宙からやってきた邪神ツァトゥグァが崇拝されていました。しかし、王国が確立されると状況は一変します。
イホウンデー信仰の隆盛
ヘラジカの女神イホウンデーの信仰が主流となり、ツァトゥグァ崇拝は邪教として禁止されました。イホウンデーの神官たちは大きな権力を持ち、異端者を取り締まっていたんです。
他にも以下の神々が崇拝されていました:
- レニ=オユ:月の女神(ウズルダロウムに神殿あり)
- イリム・シャイコース:巨大な氷山に乗って現れる白い獣の神
末期のツァトゥグァ復活
しかし、魔道士エイボンが土星へ逃亡する事件の後、イホウンデー信仰は衰退。再びツァトゥグァ崇拝が盛んになっていきました。
住民
人類
ハイパーボリアの人類は、長い耳と金髪が特徴の種族でした。先住民である蛇人間やヴァーミ族を支配し、300万年前頃から繁栄を築いたとされています。
ヴァーミ族(Voormi)
地下や山岳地帯に住む、三本指の茶色い毛皮に覆われた人型生物です。
ヴァーミ族の特徴:
- 凶暴で野蛮とされる
- ツァトゥグァを崇拝
- 人類からは「獣同然の蛮族」と見なされる
- ハイパーボリア末期には狩猟の対象に
かつてハイパーボリア大陸を支配していましたが、人類の到来によって地下へと追いやられました。
その他の存在
地下世界には、高度な知性を持つ蛇人間の都市や、アークトゥルスを回る二重星キタミールから飛来した無形の生物なども生息していたとされています。
伝承

ハイパーボリアには、数々の印象的な物語が伝わっています。
魔道士エイボンの逃亡
最も有名な物語の一つが、魔術師エイボンの伝説です。
エイボンは、ムー・トゥーランに住むツァトゥグァの司祭でした。彼は『エイボンの書』という魔術書を著し、その中に強力な魔術の秘密を記したんです。多くの弟子を集め、高い名声を得ていました。
しかし、イホウンデーの筆頭審問官モルギが、エイボンを異端者として逮捕するために黒い塔にやってきます。エイボンは、ツァトゥグァから授けられた魔法の扉を使って土星(サイクラノーシュ)へと逃亡。追いかけたモルギも消え去り、二人は二度と地球に戻ることはありませんでした。
この事件は「モルギがエイボンに敗れて連れ去られた」と解釈され、イホウンデー信仰の衰退につながったとされています。
クニガティン・ザウムの恐怖
首都コモリオムを廃墟に追い込んだのが、クニガティン・ザウムという無法者です。
彼はヴァーミ族出身で、数々の犯罪を犯しました。死刑執行人アタムマウスによって3度も斬首刑に処されましたが、そのたびに復活してしまいます。最終的には、ツァトゥグァの血を引く証拠として恐ろしい姿を現し、住民全員が恐怖に駆られて首都を放棄する事態となりました。
サタムプラ・ゼイロスの冒険
サタムプラ・ゼイロスは、ウズルダロウムの伝説的な大泥棒です。
彼は廃墟となったコモリオムに残された財宝を狙って侵入しましたが、ツァトゥグァの神殿に潜んでいた不定形の怪物に襲われます。相棒のティロウヴ・オムパリオスはさらに悲惨な運命を辿り、ゼイロス自身も右手を失って逃げ帰りました。
イリム・シャイコースの襲来
白く巨大な獣の姿をした邪神イリム・シャイコースが、巨大な氷山イーキルスに乗って現れました。この襲撃により、ムー・トゥーラン半島の各都市が滅亡したとされています。
ハイパーボリアの滅亡
最終的に、地球を襲った氷河期によってハイパーボリアは滅亡への道を辿ります。
北部のムー・トゥーランから氷結が始まりました。ある王が軍を率いて遠征し、魔術師に命じて擬似太陽を作り出して氷を溶かそうとしましたが、発生した霧によって王と魔術師、そして軍勢の大半が氷に閉じ込められて命を落としたという記録が残っています。
やがて大陸全体が氷に覆われ、最後には海に沈みました。生き残った人々は、ムー大陸やアトランティスへと移住したとされています。
後世への影響
ハイパーボリアの記憶は完全には失われませんでした。アトランティスの高位神官クラーカシュ=トンが、ツァトゥグァやハイパーボリア文明の記録を「コモリオム神話群」として残したんです。
これらの記録は『エイボンの書』とともに、氷河期以前の高度文明の証しとして、今なお研究者や好事家たちに語り継がれています。
出典
ハイパーボリアが登場する主な作品をご紹介します。
クラーク・アシュトン・スミスの作品
- 『サタムプラ・ゼイロスの物語』(1931年):ハイパーボリア最初の作品
- 『アウースル・ウトックアンの不運』(1932年)
- 『土星への扉』(1932年):魔道士エイボンの物語
- 『アタムマウスの遺書』(1932年):クニガティン・ザウムの物語
- 『ウボ=サスラ』(1933年)
- 『氷の魔物』(1933年)
- 『七つの呪い』(1934年)
- 『白蛆の襲来』(1941年)
H・P・ラヴクラフトの作品
- 『狂気の山脈にて』(1931年):氷河期によるハイパーボリア滅亡に言及
- 『永劫より』(1935年):20万年前のツァトゥグァ崇拝に言及
- 『闇に囁くもの』(1930年):ツァトゥグァとエイボンの書に言及
関連書籍
- 『エイボンの書』(ケイオシアム社):後続作家たちによる作品集
- 創元推理文庫『ヒュペルボレオス極北神怪譚』:スミスのハイパーボリア作品全11編を収録
まとめ
ハイパーボリアは、クトゥルフ神話における最も古い人類文明の一つです。
重要なポイント
- クラーク・アシュトン・スミスが創造した架空の古代大陸
- 氷河期以前の北極圏に存在した高度文明
- 首都コモリオム、第二の首都ウズルダロウムで繁栄
- 邪神ツァトゥグァをはじめとする超自然的存在が潜む
- 魔道士エイボンや大泥棒サタムプラ・ゼイロスなどの伝説的人物を輩出
- イホウンデー信仰とツァトゥグァ崇拝の興亡
- 氷河期の到来により滅亡し、大陸は海に沈む
- クトゥルフ神話の重要な舞台として数々の物語が生まれた
現代のグリーンランドの氷の下には、かつて繁栄した幻の王国の痕跡が眠っているのかもしれませんね。


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