「置いてけ~、置いてけ~」
この不気味な声、聞いたことはありませんか?
実はこれ、江戸時代から語り継がれてきた「本所七不思議」という怪談のひとつなんです。
本所とは、現在の東京都墨田区南部にあたる地域のこと。
錦糸町や両国、押上あたりを指しています。
江戸時代、この本所一帯では数々の不思議な現象が起こったと噂されていました。
夜な夜な聞こえる謎の声、消えない提灯、天井から降りてくる巨大な足……。
これらの怪談は落語や浮世絵、映画の題材にもなり、今でも多くの人を魅了し続けています。
この記事では、江戸時代の都市伝説として親しまれてきた本所七不思議について、それぞれの怪談の内容や舞台となった場所を一覧形式で詳しく解説していきます。
本所七不思議って何?

江戸時代に生まれた怪談集
本所七不思議は、江戸時代中期ころから本所地域で語り継がれてきた奇談・怪談の総称です。
「七不思議」という名前がついていますが、実際には7つ以上のエピソードが存在します。
伝承する人や時代によって内容が異なるため、記録されている話は9つ以上あるんです。
「七」という数字には神秘的な意味合いがあり、怖い話をまとめるときに「七不思議」とすることで、より不思議な雰囲気を醸し出していたのでしょう。
なぜ本所で怪談が生まれたの?
本所地域には、怪談が生まれやすい独特の環境がありました。
本所の特徴
- 明暦の大火(1657年)後に開発された新しい町
- 隅田川東岸に広がる低湿地帯
- 竪川・大横川・横十間川など水路が多い
- 武家屋敷や寺社が点在
- 夜はとても静かで人通りが少ない
開発されたばかりの土地で、広い野原に家がポツンポツンと建っている程度。
夜になると暗く静まり返り、怪しい雰囲気が漂っていたといわれています。
水路が多かったことで魚釣りをする人も多く、それが「置いてけ堀」のような怪談を生む背景になったのかもしれません。
本所七不思議 一覧
ここからは、代表的な本所七不思議を一つずつ紹介していきます。
墨田区の公式資料などをもとに、主要な話を取り上げました。
置いてけ堀(おいてけぼり)
舞台:錦糸堀(現在の錦糸町駅周辺)
本所七不思議の中で最も有名な話といえば、この「置いてけ堀」でしょう。
ある夜、一人の男が本所の堀で魚釣りをしていました。
その日は大漁で、魚籠(びく)はいっぱいに。
上機嫌で帰ろうとしたその時……
「置いてけ~、置いてけ~」
どこからともなく不気味な声が聞こえてきたのです。
周りを見渡しても誰もいません。
恐ろしくなった男は、一目散に逃げ帰りました。
家について魚籠を確認すると、なんと中は空っぽ。
あんなにたくさん釣った魚が、一匹も残っていなかったのです。
この怪異の正体は河童(かっぱ)だという説が有力です。
現在、錦糸堀公園には河童の像が設置されています。
ちなみに「置いてきぼり」という言葉は、この怪談が語源になったといわれています。
足洗い屋敷(あしあらいやしき)
舞台:本所三笠町(現在の亀沢四丁目)
本所三笠町にあった旗本・味野岌之助(あじのきゅうのすけ)の屋敷で起こった奇怪な出来事です。
毎晩、丑三つ時(午前2時~3時頃)になると、生臭い風とともに屋敷全体が激しく揺れ始めます。
そしてメキメキと音を立てて天井が破れ、巨大な毛むくじゃらの足が降りてくるのです。
足は大きな声で叫びました。
「足を洗え!」
仕方なく家人が足を洗ってやると、足はおとなしく天井へ戻っていきます。
しかし無視すると、屋敷中の天井を踏み抜いて暴れ回ったとか。
困り果てた味野は同僚の旗本に相談したところ、その奇妙な屋敷に興味を持った同僚と住まいを交換することに。
すると不思議なことに、屋敷を移った途端、巨大な足は二度と現れなくなったそうです。
この怪談は明治時代前期まで語り継がれ、新聞記事にもなりました。
送り提灯(おくりちょうちん)
舞台:法恩寺付近(現在の太平一丁目)
夜道を歩いていると、前方にぼんやりと提灯の明かりが見えます。
「あれについていけば道に迷わずに済む」と思い、近づこうとすると……
提灯の明かりがふっと消えてしまいます。
立ち止まってしばらくすると、また前方に明かりが現れる。
近づくとまた消える。
これが何度も繰り返されるのです。
この提灯が何なのか、正体は誰にもわかりませんでした。
道案内をしてくれているのか、それとも人をからかっているのか……。
狐や狸に化かされているという説もあります。
送り拍子木(おくりひょうしぎ)
舞台:入江町・時の鐘付近(現在の緑四丁目)
江戸時代、火の用心のために夜回りをする人がいました。
彼らは拍子木を「カン、カン」と打ち鳴らしながら町を巡回していたのです。
ところが本所で夜回りをしていると、奇妙なことが起こりました。
自分が拍子木を打つと、後ろから同じように拍子木の音が返ってくるのです。
振り返っても誰もいない。
前に進んで拍子木を打つと、また後ろから「カン、カン」と音がする……。
この怪現象は特に入江町の時の鐘付近で起こったといわれています。
狸囃子(たぬきばやし)
舞台:本所一帯(現在の墨田区南部全域)
夜になると、どこからともなくお囃子(祭りの音楽)の音が聞こえてきます。
太鼓の音がトントコトントコ……。
最初は遠くから聞こえていたのに、だんだん近づいてくる。
かと思えば、また遠ざかっていく。
音のする方角を探そうとしても、あちらへ行けばこちらから、こちらへ行けばあちらから聞こえてきて、いっこうに音の正体がつかめません。
この音に誘われてフラフラと歩いていると、いつの間にか見知らぬ場所に迷い込んでしまうこともあったとか。
正体は狸(たぬき)がお腹を叩いて音を出しているのだといわれています。
典型的な「狸に化かされた」系の怪談ですね。
片葉の葦(かたはのあし)
舞台:駒留橋付近(現在の両国一丁目あたり)
両国橋の近くにあった入堀には、奇妙な葦(あし)が生えていました。
普通の葦は茎の両側に葉がつきますが、この場所の葦は片方にしか葉がつかないのです。
この怪異には、悲しい物語が伝わっています。
本所に住んでいたお駒という美しい娘がいました。
留蔵という男がお駒に執拗に言い寄っていましたが、お駒は何度も断り続けます。
ついに逆上した留蔵は、お駒を追いかけて駒留橋付近で襲いかかりました。
そして片手片足を切り落として堀に投げ込むという凶行に及んだのです。
それ以来、この堀で生える葦は片方にしか葉をつけなくなったといわれています。
現代でいうストーカー殺人のような、身勝手な男の悲惨な話です。
落葉なき椎(おちばなきしい)
舞台:松浦家屋敷跡(現在の横網町公園付近)
平戸新田藩・松浦豊後守の上屋敷には、立派な椎の木がありました。
この椎の木は、葉が落ちたところを誰も見たことがないという不思議な木だったのです。
普通の木なら秋には落ち葉があるはずなのに、この椎の木だけは一年中青々と茂っている。
いつ見ても枯れ葉が地面に落ちていない。
この噂は江戸中に広まり、「椎の木屋敷」と呼ばれるようになりました。
実は椎の木は常緑樹なので、もともとあまり葉が落ちない性質を持っています。
当時の人々がそれを知らなかったために、不思議な現象として語り継がれたのかもしれません。
燈無蕎麦 / 消えずの行灯(ひなしそば / きえずのあんどん)
舞台:南割下水付近(現在の亀沢二丁目)
本所の南割下水という水路の近くには、夜な夜な蕎麦屋の屋台が出ていました。
しかしこの蕎麦屋、いつ行っても主人がいないのです。
不思議なことに、行灯(あんどん)だけは常に火が灯っている。
誰も油を差していないはずなのに、一晩中消えることがありません。
うっかりこの蕎麦屋に立ち寄ったり、行灯を消そうとしたりすると、不幸が訪れるといわれていました。
別の伝承では、逆に「行灯がずっと消えている」バージョンもあります。
その場合、油を差して火をつけても、すぐに消えてしまうのだとか。
津軽の太鼓(つがるのたいこ)
舞台:津軽家屋敷跡(現在の緑町公園付近)
江戸時代、火事を発見したときは火の見やぐらで板木(ばんぎ)を打って知らせるのが一般的でした。
しかし南割下水の近くにあった津軽越中守(つがるえっちゅうのかみ)の屋敷だけは、なぜか太鼓を打つことが許されていたのです。
なぜこの屋敷だけが太鼓を使えたのか、その理由は誰も知りませんでした。
別の伝承では、「板木を打っているはずなのに、なぜか太鼓の音が聞こえる」というパターンもあります。
時なしの鐘(ときなしのかね)
舞台:入江町の時の鐘(現在の緑四丁目)
江戸時代、人々に時刻を知らせるために「時の鐘」という大きな鐘がありました。
本所の入江町にも時の鐘があったのですが、この鐘がとにかくあてにならない。
鳴る時刻がバラバラで、正しい時刻を告げたことがほとんどなかったそうです。
これは怪談というよりも、不思議な現象として語り継がれてきた話です。
本所七不思議の一覧表
| 名称 | 内容 | 推定地(現在) |
|---|---|---|
| 置いてけ堀 | 魚を持ち帰ろうとすると「置いてけ」と声がする | 錦糸堀公園(錦糸町) |
| 足洗い屋敷 | 天井から巨大な足が降りてくる | 亀沢四丁目 |
| 送り提灯 | 近づくと消える謎の提灯 | 太平一丁目 |
| 送り拍子木 | 後ろから拍子木の音が返ってくる | 緑四丁目 |
| 狸囃子 | どこからともなくお囃子が聞こえる | 本所一帯 |
| 片葉の葦 | 片方にしか葉がつかない葦 | 両国一丁目 |
| 落葉なき椎 | 葉が落ちない椎の木 | 横網町公園付近 |
| 燈無蕎麦 | 主人がいないのに行灯が灯る蕎麦屋 | 亀沢二丁目 |
| 津軽の太鼓 | 板木ではなく太鼓を打つ屋敷 | 緑町公園付近 |
| 時なしの鐘 | 時刻があてにならない鐘 | 緑四丁目 |
本所七不思議が現代に残した影響
落語や浮世絵の題材に
本所七不思議は、江戸時代から落語の演目として親しまれてきました。
特に「置いてけ堀」は有名で、今でも寄席で演じられることがあります。
また、浮世絵師の歌川国輝(うたがわくにてる)は「本所七不思議之内」というシリーズを制作。
足洗い屋敷や片葉の葦など、怪異の様子を迫力ある絵で描いています。
映画化もされている
本所七不思議は映画にもなっています。
- 1937年:『本所七不思議』(新興キネマ)
- 1957年:『怪談本所七不思議』(新東宝)
1957年版には、傘お化けや一つ目小僧といった妖怪も登場し、怪談映画として人気を博しました。
現代のゲームにも
2023年には、スクウェア・エニックスから『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』というホラーアドベンチャーゲームが発売されました。
本所七不思議を題材にしたこのゲームは、日本ゲーム大賞で優秀賞を受賞。
江戸時代の怪談が令和の時代になってもコンテンツとして愛されていることがわかります。
観光スポットとしての本所七不思議
現在、墨田区では本所七不思議を観光資源として活用しています。
見どころ
- 大横川親水公園:本所七不思議のレリーフが設置されている
- 錦糸堀公園:河童の像がある
- 緑町公園:津軽の太鼓の案内板がある
墨田区が配布している「本所七不思議マップ」を片手に、怪談の舞台を巡る散歩も楽しめます。
まとめ
本所七不思議は、江戸時代から語り継がれてきた墨田区(旧本所地域)の怪談集です。
本所七不思議の特徴
- 「七不思議」と呼ばれているが、実際は9つ以上の話がある
- 水路や武家屋敷が多い本所特有の環境から生まれた
- 落語、浮世絵、映画、ゲームなど様々なメディアで愛されてきた
- 現在も墨田区の観光資源として親しまれている
「置いてけ堀」の正体は河童なのか、「狸囃子」は本当に狸の仕業なのか。
真相は誰にもわかりませんが、だからこそ人々の想像力をかき立て、今も語り継がれているのでしょう。
墨田区を訪れた際は、本所七不思議の舞台を巡ってみてはいかがでしょうか。
江戸時代の人々が感じた不思議な体験を、現代の街並みの中で追体験できるかもしれません。




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