ハンス・イェルク・ウター──世界の昔話を分類した民俗学者

神話・歴史・伝承

「シンデレラ」と「灰かぶり姫」、「白雪姫」と「いばら姫」──世界各地に似たような物語が存在することに気づいたことはありませんか?

ドイツで語られる「赤ずきん」と、フランスの「ペロー童話」の赤ずきん、さらには日本の「天道さん金の鎖」まで、なぜこんなにも似た物語が世界中にあるのでしょうか。

この謎を解き明かし、世界中の昔話を体系的に分類する壮大なプロジェクトを完成させた研究者がいます。それがドイツの民俗学者ハンス・イェルク・ウター(Hans-Jörg Uther)です。

彼が2004年に発表した「ATU分類」は、現在も世界の昔話研究における国際標準として使われています。

この記事では、グリム童話研究の第一人者であり、昔話分類の集大成者でもあるハンス・イェルク・ウターについて、その業績と研究の意義を詳しくご紹介します。


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ハンス・イェルク・ウターとは?

基本プロフィール

ハンス・イェルク・ウター(1944年〜)は、ドイツの民俗学者・文献学者です。

ハルツ地方のヘルツベルクで生まれ、ミュンヘン大学とゲッティンゲン大学で民俗学、ゲルマン語学、歴史学を学びました。その後、デュースブルク=エッセン大学でドイツ文学・文芸学の教授を務め、長年にわたり昔話研究の第一線で活躍してきた人物です。

主な肩書き

ウターが持つ主要な役職・称号は以下の通りです。

  • デュースブルク=エッセン大学ドイツ文学教授
  • 『メルヒェン百科事典』(Enzyklopädie des Märchens)共同編集者
  • 学術誌『Fabula』共同編集者(1988年〜)
  • フィンランド科学アカデミー「フォークロア・フェロー」(1993年〜)
  • 国際民間伝承研究学会(ISFNR)元副会長(1998-2005年)

「フォークロア・フェロー」とは、フィンランド科学アカデミーが認定する民俗学研究者の称号で、世界でも限られた研究者にのみ与えられる栄誉ある地位です。


なぜ昔話の分類が重要なのか?

世界中に散らばる「似た物語」の謎

世界各地には、驚くほど似た構造を持つ物語が存在しています。

たとえば「シンデレラ型」の物語を考えてみましょう。継母にいじめられる娘が、魔法の助けを借りて王子と結ばれる──このプロットは、ヨーロッパだけでなく、中国の「葉限」(ようげん)、ベトナムの「タム・カム」、さらには日本の「糠福と米福」にまで見られます。

なぜこのような類似が生まれるのでしょうか。人類共通の心理が生み出したのか、それとも交易や移住を通じて伝播したのか。この問いに答えるためには、まず世界中の昔話を体系的に整理する必要がありました。

昔話分類の歴史

昔話を分類しようという試みは、19世紀後半から始まっています。

1910年 フィンランドの民俗学者アンティ・アールネが、ヨーロッパの昔話約800話をまとめた最初の分類目録を発表しました。

1928年・1961年 アメリカの民俗学者スティス・トンプソンがアールネの分類を大幅に拡張。これが「アールネ=トンプソン分類」(AT分類)として、20世紀の昔話研究の基盤となりました。

しかし、AT分類には問題もありました。ヨーロッパと西アジアに偏っていて、東欧・南欧・アジア・アフリカの昔話があまり含まれていなかったのです。また、記述が曖昧な部分も多く、研究者によって解釈が分かれることもありました。


ATU分類──ウターの最大の業績

「国際昔話話型カタログ」の誕生

2004年、ウターはAT分類を全面的に改訂し、『国際昔話話型カタログ』(The Types of International Folktales)を発表しました。

この新しい分類体系は、三人の研究者の名前を取って「ATU分類」(アールネ=トンプソン=ウター分類)と呼ばれています。全3巻、約1,400ページにおよぶ大著です。

ATU分類の革新的な点

ウターによる改訂には、いくつかの重要な改善が含まれていました。

1. 話型の説明を全面的に書き直し
従来のAT分類では、話型の説明が簡潔すぎて曖昧なケースが多くありました。ウターはすべての話型について、より正確で詳細な説明を新たに執筆しています。

2. 250以上の新しい話型を追加
東欧・南欧の昔話をより多く収録し、地理的な偏りを是正しました。これにより、国際的な比較研究がより容易になったのです。

3. 書かれた文献も重視
従来のAT分類は「口承伝承」を重視しすぎる傾向がありました。ウターは、より古い書かれた版の物語も積極的に参照し、話型の歴史的変遷を追いやすくしています。

4. 国際的な話型に限定
ATU分類では、3つ以上の国・文化圏で確認された話型のみを収録。ごく限られた地域でしか見られない話は除外され、真に「国際的」なカタログとなりました。

7つの大分類

ATU分類では、すべての昔話が以下の7つのカテゴリーに分類されます。

番号カテゴリー名内容
1〜299動物昔話キツネとブドウ、ブレーメンの音楽隊など
300〜749魔法昔話シンデレラ、白雪姫、赤ずきんなど
750〜849宗教昔話聖人や神との出会いを描いた物語
850〜999写実的昔話魔法の要素がない現実的な物語
1000〜1199愚かな鬼の話人間が巨人や悪魔を出し抜く話
1200〜1999笑話・逸話ほら話、愚か者の話など
2000〜2399形式譚累積譚、果てしない話など

私たちがよく知る「おとぎ話」の多くは、「魔法昔話」(300〜749)に分類されています。

具体例で見るATU分類

いくつか有名な昔話のATU番号を見てみましょう。

  • ATU 333: 赤ずきん
  • ATU 510A: シンデレラ
  • ATU 510B: ロバの皮(ペローのドンキー・スキン)
  • ATU 709: 白雪姫
  • ATU 410: 眠れる森の美女
  • ATU 425A: 美女と野獣
  • ATU 500: ルンペルシュティルツキン(名前あて)

たとえば「ATU 510A シンデレラ」の項目を見ると、物語の基本構造、各国での類話、重要な研究文献、関連するモチーフ番号などが詳しく記載されています。研究者はこの番号を使うことで、世界中の「シンデレラ型」の物語を簡単に比較・参照できるのです。


グリム童話研究への貢献

『グリム童話ハンドブック』

ウターのもう一つの重要な業績が、『グリム兄弟の「子どもと家庭のメルヒェン」ハンドブック』(Handbuch zu den “Kinder- und Hausmärchen” der Brüder Grimm)です。

2008年に初版が刊行され、2013年、2021年と改訂を重ねてきました。この本は、グリム兄弟が生涯に出版したすべてのメルヒェン(童話)を網羅的に解説した決定版です。

ハンドブックの内容

この研究書では、グリム童話の全210話それぞれについて、以下の情報が詳しく解説されています。

  • 物語の成立経緯と出典
  • テキストの変遷(初版から最終版までの違い)
  • 国際的な比較研究の成果
  • 挿絵の歴史
  • 映画・アニメ・舞台などへの影響

学界では「すべてのメルヒェン研究者必携の書」と高く評価されており、ドイツ語圏のグリム童話研究における標準的な参考文献となっています。

グリム童話の校訂版

ウターは研究書だけでなく、グリム童話そのものの校訂版も手がけています。

1996年と2004年には、グリム兄弟の『子どもと家庭のメルヒェン』批評校訂版を出版。原典に忠実なテキストを確立し、各版の異同を明らかにしました。また、グリム兄弟の『ドイツ伝説集』の校訂版(1993年)も出版しています。


『メルヒェン百科事典』での40年以上の仕事

世界最大の昔話事典

ウターが40年以上にわたって携わってきた仕事が、『メルヒェン百科事典』(Enzyklopädie des Märchens)の編纂です。

この百科事典は、1977年から2015年にかけて刊行された全15巻の大著で、昔話・伝説・民間伝承に関する約4,000の項目を収録しています。世界最大かつ最も権威ある昔話研究の参考文献です。

ウターの貢献

ウターは1971年に学生助手として参加し、1973年からは編集者として百科事典の編纂に携わりました。約4,000項目のうち、138項目をウター自身が執筆しています。

この長期プロジェクトを通じて、ウターは世界中の昔話研究の最前線に立ち続け、ATU分類の改訂に必要な膨大な知識を蓄積していったのです。


その他の業績

編集・出版した書籍

ウターは生涯で50冊以上の民話・伝説に関する書籍を編集・出版しています。

批評校訂版

  • グリム兄弟『子どもと家庭のメルヒェン』(1996年、2004年)
  • グリム兄弟『ドイツ伝説集』(1993年)
  • ヴィルヘルム・ハウフ『メルヒェン集』(1999年)
  • ルートヴィヒ・ベヒシュタイン『メルヒェン集』(1998年)

その他

  • 『世界文学のメルヒェン』シリーズ編者(1989-2002年)
  • 『ドイツ昔話カタログ』

受賞歴

ウターの研究は国際的に高く評価され、いくつかの重要な賞を受賞しています。

受賞理由
1993年ピトレ賞『ドイツ伝説集』校訂版の出版
2005年ヨーロッパ・メルヒェン賞『国際昔話話型カタログ』(ATU分類)
2010年グリム兄弟賞マールブルク大学より

ヨーロッパ・メルヒェン賞は、ヴァルター・カーン メルヒェン財団が授与する権威ある賞で、昔話研究への顕著な貢献に対して贈られます。


ATU分類の使われ方

研究者にとっての意義

ATU分類は、現代の昔話研究において不可欠なツールとなっています。

研究者がある物語を分析する際、まずATU番号を特定します。すると、世界中の類話がどこにあるか、どんな先行研究があるか、どのようなモチーフが含まれているかが、すぐにわかるのです。

たとえば「赤ずきん」を研究したい場合、「ATU 333」を調べれば、ヨーロッパ各国のバリエーション、アジアの類話、心理学的解釈、フェミニズム的解釈など、関連する情報に容易にアクセスできます。

系統発生学的研究への応用

近年では、ATU分類を用いた「昔話の系統発生学」という新しい研究分野も生まれています。

2016年、研究者のグラサ・ダ・シルバとジャミシド・テラニは、ATU分類のデータを使って「魔法昔話」の起源を系統発生学的に分析しました。その結果、「ジャックと豆の木」(ATU 328)や「美女と野獣」(ATU 425C)などの物語は、インド・ヨーロッパ祖語の時代、つまり数千年前にまで遡る可能性があることがわかったのです。

このような研究は、ATU分類という共通の枠組みがあってこそ可能になりました。

日本語版の出版

2016年には、小澤俊夫監修、加藤耕義訳で『国際昔話話型カタログ──分類と文献目録』の日本語版が出版されています。これにより、日本の研究者や昔話愛好家も、ATU分類を直接参照できるようになりました。


ATU分類の限界と批判

地理的な偏り

ATU分類は従来のAT分類より地理的範囲を広げましたが、それでも依然としてヨーロッパ・西アジア中心という批判があります。

アフリカ、東アジア、オセアニア、南北アメリカの昔話は、十分にカバーされているとは言えません。これらの地域については、地域別の補足カタログが別途作成されています。

分類の難しさ

すべての昔話がきれいに一つの話型に収まるわけではありません。

複数の話型が混ざった物語、地域特有の変形、口承と文献で大きく異なるバージョンなど、分類に迷うケースは少なくありません。ATU分類はあくまで「研究の出発点」であり、絶対的な基準ではないことを認識しておく必要があります。


まとめ

ハンス・イェルク・ウターは、20世紀から21世紀にかけての昔話研究を代表する学者の一人です。

重要なポイント

  • 1944年生まれのドイツの民俗学者・文献学者
  • デュースブルク=エッセン大学ドイツ文学教授として長年教鞭を執った
  • 2004年にATU分類を発表し、世界の昔話研究の新たな国際標準を確立
  • 『グリム童話ハンドブック』など、グリム童話研究の決定版を多数執筆
  • 40年以上にわたり『メルヒェン百科事典』の編纂に携わった
  • 50冊以上の民話・伝説関連書籍を編集・出版
  • ヨーロッパ・メルヒェン賞、グリム兄弟賞など国際的な賞を受賞

「シンデレラ」も「白雪姫」も「赤ずきん」も、私たちが子どもの頃から親しんできた物語です。でも、その物語がなぜ世界中にあるのか、どのように変化してきたのかを知るためには、ウターが整備した分類システムが欠かせません。

昔話研究という一見地味な分野で、ウターは世界中の研究者が使える「共通言語」を作り上げました。彼の仕事は、これからも昔話を愛するすべての人々の道しるべとなり続けることでしょう。


参考文献・関連情報

ATU分類を調べるには

  • Uther, Hans-Jörg. The Types of International Folktales: A Classification and Bibliography. Helsinki: Suomalainen Tiedeakatemia, 2004.
  • ハンス=イェルク・ウター著、加藤耕義訳、小澤俊夫監修『国際昔話話型カタログ──分類と文献目録』小澤昔ばなし研究所、2016年

グリム童話研究

  • Uther, Hans-Jörg. Handbuch zu den “Kinder- und Hausmärchen” der Brüder Grimm. Berlin: De Gruyter, 2008(第3版 2021年)

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