頭に大きな鉢をかぶった少女が、数々の苦難を乗り越えて幸せをつかむ物語。
それが「鉢かつぎ姫」です。
室町時代から語り継がれるこの物語は、日本版シンデレラとも呼ばれ、今も多くの人々に愛されています。
この記事では、鉢かつぎ姫の物語の全容を詳しくご紹介します。
概要
鉢かつぎ姫は、室町時代に成立した「御伽草子(おとぎぞうし)」に収録された日本の民間伝承です。
継母にいじめられた少女が、頭にかぶった鉢のおかげで命を救われ、最終的に幸福な結婚を果たす物語として知られています。
この物語は「継子いじめ」をテーマとした代表的な作品であり、シンデレラ型の物語として分類されています。
鉢かつぎ姫の物語
誕生と母の死
昔、河内国交野郡(現在の大阪府交野市周辺)に、寝屋備中守藤原実高という長者が住んでいました。
夫婦には子どもがなく、大和国の長谷観音(長谷寺)に子宝を祈願し続けていました。
その甲斐あって、待望の女の子が生まれます。
両親は娘を「初瀬姫」と名付け、大切に育てました。
初瀬姫が13歳から14歳になったとき、母親が重い病にかかってしまいます。
母親は死を悟り、長谷観音にお参りを続けました。
するとある夜、枕元に観音さまが現れ、「娘の頭に鉢をかぶせるように」とお告げがあります。
母親はお告げに従い、初瀬姫の頭に大きな木の鉢をかぶせました。
「これは仏さまのお告げなのです。そのわけは、あとできっと分かるでしょう」
そう言い残し、母親は亡くなってしまいます。
鉢は初瀬姫の頭にぴったりとくっつき、どうしても外れなくなってしまいました。
継母のいじめと追放
父親は再婚し、新しい母親(継母)がやってきます。
継母は鉢をかぶった初瀬姫の姿を見て、気味悪がり、いじめるようになりました。
やがて継母は、家来に命じて初瀬姫を遠くに捨てさせてしまいます。
行くあてのない初瀬姫は、さまよい歩き続けました。
絶望した初瀬姫は、亡き母のもとへ行こうと川に身を投げます。
しかし、頭の鉢のおかげで沈むことができず、浮き上がってしまいました。
通りかかりの船に引き上げられましたが、鉢をかぶった異様な姿に驚いた船頭に、川岸に投げ出されてしまいます。
道を歩いていても、人々は鉢かつぎの姿に驚いて逃げていきます。
誰も助けてくれません。
山蔭三位中将の屋敷での生活
そんなとき、山蔭三位中将という貴族に助けられます。
初瀬姫は「鉢かつぎ」と呼ばれ、屋敷で風呂焚き(湯殿番)として働くことになりました。
水を汲んだり、薪を運んだりする、つらい仕事でした。
鉢をかぶった姿を気味悪がり、誰も近寄りません。
それでも初瀬姫は、一生懸命に働き続けました。
宰相との出会い
山蔭三位中将には4人の息子がいましたが、四男の宰相殿御曹司だけは、鉢かつぎ姫の優しい心根に気づいていました。
宰相は鉢かつぎと話をするうちに、彼女の教養の深さや心の美しさに惹かれていきます。
やがて二人は互いに心を通わせ、夫婦の約束をしました。
しかし、宰相の両親や兄たちは、鉢をかぶった見すぼらしい下働きの娘との結婚に猛反対します。
宰相の母親は乳母に相談し、ある策を思いつきます。
「まず、宰相と鉢かつぎを形だけ結婚させます。そして、兄たちの嫁との『嫁くらべ』を行うのです。鉢かつぎは恥ずかしくなって、自分から逃げ出すでしょう」
嫁くらべと鉢が外れる瞬間
嫁くらべの日が迫ってきました。
兄たちの嫁は教養豊かで美しい女性ばかりです。
鉢をかぶったままでは、琴や歌などの教養を示すこともできません。
鉢かつぎ姫と宰相は、覚悟を決めました。
「どうしても一緒になれないのなら、二人で屋敷を出よう」
二人は手に手を取って、こっそりと屋敷を出ようとします。
その瞬間、今まで決して外れなかった鉢が、ぽろりと頭から落ちました。
鉢の中からは、美しい衣装や金銀財宝が溢れ出てきます。
そして、美しく成長した初瀬姫の姿が現れました。
別の伝承では、宰相の父親が鉢かつぎ姫を切り捨てようと刀を振りかざした瞬間、鉢が光ってこなごなに砕け、中から美しい姫の姿が現れたとされています。
幸福な結婚
初瀬姫の美しさと教養の深さに、誰もが驚きました。
嫁くらべでは、初瀬姫の歌も琴の演奏も素晴らしく、他の誰にも及びません。
宰相の両親も結婚を認め、二人は正式に夫婦となりました。
その後、二人は3人の子どもに恵まれ、長谷観音に感謝しながら幸せに暮らしました。
物語の舞台
物語の舞台は、「河内国交野郡」とされています。
これは現在の大阪府交野市、枚方市、寝屋川市の一部を含む地域です。
寝屋川市では、この物語を地域の伝承として大切にしています。
市のマスコットキャラクター「はちかづきちゃん」は鉢かつぎ姫をモチーフにしており、2017年には宰相をモチーフにした「ねや丸くん」も追加されました。
マンホールの蓋や公用車、ご当地ナンバープレートにもこのキャラクターが使われています。
ただし、御伽草子の原典には「寝屋川」という具体的な地名は記されていません。
「河内の国、交野の里」という記述があるのみで、これは中世における広い地域を指す言葉でした。
寝屋川市史の研究によれば、明治初期頃に「寝屋長者鉢記」という写本が作られ、そこで初めて「寝屋」という地名が明記されたとのことです。
御伽草子について
鉢かつぎ姫が収録されている「御伽草子」は、室町時代を中心に成立した短編物語の総称で、現存するものは400編以上、一説には500編にも達するとされています。
御伽草子の特徴は、以下の通りです。
絵入りの短編物語
平安時代の長編物語とは異なり、短く分かりやすい物語です。
多くは絵入りで、視覚的にも楽しめるよう工夫されていました。
身分を超えた主人公
それまでの貴族中心の物語から、庶民や異類(動物や妖怪)が主人公の物語へと広がりました。
一寸法師、浦島太郎、鉢かつぎなど、様々な主人公が登場します。
教訓と娯楽の両立
善悪の対比や因果応報を描きながらも、読者を楽しませる娯楽性も持ち合わせています。
鉢かつぎ姫は、室町時代に成立したとされ、江戸時代には版本として広く流布しました。
兵庫県立歴史博物館には、延宝4年(1676年)に刊行された版本が所蔵されています。
物語のテーマ
鉢かつぎ姫の物語には、いくつかの重要なテーマが込められています。
継子いじめの苦難
鎌倉時代前期に成立した「住吉物語」と並び、中世日本における「継子いじめ」を主題とした代表的な物語です。
母親を亡くした子どもが継母にいじめられるという設定は、当時の社会でも実際に起こっていた問題を反映しています。
観音信仰
長谷観音のお告げによって鉢をかぶることになり、最終的にその鉢が姫を守り、幸福をもたらします。
この物語は、観音信仰の教化活動としての側面も持っていました。
内面の美しさの価値
外見的には異様な姿でありながら、心根の優しさと教養の深さを持つ姫。
宰相は、外見ではなく内面の美しさに惹かれて姫を愛します。
これは、見た目にとらわれない真の愛の形を描いています。
シンデレラ型の物語
民俗学者Hiroko Ikedaは、この物語を「ATU 510C型(ケープ・オ・ラッシズ型)」に分類しています。
これは、シンデレラ型の物語の一種で、継子がいじめられながらも最終的に幸福な結婚を果たすというモチーフです。
現代への影響
鉢かつぎ姫の物語は、現代でも様々な形で親しまれています。
絵本・児童書
多くの出版社から、子ども向けの絵本や児童書が刊行されています。
広川操一の絵による「鉢かつぎ姫」(講談社)は、美しい大和絵で物語を描いた名作として知られています。
アニメ・映像化
1976年には「まんが日本昔ばなし」でアニメ化されました。
ただし、原作とは一部異なる演出が加えられています。
文学作品
太宰治は1945年に「お伽草紙」という短編集を発表しましたが、これは鉢かつぎ姫ではなく、他の御伽草子を題材にした作品です。
地域振興
寝屋川市では、鉢かつぎ姫を地域のシンボルとして活用しています。
婚姻届を出したカップルには、はちかづきちゃんとねや丸くんのぬいぐるみがプレゼントされるなど、市民に親しまれています。
参考情報
関連記事
- グリム童話|有名作品のあらすじと全210話を徹底紹介 – シンデレラ型の物語の西洋版
この記事で参照した情報源
信頼できる二次資料(民間伝承の編纂)
- 御伽草子「鉢かづき」(室町時代末期~江戸時代に成立) – 複数の異本が存在
- 延宝4年(1676年)版本 – 兵庫県立歴史博物館所蔵
- 万治2年(1659年)松會開板版 – 筑波大学附属図書館所蔵
学術資料・研究
- 寝屋川市史 第9巻「鉢かづき編」 – 1989-2009年編纂
- 千野美和子「日本説話『鉢かづき』にみる鉢の意味」京都光華女子大学研究紀要 第54号
参考になる外部サイト
- Wikipedia「鉢かづき」 – 物語の基本情報
- Wikipedia「御伽草子」 – 御伽草子の概要
- 兵庫県立歴史博物館 デジタルミュージアム – 延宝4年版本の解説
- 日本経済新聞「寝屋川で愛される『鉢かづき姫』」 – 寝屋川市と鉢かつぎ姫の関係
- Wikipedia “Hachikazuki”(英語版) – 国際的な分類と評価

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