空から響く怒号、大地を揺るがす巨体、そして天界をも震え上がらせる圧倒的な戦闘力。
中国の古典小説『西遊記』には数多くの妖怪が登場しますが、その中でも最強クラスの実力を持つのが牛魔王(ぎゅうまおう)です。
かつては孫悟空と義兄弟の契りを交わした仲間でしたが、やがて激しい戦いを繰り広げることになります。この記事では、平天大聖と称した牛魔王の正体や能力、火焔山での壮絶な戦いについて詳しくご紹介します。
概要

牛魔王は、16世紀の中国古典小説『西遊記』に登場する最強の魔王の一人です。
平天大聖(へいてんたいせい)という号を持ち、孫悟空(斉天大聖)を含む七人の魔王たちのリーダー格として君臨していました。
本来は孫悟空の義兄弟でしたが、物語の後半では三蔵法師一行の前に立ちはだかる強敵として登場します。その戦闘力は孫悟空と互角以上で、最終的には天界・仏界・冥界の三界連合軍による包囲作戦でようやく鎮圧されたほどなんです。
『西遊記』に登場する数多くの妖怪の中でも、牛魔王は間違いなく最強クラスの存在だと評価されています。
姿・見た目
普段の牛魔王は、人間の武将のような姿で描かれています。
人間形態の外見
『西遊記』の原文では、こんな風に描写されているんです。
- 頭:銀色に輝く鉄の兜をかぶっている
- 体:錦と黄金の鎧を身にまとう
- 足:巻き上がった先端の革のブーツ
- 腰:獅子の帯を締めている
- 目:鏡のように光る鋭い眼光
- 眉:赤い虹のように鮮やかな眉
- 口:血の池のような大きな口
- 歯:銅板を並べたような頑丈な歯
まるで最強の武将のような威厳ある姿なんですね。
本当の姿(本相)
しかし、これは仮の姿。牛魔王の本当の姿は、とてつもなく巨大な白い牛なんです。
その大きさは想像を絶するもので、体長約3,330メートル、体高約2,666メートル(原文では体長1,000丈、体高800丈)。この姿になると、山を揺るがし、大地を震わせながら暴れ回ります。
中国の伝統的な絵では、善光寺の神牛のような美しい白毛の巨牛として描かれることが多いんです。
特徴
牛魔王には、その強大な力を支える様々な能力があります。
戦闘能力
武器と乗り物
- 武器:混鉄棍(こんてつこん) – 鉄製の強力な棍棒
- 乗り物:避水金晶獣(ひすいきんせいじゅう) – 水を避ける不思議な獣
変身術
牛魔王は七十二変という変身術を会得しています。これは孫悟空や二郎真君と同じ高度な技なんです。
戦闘中には、コウノトリ、ハヤブサ、ジャコウジカ、トラ、ヒョウ、ライオン、クマ、ゾウなど、様々な動物に次々と変身して戦います。ただし、孫悟空と比べると身のこなしがやや鈍重だとも言われているんですね。
性格の特徴
牛魔王の性格は、一言で言うと獰猛不屈。
天界の大軍に包囲されても、金頭揭諦(こんとうけつたい)、六丁六甲(ろくちょうろっこう)、十八人の護法伽藍(ごほうがらん)、毘沙門天、哪吒太子、托塔李天王など、そうそうたる面々を相手に一歩も引かず戦い続けました。
その一方で、意外とお人よしな面もあります。義弟の如意真仙の提案で第二夫人を娶ったり、息子の紅孩児を溺愛したりと、家族思いの一面も持っているんです。
伝承:火焔山での戦い

牛魔王が活躍する最も有名なエピソードが、火焔山(かえんざん)での一連の出来事です。
事の発端
三蔵法師一行が西へ向かう途中、燃えさかる火焔山に行く手を阻まれました。この火を消すには、牛魔王の妻である羅刹女(らせつじょ)が持つ芭蕉扇(ばしょうせん)という宝物が必要だったんです。
しかし、羅刹女には孫悟空を恨む理由がありました。それは、息子の紅孩児(こうがいじ)が孫悟空のせいで観音菩薩の弟子にされてしまったこと。母親として我が子に会えなくなった悲しみと怒りから、羅刹女は芭蕉扇を貸そうとしません。
騙し合いの攻防
ここから虚々実々の戦いが始まります。
- 孫悟空の策略:孫悟空が牛魔王に化けて、羅刹女から芭蕉扇を騙し取る
- 牛魔王の逆襲:本物の牛魔王が今度は猪八戒に化けて、孫悟空から芭蕉扇を取り返す
- 一騎討ち:ついに孫悟空と牛魔王の直接対決が始まる
変身合戦
この戦いの見どころは、互いの千変万化の変身術を駆使した激闘です。
両者は次々と動物に変身しながら戦い続け、ついに牛魔王は体長3,330メートルの巨大な白牛に、孫悟空は身の丈一万丈(約33キロメートル)もある巨大な猿に変身。山を揺るがし、天地を震撼させる大決戦となりました。
この場面は『西遊記』全篇の中でも白眉と評される名場面なんです。
三界連合軍の包囲
あまりの激戦に、ついに天界が動きました。
包囲した勢力
- 金頭揭諦、六丁六甲
- 十八人の護法伽藍
- 毘沙門天
- 托塔李天王
- 哪吒太子(なたくたいし)
- その他多数の天兵天将
これだけの大軍に囲まれても、牛魔王は一歩も屈しません。最終的に、哪吒太子が火輪児(かりんじ)で真火を噴射し、牛魔王の角に炎の輪を取り付けて激しく焼いたことで、ようやく降伏させることができたんです。
家族構成
牛魔王には複雑な家族関係があります。
妻と息子
第一夫人:羅刹女(鉄扇公主)
- 住まい:翠雲山(すいうんざん)
- 特徴:魔界でも一級の女仙で、芭蕉扇の持ち主
- 息子:紅孩児を産む
第二夫人:玉面公主(ぎょくめんこうしゅ)
- 住まい:積雷山(せきらいざん)
- 正体:万年狐王の娘(狐の精)
- 財産:父から巨万の富を相続
- 最期:猪八戒に倒される
息子:紅孩児
- 住まい:号山(ごうざん)の火雲洞
- 能力:三昧真火(さんまいしんか)という強力な炎の術を使う
- 結末:観音菩薩の弟子となる
弟
如意真仙(にょいしんせん)
- 住まい:西梁女国の愛胎泉(あいたいせん)付近
- 役割:兄の牛魔王に玉面公主を紹介した人物
このように、牛魔王ファミリーは四ヶ所に分かれて勢力を築いていたんですね。
起源と背景
牛魔王の物語は、『西遊記』以前から存在していました。
元曲での登場
16世紀の『西遊記』より前、元朝時代(13~14世紀)の雑劇『二郎神醉射鎖魔鏡』にすでに九首牛魔羅王として登場しています。
この話では、二郎神と哪吒太子が酔った勢いで射的勝負をして、魔を封じ込めた鏡を誤って壊してしまい、牛魔王と百眼鬼が逃げ出すという展開でした。
七大聖の一人
若き日の孫悟空(美猴王)は、六人の魔王たちと義兄弟の契りを結びました。
七大聖のメンバー
- 平天大聖:牛魔王(長兄)
- 斉天大聖:孫悟空
- 蛟魔王(こうまおう)
- 鵬魔王(ほうまおう)
- 獅狔王(しじおう)
- 獼猴王(びこうおう)
- 禺狨王(ぐじゅうおう)
牛魔王は七人の中で最年長として、リーダー的存在だったんです。しかし孫悟空が天宮で大暴れして五行山に封じられた後、牛魔王は義弟のことを忘れて羅刹女と結婚し、家庭を築きました。
民間信仰との関係
牛魔王のような牛の妖怪が『西遊記』に多く登場する背景には、中国における牛の神聖視があります。
農耕社会において牛は極めて重要な存在で、その力強さは超自然的なものとして畏敬の念を持って扱われました。『西遊記』には牛魔王以外にも、独角兕大王(どっかくじだいおう)という犀牛の精や、特処士という山牛の精など、様々な牛の妖怪が登場するんです。
まとめ
牛魔王は、『西遊記』における最強クラスの魔王であり、孫悟空の元義兄弟という複雑な立場を持つ存在です。
重要なポイント
- 平天大聖と号する七大聖の長兄
- 本当の姿は体高2,666メートルの巨大な白牛
- 七十二変の変身術と混鉄棍を武器に戦う
- 孫悟空と互角に戦える最強クラスの戦闘力
- 火焔山での戦いで天界・仏界・冥界の三界連合軍と激突
- 獰猛不屈でありながら、家族思いの一面も持つ
- 複雑な家族構成(二人の妻、一人の息子、一人の弟)
- 元曲の時代から伝わる古い伝承に基づく存在
天界の大軍を相手に一歩も引かない強さを持ちながら、どこか憎めない性格。そんなギャップが、牛魔王が『西遊記』の中でも根強い人気を誇る理由なのかもしれませんね。


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