ギリシャ神話の植物への変身・誕生一覧|花や木になった神々と人間たち

神話・歴史・文化

ギリシャ神話には、人間やニンフが花や木に姿を変えてしまう物語がたくさんあります。
「なんでわざわざ植物に?」と思うかもしれませんが、実はこれ、古代ギリシャ人にとってはとても深い意味を持っていたんです。

変身の理由はさまざま。
神から逃げるため、愛する人を失った悲しみを永遠に刻むため、あるいは罰として——。

この記事では、ギリシャ神話に登場する「植物への変身・誕生」を一挙にご紹介します。
あなたが知っている花や木の中にも、実は神話由来のものがあるかもしれませんよ。


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変身神話の背景|なぜ植物になるのか

ギリシャ神話における変身は、ただの奇跡ではありません。
そこには「永遠」への憧れが込められています。

人間の命は短く、悲しみも苦しみもいつかは終わる。
でも植物になれば、その姿は自然の一部として永遠に残り続ける——。

面白いことに、神話には性別による傾向があるんです。
男性は「花」になることが多く、女性は「木」に変身するケースが目立ちます。

美しい青年の命が散るとき、その血や涙から花が咲く。
ニンフたちが神から逃れるとき、大地に根を張る木となる。

この違いが何を意味するのかは諸説ありますが、どちらにも共通するのは「悲劇から生まれる美しさ」というテーマです。


花に変身した者たち

ナルキッソス → スイセン(水仙)

自分の姿に恋をしてしまった美少年——これが「ナルシスト」の語源になった有名なお話です。

ナルキッソスはあまりにも美しく、多くの者から求愛されましたが、すべてを冷たく拒絶していました。
ある日、水面に映る自分の姿を見て「なんて美しいんだ」と恋に落ちてしまいます。

でも当然、水面の姿には触れることができません。
彼はそのまま水辺から離れられなくなり、やがて衰弱して命を落としました。

彼がいた場所には、水面を覗き込むように咲く白い花——スイセンが生えていたといいます。

ヒュアキントス → ヒヤシンス(ラークスパー)

太陽神アポロンに愛された美少年ヒュアキントス。
二人は仲睦まじく、よく一緒に円盤投げをして遊んでいました。

ところがある日、西風の神ゼピュロスが嫉妬から風を吹かせ、アポロンが投げた円盤の軌道を変えてしまいます。
円盤はヒュアキントスの頭を直撃し、彼は即死しました。

アポロンは「代わりに私が死にたい!アイ、アイ(ああ、悲しい)!」と嘆き悲しみます。
そして流れ出た血から、「AI」の文字が刻まれた花を咲かせました。

これが現在のヒヤシンス……と言いたいところですが、実は古代ギリシャの「ヒュアキントス」は、今でいうラークスパー(デルフィニウム)だったようです。

アドニス → アネモネ

愛と美の女神アフロディーテが恋をした、人間の美青年アドニス。
彼はとにかく狩りが好きで、危険な獲物にも果敢に挑んでいました。

ある日、野生のイノシシに襲われて致命傷を負います。
このイノシシを送り込んだのは、嫉妬した軍神アレスとも、女神アルテミスとも言われています。

アフロディーテは瀕死のアドニスのもとへ駆けつけますが、間に合いませんでした。
彼の血が染み込んだ大地から、真っ赤なアネモネの花が咲いたのです。

クロコス → サフラン(クロッカス)

ヘルメス神に愛された少年クロコス。
彼は不慮の事故で命を落とし、悲しんだヘルメスによってサフランの花に変えられました。

別の説では、クロコスはニンフのスミラックスと恋に落ちますが、神々に認められない関係だったため、二人とも植物に変えられてしまいます。
クロコスはクロッカス(サフラン)に、スミラックスはサルトリイバラに。

サフランの赤い雌しべは、彼が流した血の象徴とも言われています。

クリュティエ → ヘリオトロープ

太陽神ヘリオスに恋をしたニンフ、クリュティエ。
しかしヘリオスは彼女を捨て、別の女性を愛するようになります。

クリュティエは食事もとらず、9日9晩、太陽が空を横切るのをただ見つめ続けました。
やがて彼女の足は地面に根を張り、顔は太陽を追い続ける花——ヘリオトロープに変わったのです。

「太陽を追う花」という名前の由来が、こんな切ない片思いの物語だったとは……。

メコン → ケシ(ポピー)

農耕の女神デメテルに愛された青年メコン。
彼が若くして亡くなったとき、デメテルは彼をケシの花に変えました。

ケシは眠りの神ヒュプノスの象徴でもあり、デメテルの祭儀でも使われた神聖な花。
「眠り」と「死」、そして「再生」を象徴する植物だったんですね。


木に変身したニンフと人間たち

ダフネ → ゲッケイジュ(月桂樹)

おそらく最も有名な植物変身譚。
アポロンに追われたニンフ・ダフネが、月桂樹になって逃れた物語です。

事の発端は、アポロンがエロス(キューピッド)を馬鹿にしたこと。
怒ったエロスは、アポロンには恋に落ちる金の矢を、ダフネには恋を拒絶する鉛の矢を射ました。

アポロンは猛烈にダフネを追いかけ、彼女は必死に逃げます。
「お父さん、助けて!」と河の神ペネイオスに祈ったダフネは、その身を月桂樹へと変えられました。

アポロンは「君を妻にできないなら、せめて私の木としよう」と、以後ずっと月桂樹を自分の聖樹としました。
オリンピックの勝者に月桂冠が授けられるのは、この神話に由来しています。

シュリンクス → アシ(葦)

牧神パンに追われたニンフ、シュリンクス。
河のほとりまで逃げた彼女は、姉妹のニンフたちに助けを求め、葦に姿を変えました。

パンは彼女を抱きしめようとしましたが、腕に残ったのは葦の束だけ。
風が葦を吹き抜けると、美しい音色が響きました。

パンはこの葦を切り取り、長さの異なる管を束ねて笛を作ります。
これが「パンの笛」——パンフルートの由来です。

キュパリッソス → イトスギ(糸杉)

アポロンに愛された少年キュパリッソス。
彼には大切にしていた牡鹿がいましたが、ある日、誤って槍で殺してしまいます。

あまりの悲しみに、キュパリッソスは「永遠に喪に服していたい」と願いました。
アポロンは彼をイトスギの木に変え、その願いを叶えます。

以来、イトスギは「悲しみの木」として、墓地に植えられるようになりました。
地中海沿岸の墓地には、今でもイトスギが立ち並んでいます。

ミュルラ(スミュルナ) → 没薬の木(ミルラ)

これは少々衝撃的な神話です。

キプロスの王女ミュルラは、アフロディーテの呪いにより、実の父親に恋をしてしまいます。
侍女の助けを借りて父王と関係を持ちますが、やがて真実が発覚。

激怒した父から逃れるため、ミュルラは神々に「どこにも属さない存在にして」と祈ります。
彼女は没薬の木に変えられ、その涙は芳香のある樹脂——ミルラ(没薬)となりました。

そして木の幹が裂けたとき、中から美少年アドニスが生まれたのです。

レウケー → ハコヤナギ(白ポプラ)

冥界の神ハデスに愛されたニンフ、レウケー。
「白い者」を意味する彼女の名の通り、白く美しいニンフでした。

彼女が亡くなったとき、ハデスは彼女を白ポプラに変えました。
この木は冥界の入り口、アケローン川のほとりに植えられたと言われています。

ヘリアデス → ポプラ(黒ポプラ)

太陽神ヘリオスの娘たち、ヘリアデス。
彼女たちの弟ファエトンは、父の太陽の戦車を操縦しようとして墜落死してしまいます。

ヘリアデスはエリダノス河のほとりで嘆き続け、ついにポプラの木に変身しました。
彼女たちが流す涙は、琥珀(アンバー)になったと伝えられています。

フィリュラ → ボダイジュ(シナノキ)

ティタン神クロノスに愛されたニンフ、フィリュラ。
クロノスの妻レアに見つかりそうになったとき、クロノスは馬に変身して逃げました。

そのため、フィリュラが産んだ子は半人半馬——あのケンタウロス族の賢者ケイロンです。

息子の姿に衝撃を受けたフィリュラは、ボダイジュの木に変えてもらいました。
「フィリュラ」という名前自体が、ギリシャ語でボダイジュを意味しています。

バウキスとフィレモン → ボダイジュとオーク

貧しくも仲睦まじい老夫婦、バウキスとフィレモン。
ある日、旅人に扮したゼウスとヘルメスを、彼らだけが温かくもてなしました。

神々は村人たちの冷淡さを罰し、洪水を起こしますが、老夫婦だけは救われます。
「何でも願いを叶えよう」と言われた二人は、「同じ時に死なせてください」とだけ願いました。

長い年月が経ち、二人は同時に木に変わります。
フィレモンはオーク(樫)に、バウキスはボダイジュに。
二本の木は枝を絡ませ合い、永遠に寄り添い続けているといいます。

ピテュス → マツ(松)

森の神パンに愛されたニンフ、ピテュス。
しかし北風の神ボレアスも彼女を愛しており、嫉妬から彼女を崖から突き落としました。

大地に落ちたピテュスは、松の木に変身。
松が風に吹かれて「泣く」ような音を立てるのは、彼女がボレアスを恐れているからだとも言われています。

ロティス → ハスノキ(ロータス)

プリアポス神から逃れようとしたニンフ、ロティス。
彼女はハスノキ(ナツメに似た木)に変身して難を逃れました。

後にドリュオペという女性が、この木の花を摘もうとしたところ、枝から血が流れ出てきます。
驚いたドリュオペも、やがて同じ木に変身してしまったといいます。

ミンテー → ミント

冥界の神ハデスに愛されたニンフ、ミンテー。
彼女は「私のほうがペルセポネより美しい」と自慢してしまいます。

怒ったペルセポネ(または母デメテル)に踏みつけられ、ミントの草に変えられました。
踏まれても香りを放つミントは、彼女の魂が今も抵抗している証とも言われています。

カリュア → クルミ

酒神ディオニュソスに愛されたラコニアの娘、カリュア。
彼女の姉妹たちが二人の関係を妨害しようとしたため、ディオニュソスは姉妹を石に変えてしまいます。

カリュア自身は病気で若くして亡くなり、ディオニュソスは彼女をクルミの木に変えました。
女神アルテミスがこの出来事を伝え、彼女を祀る神殿が建てられたといいます。

ちなみに、神殿の柱を女性像で支える「カリアティード」は、彼女の名に由来しています。

フィリス → アーモンド

トラキアの王女フィリス。
トロイ戦争から帰還途中のデモポーン(テセウスの息子)と恋に落ち、結婚を約束しました。

デモポーンは一度アテネに帰り、すぐ戻ると誓いますが、なかなか帰ってきません。
フィリスは悲しみのあまり命を落とし、アーモンドの木に変えられました。

遅れて戻ったデモポーンが木を抱きしめると、葉のない枝から美しい花が咲いたといいます。


血や涙から生まれた植物

変身とは少し異なりますが、神話には「血から花が生まれた」というパターンも多くあります。

アイアスの血 → ラークスパー

トロイ戦争の英雄アイアス(大アイアス)は、アキレウスの鎧をめぐる争いでオデュッセウスに敗れ、自害しました。
彼の血からはラークスパーの花が咲き、花弁には「AI」(アイ=悲しみ)の文字が刻まれていると言われています。

ヒュアキントスの花と同じですね。
古代ギリシャ人は、ラークスパーの花弁の模様に「AI」の文字を見出していたようです。

ピュラモスとティスベの血 → 桑の実

バビロンの悲恋の物語。
愛し合う二人が駆け落ちを試みますが、行き違いから悲劇的な結末を迎えます。

ティスベが落としたヴェールを見たピュラモスは、彼女がライオンに殺されたと勘違いして自害。
戻ってきたティスベも、恋人の亡骸を見て後を追いました。

二人の血を吸った桑の木は、それまで白かった実を赤黒く染めたといいます。

ケルベロスの涎 → トリカブト

これは「誕生」に近い例です。

ヘラクレスが冥界から三頭の番犬ケルベロスを引きずり出したとき、地上の光を浴びたケルベロスは激しく暴れました。
その口から垂れた涎が地面に染み込み、猛毒のトリカブトが生えてきたのです。


植物への変身・誕生一覧表

変身者変身後の植物理由・原因関連する神
ナルキッソススイセン(水仙)自己への恋に溺れて衰弱死ネメシス(復讐の女神)
ヒュアキントスヒヤシンス/ラークスパー円盤事故による死アポロン
アドニスアネモネイノシシに襲われ死亡アフロディーテ
クロコスサフラン(クロッカス)事故死または禁じられた恋ヘルメス
クリュティエヘリオトロープ失恋による衰弱ヘリオス
メコンケシ(ポピー)若くして死亡デメテル
ダフネ月桂樹アポロンから逃れるためアポロン
シュリンクス葦(アシ)パンから逃れるためパン
キュパリッソスイトスギ愛鹿を殺した悲しみアポロン
ミュルラ没薬の木父との禁断の関係アフロディーテ
レウケー白ポプラ死後の変身ハデス
ヘリアデス黒ポプラ弟ファエトンの死を嘆いてヘリオス
フィリュラボダイジュ息子(ケイロン)の姿への衝撃クロノス
バウキスボダイジュ夫と共に永遠に過ごすためゼウス
フィレモンオーク(樫)妻と共に永遠に過ごすためゼウス
ピテュス嫉妬した神に殺された後パン、ボレアス
ロティスハスノキプリアポスから逃れるためプリアポス
ミンテーミントペルセポネへの自慢ハデス、ペルセポネ
カリュアクルミ病死後ディオニュソス
フィリスアーモンド恋人を待ちながら死亡
アンペロスブドウ野牛に殺された後ディオニュソス
シュケウスイチジクゼウスとの戦いから逃れるためガイア
アッティスモミの木狂気の中での自傷死キュベレ
レウコテア乳香の木父に殺された後ヘリオス
モリアオリーブ死後、アテナに変身させられたアテナ
スミラックスサルトリイバラ禁じられた恋
ヘスペリデスニレ、ポプラ、ヤナギアルゴナウタイから逃れるため
カラモス恋人カルポスを失った悲しみ
ドリュオペポプラニンフの仲間入りアポロン
アイアスラークスパー自害後、血から誕生
ケルベロストリカブト涎から誕生ヘラクレス

まとめ

ギリシャ神話の植物変身譚には、いくつかの共通点があります。

  • 悲恋や死がきっかけになることが多い
  • 神の愛や怒りが変身を引き起こす
  • 変身後も元の人物の特徴が植物に残る
  • 永遠に残る形として植物が選ばれる

私たちが何気なく見ている花や木の中には、古代ギリシャの悲劇が眠っているかもしれません。
次に月桂樹やヒヤシンスを見かけたら、その背後にある物語を思い出してみてください。

自然界のあらゆるものに神話を見出したギリシャ人の想像力には、本当に驚かされますね。

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