料理やお菓子、ガムなど、私たちの身近にあるミント。
あの爽やかな香りには、実は悲しい恋の物語が秘められていることをご存知ですか?
ギリシャ神話によると、ミントはもともと美しいニンフ(精霊)だったんです。
冥界の王ハデスに愛されたことで、嫉妬に狂った女神に踏みつぶされ、草に変えられてしまいました。
この記事では、ミントの名前の由来となったギリシャ神話の物語と、古代ギリシャ人がミントに込めた意味について詳しく解説します。
ミントの名前の由来|ニンフ「メンテ」とは?

冥界の川に住む美しいニンフ
ミントの学名「Mentha(メンタ)」は、ギリシャ神話に登場するニンフの名前「メンテー(Μίνθη)」に由来しています。
メンテーは「ナイアス」と呼ばれる川や泉のニンフの一種でした。
彼女が住んでいたのは、冥界を流れるコキュートス川。
この川の名前はギリシャ語で「嘆き」を意味し、死者たちの悲しみの声が響く場所とされていました。
コキュートス川とは?
ギリシャ神話の冥界には、5つの川が流れていると言われています。
| 川の名前 | 意味 | 特徴 |
|---|---|---|
| ステュクス | 憎悪 | 神々が誓いを立てる川 |
| アケローン | 苦悩 | 渡し守カロンが死者を運ぶ川 |
| レーテー | 忘却 | 飲むと前世を忘れる川 |
| プレゲトン | 炎 | 燃え盛る炎の川 |
| コキュートス | 嘆き | 死者の嘆きが響く川 |
メンテーは、この嘆きの川コキュートスを守護するニンフだったのです。
冥界という暗い世界に住みながら、彼女はとても美しい姿をしていました。
その美しさが、やがて悲劇を招くことになります。
ミント誕生の神話|ハデスとメンテーの禁断の恋
冥界の王に見初められたメンテー
ある日、冥界の王ハデスがメンテーの美しさに心を奪われてしまいます。
ハデスはゼウスやポセイドンと並ぶ三兄弟の神で、冥界のすべてを支配する存在。
普段は地下の世界に引きこもり、めったに恋愛沙汰を起こさない神として知られていました。
しかし、コキュートス川のほとりで出会ったメンテーに、彼は深く魅了されてしまったのです。
二人の関係がどのようなものだったかは、文献によって異なります。
一説では正式な愛人関係、別の説ではハデスが一方的に想いを寄せていたとも言われています。
ペルセポネの怒り
ところが、ハデスには妻がいました。
それが、春の女神にして冥界の女王ペルセポネです。
ペルセポネは、農業の女神デメテルの娘で、かつてハデスにさらわれて冥界の女王となった女神。
彼女は夫がメンテーに心を寄せていることを知り、激しい嫉妬に燃え上がります。
メンテーの傲慢な言葉
物語の展開を決定的にしたのは、メンテー自身の言葉でした。
3世紀のギリシャ詩人オッピアノスによると、メンテーはこう豪語したそうです。
「私はペルセポネよりも美しく、気高い。ハデス様はいずれ私のもとに戻り、あの女を冥界から追い出すだろう」
この言葉がペルセポネの耳に入ったとき、女王の怒りは頂点に達しました。
踏みつぶされたニンフ|変身神話の詳細

説1:ペルセポネによる変身(最も一般的な説)
古代ギリシャの地理学者ストラボンの記録によると、ペルセポネはメンテーを足で踏みつぶして、ガーデンミント(ハーブのミント)に変えてしまいました。
「お前などくだらない雑草になってしまえ」
そう叫びながらメンテーを踏みつけたペルセポネ。
美しいニンフは無残にも地面に押しつぶされ、緑の草へと姿を変えたのです。
踏みつぶされて草に変えられたという設定には、深い意味があります。
ミントは、踏まれたり揉まれたりすると香りが強くなる植物。
この神話は、ミントのそうした性質を説明するものでもあったのです。
説2:デメテルによる変身
一部の文献では、メンテーを変身させたのはペルセポネではなく、その母であるデメテルだったとされています。
デメテルは娘を守るため、そしてハデスに奪われた娘への仕打ちに怒り、メンテーに制裁を加えたというわけです。
オッピアノスの『漁夫の歌』では、次のように記されています。
デメテルは怒りに任せてメンテーを足で踏みつけ、滅ぼしてしまった。
そこから生じた弱々しい草が、彼女の名を冠することになった。
説3:ハデスの救済
もう一つの興味深い説があります。
この説では、ペルセポネはメンテーを単なる「くだらない雑草」に変えただけでした。
しかし、愛するメンテーを失ったハデスは、彼女を憐れみ、その草に甘い香りを与えたのです。
こうしてメンテーは、ただの雑草ではなく、人々を魅了する芳香を持つミントとなりました。
ハデスの愛情が、彼女に最後の贈り物をしたというわけです。
説4:引き裂かれたメンテー
ニカンドロスへの注釈書には、さらに激しい展開が記されています。
この版では、ペルセポネがメンテーを八つ裂きにして殺害。
ハデスは死んだ恋人の記憶を永遠に留めるため、その断片から芳香を放つミントを生み出したとされています。
ミント山とハデスの神殿
実在した「ミントの山」
この神話には、現実世界との接点もありました。
ストラボンの『地理誌』によると、ギリシャのエリス地方、ピュロスの東に「ミンテ山」という山が実在していたんです。
この山の麓には、珍しいハデスの神殿がありました。
ハデスの神殿はギリシャでも数えるほどしかなく、この場所が冥界の神にとって特別な意味を持っていたことがわかります。
おそらく、この土地でミントが自生していたことから、地元の人々がニンフの物語を語り継いできたのでしょう。
神話と地理が結びついた、興味深い例です。
古代ギリシャにおけるミントの使われ方

葬儀での利用
ミントが冥界のニンフから生まれたという神話は、偶然ではありません。
古代ギリシャでは、ミントは葬儀の際に重要な役割を果たしていました。
ローズマリーやギンバイカと並んで、死者の周りに置かれたのです。
これは単に腐敗臭を消すためだけではありませんでした。
冥界と深い関わりを持つミントには、死者を冥界へ導く神秘的な力があると信じられていたんです。
エレウシスの秘儀
ミントは「エレウシスの秘儀」と呼ばれる古代ギリシャ最大の宗教儀式にも使われていました。
この儀式では、参加者が「キュケオン」という大麦を発酵させた飲み物を飲みました。
キュケオンにはミントが配合されており、来世への希望を与える聖なる飲み物とされていたのです。
エレウシスの秘儀は、ペルセポネとデメテルを崇める儀式でもありました。
ミントとペルセポネの神話的つながりが、ここでも反映されています。
様々な用途
古代ギリシャ人は、ミントを日常生活でも幅広く活用していました。
- 料理の香り付け: 食欲を増進させるスパイスとして
- 香水: 甘い香りを楽しむために
- 花冠: 冠に編み込んで装飾に
- 部屋の芳香剤: 空気を清浄にするため
さらに興味深いことに、ミントは媚薬としても知られていました。
メンテーがハデスを虜にしたという神話が、この信仰に影響を与えたのかもしれません。
神話が伝えるメッセージ
「身の程を知れ」という教訓
メンテーの物語は、ギリシャ神話に繰り返し登場する教訓を含んでいます。
「ヒュブリス(傲慢)」への戒めです。
メンテーは美しさを鼻にかけ、女王ペルセポネを見下す発言をしました。
神に対して傲慢な態度をとった人間やニンフが罰を受けるのは、ギリシャ神話の定番パターン。
アラクネー(蜘蛛に変えられた機織りの名人)やナルキッソス(水仙に変えられた美少年)と同様、メンテーもまた傲慢さの報いを受けたのです。
悲恋の象徴としてのミント
同時に、この神話はメンテーに対する同情も感じさせます。
彼女は単なる悪役ではありませんでした。
愛する人のために、結果として残酷な運命を辿ったニンフ。
ミントが今も美しい香りを放つのは、メンテーの愛と存在を永遠に記憶するためなのかもしれません。
他の植物変身神話との比較
ギリシャ神話には、人がさまざまな植物に変身する物語がたくさんあります。
| 人物名 | 変身後 | 変身の理由 |
|---|---|---|
| メンテー | ミント | ペルセポネの嫉妬 |
| ダフネ | 月桂樹 | アポロンから逃れるため |
| ナルキッソス | 水仙 | 自分への執着の罰 |
| ヒュアキントス | ヒヤシンス | アポロンの悲しみ |
| クリュティエ | ヒマワリ | 報われぬ恋の悲しみ |
これらの物語に共通するのは、植物になることで「永遠」を得るという点。
人間やニンフとしての命は失われても、植物として形を変え、世代を超えて生き続ける。
古代ギリシャ人は、こうした変身譚に一種の救済を見出していたのかもしれません。
まとめ
ミントの爽やかな香りの裏には、こんな悲しい恋の物語が隠されていました。
物語のポイント
- メンテーはコキュートス川(嘆きの川)のニンフ
- 冥界の王ハデスに愛されたが、女王ペルセポネの嫉妬を買う
- メンテーは踏みつぶされ、ミントに変えられた
- 変身させたのはペルセポネ説とデメテル説がある
- ハデスが愛する人を偲んで芳香を与えたという美しい説も
次にミントの香りを嗅いだとき、ぜひこの物語を思い出してみてください。
あの清涼感のある香りは、かつて美しいニンフだったメンテーが、今も私たちにその存在を知らせているのかもしれません。


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