ゲームの歴史|70年で1800億ドル産業になるまでの軌跡

ゲーム

「ゲームは子どもの遊び」——そう思っていませんか?

実は、2024年のゲーム産業の市場規模は約1,880億ドル(約28兆円)。
映画産業の約4倍、音楽産業の約7倍という巨大市場に成長しています。

世界中で34億人以上がゲームをプレイする時代。
ここまで来るのに、約70年の歴史がありました。

この記事では、大学の研究室で生まれた実験的なゲームから、eスポーツ選手が億を稼ぐ現代まで、ゲーム産業の激動の歴史をたどります。


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1950〜60年代:すべてはコンピュータ室から始まった

ゲームの歴史は、意外にも1950年代にさかのぼります。

1952年、イギリス・ケンブリッジ大学の大学院生が「OXO」という三目並べゲームを開発しました。
博士論文の一環として作られたこのゲームは、コンピュータと対戦できる最古のビデオゲームとされています。

1958年には、アメリカの物理学者ウィリアム・ヒギンボサムがオシロスコープを使った「Tennis for Two」を発表。
研究所の見学者を楽しませるために作ったこのゲームは、2人対戦が可能でした。

そして1962年、MIT(マサチューセッツ工科大学)の学生たちが「Spacewar!」を開発します。
2隻の宇宙船が重力の影響を受けながら戦うこのゲームは、複数の大学に広まった最初のゲームとなりました。

ただし、この時代のゲームは大学や研究機関でしか遊べないものでした。
一般の人がゲームに触れられるようになるには、まだ10年ほど待たなければなりません。


1970年代:アーケードと家庭用ゲーム機の誕生

商業ゲームの幕開け

1971年、ノーラン・ブッシュネルとテッド・ダブニーが世界初の商業用アーケードゲーム「Computer Space」を発売しました。
大きな成功とはいえませんでしたが、ゲーム産業の扉を開いた作品です。

翌1972年、ブッシュネルはアタリ社を設立。
同年発売した「Pong」が大ヒットし、バーやゲームセンターでゲームを楽しむ文化が生まれました。

家庭にゲームがやってきた

1972年、マグナボックス社が世界初の家庭用ゲーム機「Odyssey(オデッセイ)」を発売。
テレビにつないで遊べるこのゲーム機は、「ゲームはゲームセンターで遊ぶもの」という常識を覆しました。

日本では1975年にエポック社が「テレビテニス」を発売。
これが日本初の家庭用ゲーム機となりました。

スペースインベーダーの衝撃

1978年、タイトーが発売した「スペースインベーダー」は社会現象を巻き起こします。

日本中のゲームセンター(当時は「インベーダーハウス」とも呼ばれた)に行列ができ、100円玉が不足する事態にまで発展しました。
ゲームが一過性のブームではなく、大衆文化として定着し始めた瞬間でした。


1980年代:黄金期と大暴落、そして復活

アーケードゲームの黄金時代

1980年代前半は、アーケードゲームの黄金期と呼ばれます。

1980年、ナムコの岩谷徹がピザの一切れから着想を得て「パックマン」を開発。
女性やカジュアル層にも受け入れられ、史上最も売れたアーケードゲームの一つとなりました。

1981年には任天堂が「ドンキーコング」を発売。
このゲームに登場した「ジャンプマン」は、後に「マリオ」と名前を変え、世界で最も有名なゲームキャラクターになります。

1983年:アタリショック

ゲーム産業が順調に成長していた1983年、北米で大暴落が起きました。
「アタリショック」(日本では「ビデオゲームの崩壊」とも呼ばれる)です。

原因は複合的でした。

まず、市場に低品質なゲームが溢れかえったこと。
サードパーティ(他社開発)のゲームに品質基準がなく、粗悪なゲームが次々と発売されました。

象徴的なのが「E.T.」です。
映画の大ヒットを受けて急遽開発されたこのゲームは、わずか5週間で完成。
結果は惨憺たるもので、売れ残ったカートリッジはニューメキシコ州の砂漠に埋められたと言われています。

さらに、家庭用コンピュータとの競合も響きました。
コモドール64などの安価なパソコンが登場し、ゲーム機よりも多機能な選択肢を提供したのです。

1982年に30億ドルあった北米のゲーム市場は、1985年には1億ドルにまで縮小。
実に97%もの減少でした。

ファミコンの登場と任天堂の救世主的復活

アメリカがゲーム不況に苦しむ中、日本では新たな時代が始まっていました。

1983年7月15日、任天堂が「ファミリーコンピュータ」(ファミコン)を発売。
価格は14,800円で、当時としては高性能かつ手頃な価格でした。

ファミコンは日本で大ブームを巻き起こし、1985年には「Nintendo Entertainment System(NES)」として北米に上陸。
任天堂はアタリショックの教訓を活かし、厳格な品質管理を導入しました。
「任天堂公認」のシールがないゲームは発売できない仕組みを作り、粗悪なゲームの氾濫を防いだのです。

1985年9月13日発売の「スーパーマリオブラザーズ」は、世界累計4,024万本を売り上げる大ヒット。
北米のゲーム市場は復活し、日本メーカーが主導権を握る時代が始まりました。


1990年代:3D革命とコンソール戦争

16ビット戦争:任天堂 vs セガ

1990年代初頭、ゲーム機の性能競争が激化しました。

1990年、任天堂がスーパーファミコンを発売すると、セガはメガドライブ(北米名:Genesis)で対抗。
「SEGA does what Nintendon’t(セガにはできて任天堂にはできないことがある)」という挑発的な広告が話題になりました。

ソニックとマリオ、2つのマスコットキャラクターが子どもたちの心を奪い合う時代でした。

ソニーの参戦とプレイステーションの衝撃

1994年、ゲーム業界に激震が走ります。
家電メーカーのソニーが「プレイステーション」を引っ提げて参入したのです。

もともとソニーは任天堂と共同でCD-ROM対応機を開発する予定でした。
しかし提携が破談となり、ソニーは単独で市場に打って出たのです。

プレイステーションはCD-ROMを採用し、カートリッジより大容量のゲームを実現。
「ファイナルファンタジーVII」「バイオハザード」「メタルギアソリッド」など、映画のような演出の作品が続々と登場しました。

結果、プレイステーションは約1億200万台を売り上げ、家庭用ゲーム機の覇者となります。

セガの撤退

1998年、セガは「ドリームキャスト」を発売。
オンライン対応など先進的な機能を備えていましたが、プレイステーション2の登場を前に苦戦。
2001年、セガは家庭用ゲーム機市場から撤退を発表しました。

かつて任天堂と双璧をなしたセガは、以後ソフトウェア専門会社として歩むことになります。


2000年代:三つ巴の戦い

プレイステーション2の圧倒的勝利

2000年に発売されたプレイステーション2は、DVDプレイヤーとしても使える点が魅力でした。
ゲーム機としてだけでなく、家庭の「エンターテイメント機器」として売れに売れました。

累計販売台数は約1億5,500万台。
これは現在でも歴代最多記録として残っています。

マイクロソフトの挑戦

2001年、パソコンの巨人マイクロソフトが「Xbox」で参戦。
高性能なハードウェアとオンラインサービス「Xbox Live」で差別化を図りました。

特に「Halo」シリーズは、コンソールでのFPS(一人称視点シューティング)を確立した作品として高い評価を受けています。

Xboxの販売台数は約2,400万台にとどまりましたが、マイクロソフトはゲーム事業に数十億ドルを投資し、長期的な視点で市場に定着しました。

任天堂の逆転戦略

2006年、任天堂は異色のゲーム機「Wii」を発売しました。

高性能化競争を避け、「体感操作」という新しい遊び方を提案。
リモコン型コントローラーを振ってテニスやボウリングを楽しめる「Wii Sports」は、普段ゲームをしない層にも大ヒットしました。

Wiiは約1億200万台を売り上げ、「ゲームは高性能でなければ売れない」という常識を覆しました。


2010年代:ゲームの民主化

モバイルゲームの爆発的成長

2007年のiPhone登場以降、ゲームの遊び方は激変しました。

「Angry Birds」「Candy Crush」「Clash of Clans」といったスマートフォンゲームが世界中で大ヒット。
専用機を買わなくても、手元のスマホでゲームが楽しめる時代になったのです。

基本無料で遊べる「フリーミアム」モデルの普及も大きな変化でした。
ゲームは「買うもの」から「無料で始めて課金するもの」へと変わり始めます。

2016年には「ポケモンGO」が社会現象に。
スマートフォンのカメラを通して現実世界にポケモンが現れるAR(拡張現実)ゲームは、ゲームの概念を拡張しました。

eスポーツの台頭

2010年代、ゲームは「観るスポーツ」にもなりました。

2011年に本格始動した配信プラットフォーム「Twitch」は、ゲームプレイを観戦する文化を広めました。
「League of Legends」「Dota 2」「Counter-Strike」といったタイトルで、プロゲーマーが数百万ドルの賞金を争う大会が開催されるようになります。

2019年には16歳の少年がフォートナイトのワールドカップで300万ドル(約4億円)を獲得し、世界的なニュースになりました。

インディーゲームの躍進

大企業だけがゲームを作る時代も終わりました。

Steamなどのデジタル配信プラットフォームにより、小規模なスタジオでも世界中に作品を届けられるようになったのです。

「Minecraft」は個人開発からスタートし、3億本以上を売り上げる史上最も売れたゲームに成長。
「Undertale」や「Among Us」といった低予算の作品が、大手メーカーの大作を上回る評価を得ることも珍しくなくなりました。


2020年代:新たな転換期

コロナ禍とゲームの急成長

2020年、新型コロナウイルスの流行で世界中がロックダウンを経験しました。
外出できない人々がゲームに殺到し、市場は急拡大。

2021年の北米ゲーム市場は612億ドルを記録し、過去最高を更新しました。
「あつまれ どうぶつの森」は世界累計4,000万本以上を売り上げ、「巣ごもり需要」を象徴するタイトルとなりました。

次世代機とサブスクリプション

2020年末、ソニーの「PlayStation 5」とマイクロソフトの「Xbox Series X/S」がほぼ同時に発売。
半導体不足の影響で入手困難な状況が続き、転売問題も社会問題化しました。

この世代で注目されるのは、サブスクリプションサービスの成長です。
マイクロソフトの「Xbox Game Pass」は2024年初頭で約3,400万人の加入者を獲得。
月額料金で数百本のゲームが遊び放題という「ゲームのNetflix」モデルが定着しつつあります。

業界再編と買収合戦

2020年代は大型買収も相次ぎました。

マイクロソフトは2022年にActivision Blizzardを687億ドルで買収し、「Call of Duty」「World of Warcraft」などの人気タイトルを獲得。
これはゲーム史上最大の買収案件となりました。

ソニーもBungieを36億ドルで買収するなど、コンテンツ確保の動きが活発化しています。


ゲームの歴史年表

年代主な出来事代表作・機種
1952年最古のビデオゲーム「OXO」開発OXO(ケンブリッジ大学)
1958年「Tennis for Two」発表Tennis for Two
1962年MIT学生が「Spacewar!」開発Spacewar!
1972年初の家庭用ゲーム機「Odyssey」発売Magnavox Odyssey
1972年アタリ社設立、「Pong」発売Pong
1975年日本初の家庭用ゲーム機「テレビテニス」発売テレビテニス(エポック社)
1978年「スペースインベーダー」が社会現象にスペースインベーダー
1980年「パックマン」発売パックマン
1981年「ドンキーコング」でマリオ(ジャンプマン)登場ドンキーコング
1983年ファミコン発売(7月15日)ファミリーコンピュータ
1983年アタリショック発生
1985年「スーパーマリオブラザーズ」発売スーパーマリオブラザーズ
1985年NES北米発売、市場復活Nintendo Entertainment System
1989年ゲームボーイ発売ゲームボーイ
1990年スーパーファミコン発売スーパーファミコン
1994年プレイステーション発売PlayStation
1996年NINTENDO64発売NINTENDO64
1997年「ファイナルファンタジーVII」発売ファイナルファンタジーVII
2000年プレイステーション2発売PlayStation 2
2001年Xbox発売、セガがハード事業撤退Xbox
2004年ニンテンドーDS発売ニンテンドーDS
2005年Xbox 360発売Xbox 360
2006年Wii、PS3発売Wii / PlayStation 3
2007年iPhone登場、モバイルゲーム時代へ
2009年「Minecraft」開発開始Minecraft
2011年Twitch本格始動
2013年PS4、Xbox One発売PlayStation 4 / Xbox One
2016年「ポケモンGO」が社会現象にポケモンGO
2017年Nintendo Switch発売Nintendo Switch
2017年「フォートナイト」「PUBG」でバトルロイヤルブームFortnite / PUBG
2020年PS5、Xbox Series X/S発売PlayStation 5 / Xbox Series X/S
2020年コロナ禍でゲーム市場急拡大あつまれ どうぶつの森
2023年Microsoft、Activision Blizzardを買収
2024年ゲーム市場規模が約1,880億ドルに
2025年Nintendo Switch 2発売Nintendo Switch 2

まとめ

大学の研究室で生まれた実験的なゲームは、70年の時を経て約28兆円規模の産業に成長しました。

その歴史は順風満帆ではありませんでした。
1983年のアタリショックでは市場の97%が消失し、「ゲームは終わった」と言われた時代もあります。

しかし任天堂がファミコンで復活を遂げ、ソニーがプレイステーションで新時代を切り開き、スマートフォンがゲームを「誰もが楽しめるもの」に変えました。

今や世界で34億人以上がゲームをプレイし、eスポーツ選手は億を稼ぎ、ゲーム実況者が数千万人のフォロワーを持つ時代です。

ゲームの歴史は、まだ始まったばかりなのかもしれません。

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