「妖精」と聞くと、羽のある小さな女の子をイメージしませんか?
実は、アイルランドの妖精はちょっと違うんです。
馬に乗って行進し、王や女王がいて、人間と同じくらいの背丈——。
それがアイルランドの妖精「ディーナ・シー」です。
しかも驚くべきことに、彼らはもともと神様だったと伝えられています。
神が妖精に変わるなんて、ちょっと不思議な話ですよね。
この記事では、ディーナ・シーの正体や伝承、そしてなぜ神々が妖精になってしまったのかをわかりやすく解説します。
ディーナ・シーとは

ディーナ・シー(Daoine Sídhe)は、アイルランドにおける妖精の総称です。
「ディーナ・オシー」「ディーナ・ベガ」などとも呼ばれます。
名前の意味は「塚の人々」「丘の人々」。
アイルランド各地にある古い墳墓や塚(シー)の中に住んでいると信じられてきました。
彼らの正体は、かつてアイルランドを支配していた神々「トゥアハ・デ・ダナーン(ダーナ神族)」だとされています。
人間との戦いに敗れた後、地下世界に追いやられ、やがて妖精として語り継がれるようになったのです。
ディーナ・シーの姿
「妖精」と聞くと小さな姿を想像しがちですが、ディーナ・シーはもともと人間と同じか、それ以上の背丈だったといいます。
詩人イェイツの記録によると、彼らは「美しく、羽を持つものもあり、人間と同じほどの背丈。騎士のように馬に乗り、妖精行列を行う」存在。
緑の外套をまとい、黄金の槍を持ち、銀の蹄鉄をつけた馬に乗る——まるで中世の騎士や貴族のようですね。
ただし、アイルランドにキリスト教が広まった後、彼らの姿は次第に小さくなったとも伝えられています。
体長20〜30cmほどの、いわゆる「妖精らしい」サイズになったというわけです。
ディーナ・シーの特徴
王と女王がいる社会
ディーナ・シーは群れで暮らし、人間社会と同じように王や女王が存在します。
ゲーリックフットボールやハーリング、チェスなどを楽しむ——なんだか親しみがわきますね。
フェアリー・ライド(妖精の騎馬行列)
彼らの代名詞とも言えるのが「フェアリー・ライド」と呼ばれる騎馬行列です。
夜間に馬のひずめの音や、轡(くつわ)の鳴る音、妖精たちの歌声が聞こえてくることがあるとか。
王を先頭に、黄金で縁取られた緑の外套を着た騎士たちが続く様子は、アイルランドでしばしば目撃されてきたといいます。
気まぐれで危険な一面も
陽気で歌や踊りを好む一方で、ディーナ・シーには危険な面もあります。
戦いを好んだり、砂嵐を起こして人間の花嫁や赤ん坊をさらったり、作物を枯らしたり。
特に有名なのが「チェンジリング」と呼ばれる取り替え子の伝承。
人間の赤ん坊をさらって、代わりに妖精の子を置いていくというものです。
そのため、人々は彼らを怒らせないよう、牛乳やお供え物を捧げてなだめていたそうです。
なぜ神々は妖精になったのか
ここがディーナ・シーの伝承で最も興味深いところです。
トゥアハ・デ・ダナーンの敗北
トゥアハ・デ・ダナーン(ダーナ神族)は、かつてアイルランドを支配していた神々の一族。
彼らは4つの神秘の都市から、4つの至宝を携えてアイルランドにやってきました。
しかし後にミレー族(現在のアイルランド人の祖先とされる)が侵攻してきます。
神々は魔法の嵐を起こして抵抗しましたが、詩人アヴァルギンの呪文で嵐は鎮められ、タリティウの戦いで敗北してしまいます。
地下世界への撤退
敗北後、トゥアハ・デ・ダナーンは地上をミレー族に譲り、代わりに地下世界を与えられました。
彼らは古い墳墓や塚の中に移り住み、やがて「塚の人々」=ディーナ・シーと呼ばれるようになったのです。
海神マナナーン・マクリルが「フェート・フィアダ」と呼ばれる魔法の霧で彼らを覆い隠し、人間の目から見えなくしたとも伝えられています。
この地下世界は「ティル・ナ・ノーグ(常若の国)」とも呼ばれ、そこでは永遠の若さを保てるのだとか。
名前を呼んではいけない
アイルランドでは、ディーナ・シーを直接名前で呼ぶことは避けられてきました。
彼らの注意を引いたり、怒らせたりするかもしれないからです。
代わりに使われる呼び名がこちら。
| 呼び名 | 意味 |
|---|---|
| ダオイネ・マハ(Daoine Maithe) | 善き人々 |
| ダオイネ・ウシュラ(Daoine Uaisle) | 高貴な人々 |
| The Good Neighbours | 善き隣人 |
| The Fair Folk | 麗しき人々 |
| The Other Crowd | あちらの方々 |
「善い人」「高貴な人」と呼ぶのは、お世辞を言って機嫌を取るため。
日本で鬼のことを「山の神様」と呼んだりするのに似ていますね。
関連する妖精たち
ディーナ・シーは妖精の総称ですが、その中には個別の名前を持つ妖精も含まれます。
| 名前 | 説明 |
|---|---|
| バンシー(Bean Sídhe) | 「塚の女」の意。死を予告する泣き声で知られる女妖精 |
| リャナンシー(Leanan Sídhe) | 「妖精の恋人」の意。芸術家に霊感を与える代わりに命を吸い取る |
| ケット・シー(Cat Sìth) | 妖精の猫。人語を話し、二本足で歩くとされる |
| クー・シー(Cù Sìth) | 妖精の犬。牛ほどの大きさで、暗緑色の毛を持つ番犬 |
| スルア・シー(Sluagh Sídhe) | 「妖精の群れ」。空を飛ぶ霊の集団で、呪われた死者ともされる |
サウィンと妖精
ディーナ・シーは特定の季節や時間帯に活発になるといいます。
特に有名なのが「サウィン(Samhain)」——ハロウィンの起源となったケルトのお祭りです。
10月31日の夜、異界と人間界の境界が薄くなり、妖精や死者の霊が自由に行き来できるようになるとされています。
「ベルティネ祭(5月1日)」や「夏至」も、ディーナ・シーが活発になる時期として知られています。
また、夕暮れや夜明けといった境界の時間帯も、彼らに出会いやすいタイミングだとか。
まとめ
ディーナ・シーについて、ポイントを振り返りましょう。
- アイルランドの妖精の総称で「塚の人々」を意味する
- もともとは神々(トゥアハ・デ・ダナーン)だったが、ミレー族に敗れて地下世界に移り住んだ
- 騎士のような姿で馬に乗って行列する
- 王や女王がいる社会を持ち、歌や踊りを楽しむ
- 一方で気まぐれで危険な面もあり、人間をさらうこともある
- 名前を直接呼ぶのはタブーとされ、婉曲的な呼び名が使われる
- サウィンなどの祭りの時期に特に活発になる
神から妖精へ——その変遷は、アイルランドがキリスト教化していく中で、古い信仰が形を変えて生き残った証拠ともいえます。
彼らは今もアイルランドの丘の下で、宴会を開いたり、騎馬行列をしたりしているのかもしれませんね。


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