人が亡くなった瞬間、そこには何が起こるのでしょうか?
仏教の世界では、死んだ直後に三匹の恐ろしい鬼が現れるとされています。
その名は「奪魂鬼(だっこんき)」「奪精鬼(だっせいき)」「縛魄鬼(ばくはくき)」。彼らは閻魔大王の命を受け、死者の魂を冥界へと連れて行く獄卒なんです。
この記事では、死出の旅の始まりに現れる三匹の鬼について、その役割や中国思想との関係を詳しくご紹介します。
概要

奪魂鬼・奪精鬼・縛魄鬼は、仏教における冥界の獄卒(ごくそつ)です。
『十王経』(じゅうおうきょう)という経典によると、人が死に臨むとき、閻魔王がこれら三匹の鬼を遣わし、死者を死出の山の入口にある門関樹(もんかんじゅ)まで連れてくるとされています。
獄卒とは地獄で働く鬼のことで、罪人を監視したり責め苦を与えたりする存在です。
三匹の鬼の基本情報
- 役割:死者の魂を冥界へ導く
- 任命者:閻魔大王(魔大王)
- 出典:『十王経』(仏説地蔵菩薩発心因縁十王経)
- 活動時期:人が死ぬ瞬間
- 目的地:死出の山から秦広王(しんこうおう)の庁まで
この三匹の鬼は、単なる恐ろしい存在というだけでなく、中国古来の思想に基づいた重要な意味を持っているんです。
姿・見た目
三匹の鬼の具体的な姿については、文献に詳しい記述がありません。
ただし、獄卒として描かれることが多いため、一般的な地獄の鬼の特徴を持っていると考えられます。
獄卒の一般的な特徴
- 恐ろしい形相
- 角が生えている
- 牙が生えている
- 筋骨隆々とした体格
- 武器や道具を持っている
三匹それぞれが異なる役割を持っているため、持っている道具や装備も違う可能性があります。
特徴・役割

三匹の鬼には、それぞれ明確な役割分担があるんです。
奪精鬼(だっせいき)の役割
精(せい)を奪い取る鬼です。
精とは、人間の元気の根源であり、生命エネルギーのようなもの。奪精鬼はこの精を亡者から引き抜きます。
奪魂鬼(だっこんき)の役割
魂(こん)を奪い取る鬼です。
魂とは、精神活動の根源のこと。思考や感情を司る部分ですね。奪魂鬼はこの魂を亡者から分離させます。
縛魄鬼(ばくはくき)の役割
魄(はく)を縛り奪う鬼です。
魄とは、肉体の根源であり、身体を動かす力のこと。縛魄鬼はこの魄を亡者から奪い取ります。
三匹が揃う意味
この三匹が揃って働くことで、人間の生命を構成するすべての要素が完全に分離されます。つまり、完全な死が成立するわけです。
そして、分離された魂は冥界へと連れて行かれ、十王による裁判を受けることになります。
「精・魂・魄」とは何か
三匹の鬼の役割を理解するには、中国思想における「精・魂・魄」の概念を知る必要があります。
中国の生命観
中国の古い思想では、人間は三つの要素によって生きているとされました。
人間を構成する三要素
- 精(せい):元気の根源、生命エネルギー
- 魂(こん):精神活動の根源、思考や感情
- 魄(はく):肉体活動の根源、身体を動かす力
この三つが揃っているから、人間は考えることができ、感情を持ち、身体を動かすことができるんですね。
死とは三つの分離
中国思想では、この三つがバラバラになることが死だとされています。
生きている時は、精・魂・魄が一つにまとまっています。でも、死が訪れると、これらが徐々に分離していくんです。
そして、完全に分離した時点で、人は完全に死んだことになります。
日本への伝来
この考え方は、仏教とともに日本に伝わりました。
日本の仏教では、中国の生命観と仏教の死後の世界観が混ざり合い、独自の発展を遂げていったんですね。
伝承
奪魂鬼・奪精鬼・縛魄鬼についての伝承は、主に『十王経』に記されています。
死の瞬間の出来事
人が死に臨むと、以下のような流れで魂が冥界へ導かれます。
死出の旅の始まり
- 閻魔王が三匹の鬼を派遣:死が近づいた人のもとへ
- 三匹の鬼が現れる:死の瞬間に同時に到着
- 精・魂・魄を分離:それぞれの鬼が担当部分を奪う
- 死出の山を越える:険しい山道を進む
- 門関樹に到着:死出の山の入口
- 秦広王の庁へ:初七日の裁判を受ける場所
カラスの伝承
面白いことに、亡者の近くには一羽のカラスがいるという伝承もあります。
このカラスは、人の死を前日に教えてくれるとされているんです。ここから「カラスが鳴くと人が死ぬ」という言い伝えが生まれたとも言われています。
死出の山の過酷さ
三匹の鬼に連れられて向かう死出の山は、非常に険しい山です。
死者はこの山を越える間に、皮膚が裂けたり骨が折れたりするほどの苦痛を味わうとされています。
だからこそ、昔は棺の中に杖や草鞋(わらじ)を入れる習慣があったんですね。死者がこの険しい山道を無事に越えられるようにという願いが込められていました。
起源
奪魂鬼・奪精鬼・縛魄鬼の概念は、中国で生まれました。
道教と仏教の融合
この三匹の鬼の思想は、次のような過程で生まれたと考えられています。
成立の背景
- 中国古来の思想:精・魂・魄の三要素説
- 道教の影響:冥界や死後の世界観
- 仏教の伝来:インドから来た地獄思想
- 混合と発展:これらが混ざり合って独自の体系に
もともとインドの仏教には、精・魂・魄という概念はありませんでした。これは完全に中国オリジナルの考え方なんです。
日本での受容
平安時代に日本に伝わると、末法思想(まっぽうしそう)の流行とともに広まりました。
源信(げんしん)という僧侶が著した『往生要集』(おうじょうようしゅう)以降、日本では多くの地獄絵が描かれ、あの世の旅(死出の旅)が詳しく語られるようになったんです。
文献の成立
『十王経』自体は、実は中国で作られた偽経(ぎきょう)だとされています。
偽経とは、インドから伝わった本物の経典ではなく、中国で独自に作られた経典のこと。でも、民間信仰として広く信じられ、日本にも大きな影響を与えました。
十王との関係
三匹の鬼は、閻魔王を含む十王(じゅうおう)の配下として働いています。
十王の裁判システム
死者は初七日から三回忌まで、十人の王による裁判を受けます。
- 秦広王(初七日)
- 初江王(二七日)
- 宋帝王(三七日)
- 五官王(四七日)
- 閻魔王(五七日)
- 変成王(六七日)
- 泰山王(七七日・四十九日)
- 平等王(百か日)
- 都市王(一周忌)
- 五道転輪王(三回忌)
三匹の鬼は、死者を最初の裁判官である秦広王のもとへ連れて行くという重要な役割を担っているんですね。
その後の旅路
秦広王の庁に到着した後、死者は次のような場所を訪れます。
死後の世界の流れ
- 死出の山(三匹の鬼に連れられる)
- 秦広王の庁(初七日の裁判)
- 三途の川(罪の重さで渡り方が決まる)
- 十王の裁判(七日ごとに審理)
- 転生先の決定(地獄・極楽など)
まとめ
奪魂鬼・奪精鬼・縛魄鬼は、死の瞬間に現れる閻魔王の使いです。
重要なポイント
- 閻魔王の命を受けて死者の魂を迎えに来る三匹の獄卒
- それぞれ精・魂・魄という生命の要素を奪い取る
- 中国の生命観「精・魂・魄」の思想に基づいている
- 『十王経』に記された死出の旅の案内役
- 死者を死出の山から秦広王の庁まで導く
- 中国で道教と仏教が融合して生まれた概念
- 平安時代に日本へ伝わり地獄絵などで描かれた
死は誰にでも必ず訪れるものです。昔の人々は、その恐怖や不安を和らげるために、死後の世界を詳しく想像し、語り継いできました。
三匹の鬼の物語は、単なる怖い話ではなく、「生きているうちに正しい行いをしよう」という教えでもあるんですね。


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