人が全く寄り付かない、廃墟だらけの港町があったとしたら、あなたはどう思いますか?
マサチューセッツ州の海岸沿いに、そんな不気味な町が存在していました。住民のほとんどが奇妙な顔つきをしていて、町には魚の腐ったような臭いが漂い、夜になると怪しい儀式が行われていたといいます。
その町の名は「インスマウス」。H.P.ラヴクラフトが描いた、クトゥルフ神話を代表する恐怖の舞台です。
この記事では、呪われた港町インスマウスの成り立ちから、その住民に起こる恐ろしい変化、そして最後に訪れた悲劇的な結末まで、詳しくご紹介します。
概要

インスマウスは、H.P.ラヴクラフトの小説『インスマスの影』(1931年執筆、1936年出版)に登場する架空の港町です。
マサチューセッツ州エセックス郡の海岸沿いに位置し、プラム島の南、ケープアンの北にあるとされています。近隣の町としてはイプスウィッチやローリーが挙げられ、エセックス湾の近くという設定なんですね。
ラヴクラフト自身は、この町について「ニューベリーポートをかなり歪めたバージョン」と述べていますが、実際の町フリートウッド(イギリス・ランカシャー州)の漁村にも似ているとされています。
インスマウスは1643年に設立され、アメリカ独立革命前は造船業で知られ、19世紀初頭には海運業で大いに栄えました。しかし、その後に訪れた不気味な繁栄と衰退が、この町を恐怖の象徴に変えていくことになります。
インスマウスの歴史
栄光の時代から衰退へ
インスマウスは、もともと普通の港町として始まりました。
主な歴史の流れ
- 1643年: 南イングランドとチャネル諸島からの入植者により設立
- 18世紀: 造船業と海運業で繁栄
- 1692年: セイラム魔女裁判の影響を受け、4人の「魔女」が処刑される
- 1812年の戦争: 船乗りたちが多く失われ、南洋貿易が衰退
この戦争による損失が、インスマウスを大きく変える転機となったんです。多くの船が失われ、かつて栄えた南洋との交易路も途絶えてしまいました。1828年までには、オーベッド・マーシュ船長率いる船団だけが、その航路を維持している状態でした。
不気味な繁栏の始まり
1840年、転機が訪れます。オーベッド・マーシュがダゴン秘密教団(Esoteric Order of Dagon)という奇妙な宗教団体を設立したんです。
この教団は、マーシュが南洋諸島で出会った宗教をもとにしていました。すると不思議なことに、町の漁業が突然、驚異的な成長を遂げます。魚が大量に獲れるようになり、さらに奇妙な装飾品や金も手に入るようになったのです。
しかし1846年、謎の疫病が町を襲います。公式には疫病とされていましたが、実際には「深きものども」という海の怪物たちによる虐殺だったといわれています。マーシュとその信奉者たちが逮捕されると、犠牲の儀式が止まり、怒った深きものどもが報復したというのです。
その後、カルト活動は再開され、町の人々と深きものどもとの混血が進んでいくことになります。
インスマウスの住民と「インスマウス面」

奇妙な容貌の秘密
インスマウスを訪れた人々が最初に気づくのは、住民の異様な外見です。
彼らは「インスマウス面(Innsmouth Look)」と呼ばれる独特の特徴を持っていました。
インスマウス面の特徴
- しわが少なく、のっぺりとした顔
- 大きく飛び出た、まばたきをしない目
- 平たくなった鼻と耳
- 幅広く分厚い唇
- 灰緑色の肌
- 首の両側に奇妙なひだ(後にエラになる)
この不気味な容貌は、実は深きものどもの血を引いている証なんです。
恐ろしい変化のプロセス
深きものどもと人間の混血児は、生まれた時は普通の人間と変わりません。しかし中年期に差し掛かると、徐々に変化が始まります。
年齢別の変化
- 22歳頃: まだほぼ人間と同じ。わずかに魚のような目つきが見られる程度
- 27歳頃: 皮膚が鱗状になり始め、耳の後ろにかさぶたができる。首にひだが形成され始める
- 31歳頃: 全身がザラザラした皮膚になり、頭髪が完全に抜け落ちる。首がエラのように膨らみ、目は閉じられなくなる
- 34歳頃: 完全に両生類のような外見に。呼吸音が変わり、陸上歩行が困難になって飛び跳ねるように移動する
そして最終的には、海へ帰っていくのです。彼らは海底都市イハ=ントレイで、深きものどもとして永遠に生き続けることになります。
ダゴン秘密教団
謎の宗教組織
ダゴン秘密教団は、表向きは地元のメイソン運動を装っていましたが、実際には深きものどもと旧支配者クトゥルフを崇拝するカルト組織でした。
教団の中心的な崇拝対象は、父なるダゴンと母なるハイドラという巨大な深きものども、そしてその背後にいる大いなるクトゥルフです。
三つの誓い
教団に入るには、三つの誓いを立てる必要がありました。
教団の三つの誓い
- 秘密の誓い: 教団の活動を外部に漏らさない
- 忠誠の誓い: 教団と深きものどもに忠誠を尽くす
- 混血の誓い: 深きものどもと結婚し、その子を産む
この三番目の誓いこそが、インスマウスの住民のほとんどが混血となった理由なんです。
儀式と取引
教団は定期的に儀式を行い、人間を生贄として深きものどもに捧げていました。最初は町の住民を犠牲にしていましたが、やがて他の場所から人々を誘拐するようになります。
その見返りとして、深きものどもは豊富な漁獲と、奇妙な形をした金の装飾品を提供しました。これがインスマウスの不自然な繁栄の秘密だったのです。
深きものどもとの関係
マーシュ家の密約
すべての始まりは、19世紀初頭のオーベッド・マーシュでした。
南洋貿易の航海中、マーシュは現地の島民から奇妙な伝説を聞きます。海の神々に祈れば、豊かな漁獲と富が得られるというのです。マーシュはさらに奥深くまで探り、ついに海底の円柱都市イハ=ントレイを発見します。
そこで彼は深きものどもと密約を交わしました。
- 人間側: 定期的な生贄の提供と、深きものどもとの混血
- 深きものども側: 豊富な漁獲と金銭的な援助
この取引により、インスマウスは再び繁栄しますが、その代償はあまりにも大きなものでした。
海底都市イハ=ントレイ
イハ=ントレイは、マサチューセッツ沖のデビルズ・リーフの先にある深きものどもの都市です。
「巨大な円柱が林立する」と描写されるこの都市は、8万年以上前から存在していたといわれています。深きものどもはここで、大いなるクトゥルフの復活の日を待ち続けているのです。
変化を完了したインスマウスの住民たちも、最終的にはこの海底都市へと向かい、深きものどもとして生きることになります。彼らは殺されない限り死なない、半不死の存在となるのです。
インスマウスの終焉

政府の介入
1927年、インスマウスがついに連邦当局の調査対象となります。表向きの理由は密造酒の取り締まりでしたが、実際にはもっと深刻な問題が発覚していました。
1928年、大規模な取り締まりが実行されます。
政府の作戦内容
- デビルズ・リーフに爆薬を投下し、海底都市を破壊
- インスマウスの住民を大量に逮捕
- 町の建物を破壊
- 逮捕者の多くを秘密裏に処刑
この作戦の詳細な理由は公表されませんでしたが、深きものどもとの混血という「人類の敵対者」を排除することが真の目的だったと考えられています。
現在のインスマウス
取り締まり後、インスマウスはほぼ完全な廃墟となりました。
建物は朽ち果て、かつての住民はほとんどいなくなり、町は荒廃のままに放置されています。近隣の住民は今でもインスマウスを避け、その名を口にすることさえ嫌がるといいます。
ただし、生き延びた深きものどもがまだ海底に存在している可能性は否定できません。イハ=ントレイが本当に破壊されたのか、それとも生き延びているのか、真実は誰にも分からないのです。
まとめ
インスマウスは、人間の欲望と異種族との禁断の契約が生んだ、恐怖の港町です。
重要なポイント
- H.P.ラヴクラフトの『インスマスの影』に登場する架空の港町
- マサチューセッツ州の海岸沿いに位置する設定
- オーベッド・マーシュが深きものどもと密約を交わしたことから悲劇が始まる
- 住民は深きものどもとの混血で、中年期から「インスマウス面」が現れる
- ダゴン秘密教団が町を支配し、人間を生贄に捧げていた
- 最終的に政府の取り締まりで廃墟と化した
- クトゥルフ神話を代表する恐怖の舞台
繁栄と引き換えに人間性を失っていったインスマウスの物語は、欲望の代償の恐ろしさを私たちに教えてくれます。もし海辺の町で魚臭い匂いと奇妙な住民に出会ったら、それは第二のインスマウスかもしれませんね。
参考文献
- H.P. Lovecraft “The Shadow over Innsmouth” (1931)
- H.P. Lovecraft “Dagon” (1917)
- 『クトゥルフ神話事典』
- Call of Cthulhu TRPG公式資料
- “The Deep Ones”, Cthulhu Mythos Encyclopedia
- “Lovecraft Country: A Guide to New England Locations”


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